3 ナッツクラッシャー
「なんだ? 私が世話してやろうか?」
「え?」
などと考えていると、急に背後から女の声が聞こえた。
振り向いて声の主を確認すると、それはさっきから胡桃を掌でいじって音を立てていた奴だった。
片手に胡桃をもってカチャカチャさせながら骨付き肉を手で食うというよく分からないことをしていたため、なるべく関わりにならないようにしていたが、どうやら声を聞く限り女だったらしい。
チラ見だった上に髪はベリーショートで黒いスーツを着ていたため男と勘違いしていた。
というかその声、なんか聞き覚えがあるような気がする。
どこで聞いた声だろうと後ろ姿を見ながら記憶を手繰り寄せようとするも思い当たる節がない。
ベリーショートに近い髪は色素が抜けたように薄い金髪。
全身は俺とお揃いの黒スーツ姿だ。
こんな恰好の奴に知り合いなんていただろうか――。
そんなことを考えていると女は立ち上がり、こちらへと振り向いた。
「よぉ、捜したぜ」
「これはこれは……」
振り向いたその顔には見覚えがあった。
髪と同じく色素が抜けたように薄い碧眼、そして死人のように真っ白な肌。
強い相手と戦うことが三度の飯より好きで執拗に俺の命を狙ってくる元ギャングの女。
――ドンナだ。
「ああいうのがいいんだろ? こんな感じによォ……」
ドンナは手の上で遊ばせていた二つの胡桃を握り締める。
するとミシリという不穏な音が聞こえたと思った次の瞬間、バキリと豪快な音を立てて胡桃が砕け散った。飛散した胡桃の殻が俺の額にぺしりと当たる。
「ヒェ……」
俺はそれを見て縮み上がる。
ちなみに海外ではくるみ割り機、ナッツクラッシャーのことを……おっと、誰か来たようだ。
「間に合ってます」
俺は額に付いた胡桃の殻をそっとつまみながら即答した。
「遠慮すんなって」
ドンナは潰した胡桃を投げ捨てるとこちらへとゆっくりと歩み寄ってくる。
こいつもこんな場所では無茶はしないだろうと判断し、俺はニヤニヤと口元を歪めるドンナに背を向け食堂車から移動しようと歩き出す。
だが、ドンナは当然のような顔をして俺の後に着いてきた。
「着いてくるなよ……」
俺は歩くことを止めずに顔だけ振り向いてドンナを睨みつける。
「待てよ」
が、ドンナは俺から離れようとしなかった。
目をギラつかせ、今にも襲い掛からん勢いで迫ってくる。
「待つかよ」
俺はドンナを振り切ろうと早足で歩き出す。
「なら代わりにテメエの護衛対象をぶっ殺すぞ?」
「ぇ、まだ雇用中だからまじで止めて」
強引に立ち去ろうとする俺に軽く苛立ちを覚えたドンナは脅しをかけてきた。
その内容はこいつの性格ならやりかねないものだった……。
ドンナの強さなら俺達の防衛網を突破してご令嬢を傷つけられる可能性がある。
その場合、仕事の失敗を突かれて最悪三等市民へ落とされるかもしれない。
地味に顔が広く、かなり高いポジションにいるここのご令嬢ならそれがありえる……。
本当に止めてほしかったのでドンナに向けてつい懇願の言葉が出てしまう。
「なら表出ろや」
「表って……、ここ列車の中だぞ?」
するとドンナは顎をしゃくって表に出ろと言う。
走行中の列車内で表に出ろとはどういうことか……。
まさか飛び降りろと言っているのだろうか。
「来な」
ドンナは俺を追い越すと着いて来いと手招きをする。
釈然としない俺は仕方なくそれに続いた。
…………
で、表に出た。
具体的には天井に出た。
ドンナに案内されて到着したのは走行中の列車の天井だった。
「ここが表ね、一つ勉強になったよ」
強風にあおられながら辺りを眺めれば、パノラマで広がる田園風景が高速で過ぎていく。
「フウウウゥゥゥゥゥウ」
そして列車の走行音に紛れて体全身の空気を吐ききるような長い呼吸音が聞こえてくる。
そちらを見ればドンナが拳を赤黒く染め上げている姿が目に入った。
