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23 頑迷固陋な種火





「……チッ、気に入らねえ街だな」


 色々あったがシュッラーノ国へと無事入国を果たし、近隣の街へと到着したドンナはイラついていた。



 街へ入ってからというもの、やたらと男に絡まれるのだ。


 絡んでくる男達は皆、自分は一等市民だからお前は言いなりになれと迫ってくる。



 どの男も軽く睨みを利かせるとしゅんとなってそそくさと逃げ出すが、中にはしつこく付きまとってくるのもいて、うんざりしていたのだ。


「おぃい、そこの君ぃ。止まりたまえ〜」


 街に入って間もないのに宿にすら辿り着けず、ドンナの怒りがピークに達しようとしていた時、また声をかけられる。


「なんだ!」


 もはや我慢の限界に達していたドンナは声がした方へと勢いよく振り向いた。



「んん〜、威勢が良いねぇ。とりあえずこちらへ来たまえぇ」


 振り返ると小柄で中年太りの男が目元を歪めて手招きしているのが見えた。



「あ? なんでテメェの言うことを聞かねえとならねぇんだ?」


 ドンナは立ち止まったまま男を睨みつける。



「んん〜、分からないかなぁ? 分かるだろおぅ?」


 だが男はドンナの睨みも意に介さず、ねちっこい口調で思わせぶりに喋る。



 そして男はドンナを下から順にじっくりと嘗め回すように目を這わせた。


 自分より高い身長、引き締まった肢体、露出度の高い服装、死人かと思うほど白い肌、色素が抜けたような金髪と碧眼、その顔立ちは強気を通り越して餓えた獣を思わせたが男にはそれがたまらない様子。


 じっくりと眺め回し、満足したのか舌なめずりをして口元を拭う。



「ぁー、分かった分かった。でも面倒だ、お前がこっちに来い」


 観念したドンナは諦めたような口調でお前が来いと手招きを返すと路地裏へと入り込んでいった。



「ぉおい、ぉおい。どこへ行くんだい? 待ちたまえぇ」


 中年太りの男はドンナの後を追って、小走りに路地裏へと入る。



「ハァハァ……、何だ、こんな暗がりに呼び込んで。私はちゃんとした個室でお願いしたいのだが」


 あまり運動する機会がないのか、男は軽く走っただけでも汗びっしょりになってしまっていた。



 入り込んだ路地裏は思いのほか薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていたため男は身を縮ませながらドンナが立っている方を目指して歩いてくる。



