18 蠢く舌と掃除屋
再度救援を要請すると呆れたような物言いでレガシーが武器を抜く。
二人で会話している間に掃除屋とパトリシアは凄まじい速度で接近し、俺との距離を縮めてきた。
…………
掃除屋とパトリシアは自分が先に攻撃しようとぶつかり合いながらもこちらへと迫ってくる。
向かって来る様を見ていると、どうやら協力して俺を殺すという発想がないらしく、お互いを邪魔な障害物としか意識していないようだ。
二人はまるでどちらが先に俺を殺すのかを競い合っているかのようにしてこちらへと走り寄る。
そんな中、苛立った掃除屋がショルダータックルでパトリシアをつまずかせると一気に前に出てきた。
「ッハァッ!!」
障害物がなくなって晴れやかな表情を見せる掃除屋が俺へと接近する。
「勘弁してくれよ」
俺はぼやきながら片手剣を構え、待ち受ける。
「シシッ!」
怪しげな声を上げつつ掃除屋が俺に向かってハンマーを下からすくい上げるようにして振り上げた。
俺はそれを上体を反らすようにしてかわす。
掃除屋はハンマーに振り回されるように身体をそのまま回転させ、回し蹴りを放ってくる。
「くっ」
俺は更に上体を反らして蹴りをやり過ごす。
が、蹴りが過ぎ去っても回転を止めない掃除屋はその勢いに任せて手斧を振り下ろしてきた。
上体を思い切り傾けた俺はそれをかわすことができずに固まってしまう。
「邪魔するぜっ!」
そこへレガシーの蛇腹剣が乱入し、手斧を弾き飛ばした。
俺はそのまま体が倒れるに任せてブリッジからバック転に移行して姿勢を戻す。
「ヒャヒャッ!」
そこへパトリシアが掃除屋を押しのけてナイフを突き出してきた。
その動作はとても流麗でナイフの扱いに長けていることを窺わせる。
俺は片手剣でナイフを受け流すようにして弾くと、同時に手甲から鉄杭を抜いて投げつけた。
「ヒャーーッヒャヒャッ!」
奇声を上げるパトリシアは軽く頭を傾けただけで鉄杭をかわし、空いた手で掌打を放ってくる。
「うっ」
掌打は俺の顎を捉え、数歩後退するようにしてふらついてしまう。
「ヒャヒャッ!」
そこへ狙いすましたかのようにナイフでの連続突きが迫る。
掌打を受けた俺はふらつくままに任せて屈み、ナイフをかわしながら下段蹴りを放つ。蹴りはパトリシアの脛を捉え、手応えを感じる衝撃が自身の足に伝わってきた。パトリシアは俺の蹴りを受けてバランスを崩して突きを止めてしまい、そこから体勢を整えようと踏ん張る。
「ハッ」
俺はその隙に崩れそうな姿勢のままナイフを抜いて側面へと回り込む。
走りながら身体を安定させ、中腰の姿勢から【短刀術】に切り替え連続斬りを放つ。
「ヒャヒャッ!」
が、相変わらずの奇声と共にことごとくナイフで防がれてしまう。
何とか一撃見舞おうとナイフでの連撃を続行するもパトリシアのナイフ捌きの前にお互いの攻撃が通らず、こう着状態のようになっていく。
激しくぶつかり合うナイフ同士が奏でる金属音の中、不意に側面から風切り音が聞える。
「ッ!」
音がした方に視線をやれば凄まじい速度でハンマーが近づいてきていた。
慌てて前転してかわす。
俺を狙ったハンマーは空を斬り、好戦的な笑みを貼り付けた掃除屋と眼が合う。
転がる俺目掛けて掃除屋の踏みつけ、パトリシアの刺突が同時に迫る。
「フレイムアロー!」
そんな同時攻撃が命中する寸前にレガシーのフレイムアローが飛来する。
「邪魔だ!」
それを嫌った掃除屋が手斧でフレイムアローを弾く。
「クッ」
フレイムアローを警戒したパトリシアは突きを止めて身構える。
その間に俺は立ち上がり、手斧を振って大きく身体を開いた掃除屋を狙う。
「パトリシアを頼む!」
「了解だ!」
レガシーにパトリシアを任せ、掃除屋へ肉薄する。
「ハッ」
俺は【短刀術】に身を任せ、ナイフで連撃を放つ。
【短刀術】の鋭く途切れのない流れるような動作で掃除屋を翻弄する。
掃除屋はそれをかわしきれず切り傷を増やしていくも、そんなことにはお構いなしでハンマーを振り回してきた。
「相変わらず滅茶苦茶だなっ!」
俺は迫ってきたハンマーを【剣術】に切り替えて片手剣で弾く。
片手剣でハンマーを退けるとそこから身体をひねって回し蹴りを放つ。
「シシッ!」
掃除屋も弾かれた反動を活かして回し蹴りの動作に入る。
――バシイィィッ!
