表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/401

7 毒霧


「ここか?」


「えらく辛気臭い店だな」


 端々が朽ちたなんとも古めかしい店を前に俺とレガシーの率直な感想が漏れる。



 あれから準備を済ませた俺達は、しばらく歩いて待ち合わせ場所になっていたカフェに着いた。ちなみに店の名前は霧霞というらしい。外観を見た俺の感想からすれば、どちらかというと毒霧とかの方がしっくりくるんじゃないかと思ってしまう。


 そこは人目につかないような路地裏にあり、なんとも陰気な雰囲気の漂う店だった。



 日が差し込まない場所に建っているせいか、どうにも薄暗くて湿っぽい印象を受けてしまう。


 とにかく中に入らないことにはどうしようもないので俺は扉を開けようと錆が浮かんだドアノブを握る。


「ミックは来てるかね」


「時間ギリギリになっちまったし、多分先に来てるだろうな」


 待ち合わせの時間ピッタリになってしまったことを気にしながら俺とレガシーは店の扉を開けた。


 廃墟なのではと疑うほど盛大に軋む扉を開けて店内に入り、中を見渡すも客は全くおらず閑散としていた。店の中も外観同様なんとも薄暗くて湿っぽい。



 注意深く見るとそんな誰もいない店内の一番端の席にミックが座って何か飲んでいるのが目に入る。


 店の印象がそうさせるのか隅にいるとどうにも存在感が薄れて認識しづらい。


 俺はレガシーを肘でこついて合図するとミックの座るテーブルへと向かった。



「お、すまん。待たせたな」


「悪い、俺が準備に手間取っちまってな」


「構わんさ。とりあえず何か注文してくれ」


 俺達はミックに声をかけながら向かいの席に座る。


「いらっしゃいませ……」


「うおっ」


「どこから出やがった……」


 するとまるで幽霊のようにどこからともなく店員が俺達の側面に現れ、注文を聞いてくる。店員の男は重病の体で無理を押して出勤して来たかのように顔色が優れず、今にもぶっ倒れそうな面構えをしていた。


 そんな顔を見ていると、そういや俺も含めてみんなあんな顔してたなぁと脳の奥深いところに深く刻み込まれた元の世界の仕事風景の記憶がじわりと滲み出るように甦ってきて、なんともいえない気分になってしまう。