「テメエにはもう会えないと諦めてたのによぉ。こうやって会えるとは天に感謝しないとなぁ、えぇ?」
「その天は俺の敵だ」
上機嫌のドンナが柄にもないことを言い出す。
だがそんな天は俺の敵以外何者でもない。
「テメェとの再戦までに随分と時間がかかっちまったぜ」
ドンナは首を回しながら赤黒く染まった拳同士を打ち鳴らしてこちらを睨みつけてきた。どう見てもやる気満々なその姿からは今すぐにでも俺に殴りかかりたいといった感じが伝わってくる。
「そのまま年老いて死んでも良かったんだぜ?」
俺はドンナと再会できた自分の心境が相手に伝わるように片手剣とナイフを抜いて構える。
「御託はいい……、行くぜぇ……」
「来られてもなぁ……」
心底嫌がる俺の言葉など聞こえなかったのかドンナは一気にこちらへと接近し、拳を繰り出した。
俺はうんざりしながら軽く身をそらしてその拳をかわす。
「ラアッ!」
が、続けさまに蹴りが来る。
「くっ」
俺は迫り来る蹴りに片手剣をあわせて斬りつけた。
するとまるで金属の棍棒にでも切りつけたかのような鈍い音が響き、片手剣が軽く弾かれてしまう。
蹴り足を捌くことはできたが、今の感触からしてダメージは無さそうだ。
どうやらドンナは足の方もスキルを発動していたようだ。
以前は露出度の高い服を着ていたため、スキルの発動の有無が目視で判断できた。だが今は黒スーツを着ているため、はっきりと分からない。
ドンナの持つスキルは腕や足を変色させ、金属のように固くするものだ。
一見単純だがその分汎用性が高い。
今回のように服でカモフラージュすると発動しているかも分からないので何気に厄介だ。
蹴り足を弾くもドンナの猛攻はそこで終わらず次の拳が迫る。
俺はその拳もなんとかかわす。
「ハハッ、どうしたどうしたっ!」
ドンナの乱打は途切れなく続き、こちらから攻撃する隙を見つけられず、防戦一方となってしまう。
素早さを重視して一撃が軽いのであれば、わざと攻撃を受けるようにして反撃することも叶うかもしれない。しかし、ドンナの放つ全ての攻撃は俺をダウンさせるのに充分な威力を秘めている。
素早いうえに重いのだ。
一発貰えば怯んでしまい、そこに二撃目が加わればダウンしてしまうだろう。
その為、慎重に一発一発をかわし、捌く。
接近した状態では不利と判断し、少しずつ後退しながら距離を空けようとするもドンナはそれを許さず確実に詰め寄ってくる。
「オッラアアアアアアッ!」
そこへドンナの大振りな上段蹴りが来た。
(ここだっ!)
俺はそれに合わせて片手剣で【剣檄】を発動し、その蹴りを弾いた。
金属がぶつかり合うような豪快な音と共に片手剣を持つ腕とドンナの足が大きく弾かれる。
俺の方は腕だったため、姿勢はそれほど崩れなかった。だが、ドンナは片足立ちの状態で足を弾かれたため、大きく姿勢を崩して倒れそうになる。
俺はそこで【縮地】を発動し、ドンナに肉薄すると【短刀術】に切り替え、ナイフで連撃を放つ。初撃は上手くドンナの脇腹を捉える。が、少し浅い。
そこで止まらず二撃、三撃と打ち込むも姿勢を持ち直そうとするドンナに拳に捌かれてしまう。だが、今がチャンスなのは間違いないので何とか攻めを持続させたい。
「ハッ!」
攻勢を維持したかった俺は連撃の締めに回し蹴りを放った。
「クソがっ!」
虚を突かれたドンナは反応が遅れ、かわすこともできず、防御も遅れる。
その隙に俺の放った渾身の蹴りはドンナの頭部に見事命中した。
頭部を思いきりあらぬ方向へと向け、数歩後退するドンナ。
俺はすかさず再度ナイフでの連撃を放とうと接近を試みる。
「やってくれるじゃねえええかあああっ!」
だが、蹴りを受けたドンナは凄まじい叫び声を上げながら即座に復帰し、俺を迎え撃とうと構える。
どうやらさっきの一撃がドンナの何かに触れ、逆に火をつけてしまったようだ。