「ガタガタうっせえなぁ……。さっさとおっぱじめるからコッチに来いよ」


 腕組みしたまま男の方を見据えて顎をしゃくるドンナ。


「こ、これでいいのかいぃ?」


 ドンナの傍まで辿り着いた男は恐る恐るといった体で顔を見上げた。



「ああ、いいぜ……」


 路地裏の袋小路で待っていたドンナは囁くように返事をすると男を見下ろしたまま、ぐるりと回って壁際へと押しやる。


 そして組んでいた腕を解いて伸ばし、そのまま男の顔の両側を抜け、壁へと手を着ける。



「まあ、いいかぁ。じゃあ服を……」


 ドンナを見上げた男は興奮した様子でまくしたてようとした。


 次の瞬間――。


「じゃあ、いくぞ?」


 相手の言葉を遮るようにしながら静かに言うとドンナはおもむろに男の襟首を掴んだ。そしてもう片方の腕を振りかぶる。


 男は慌てて手を振りながら抗議しようと口を開いた。



「な、何をす……グハァッ!」


 殴る。


「わ、私が誰だか知って……グフォッ!」


 殴る。


「私は一等市民のマク……グベァッ!」


 殴る。


「こんなことをしてただで済むと……グバァッ!」


 殴る。


「お前は今日敵に回してはならない相手を……アバァッ!」


 殴る。


「ず、ずいまぜぇぇん。ゆるじでぇえ……ブバァッ!」


 殴る。


「こ、これで勘弁してくだしゃぃいい」


 見るも無残な顔になった男は懐から財布を出して泣きながらに訴えた。



「チッ、はじめからそうしろ。死にたくなかったら次からは相手を選ぶんだな」


 ドンナは舌打ちしながらそれを奪い取り、捨て台詞を吐いた後、男の襟首から手を放す。



 顔が限界まで凹んだ中年太りの男は力尽きて膝から崩れ落ち、ぐったりと倒れた。


 それを見届けたドンナは元居た大通りへと踵を返す。


 そのとき、大通りの方からこちらへと早足で向かって来る人影が見えた。



「貴様何をやっている!」


 その場から去ろうとしていたドンナの前に立ちはだかったのは軍服を着た男だった。軍服の男はドンナを睨みつけて問い詰める。


「だ、だずけっ」


 それを好機と見たのか中年太りの男がすかさず軍服の男へ助けを求めようとした。



「あ? このおっさんがすっころんで顔打ったからよ。介抱してやってたんだよ、なぁ?」


 が、ドンナは余裕たっぷりに事情を説明すると中年太りの男へ射殺すような視線を向ける。



「ヒィッ、ぞうでず、ありがとぉお」


 縮み上がった中年太りの男は本意ではないお礼をドンナに告げた。



「おう、気をつけろよ」


 ドンナは背を向けたまま中年太りの男へ手を振ると軍服の男の横を抜け、大通りへと向かう。


「おい! 待て!」


 だが現状に納得できなかったのか、軍服の男はドンナを引き止めようとする。




「あん? おいおっさん、私は待った方がいいのか?」


「い、いぇええ。行って下さいぃいい」



 ドンナはそんな軍服の男を無視して中年太りの男へ再度視線を向けて訊ねる。


 すると中年太りの男は泣きながら行ってくれと懇願した。



「だとよ。一等市民様の指示なら仕方ねえよなぁ?」


「くっ……」


 改めてここがどんな街かを理解したドンナは軍服の男に向き直って口元を歪めると悠々と大通りの方へと踏み出した。


 路地裏から日の光が溢れる大通りへと戻り、溜息をつく。



「面倒臭え街だな。……服を替えるか」


 ドンナは自身の恰好を見下ろしてそう呟いた。


 どうやらこの街ではドンナの服装は刺激が強すぎるようで、男の目を必要以上に引いてしまうのだ。



「ついでに髪も切っちまうか。ずっと伸ばしたままだったしな……」


 歩きながら伸ばしっ放しの髪に触れ、そう呟く。



 獣を思わせるほど好き放題に伸びた髪もこんな時でもない限り、切ろうという考えには至らなかっただろう。


「それにしても手がかりがねぇな」


 街に着いたはいいが肝心の“探し物”に関する情報がない。


 探し物の足取りが掴めていない上にこの国は広い。



「……とりあえず仕事でも探して金を工面するか」


 闇雲に探しても見つからないだろうと判断したドンナは当面の活動費を手に入れるために仕事を探そうと考えるのだった。


 とりあえず宿に向かおうと一歩踏み出すと、丁度眼前で口論している人影が目に入る。どうやら老人が若い男女に詰め寄っているようだった。


「貴様! わしが一等市民と知っての振る舞いか!?」


 老人は杖を振り回しながら唾を飛ばして怒鳴り声を上げる。



「ううん、知らなかったよ。ごめんね?」


 きょとんとした表情のまま口語調で謝る少年。



「私からも謝罪します。申し訳ございませんでした」


 それに続いて頭を下げるメイド姿の女。


 ドンナはそれを見て老人が一等市民で若い男女はこの国のことをあまり知らない旅行者なのでは考えた。そう思えてしまうのは若い男女が老人がなぜそこまで激高しているのか全く分からないといった表情をしていたからだ。


