6 魔王を退ける者
そんなレガシーを見て俺も少し気を引き締めないといけないかもしれないと俺は拳を強く握り締める。
ここから先へ進めばもう後には引けないし、途中でブレないようにしっかりと気持ちを固めておく。
◆
「クソッ、まただ……」
ケンタに列車から落とされ、ドンナは苛立っていた。
念願叶ってケンタとの再戦を果たすも結果だけを見れば敗北。そして列車から落とされたせいでその後の行方も分からなくなってしまった。
落下した後、線路を辿って何とか目的の駅まで歩いて辿り着くもドンナの苛立ちは消えることが無い。
「チッ」
ドンナは少しでも気持ちを静めようと側にあったゴミ箱を乱暴に蹴った。
激しい音を立てて金属のゴミ箱がひしゃげ、周囲の視線が一斉にドンナへと注がれる。
そんな視線を全て睨み返して黙らせ、駅構内へと入ろうとしたところで背後から声をかけられた。
「……待て」
「あ?」
短い言葉で自分にかけられたものかも不確かだったが、なぜか振り返ってしまう。
そこには黒いトレンチコートのようなものを羽織り、鼻と口元を金属のフェイスガードで隠した男が立っていた。男の背には刀が一本背負われており、とても存在感がある外見のはずなのにすれちがう人々は全く気にしていない様子。
「……最近お前が護衛していた者達の行方を教えろ」
黒ずくめの男はドンナへ視線を合わせるとフェイスガードで見えない口を動かし、くぐもった声を出した。
「何のことだ?」
「お前が行く先々で暴力沙汰を起こしてくれたおかげで情報収集するのが楽だったくらいには知っているぞ? 護衛していた者達の行方を教えろ」
男はドンナに用があるのではなく、護衛していた人物の行方を知りたいようだった。相手をするのが面倒に感じたドンナは白を切ろうとするも男は再度同じ質問を繰り返す。
「お断りだ。お前に教えて私に何か得なことでもあるのか?」
「……なら、お前を列車から突き落とした男の行方と交換でどうだ?」
「チッ、いいだろう。あいつらはここから二駅先の街にいる。別れた後のことだから今もいるか分からんし、詳細な場所もわからん」
男の相手は面倒だったがケンタの居場所と交換と聞き、しぶしぶ了承する。
ドンナは最低限の内容を話すと今度はお前の番だと言わんばかりに男を睨みつける。
「……分かった。男はこの駅で降りた。行く先の候補地は三つ。デーレ地方のデスザウルスが出没する荒野にある施設、ミツヒ地方の無人島にある施設、アーカ地方の廃坑内にある施設の内のどれかだ。……では、さらばだ」
男はケンタが向かうであろう場所の候補を三つ挙げると踵を返してその場を去った。
「ああ、じゃあな」
男を見送りながらニヤリと口角を吊り上げるドンナ。
また一からケンタを捜さなくてはならないと思っていたのによく分からないところから有力な情報を得てドンナの顔が自然とほころぶ。
先ほどまで苛立っていたドンナの気分が晴れやかになっていく間に男は雑踏の中へと消えていった。
「その中の三つねぇ」
デーレ地方、ミツヒ地方、アーカ地方。
ドンナは男から聞いた場所を再度頭の中で反芻する。
そこは最近ある程度シュッラーノ内の地理に詳しくなったドンナでもなんとか知りえる場所だった。
頭の中で地図を思い描き、聞いた場所に鋲を刺して確認するも三方とも距離が開いており、一日中に三箇所回るのは不可能な位置関係にあった。
どこから攻めるか……。大いに悩ましい問題のため、ドンナは腕組みして考え込んでしまう。
「どうしたんだい? 難しい顔をして」
「予定の列車に乗っておられなかったので心配しましたよ? 何かあったのですか?」
そんな考え込むドンナの背後から声がかけられた。
ドンナが腕組みしたまま振り向くと、そこには不思議そうな顔で見上げる若い男女がいた。声の主はシュッラーノ国についてから護衛をしている少年とメイド姿の女のコンビだ。
