4 依頼
「食後の腹ごなしにしてはかなりハードだったな……」
俺はうつ伏せに寝そべってトンネルをやり過ごしつつ、そう呟いた。
…………
なんとかドンナを退け、食堂車へと戻ろうとすると車両の入り口に護衛筆頭が立ちふさがっていた。
「……え、なんでここに」
こんな所で遭遇するとは思ってもみなかったため、そんな呟きが自然と漏れてしまう。
「あれだけ音がすれば警戒のために見に来る。それよりお前」
「はい」
護衛筆頭は柱のように太い腕を絡ませて腕組みすると俺を見下ろしてくる。
睨まれて身じろぎ一つできない俺は二メートルはありそうな護衛筆頭を見上げながら次の言葉を待つ。
「今何時だと思っているんだ? 休憩はとっくに終わっているぞ」
護衛筆頭の言葉にそういえばそうだと気付く。
ドンナと戦っているうちに休憩時間が終わってしまっていたのだ。
そして護衛筆頭の後ろで手を合わせて謝るジェスチャーをしているレガシーが目に入る。どうやらその仕草からして引きとめようとして失敗に終わったようだ。
「すいません」
素直に謝る。
「上で戦っていた奴はなんだ? お嬢様を狙った賊か?」
「え〜っと、あれは俺を狙った奴です」
話題は変わり、上で起こったことについて問われる。
嘘をついて誤魔化してもいいが食堂車で聞き込みをされればバレてしまうと考え、正直に話しておく。
「なんで護衛の貴様が狙われるんだ! それではお嬢様に危害が及ぶかもしれないではないか!」
「おっしゃる通りです」
俺の説明を聞いた護衛筆頭が目を見開いて怒り出す。
そりゃそうだ、と思いつつも俺だって狙われたくて狙われているわけじゃないんだとも思ってしまう。まあ、そんな事を言えば火に油を注ぐようなものなので、大人しく頭を下げる。
「お前のような危険人物を護衛として雇えるか! クビだ!」
「あ、はい。短い間、でしたけど……、お世話になりました」
が、事は厳重注意で終わるどころか解雇となってしまった。
ご令嬢の前でゴネればどうにかなるかもしれないが、これもいい機会だしそのまま乗っかって辞めてしまうことにする。
ただ、クビと言われると案外ショックだったようで自身に妙な動揺があり、言葉が詰まりがちになってしまう。相変わらず俺の小市民ぶりは健在のようだ。
「お嬢様の部屋周辺には近づくな! 今回の件は俺から報告しておく」
「ご迷惑をおかけしました」
護衛筆頭からはご令嬢には近付くなと釘を刺されてしまう。
確かに他にもあんなのが現れればたまったもんじゃないし、賢明な判断だろう。
俺は再度頭を深く下げて護衛筆頭がその場を去るのを見送った。
…………
ほんの数瞬の間に仕事をクビになり、護衛をしている車両にも近づけなくなってしまった。
こうなってくるとご令嬢の部屋の近くに自分達も部屋を取っていたため、車両に近付くわけにもいかず、食堂車で時間をつぶすことになる。
「ん〜、この場合手続きとかどうすんのかね。給料貰えるかな……」
グラスの水を飲みながらちょっと面倒なことになってしまったなと思ってしまう。とりあえずこの距離感を保って戻った後、ご令嬢とは会わないままに護衛筆頭と手続きを進めていく形になるのだろうか。
「お〜、黄昏てるな」
そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、レガシーが俺に声をかけながら正面の席に腰をかけた。
「あれ? 休憩は終わったろ?」
俺はグラスをテーブルに置きながら首を傾げる。
「あー、タイミングが良かったから俺も辞めてきた。他にも護衛はいるし、二人くらいいなくなっても大丈夫だろ」
「そか。次はどこに行くかね」
疑問の言葉を向ければ辞めてきたとあっさり告げるレガシー。
俺はその言葉に短い言葉しか返せず、つい窓の方を見てしまう。
「その前に手続きだな。とりあえず戻って今回の処理が終わる二〜三日後に顔を出せってよ」
「了解だ。色々と悪いな、助かるよ」
辞めたといってもまだ会話でのみのこと、色々と処理があるのだろう。
俺としても今まで働いた分の給料は貰っておきたいので、そこは面倒臭がらずにことを済ませたい。
俺は頷きながら話をまとめてくれてきたレガシーに礼を言う。
