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5 謎の男


「なら、二人とも受けてくれるということでいいのかな」


 老人は穏やかながらも強い眼差しを俺たちに向けつつ、静かに最終確認を取ってくる。


「「ああ」」


 俺とレガシーは同時に力強く頷いた。


 …………


「詳しいことは彼に聞いてくれたまえ」


 老人は俺達を交互に見て優しげに頷くと、自身の背後を差した。



 そこにはいつの間にか一人の男が立っていた。


 老人と入れ替わるようにして男が俺達の前へと歩み出る。



 男の外見は薄めの茶髪がもっさりとした感じに乗っかっていて服装は紺のスリーピーススーツ姿で手には黒の革手袋をはめていた。


 そんな男の顔には縫い傷の痕があり、自然とそちらへ目がいってしまう。



 縫い傷の痕はとても大きく、失礼な話だが無意識に野球のボールを連想してしまった。


「では、私は次の仕事があるのでこれで失礼しますよ」


「あ、はい」


「はあ」


 老人は引継ぎを終えると俺たちに軽く会釈して踵を返した。


 俺達はいきなりのことで素っ気無い返事しかできないままに見送ってしまう。



「行かれるのですか?」


「ああ、後は任せたよ」


「はい」


 老人は縫い傷の男と軽く言葉を交わすとその場を去っていった。


 そして、老人を見送った縫い傷の男は俺達の方へと振り返る。



「よぉ、久しぶりだな!」



 振り返った男は俺達と目が合うと“久しぶり”と笑顔を向けてきた。


「お前の知り合いか?」


 が、覚えのない俺はレガシーの方を向いて知り合いなのかと尋ねる。



「いや、お前の知り合いじゃないのか?」


「……いや、知らんな」


 レガシーの方も思い当たる節がないらしく、気まずい沈黙が訪れる。


 こんな顔なら忘れることもないと思うのだが、俺達二人には覚えが全く無かった。



 なんとも言えない空気が辺りを支配し、縫い傷の男が可哀相になってくる……。


 もし俺が久しぶりに友人と再会してこんな態度をとられたら立ち直れないだろう。……なんとか思い出してあげたいところだが本当に覚えが無い。


 もしかしてこの男の勘違いじゃないのだろうか。



「んだよ、久しぶりに会ったっていうのにつれねえなぁ」


 俺達の反応を見てしょげた表情を見せる男。


「すまん。ていうか人違いじゃねえか?」


「なんていうか……、その顔なら忘れないと思うんだが」


 俺とレガシーは二人して首を傾げる。



「おいおい、ついこの間の話なのに忘れっぽい奴らだな」


 男はため息混じりに嘲笑するかのような笑みを浮かべた。


 俺達を見ながら覚えていないこっちが馬鹿じゃないのかというような表情を浮かべてくる。そんな顔を見ていると同情を通りこして妙な苛立ちを覚えてしまう。



「「誰だ!」」



 全く覚えのない俺達は二人同時に声を荒らげてしまった。


「目を閉じて俺の声を聞いてみろよ」


 男はやれやれといった感じで肩をすくめてみせながら目を閉じろという。



「目を閉じてる内に変なこととかするなよ?」


 目を閉じる=ハーレムものでのちょいエロ展開という脳の持ち主の俺としては男の指示に従うか凄まじく悩むこととなる。


 ……大丈夫っすよね?