……そう、ドンナはマスクの男に本当のことは話していなかった。
今も護衛中の者の情報を漏らすほどドンナも考えなしで行動しているわけではなかったのだ。見るからに怪しい男には適当なことを言って、退散してもらったというわけである。
「おう、悪い。待たせちまったな。悪いついでに護衛の仕事はここで辞めさせてくれ。急用ができた」
ドンナは二人の方へと振り返ると辞めさせてほしいと願い出た。
手に入れた情報を元にケンタを本格的に追うなら護衛の片手間にやるのは不可能と判断したためだ。
「いいよ。僕たちはしばらくこの街に滞在しているから用が済んで合流できそうならおいで。そしたらまた雇うよ」
「またお会いできるようであればその時はお願いします。今までありがとうございました」
少年はあっさりそれを了承する。
メイド姿の女も特にそれに反論することなく、簡単な挨拶を済ませる形となる。
二人とも何ごとにも執着が薄いようで、ドンナを引き止めるという考えには至らない様子。
「ああ、また会えたらその時は頼む」
二人のことをそこそこ気に入っていたドンナは事が済めば再度合流しようと考え、再会の余地を残した言葉を返す。
ドンナは二人に向けて軽く手を振ると定まらない目的地に頭を悩ませながら歩きはじめた。
「いってらっしゃい」
「道中、無事を祈っております」
そんなドンナを見送りながら手を振る二人。
「っと、そうだ。なんか変な奴にお前らのこと聞かれたから適当にはぐらかしておいたぞ? 滞在先には気をつけろよ」
思い出したかのようにはたと気づいたドンナは立ち止まって振り返ると、数刻前にあった出来事を説明しておく。
「分かったよ」
「何から何まですいません」
そんなドンナの忠告を真摯に受け止め笑顔を返す二人。
「おう、じゃあな」
そんな二人の表情を見て満足気に頷いたドンナは二人に背を向けて再度歩みはじめた。
◆
「家賃が無駄になっちまったな……」
結局ミック達の依頼を受ける事にした俺は出立の準備を終え、何もなくなった部屋を見渡した。
物がなくなったのですっきりしたが、元が古めかしくて手狭な部屋だったため、荷物の整理が済んでも綺麗になったという言葉はしっくりこない。
護衛の仕事が決まり、部屋を探すことになって仕事場へ近かったのでここに決めた。だがワンルームの古いアパートだった割に微妙に家賃が高かった。
そして、ほとんど利用しないままに解約する形となってしまった。
仕事の関係上どうしても出先で泊まる事が多かったこともあり、この部屋で寝たのはほんの数回だ。そのせいか特に愛着もない。
それでも異世界に来てはじめての我が家が森だった俺からすれば相当文明的な生活に移行できていただけに残念でもある。出先から帰って部屋の匂いを嗅いだ瞬間に“あ、俺の家の匂いだ”と落ち着くくらい住んでみたかった。ミックの依頼を済ませた後はそれくらいじっくり住めるところを探してみたいところだ。
(しかし、こうなってくるとショウイチ君に会えないのは痛いな……)
今回の依頼は結構危険な感じがするので爆弾を補充しておきたかったが、それは叶わなかった。前回転移の腕輪を使ってからあまり日数が経っていなかったので再使用できなかったのだ。今持っている爆弾は一つだけのため、慎重に使いどころを決めなければならないだろう。
「んじゃ、行くか」
ミックの依頼を終えたらその足で国を出るつもりなので、ここに戻ってくることはもうない。
そう思うと愛着はなくとも名残惜しい。
俺は扉の前で再度何もなくなった部屋をぼんやり眺めたあと外に出た。
(レガシーは終わったかな)
俺はそう思いながら向かいの扉を見る。
同じ仕事をしている上に同行することが多かった俺達は同じアパートの向かい同士に部屋を借りたのだ。
どうやらレガシーはまだ準備が終わっていないようで自室から出てきていなかった。俺が見つめる向かいの安っぽい扉の向こうからガサゴソと物音が聞こえてくる。