……色々と気を回してくれるレガシーには頭が上がらない気分だ。
「いいってことよ。それより呑もうぜ?」
レガシーは軽い調子でそう言うと手を挙げて従業員を呼ぶ。
「それもそうだな。呑むか!」
俺もいつまでも暗い雰囲気は御免なので気持ちを切り替えて明るく振る舞う。
もはや勤務中でもない今となっては目的地に着くまで列車での旅を楽しむだけでいい。なら呑まない手はないだろう。
「前の約束がまだだったし、退職祝いにしこたま飲ませてやるよ」
「お、いいね」
レガシーとは何度か酒を奢って貰う話になったことがあったが、色々と立て込んでいたせいもあって今まで流れていた。
レガシーからの申し出もあったことだし、丁度いい機会だからしっかりとゴチになっておくことにする。
「ほらよ」
「おう。さて……何を飲もうかなっと」
俺はレガシーから差し出されたメニューを受け取り、開く。
分厚いメニューには酒専用のページが存在し、目的地に着くまで俺を飽きさせないことを確約してくれる。
メニューを開いた俺は何を飲むのか入念な検討に入った。
…………
その後、列車にしばらく揺られ、俺達は目的の駅へと無事到着した。
駅はいわゆるターミナル駅というやつで、かなりの数の列車が停車できる広大なものだ。元の世界では見かけないなんとも異世界テイスト溢れるデザインの列車が多数停車している光景はファンタジー映画のようで妙な趣がある。
それだけの数の列車が停まれるだけのホームも存在し、乗り降りで行き交う人の数も凄まじく、どこの景色を切り取っても都会の匂いが漂ってくる。
この駅に来るのも何度目か分からないが、この都会さ加減にはまだなじめていない。
どうやら転生してはじめて異世界に降り立った国が割と田舎だったらしく、シュッラーノ国の街へ来た時はちょっとしたカルチャーショックを受けてしまった。
といってもシュッラーノ国が一番文明が進んでいるわけでもないようで、ちょこちょこ噂に聞く魔法都市がある国はもっとすんごいことになっているらしい。
よく考えたら俺以外にも転生者が結構来てるっぽいし、そういう技術革新を手伝った奴がいたのかもしれない。
そしてこの国では街中で普通に車も走っていたりする。
レトロな雰囲気が漂うデザインの車がブイブイ走り回ってる光景を見たときは開いた口が塞がらなかったものだ。
魔石を動力源に動く列車と自動車、さらには飛空艇、なんともファンタジーである。
シュッラーノ国は国土が広く、そのためダンジョンの数も多い。
そこに三等市民というマンパワーに物言わせて大量の魔石を確保し、多少の技術的問題は力技でねじ伏せてしまっているのだろう。大量の三等市民がダンジョンへ送り込まれて魔石収集に明け暮れる様が眼に浮かぶようだ。
そんな事を考えながら人で溢れるホームを見渡しつつ列車から降りる。
ほろ酔いの俺達はのんびりと出口を目指した。
「さて、どうするかね」
「しばらく暇になっちまったな」
ご令嬢の迷惑にならないよう、時間差で降りた俺とレガシーはやることもなくなり、駅構内でぼんやりとしていた。さっさと家に帰ればいいだけの話ではあるがちょっと酔っているせいか行動に的確さがなくなり、ゆったりとした歩調で所在無くさまよってしまう。
「もう一軒行くか?」
「ありだな」
などと二人で話しながら駅を彷徨う。
急ぐ用があるわけでもなく、のんびりと家路につこうとしていると不意に背後から声をかけられる。
「やあ、また会いましたね」
振り向くと、食堂車で少し話した老人が柔らかい表情で佇んでいた。
「あ、どうもです」
もう会うこともないだろうと思っていた俺はちょっと驚きつつも軽く会釈する。
「どうしたんだい? 顔色が優れないようだが」
「いやあ、仕事クビになっちゃいまして、辞めようと思っていた割には精神的ショックがデカかったみたいですわ」
老人に表情から今の精神状態を見抜かれてしまう。やっぱり年の功って奴なのだろうか。俺は頭をかきながら素直に事情を話した。
「そうか、これも縁かもしれないな。良かったら私の仕事を手伝ってくれないかね?」
「まじっすか? どんな仕事なんですか?」
すると老人が仕事をしないかと誘ってくる。