 数瞬前に一等市民に絡まれた自分と若い男女がなんとなくダブって見えてしまうせいか、ついその口論の行方をじっと見守ってしまう。


「ふふん、中々良い心掛けじゃないか。よし、そこの女、わしについて来い」


 素直に謝る二人に気を大きくしたのか、老人はメイド姿の女を指差すとそんな命令をしてくる。ドンナはそんな老人の台詞を聞いてうんざりする。――またか、と。


「ごめん〜、それは困るんだ」


「申し訳ございませんが、その指示には従えません」



 だが老人の言葉を受けた少年はそれをあっさりと断った。


 本当にあっさりと……、まるで友人の頼みでも断るかのように。


 メイド姿の女もそれに続く。



 ドンナはそんな二人を見て“よく言った”と、“言ってしまったか”という気持ちが同時に訪れた。そんな心境にいたドンナの予想通りの結果が目の前で起こる。


 老人が顔を真っ赤にしてプルプル震えだしたのだ。



 見かねたドンナはしょうがねえなといった体で一歩踏み出す。



「なんだとぉおお! 貴様ぁ! わしの言う事が聞けんというの……ブベァッ!」


 殴る。


「おい、お前」


 地面に倒れた老人を一瞥し、よく分からない汁と血がついた拳を振りながら少年の方へと向き直るドンナ。


「ん、僕かい?」


 眼前で暴力沙汰が起きたというのに相変わらずきょとんとした表情で首を傾げる少年。



「そうそうお前だ。この街はこう見えて物騒なんだ。良かったら私を護衛として雇わないか? サービスしとくぜ?」


 倒れた老人の腹に蹴りを入れて止めを刺しながら少年に自分を雇わないかと営業をかけるドンナ。



「そうだね、いいよ!」


 そんな凄惨な現場を見ても朗らかな笑顔で了承する少年。



「私も荒事には慣れておりませんので助かりました」


 少年の後に続いて礼を言って頭を下げてくるメイド姿の女。


 どうやら交渉成立の様子。




「ああ、よろしく頼むぜ。といってもこの国に来たのは最近で地理には疎いからその辺は当てにするなよ?」


「偶然だね! 僕達も最近この国に来たんだよ?」


「色々と勝手が違って難儀していたのです」



 と、簡単に挨拶を済ませる三人。


 やはり若い男女もこの国に来たのは最近のようだった。


 まあ、そうだろうなと思っていたドンナは獣のような営業スマイルを向ける。



「面倒事は任せな。ボコボコにしてやるよ」


 街に着いて早々仕事にありつけたドンナは拳をゴキリと鳴らすと獰猛な笑みを浮かべるのだった。





 男の趣味は旅行だった。



 といってもそれは豪華な物ではなく、最低限の荷物だけを持って各地を転々と渡り歩く慎ましいものだ。



 移動も無駄な出費を抑えるためになるべく徒歩で行う。


 男はそこそこ腕に自信があったため、そんな根無し草のような生活を送っていても冒険者としてなんとか食っていけていた。



 時にはトラブルに巻き込まれたりもしたが、様々なものを見れるという魅力の前には瑣末なことだった。


 ただ、そんな男にもあまり長居したくない国はいくつかある。



 そんな中の一つが今男が滞在中のシュッラーノ国だ。


 シュッラーノ国は限られた市民にとっては天国のようなところかもしれないが、よそ者にとってはいつ犯罪者に落とされるかもしれない危険な国なのである。



 そのため男はここでの旅行は早々に切り上げ、次の目的地であるミーニ国へと向かう途中であった。


 ミーニ国は小さい上に田舎だが、とても風情があり景色が良いと評判の国だ。



 男の頭の中は次の目的地のことで一杯になり、少しでも早く居心地の悪いシュッラーノ国を抜けようと自然と進む足に力が篭る。



 しばらく街道を進んでいると進行方向上に女が立ち止まっているのが見えた。


 男はそれが気になり、なんとなく女の方へと視線を向けてしまう。



 女は雪のように真っ白な髪をしていて、とても綺麗なシルエットをしていた。


 だが、女は泣いているのか両手で顔を覆っていて肝心の顔が見えない。


 どうにも美人の雰囲気が漂い、一目顔を見たいと思った男は女の方へと近づいてしまう



 ――スゥゥウウウウウウ、ハァァアアアアアアア。


 近づいてわかったことは女は泣いていなかったという事だ。



 どうやら泣いているのではなく深呼吸をしているようだった


 その呼吸は顔を両手で覆ったままでも周囲に音が聞えるほど大きなもので、男はそのことに違和感を覚える。


 いぶかしみつつも更に近づくと女はブツブツと独り言を言っていた。


 小さい声なのではっきりと聞こえないが同じ言葉を繰り返しているのがなんとなく分かる。



 女の怪しさに軽い寒気を覚えながらも旅好きの男は好奇心が勝り、立ち止まる事もできず引き寄せられるように近づいてしまう。


 一歩、また一歩と。


 女まであと数歩というところで呟く声がはっきりと聞こえてきた。



 両手で顔を覆った女は――


「臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い、はぁ、臭い臭い臭い臭い臭い」


 ――と連呼していた。



 旅好きの男は今頃になって女の異常性に気づき身を強張らせる。



 後数歩で側に寄れるところまで来たが完全に立ち止まってしまう。



 そこで女は深呼吸と独り言を終えて、顔を覆っていた両手を離した。



 両手から解放されたその顔は男の予想通り浮世離れした美貌だった。


 真っ白な髪と青と黄金、色が違う両目がそれを更に引き立てる。


 男は言葉を失い見惚れてしまう。



 顔から離した女の両手には包み込むようにして小さな布の切れ端が乗っていた。


 衣服の切れ端だろうか。


 女はその切れ端を大事そうにしまいこむ。



 男がそんな動作を不思議そうに見惚れていると、女は予想もしない行動に出た。



 なんと女はおもむろに地へ伏したのだ。


 どうやら側に男がいることも気付いていないようで、熱心に地面を見つめている。



 そして地面へ顔をこすりつけるかのように鼻を近づけはじめた。


 女は地を這うような姿勢のまま鼻を鳴らすと顔を上げ、口元を吊り上げた。



「こぉおおおっちぃいいいだぁぁああああ!!!」


「ヒイッ!」


 不気味な声に身を縮こまらせる男。


 地の底から響くような声音は目の前の女から発せられたものだった。



 女は素早く立ち上がると何事もなかったように歩きはじめる。


 放心状態の男は女が通り過ぎて行ってもしばらくその場から動けなかった。



 …………女が通り過ぎてから男は思う。



 これだから旅は止められない、と。


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