「おーい、まだか?」
「も、もう少し待ってくれ」
扉越しに声をかけてみるも準備に手間取っている様子。
だが、待ち合わせの時間が近い、そろそろ出ないとまずいのだが大丈夫だろうか。
「……おい、そろそろ待ち合わせに遅れるぞ?」
「すまん、片付かなくて……」
強めにノックしながらレガシーに催促するも、返ってきた返事からはまだ時間がかかりそうだということしか分らなかった。
「俺も手伝うわ。入るぞ?」
「お、おう」
仕方なく自分も手伝おうと扉を開いて中に入って驚く。
……レガシーの部屋は汚部屋と化していた。
そこかしこにゴミや洗濯物、開封していない荷物が散乱していて足の踏み場もない状態になっていたのだ。
「うお……、なんでこんなことになってるんだ?」
俺は爪先立ちになって次に足をつけられそうな場所を探しながら前進する。
「仕事に慣れてなくて片付けと洗濯を後回しにしてたんだよ……。そしたらこんなに溜まっちまって」
「あ〜、あるある。俺も引っ越し先で開けずに終わったダンボールとかあったなぁ」
「まあそういうわけなんだ。もう少しで片付くから待ってくれ」
悪戦苦闘中のレガシーの話を聞く限り、どうやら後回しにしているうちに収拾がつかなくなったようだ。
これぐらいなら後でやれると放置し、いざやろうと思った時には丸一日かかっても片付かないような状態になっていたというのは俺にも経験がある。こういうのは軽くできる分量の内にコツコツ毎日やるのがいいのは分かっているんだが中々できないものなのだ。
だが、このまま丸一日かけて片づけていると待ち合わせに間に合わない。
ここは俺が一旦全部預かってしまった方がいいだろうと考え、手近な洗濯物に手をかけた。
「いや、そういうわけにもいかんから俺が一旦預かるよ」
そう言うと俺は散乱するレガシーの私物を片っ端からアテイムボックスにしまっていく。
「くっ……! こいつは……」
そんな作業の最中、強敵と遭遇する。
それはレガシーの靴下である。別名魔王とも言う。
俺は一度こいつで意識を失った経験があるので細心の注意を払って行動する。
ギリギリまで接近し、息を止めると一気にアイテムボックスへしまいこむ。
「やった……、俺はやり遂げたぞっ」
目に痛みが走るほどの激臭を放つ靴下をしまい、達成感に満たされる。
異世界で魔王を退けた、つまりここが最終回で間違いない。
そんな俺の姿を見てレガシーがしらけた視線を送ってくる。
「手伝ってもらってるから何も言えんが……、そこまで大仰にガッツポーズをすることでもないだろうに……」
「この勇気ある偉大な行動が理解されないとはな……、英雄はいつだって孤独だぜ」
俺は目頭を押さえつつ首を振る。
が、指先に残った靴下の臭気に軽く眩暈を覚え、首どころか全身を振ってしまった。魔王の残党恐るべし……。
それから数分後には全ての物が俺のアイテムボックスの中へ収納され、汚部屋もスッキリした状態になった。
「相変わらずどういう仕組みか分からんがすごいな……」
俺の詰め込み作業が終わり、何もなくなった部屋で呆然とするレガシー。
「うし、次の定住先が決まったら渡すよ。ちゃんと片づけろよ?」
「ああ、その時は一日使ってまとめて仕上げるさ」
とりあえず次の住処が決まるまでレガシーの荷物は俺がそのまま預かることにする。
俺の問いかけにレガシーは神妙な顔つきで深く頷いた。
どうやら今回の失敗で片づけに燃えているようだ。
この様子なら次はきっとうまくやってくれるだろう。
「んじゃ、ミックに会いに行こうぜ」
「確か近くのカフェだったよな?」
無理矢理準備を終わらせ待ち合わせ場所を確認した俺達は早速ミックの元へ向かうことにする。
今から出れば待ち合わせには多分間に合うだろう。
…………
「ここか?」
「えらく辛気臭い店だな」
端々が朽ちたなんとも古めかしい店を前に俺とレガシーの率直な感想が漏れる。




