17 嵐の前の静けさ
「何やってるんだ……俺は」
「何やってるんだ……お前は」
かけられた声にハッとして振り向くと、そこにはルーフが佇んでいた。
その顔は能面のようだった。
よだれを垂らし、焼いている魚に今にも飛び掛ろうとするアレックスを必死に押さえている。
「急に焼き魚が食べたくなってな……」
「焼きすぎだろう……」
ごもっとも。
「いや出来上がったらお前のところにも持っていこうかと思って少し多めに焼いていたんだ」
実際、うまく焼けたらおすそ分けがてら遊びに行こうと思っていたのでそう告げる。
「ッ!」
ルーフの能面のようだった顔が今度は眉間に銃弾を撃ちこまれたかのような顔になる。
「お前の厚意にも気づかず、私はお前を食い意地の張った奴だと思ってしまった……私は……私はッ……ぐっ……すまん!」
目頭を押さえ泣きそうになるルーフ。
段々こいつのキャラが掴めてきた気がするのは気のせいではないだろう。
「そ、そんなことより食うか? 持って行く手間も省けたし、焼き立てだとうまいぞ」
「すまん!」
「アレックスも大丈夫か?」
「ああ、塩気は少ない方がいいが、問題ないだろう」
「いいってよ、ほれ」
そう言って俺は塩が振ってある皮の部分を剥がして地面に置く。
「ウォン!」
アレックスは待ってましたとばかりに魚へ駆け寄り、口で拾い上げると歯を上手く使って頬張る。
「ハフッハフッ」
熱いのか焼き魚と格闘を続けるアレックス。俺はそんな姿を見ながらルーフとのんびり魚を食う。
「俺さ、しばらくしたらこの街を出ることにしたよ」
丁度いいタイミングなので話しておくことにする。
「そうか、どこへ行くのか聞いてもいいか?」
「ああ、冬場でも冒険者なら稼げそうなメイッキューの街に行ってみようかと思ってる」
「なるほど、あそこはダンジョンがあるからな」
「らしいな。正直ここより物価が安ければどこでもいいんだがな」
「あの街はここより遥かに賑わっていると聞く。物価も安定しているだろう」
「俺でやっていけるか不安だが、ここでの生活に限界を感じてな」
「お前なら大丈夫さ。この魚を焼く腕があればどこでもやっていけるさ」
ルーフはそう言いながら、串と骨だけになった焼き魚をひらひらさせる。
「いや、冒険者としてやっていきたいんだが」
「冗談だ。あそこにはダンジョンが何種類かあって初心者向けのものもあるそうだから問題ないだろう」
「なるほど、ダンジョンは一つだけじゃないんだな」
「ああ、私も詳しくないがそうらしいぞ」
「そういえば、今日はどうしてこんなところにいるんだ?」
メイッキューの情報も聞けたところで気になっていていたことを聞いてみる。
もしやまた光の柱を見られたのではと内心ビクビクだ。
「街からの帰りだ。燻製を売ってきたところさ」
「おお! あれか、あれはうまいし人気がありそうだな」
「ああ、市場でも私の作った燻製はご婦人方に好評でな。今日も完売さ」
燻製は確かにめちゃ美味かった。しかし、市場でご婦人方に人気なのはお前がイケメンだからだと俺は思う。
「そ、そうか」
「なぜかいつも料金以外にも食べものを渡そうとする人が多くてな。悪いから要らないと断るのだが、皆強情で譲らないんだ。今日もこの通りさ」
と何かが入った袋を見せる。中身はきっとイケメン宛のプレゼントでぎっしりなのだろう。
「完売を祝ってこれからうちで祝杯さ。お前も一緒にどうだ?」
ルーフは白い歯を光らせながら飯に誘ってくれる。いい人だ。
「お、いいね」
俺は快諾し、家までの荷物持ちを買って出た。
そしてその日はそのままルーフの家でご馳走になり、しこたま飲んだ。
一夜明け、ルーフ家を後にした俺は、ゴブリン狩りに精を出すことにする。
最近では背後から攻めれば四匹位の集団なら反撃を受けることなく倒せるようになってきた。
相変わらずレベルは上がってないので、ステータスとは無関係に体の動かし方が上手くなってきたのだろう。
ドンドン効率が上がるもゴブリンがいなくなることはない。
数が減ってきたと感じれば場所を移動して狩る、そこも減ってきたと思えばまた移動する。
そんな感じで場所をかえながら狩っていき、ぐるっと周って戻ってくるころには元の状態に戻っている。
場所さえかえればどこでもいる、そんな印象だ。
経験や報酬的にはありがたい事だが恐ろしい繁殖力である。