「しねえよ」


 男は半眼で見据えながら短く答えた。



 仕方なく二人して目を閉じてみる。


 男三人で固まり、内二人が目を閉じて会話をする状況……、なんだこれ……。



「ほら、この声に聞き覚えがないか? そろそろ誰か分かってもらえないと淋しいんだが」


 男は俺達が目を閉じても何かするというわけでもなく、ただ話し続けた。


 そして声に聞き覚えが無いかという。


 ……そういえば確かに聞き覚えがあるような気がする。


 この声は確か――


「……ミック?」


「ミックだ!」


 ――そう、ミックだった。


 二人して目を見開いて驚く。



 ミックは、工場襲撃の任務を以前一緒にした仲間だ。


 だが、その際敵の攻撃を受けて死んだと思っていた。


 まさか生きていたとは……。


「おう、改めて久しぶりだな」


 ミックは俺たちに気づいてもらえたのが相当嬉しかったのか、歯を見せてニカッと笑う。



「お前生きてたのかよ!」


「死んだと思ってたぞ!」


「大体なんだよその顔、分かるわけないだろうが!」


「だよな。あの時にケガしたのか?」


 俺とレガシーはミックに近付き、肩や背を叩きながら無事だったことを喜んだ。


 だが、その顔はどうしたのだろう。あの時に負傷したのだろうか。



「あの時は騙して悪かったな、カモフラージュのために死んだフリしてたんだよ。それとあの顔は変装だ。こっちが素顔なんでよろしく!」


 縫い傷の男改め、ミックは笑顔で軽く手を上げて挨拶してくる。


「へぇ」


「まんまと騙されたぜ」


 どうやら以前の特徴の無い顔は変装らしく、また、死んだと思っていたのも偽装だったらしい。完全に騙されてしまった。


 俺とレガシーはそのことに驚きを隠せない。



「うし、誰か分かってもらえたところで仕事の話といきますか」


「おう、頼むわ」


 そんなミックと旧交を温めたところで本題へと移る。



「依頼内容はさっき言った三人の殺害だ」


 ミックは真剣な表情へと変え、話を続ける。


「でもそいつらってボウビン国にいるんだろ? ここからその国まで移動するのか?」



 以前聞いたレガシーの話では、そいつらはボウビン国の重要人物で、そうそう国外には出ないということだった。となると国外に出てきたところを狙うのだろうか。それともボウビン国へ乗り込んでいくのだろうか。



「いや、目標人物は現在シュッラーノ国にいる」


「そうなの? レガシーの話では基本国内の軍施設から出ないってことだったけど」


「以前はな……、今は別の意味で重要人物だな……」


 ミックの話ではそいつらは現在シュッラーノ国にいるらしい。


 少し言葉尻が濁っていたところをみると、何か話の続きがありそうだ。



「すまんがその辺りについて知っていることを教えてくれないか? 俺が国を出てから何かあったのか?」


 そこまで説明を聞いたところでレガシーがミックに詳細を尋ねる。



「ん〜、全部話すと長くなるから掻い摘んで話すけど、国のトップが替わって軍部に監査が入ったんだよ。その時に極秘に行われていた人体実験が明るみに出て、問題になったみたいだな。その後、中心人物を処分する段になって、そいつらが逃げ出したって感じだ」


「そんなことが……」


 ミックの説明を神妙な顔で聞くレガシー。


 どうやら話を聞く限り、ボウビン国で一悶着あったようだ。



「ただ逃げただけなら良かったんだが、そいつらは勤めていた時にこういう事態を想定していたみたいでな。どうやら数年前から研究資金を流用して隣接するシュッラーノ国に潜伏用の施設を大量に作っていたようなんだ。まんまと追跡を撒いて逃走に成功したそいつらは現在、大量にある施設のいずれかに隠れているって状態だ」


 軽く息を吐き、やれやれといった表情で語るミック。


「施設を作るってなんだ? 家を建てたのか?」


 どうやら依頼の人物は逃走に成功し、今はどこかで潜伏していて、その施設がシュッラーノ国にあるらしい。


 それにしても施設と表現される潜伏場所の規模も気になる。


 なんかデカそうなんですけど……。



「まあ……、調べた限りでは、色々と内装にこだわった豪邸だな……」


「豪邸ねぇ。内装って家具や照明のことじゃないんだろ?」


「どちらかというと兵器を研究開発するのに必要な機材類だな」


「それは凝ったインテリアだな」


「しかも、開発したそれらを活かしてボウビン国への復讐を企んでるみたいだ。上手くやって研究員に返り咲くどころか国のトップに成り代わろうとしている臭い」


「おいおい……。てか、そんな状態ならレガシーの手配って取り下げられてたりしないのか?」


 ミックの話をまとめると潜伏先はただの隠れ家ではなく、かなり設備も整っており、そこで復讐のために牙を研いでいるということらしい。


 なんとも物騒な話だがそうなってくると渦中の被害者であるレガシーの手配は取り下げられていてもおかしくないのではないだろうか。


「ん〜、一応取り下げられてはいると思う。だが国内で起きた不祥事絡みだから余り他国に知られたくないということもあって、手配がかかったときのように大々的に情報を流していないはずだ。だから国によって対応がまちまちになっている状態だろうな」


「最悪じゃないか……」


「まあ、そんなもんだろうな」


 どうやら予測を交えたミックの考えによると“取り下げられてると思うけどあんま変わんないよ”ということらしい。


 当のレガシーは予想通りといった表情で軽く頷く。



「ま、残念だがそういうこった。と、いうわけで、依頼内容としてはそいつらが行動を起こす前に数ある施設の中から潜伏先を見つけてターゲットを暗殺することだ。一応資金の流入を止めることには成功したので、これ以上戦力が増強されることはないと思う」


 ミックは神妙な顔つきで依頼内容を簡潔に説明する。


「なんかハードル高くね?」


「暗殺を強調していることとそいつらが国への報復を考えてるって話を聞く限り、潜伏先にいるのはそいつらだけじゃないってことだよな?」


 依頼の内容を詳しく聞いてみると、どうにも結構大変そうな印象を受けてしまう。今まで黙って話を聞いていたレガシーも博士達以外にも相当戦力がいるのを危惧してミックに質問をぶつける。