激高したドンナは俺のナイフでの攻撃を受けつつもそのまま連打を放ってきた。
「うおっ」
余りの勢いに気圧され、対処が遅れてしまう。
折角作った攻勢をひっくり返され、再びドンナの攻撃をかわす状態に逆戻りとなってしまう。
「オラッ、オラオラオラアアアッ!」
「くそっ」
俺は必死で怒声と共に放たれる弾幕のようなドンナの連撃をやりすごしていく。
【剣檄】はクールタイムのため、再度同じ戦法は使えない。
それを知ってか知らずかドンナは先程より勢いを強め、多少の被害を気にせず突っ込んできた。
どうにもできなくなった俺は一旦仕切りなおそうと【縮地】で後退する。
距離を開けて息を吐くとドンナが俺の方を見て楽しそうに口元を歪めているのが見えた。
「おいおい、それ以上下がっていいのか?」
連撃の手を止めたドンナが俺の後方を見ながら更に口角を吊り上げる。
挑発の類だと判断した俺はそんな言葉など気にせず、すり足で半歩下がる。
が、後方には何もなかった。
足をつけようとするもそこには何もなかったのだ。
俺は足を踏み外しそうになりながらも慌てて踏みとどまる。
「くっ」
どうやら気付かないうちに車両の連結部まで追い詰められてしまったようで後がない。
「終わりだっ!」
立ち止まって動きが鈍ったこちらの瞬間を狙ってドンナが飛び掛って来る。
「うおっ」
怒声と共に振るわれたドンナの拳を転がるようにしてなんとかかわす。
転がる俺をギリギリまで追跡してきたドンナの拳はそのまま車両の天井を軽々と貫き、客席に通じる小さな穴を開通させた。
「ハアァツ!」
俺は突き刺さった拳が抜けないだろうと判断し、前転から起き上がり様にナイフで刺突を行う。
「ダラアッ!」
だが、ドンナは力任せに拳を天井から引き抜くと、素早く俺のナイフを受け止めた。そして、空いた腕で拳を突き出してくる。
俺はナイフを手放し、後方へ飛び退きながら鉄杭を投げつけた。
しかし投げた鉄杭は赤黒く染まった腕に防がれ、跳ね返されてしまう。
「そのナイフ返してくれない?」
俺は飛び退いた位置から更に後退しながら間合いを離しつつ、空いた掌をドンナに向けてくれくれと動かす。
「ヘッ」
ドンナはそんな俺を無視してナイフを無造作に放り捨ててしまう。
太陽の光を一身に受けたナイフは銀光を反射しながら放物線を描いて一足先に降車していった。
俺はそんなナイフを見送りながら次の手を考える。
「こうなったら封印していたあの技を出すしかないな……」
俺は残された片手剣を鞘にしまい、素手で構えを取りながら呟く。
「なんだ? 奥の手があるならもったいぶってないで、さっさと出した方が身のためだぞ?」
俺の呟きを耳聡く拾ったドンナは自分の優位が揺らがない自信があるのか、余裕を見せてくる。
「食らっても後悔するなよ?」
余裕の表情を見せるドンナの言葉を受けた俺は、仰々しく腕を動かしてそれっぽい構えをとる。
「あ? 誰に向かって言ってるんだ?」
そんな仕草を見て素早く身構え、俺に集中するドンナ。
「どうなっても知らんからな! はあああっ!」
掛け声を上げながら俺はその場に素早く倒れた。
倒れる全身を腕立ての姿勢で受け止めると、そのままうつ伏せになる。
「あ?」
真剣な顔をしてうつ伏せに寝転がる俺を見て呆気にとられるドンナ。
次の瞬間――。
――ゴンッ!
トンネルにドンナが衝突する鈍い音が響く。
次に人体程度の重さの何かが列車から落ちる音が聞こえ、その後は列車の走行音だけが静かに鳴り響く状況へと戻る。
「ふぅ……」
俺は軽く息を吐いて緊張を解く。
危ない局面もあったがなんとか挑発に乗せ、俺に集中してくれたおかげでうまく誘導できた。今回ばかりはドンナの直情的、好戦的性格に感謝しなければなるまい。
「食後の腹ごなしにしてはかなりハードだったな……」
俺はうつ伏せに寝そべってトンネルをやり過ごしつつ、そう呟いた。