そんなわけで遠慮なく狩り続けた。
ドンドン狩ってドンドン光の柱を作る日々がしばらく続く。
誰も気にしていないのをいいことに光の柱を同時に三本作って調子に乗っていたら、柱が結合して一つの巨大な塔のようになったこともあったが概ね順調だった。
光の塔を見て血相を変えたルーフが駆けつけたが概ね順調だった。
酒場でも光の塔の呪いとか話題に上っていたが概ね順調だった。
…………
そんなこんなで何事もなく準備が整った。
溜め込んだ焼き魚のお陰もあって予想より早くその日が来た。
特にやり残したこともなく、後は旅立つだけだ。
(最後に顔を出しておくか)
翌日出立することにし、今日はルーフに挨拶してこようと考えていた。
早速ルーフの家を訪ねてみる。昼過ぎにきたが都合良くいてくれるだろうか。
まあ一日あるのでいなければ待てばいいだけの話だ。
「ルーフいるか?」
ドアをノックしてみる。するとしばらくの間を置いて扉が開く。
「ああ、ケンタか」
と、ルーフとアレックスが出迎えてくれる。
タイミングが合ったようでうまく会うことができた。
「明日ここを発つことにしたよ。お前には世話になったから挨拶をと思ってな」
あまり長居するつもりはなかったので本題を話す。
「そうか、旅の無事を祈っているぞ。明日出るなら今日は泊まっていくか? 急だったから大したものはないが食い物ならあるぞ」
「いや、今日は行きたいところがあるんだ。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
「そうか。なら、ちょっと待ってろ」
ルーフはそう言うと奥に行って何かを取ってきた。
「選別だ。持っていけ」
そう言って俺にぽんと焼き物を投げてよこす。
焼き物の容器には何かが入っているようでしっかりとした重さを感じる。
「これは?」
「酒だ。燻製の方が良かったか?」
「すまん。助かる」
売り物の燻製まで持ってこられると悪いので、素直に酒を受け取ることにした。
懐がカツカツのこちらからは何も返すことができないのでちょっと心苦しい。
「ダンジョンで一稼ぎしたら何か旨い物でも持ってくるよ」
向こうでうまくいったら土産話で一杯やりたいところだ。
「期待しているぞ」
「向こうで落ち着けたらまた来るよ。それじゃあ、しばらくさよならだ」
「ああ、またな」
「本当にありがとう!」
俺は酒を掲げながら別れを告げて、ルーフの家を後にした。
ルーフだってそんなに余裕があるわけでもないだろうに、悪いことをしてしまった。もらった酒は大事に飲もうと心に決める。
森に帰ると、いつもの川辺に移動し夕食にする。
アイテムボックスから焼き魚と野菜や果物を出して食べる。焼き魚はかまどから取り出したときのままで温かい。
この場所もかなりお世話になった。
料理、食事、洗濯、水浴び、耳剥ぎと色々やった。
水がなかったらもっと大変なことになっていたはずだ。また森で生活するようなことがあれば川を探すのは必須だろう。
川でのことを思いながらのんびりと食事をし、食べ終えるころには日が沈み始めていた。
もう眠ることにして、はじめて森で寝た場所に移動する。
ここを去るなら最後はあそこで過ごしたかった。
一歩ずつ思い出しながら歩き、倒木が重なり合った崖に着く。
ここにも散々世話になった。
木の間に入りながら今日までのことを思い出す。
ゴブリンをはじめて倒した時はガチガチになるまで緊張した。
ここに寝ると決めた時も緊張して結局眠れなかった。
今考えると夜行性の獣や蛇に襲われかねないのに大丈夫だった。
多分、その理由はゴブリンが大量にいるせいだ。
大量にいるゴブリンが他の動物を根こそぎ食料にしてしまっているのだろう。
あいつらは日中活動するので夜に遭遇することはまれだ。
だからこんなところで寝ていても大した被害にあわなかった。
街には恵まれなかったが森には恵まれた。運が良かったとは言い難いが最悪ではなかったといったところだろうか。
俺は木の隙間から月を眺めながら、明日からも最悪にはならないことを願いつつ眠りについた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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