「……どうだろうな?」


 が、そんな俺達の言葉にそっぽを向いて応えるミック。


「誤魔化しきれてないぞ?」


「……お前らの予想通りだよ。まあ念押しするようだがターゲットの暗殺が目的だ。それ以外の戦力は無視していい。とにかく指揮系統を排除して混乱させる。後はこちらで処理するから大丈夫だ」


 やはり博士たちはかなりの戦力を抱えている様子。


 依頼内容をまとめてみると潜伏先を特定し侵入。その上で博士たちを暗殺の後、脱出となるようだ。



「そんな重要な仕事を大した関わりも無い俺らに振ってくるのか?」


 聞けば聞くほど行きずりの俺達に振るような依頼ではない気がする。


 本当に大丈夫なのだろうか。



「まあ、うちは小さいからな。猫の手も借りたいってことよ」


「猫の手ねぇ」


「お前らの実力は工場で見たし、レガシーの経歴は調査済みだったから、あながち関わりが無いのを誘ってるってわけでもないんだぜ?」


「後処理とかちゃんとできるんだろうな?」


 小さい組織で手が回らずレガシーは元々勧誘予定だったと明かすミック。


 聞けば聞くほど使い捨てにされるんじゃないかとどうにも不安になってくる。



「まあ、処理するのは俺達じゃなくてシュッラーノ国の連中だけどな」


「あんたらってシュッラーノ国かボウビン国の人間なのか?」


 ミックの説明ではターゲット暗殺後の処理はシュッラーノ国の連中がしてくれるらしい。となると老人とミックは逃走した博士達を追うボウビン国か、処理をするというシュッラーノ国の人間なのだろうかと聞いてみる。


「違う。ボウビンで内乱に発展する可能性とシュッラーノが強気に出るのを回避したいだけだ」


「そうなのか?」


 が、返ってきたミックの言葉を信じるならその二つの国との関係はないらしい。



「問題なのはターゲットである博士たちがボウビン国でなく、シュッラーノ国に潜伏していることだ。ボウビン側としては色々国の機密を知っている博士たちの事をシュッラーノ側に話して協力を求めるわけにはいかないが国外なので干渉しにくい。シュッラーノ側はボウビン側の情報を得るチャンスな上に相手に協力したという弱みを握れるので、てぐすね引いて協力要請を待っている。なので俺達のやることは情報源となるものを全て処理した後、旨味がなくなったところでシュッラーノ側にそれを知られないように教えて残存戦力を処理してもらうのが理想形だ。まあ、そこまで上手くいかなくても良いとは思ってるけどな。適度に虫食い情報にすりゃいいんだよ」


「大体わかった」


 要はシュッラーノ側が得をしすぎず、ボウビン側が損をしすぎないように調整するといった感じっぽい。


「まあ色々話したが当面の目標は潜伏先の特定だ」


 ミックは指を一本立てながら俺達を見る。


 何をやるにしても潜伏先を突き止めないと話にならないということなんだろう。



「ところでミック、その依頼って何人でやるんだ?」


「俺とお前らの三人だな」


 結構規模の大きい話だったので他にも依頼に当たる連中がいるのかと思えばそんな事もなく、俺達だけらしい。……なんとも泥船臭が半端ない。


 これならわざわざ依頼を受けずに俺とレガシーだけで行動した方がまだ増しなのではないだろうか。


「なあレガシー」


「何だ?」


「案外話がデカいぞ? 面倒そうだし依頼は断って俺らだけでその仇を討っておかないか?」


 俺はレガシーの方を向くと二人だけでやらないかと話を振る。


 正直、依頼という形をとるより、その方が自由度が高い気がしたからだ。



「あ、ちなみにここまで聞いて断ったら情報漏えいを危惧して今回の件が落ち着くまで拘束させてもらうぞ? もし抵抗するようなら敵対勢力として対応することになるからよろしく。ターゲットの前で三つ巴になっても厄介ごとが増えるだけだぞ?」


 が、俺の言葉を聞いたミックが知られたからには生かしておかん、といわんばかりの説明を付け足す。



 結構重要なことも言っていた気がするし、それも仕方がない処置かもしれない。


 ……しかし、それならそれでこんなところで話していいのだろうか。


 どちらかというと断れないように誘導しているようにも思える。



「……先手を打たれました」


「やるしかねえってことだな」


 結局やるなら依頼を受ける形でしか無理ということになる。


 拘束から脱して現地でミックとやりあいながら博士を倒そうとするのは余計なハードルが増えるだけだ。



「受けるか」


「俺ははじめからそのつもりだぜ」


「分かってるさ」


 改めてレガシーに確認をとるも迷い無く“やる”と即答されてしまう。


 まあそう言うと分かってはいたが、俺との覚悟の違いを見せつけられてしまった気分だ。



 そんなレガシーを見て俺も少し気を引き締めないといけないかもしれないと拳を強く握り締める。



 ここから先へ進めばもう後には引けないし、途中でブレないようにしっかりと気持ちを固めておく。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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