「こいつと同じので」


「あ、俺も」


「かしこまりました」


 ここでの飲食が目的ではない俺達はミックと同じものを店員に注文する。


 俺達の注文を聞くと店員は愛想笑いのつもりなのか夢に出てきそうなほど薄気味悪い表情を浮かべると足音も立てずに裏へと引っ込んで行った。


「じゃあ説明させてもらっていいか?」


 店員が移動したのを目で追ったミックは口につけていたカップをテーブルに置くと依頼の内容の説明に入っていいかと確認してくる。


「おう、頼むわ。って、うおぅっ」


 俺が頷くのと同時に、またもやどこからともなくさっきの店員が現れ、俺とレガシーの前に注文の品を置いてすっと下がっていく。


「気持ち悪いくらい気配がしないな……」


 注文した飲み物をすすりながらレガシーが呟く。


「びっくりしたわ。あ、すまん。続きを頼む」


 俺とレガシーは一通り驚くと、ミックに先を促した。



「まずはこいつを見てくれ」


 と、ミックがタブレットほどの大きさの金属の板を取り出して机の上に置いた。


 それに手を触れると四人の顔の映像が表面に浮かんでくる。


「うお、何それ?」


 ハイテクなブツに驚く俺。



 板の画面は四分割され、それぞれ男の顔が映っていた。


 男達の映像は全体的に薄暗かったり画面の方に顔を向けていないことから隠し撮りした感じが窺える。


 その中の一人は以前オカミオの街でやりあった男の映像だった。


 ビン底眼鏡に寝癖の残る茶髪と結構特徴があったので、忘れっぽい俺でも覚えている。だが、残りの三人には全く見覚えがなかった。



「簡単に言うとギルドカードの上位版みたいなもんだ。壊れたら洒落にならんから触るなよ」


「見るからに高そうだもんな。わかったよ」


「……こいつらは」


 ミックの説明によると顔写真を映す板はギルドカードの高級品みたいな物らしい。多種多様な機能がついているとかそんな感じなのだろうか。


 壊して弁償とか勘弁してほしいので素直に頷いておく。


 そんな中レガシーが表示された映像を見て驚きの表情を見せる。



「気付いたようだな、これがお前らのターゲットだ。レガシーは知っているだろうが一応説明させてもらうぞ?」


「おう、頼むわ」


「問題ない」


 板の映像はどうやらターゲットの博士たちらしい。


 現地で捜すとなると大変だし、事前に顔が分かっているのはありがたい。



「まず、お前らが倒したのがこのキーメラだ。モンスターを改造する研究をしていた奴だな」


「こいつか……」


「ビッグキラーウルフを作ったって自慢げに言ってたよな」



 寝癖の残る茶髪にビン底眼鏡の見覚えがある顔を指差しながらミックが説明する。俺とレガシーはオカミオの街でのことを思い出しながら相づちを打つ。


 頷く俺達の反応を見てミックは板の上の指を滑らせ次の人物を指差す。



「次にこいつ、名前はトボッロ。元々は義手や義足を作る技師だったが、才能を買われてある程度自立して動く大型鎧の研究をしていたようだ」


「へぇ」


「こいつは俺達の実験には直接関わらなかったが、試作品のテストに付き合わされて仲間が何人も犠牲になったな……」


 ミックが指差した映像は金髪でそばかすのどこか愛嬌のある顔をした成年だった。レガシーの話では人体実験には直接関わっていなかったらしい。



「次にこいつ、名前はゲッカー。モンスターの部位を人体に植えつけて身体能力を強化する研究をしていた奴だな」


「それまたやばいことを……」


「こいつの顔は見忘れることはないな……。全員散々世話になったぜ」


 次にミックが指差した映像は綺麗に整えた黒髪で細長いフレームの眼鏡をかけた男だった。身なりが細かい部分まで隙なく整っていることからどこか神経質さを窺わせる。どうやらレガシー達をいじくっていた中心人物がこいつのようだ。