俺と掃除屋の放った回し蹴りが交差し、激しい音が辺りに響く。
蹴り脚での鍔迫り合いのようになり、力での押し合いへと発展する。
俺はそれを嫌って【縮地】を発動し、蹴りを放った姿勢のまま瞬時に後退した。
「っと」
急に支えを失い、ふらついた掃除屋は態勢を整えようとする。
俺はその隙を逃さず、再度【縮地】で接近を仕掛けた。
一気に肉薄してナイフで連撃を放つ。
腿、腹、背、肩と足元から上半身にかけて蛇が這うようにして切り刻む。
「グウォッ!」
完全に無防備な状態で連撃を受けた掃除屋は攻撃をかわしきれず、全てをその身で受け止めた。
「ハハッ!」
が、掃除屋は全身から血を流しながらも俺の攻撃を無視して頭突きを仕掛けてきた。笑い声を上げるその顔はどこか満足気で熱狂的陶酔のようなものを感じさせる。
「うおっ」
攻撃に集中していた俺は突然のことにまともに頭突きを受けてふらつく。
「シシッ!!」
そこへ振り下ろされる手斧。
全身を負傷しているとは思えない速度で手斧が俺に迫る。
なんとかすんでのところでかわそうとするも肩をかすめてしまう。
「くそがっ!」
俺は手斧をかわしながら相手の適当な傷口目掛けて肘打ちを放つ。
「シシッ」
全身傷だらけの掃除屋は俺の肘を受けて顔を引きつらせながらも笑顔を絶やさない。肘打ちを受けて動きが鈍ったところで更に腹部へ足を蹴り入れる。
深々とめり込んだ俺の足は掃除屋を思い切り吹き飛ばした。
だが掃除屋は何度か地面を転がるもすぐに起き上がってくる。
「今のは効いたぜ……、シシッ」
体中傷だらけになり、今にも崩れ落ちそうな状態のはずなのに掃除屋の笑顔は崩れない。
「そのまま死んでも良かったんだぞ?」
俺は返事をするも注意は怠らない。
掃除屋はかなりの深手のせいかすぐにこちらへ向かってこず、肩で息をしながらじっとこちらを見てくる。俺も畳み掛けるか迷う展開だったため、一拍の間が空く。
その間を活かしてレガシーの方を見れば優勢に戦いを進めているのが窺えた。
接近しようとするパトリシアに距離を保ったまま攻撃を仕掛けて確実に追い詰めているのがわかる。
間が空いたせいで気が付いたが、いつのまにか俺とレガシーが隣り合わせになり、掃除屋とパトリシアに向かい合う位置関係になっていた。かなりの乱戦だったせいで気が付かないうちに随分とレガシーに近づいていたようだ。
丁度向こうもパトリシアが攻めあぐねているせいか、軽いこう着状態となっている様子。
これならレガシーも問題なく勝てそうだと思いながら正面へと向き直ると、息を整えた掃除屋が口を開く。
「相変わらず中々しぶといねぇ、シシッ」
「しぶといのはお前の方だろうが」
手斧を軽く回して遊ばせながらこちらを見据えてくる掃除屋。
俺からすれば重症を負っても元気そうにやってるこいつの方がよっぽどしぶとい印象だ。
掃除屋の接近に注意しながら身構えていると、レガシーとパトリシアの会話が聞えてくる。
特に大声というわけでもなかったが、ここは広い上に何もないせいか声がよく響くようだ。
「人の恋路を邪魔するなんて子供っぽい真似はやめていただけませんか? ヒャヒャッ」
「友人として恋人は選んだ方がいいって思うわけよ」
どうやらパトリシアは俺に攻撃しようとする度にレガシーに邪魔されて相当苛立っている様子。
接近しないとパトリシアの得意な戦法を取れないのだが、レガシーは蛇腹剣と魔法を活かして徹底的に中、遠距離戦を保持している。そのためパトリシアは中距離戦を余儀なくされ、実力が発揮できないでいるのだろう。
「さて、第二ラウンドと行こうか。シシッ」
「そろそろ道を譲って頂きますよ。ヒャヒャ」
掃除屋とパトリシアが再度攻め入ろうと武器を構えなおす。
「二ラウンドKO負けしたくなかったら降参するんだな」
「悪いな、ここは通行止めなんだ」
俺とレガシーが返事をしながら武器を構えなおす。
「「死ねぇぇぇええっ」」
小休止のようになった会話の後、掃除屋とパトリシアが叫び声も同時にこちらへと向かって来る。
「「来いやぁっ!」」
それを迎え撃つ俺とレガシー。
ただっ広い空間で四人の怒声が交差する。
「アーーーーーーハッハッハッハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
仕切り直しから戦闘を再開しようとした次の瞬間――。
掃除屋とパトリシアが吹き飛んだ。
……妙な笑い声が聞こえたと思ったら壁を突き破って現れた巨大な黒い何かが前方の視界を完全に覆う。
黒い何かは俺の目の前で掃除屋とパトリシアに勢いよく衝突し、二人を思い切り吹き飛ばしたのだ。
二人はまるで空き缶を力任せに蹴り飛ばしたかのように天井を突き破って遠方へとすっ飛んでいってしまった。
「「え?」」
星になった二人を呆然と見つめ、呆気にとられる俺とレガシー。
二人を吹き飛ばした何かへ俺とレガシーの二人で同時に視線を向けると………………。
「出た」
「出たよ」
「人を虫か何かのように言うのは関心しませぇぇええんんんんんねエエエエッッ! アーーーーーハッハッハッハッ!」
エルザだ。