これは渡りに船だと飛びついた俺は仕事の内容を尋ねた。
老人の表情が穏やかなことと会話の流れが妙に自然だったため、まるでそう聞かないとまずいと急かされたように勢い良く聞いてしまう。
「要人暗殺だ」
「……え、そういうのはちょっと」
が、返ってきた内容は予想外の物だった。
温厚そうな顔をしてなんとも物騒な仕事を持ちかけてくる。
妙な空気の中、俺は言い淀みつつもそれをなんとか断る。
「まあそうだろう、それが正常な反応だと思うよ。それにこの仕事は元々隣の君に持ってきた話だったんだ」
「え、俺ですか?」
俺の反応を見てあっさりと引き下がった老人はレガシーの方に向き直る。
そして柔らかな表情を幾分か引き締めた。
「そう、君だ。行方がわからなくて諦めていたんだが上手く会えて良かったよ」
「……誰の暗殺依頼なんですか?」
老人の言葉にただならぬ物を感じたのか、レガシーは依頼の詳細を聞こうとする。
「キーメラ、トボッロ、ゲッカー、ローンクの四人だ。内一人はすでに君たちがやってしまった後だがね」
「あんた一体……」
俺は老人から聞かされた名前に全く覚えがなかった。
内一名は俺達がやったというが一体誰のことだろうか……。
ふとレガシーの顔を見れば、その四人の名前に心当たりがあるのか目を見開いて固まっていた。そんな状況の中、事情を把握できない俺を置いてきぼりにして老人の話は進んで行く。
「残りの三人のことについて詳しく知りたくないかい?」
「分かった、受ける」
老人の誘いにレガシーは険しい表情のまま即答した。
「おいっ!?」
いくらなんでも怪しい誘いだったため、俺はレガシーの肩を掴んで思い留まらせようとする。
「今言った名前の奴らはこの間話した研究チームの中心メンバーだ。で、キーメラってのがオカミオの街でやりあった奴の名前だ」
「……そういうことか」
レガシーは老人を見据えたままこちらを見ずに話してくる。
……デーレナイン収容施設でレガシーの境遇については少し聞いた。
なんでも仇を討ちたい相手がいるが軍の研究チームにいるので手が出せないという話だった。だが、なぜかその内の一人とは少し前に偶然遭遇でき、倒すことが叶った。
そして残りの三人について目の前にいる老人が何か知っていて、殺してくれという。レガシーからすれば願ってもない情報だろうし即答してしまうのも無理ないかもしれない。
「あいつらはボウビン国にいるんじゃないのか?」
「依頼を受けてくれるなら詳しく話すよ」
「おい、止めとけって!」
尚も話を進めようとするレガシーの肩を揺すって止めようとする。
いくらなんでも話が怪しすぎる。
本当に知っているか保証のない話だし、こちらから正しいかどうか確証を得ることも叶わない。完全に向こう任せの話だ。
「お前は受けるな。これは俺一人でやる」
が、真剣な表情を見せるレガシーの決意は固いようだった。
どうやらレガシーはこの依頼を断るつもりはないらしい。
ただ、怪しい依頼ということも充分わかっているようで、俺には受けるなと言ってくる。感情的になってはいるが冷静な部分も残っている様子。
それほどまでに……、藁にすがってでも知り得たいこと、やりたいことなのだろう。
そんなレガシーの言葉を聞いて俺はどうするか、ということになるが――
「は? お前が受けるなら俺も受けるに決まってるだろ?」
「いいのか?」
「ないわー、ちょっと水臭いわー」
――当然受けるに決まっている。
二人揃って受けないのであればもちろん断るが、レガシーを見捨てて俺だけ受けないという選択肢は端からない。
今の感じを見る限り、もし力ずくで止めてもこいつは結局受けようとするだろう。
なら受ける以外の選択肢はない。
散々助けられた奴が一人で危険な仕事を受けようとしているのに、それを黙って見ているほど俺も薄情ではない。大体、ついさっきもなんの躊躇もなく俺と仕事を辞めると言ってくれた奴を一人で行かせるとかありえないわけで。
「なら、二人とも受けてくれるということでいいのかな」
老人は穏やかながらも強い眼差しを俺たちに向けつつ、静かに最終確認を取ってくる。
「「ああ」」
俺とレガシーは同時に力強く頷いた。