「最後はこいつ、名前はローンク。個人でも何かやっていたようだがキーメラやゲッカーの補佐をすることが多いようだな」


「何をやっていたかわからないのか」


「こいつにも散々身体をいじられたな……」



 最後に指差した映像は白髪が混じる壮年の男だった。


 少し頬がこけているせいか疲れきってやつれているような印象を受ける。


 こいつ自身がやっていた研究は不明らしいが、ろくでもないことなのは間違いないだろう。



「以上だ。シュッラーノへと逃亡してきたのはこの四人以外もいるが、あくまでターゲットはこいつらだけだ。名前と顔を覚えておいてくれ」


「分かった。四人だけで逃げてきたわけじゃないんだな」


「忘れるわけないぜ。殺してやりたい奴の数なら両手におさまらないぜ?」


 どいつも特徴のある顔をしていたし見間違えることはなさそうだと思いつつミックに頷いてみせる。


 四人が代表的立場なのは分かったが、ミックの話を聞くと多分その下について散々やりたい放題やってきた奴らもそのままシュッラーノへ着いてきているのだろう。



「じゃあ、次は潜伏先の話に移るぞ」


「頼む」


「ああ」


 そう言ってミックが板をタッチすると四分割画面が人物の顔からどこかを写した風景へと変わる。四分割画面の内一つは黒画面になり、表示された景色は三つとなった。


 一つは荒野。一つは大きな島。一つは山の景色を映していた。


「……そこからは私がご説明しましょう」


 と、板の映像が変わると同時に、どこからともなく声がする。


「うおっ」


「またか」


 俺とレガシーがびくっと身を震わせながら側面を見ると、注文を取りに来た不気味な顔の店員がいつの間にか立っていた。



「おう、よろしく。こいつの名前はフォグ。情報収集を専門にやってるんだ」


「よろしくお願いします」


 ミックの紹介で店員が俺達の仲間だと分かる。


 名前はフォグと言うらしい、どっちかっていうとゴーストとかナイトメアって名前の方が似合いそうだが……。


「ケンタだ、よろしく」


「レガシーだ。続きを頼む」


 俺とレガシーは簡単に挨拶を済ませる。



「では、ご説明させていただきます。まず、我々の調査によりターゲットが潜伏している可能性がある場所を三つに絞り込めました。それが映像の三箇所です」


「なるほど」


 フォグは映像を指差しながら潜伏先についての説明をしてくれる。


 どうやら事前に複数ある潜伏場所を三つまで絞り込んでおいてくれたらしい。



「ですが、その一つがデーレ地方にある施設だったため、残りは二つになりました」


 フォグの説明にあわせてミックが荒野の映像に触れると画面が黒く染まる。


 残された映像は島と山となった。


 今消した画面に映っていたのは多分この間お邪魔した兵器工場があった場所だったのではないだろうか。


「あ〜、もしかしてあのデカい工場?」


「その通りです。それで残りの二つはミツヒキチ島という無人島とアーカ地方にある廃坑になります」


 絞られた三つの内一つが以前俺達が行った工場だったため、残すは二つとなるということだった。たった二つなら潜伏先の特定は案外なんとかなりそうだ。


「じゃあ、順にその場所へ行くのか?」


「いえ、最近状況に変化があったせいで潜伏場所の情報についてはこの街で得られるかもしれません」


 その二つの場所へ順に回るのかと思えばそうではないらしい。


「そなの?」


「ええ、この街で関係者が接触する情報を掴んだので上手くいけば現地まで行かなくても特定できる可能性が出てきました」


 フォグの話を聞いてなるほどと頷く。


 わざわざ現地まで行かなくてもその人物を当たれば解決できる可能性があるというわけだ。



「なるほど、その場へ行って盗み聞きするか後を着けるわけだな」


「そそ、場所と日時も分かってるから問題ない」


 俺がフォグの話に頷いているとミックが補足してくる。



「んじゃ、そこへはフォグが行ってくれるのか?」


「いえ、申し訳ありませんが私は次の任務につかねばならなくなりました。そのため、皆さんに引継ぎをお願いしたいのです」


 どうやらここまではフォグがやってくれていたが、これから先は俺達で対応しないといけないようだ。人手が少ないらしいから早速駆り出されたというところだろうか。


「なるほどね。他の潜伏先に残った奴らの残党狩りでもするのか?」



「いえ、全く別の任務になります。それにそちらの方は戦力が一箇所に集結しつつあります。そのため、他の潜伏場所は放棄して引き払っている状況ですね。戦力を一箇所に集中して、いよいよ事をはじめるといった段階に突入しているようです」


「まじか……」


 俺達がメインをやるらしいのでフォグは博士たちが潜伏している場所以外の施設に居る戦力を絶ちにいくのかと思えば全く別の任務につくらしい。


 更に他の施設にもはや人はおらず、全ての戦力が一箇所に集中していて行動を起こす寸前だというなんともデンジャースメルがする情報を頂いてしまう。


「はい、ですのでここからは迅速な行動が肝になってきます」


「結構ギリギリだったんだな」


 俺はフォグの言葉にしみじみと感想を漏らす。



「おう。だからお前らが協力してくれるって聞いてホッとしてるんだぜ?」


 ミックはそんな俺の言葉を聞いてニヤニヤと笑いかけてきた。


 実際俺達が協力しなければミック一人でやっていたのだろうか……。



「逆に言えばもう少しでチャンスを逃してたってことだな」


「ああ、俺にも運が回ってきたぜ……」



 博士たちはもう少しでボウビン国へ移動していたということだし、今回の依頼の話がなければ再会の機会を失っていたということになる。


 そういう意味ではレガシーにとっては運が良かったと言えないこともない。



「あと、申し訳ないのですが件の情報収集の際にもう一つお願いしたいことがあるのですよ」


 俺達が神妙な面持ちで緊張感を高めているとフォグから声がかけられる。


「他にも何かあるのか?」


「あんまり難しいことはやめてくれよ」


 俺とレガシーは依頼の難易度がドンドン跳ね上がっていくことに眉間に皺の数を増やしながら内容を尋ねる。



「実はシュッラーノ国側も今回の接触を嗅ぎつけたようなのです。そのためその場にシュッラーノ国側の追跡者も現れると思われます。つきましてはその人物も見つけ出して欲しいのです。シュッラーノ側に先を越されないよう、できれば相手を特定したいのです」


「……色々と面倒だな」


 フォグの話が進むにつれハードルが急成長していき、やる気が減退していく俺。



「まあ、盗み聞きしつつ他に怪しい動きをする奴を見つければいいだけだ」


 とミックが要点をまとめる。



 フォグとミックの話では俺達が向かう先にはシュッラーノ側の人間もいるらしい。そいつにはもう少し出遅れて欲しいので邪魔をしたいってことなのだろう。


「簡単に言ってくれるぜ」


 俺は注文の品を一口飲みながら愚痴る。


 口に含んでみると黒い色をしたその液体はどうやらコーヒーのようだった。



「ってことはミックが前みたいな変装をして近づく感じなのか?」


「いや〜、あれは無理かなぁ……」


 シュッラーノ側を探し出すのはミックがしてくれるのかとレガシーが聞くもどうにも歯切れの悪い返事が返って来る。ミックはその目立つ顔のまま変装なしで行くつもりなのだろうか。



「いや、でも、お前らが後着けたら目立つだろ?」


 俺はレガシーとミックの顔を順に見ながら呟く。


 悪魔顔のレガシー。縫い傷だらけの顔のミック。こんな二人が尾行なんてしようものなら目立って仕方ないと思うのだが……。


「って俺もかよ。まあ、その通りだが」


 レガシーは自分も含まれていたことに反論しようとするも一拍考えて納得する。



「その辺りは抜かりない。ちゃんと道具を用意しておいたぜ」


 そう言いながらミックはテーブルの上に紙袋を置いた。


「お、さすがだな」


「助かるぜ、ミック」


 テーブルの上に無造作に置かれた紙袋の中身はきっと尾行に役立つ便利アイテムなのだろう。それを見たレガシーもやるな、といった表情を見せる。


「まあ、俺もレガシーも目立つのはわかってたからな。というわけでこれを使うぜ」


 自信ありげなミックの言葉に頼もしさを覚える俺とレガシー。


 準備は万端だと紙袋に手を突っ込んでゴソゴソとするとミックはドヤ顔である物を取り出した。



「……どれだよ?」



 そんなミックを半眼で見据える俺。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

   

間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