16 五対五
「五人か……」
こちらへ向かって来る人数が微妙に多くてぼやいてしまう。
倉庫へと入ってきたのは五人の男女だった。
男四人、女一人の組み合わせだ。
五人は皆そろいの戦闘服のような物を着ていた。
戦闘服といっても、シュッラーノ国の兵士が着ていた者とはデザインが違う。
武装集団のユニフォームだろうか。
「シシッ、さっき馬車に乗ってた奴か?」
「荷台から顔を出してた人達はさっき殺してしまいましたから、他は分かりませんね。ヒャヒャッ」
入ってきた五人を値踏みするように見ながら好戦的な笑みを浮かべる掃除屋とパトリシア。
確かに、ご令嬢を押さえ込んでいた奴らはさっきこの二人が倒していたので、荷台の中にいた他の奴らなのか元々この施設にいた奴らなのかは分からない。
どちらにせよ、仲良くできる雰囲気ではないのは確かだ。
「中々面白い面だな。シシッ」
「ええ、手応えがありそうな感じです。ヒャヒャッ」
掃除屋とパトリシアは五人組を見て満足げな表情を見せる。
「なんか強そうだな……」
「勘弁してくれよ……」
五人組を見て消極的な呟きを洩らす俺とミック。
こちらへ歩いてくるにつれ服以外の特徴もはっきりと見えるようになると、その異常さが目立ってきた。
五人組は全員肌が赤く、それぞれ頭部のどこかに歪な形をした角が生えていた。
角のある場所は様々で側頭部や後頭部、果ては顎に生えている奴もいる。
何とも強そうな外見だが、歩き方はどこか空虚で不安定さを感じさせ異常さが際立つ。また眼球が真っ白で黒目と呼べる部分がないせいか、どこを見ているのか分からない。なんとも不気味な連中だ。
「お前ら……、死んだはずじゃあ……」
そんな中、レガシーが途切れ途切れに妙な呟きを漏らす。
眼前の五人組を知っているかのような口ぶりだ。
「おい、大丈夫か? レガシー」
明らかに動揺した様子で落ち着きがないレガシーに声をかける。
「……生きているはずがない」
俺の言葉が聞えていないのか消え入るような呟きを漏らすレガシー。
「あんたが知らなかっただけで生きていたんだろ? シシッ」
「人と言うには外見が多少独創的ですが間違いなく生きていますね」
掃除屋とパトリシアは五人組の外見を見ながらそれぞれ好き放題言っていた。
「再会を喜び合うって雰囲気じゃないよな」
「くそっ、武器を抜いたぞ!」
何をするか分からないので目を離さないようにしていたが、五人組は俺達を敵とみなしたようで武器を抜いて構えた。それを見て慌てるミック。
「おいっ! 俺だ! 分からないのか!?」
こんな状況でも分かり合えると思っているのかレガシーが五人組に呼びかける。
だが、返ってきた返事は…………
――ああぁ……。
――ううぅうう。
――おおおおぉ。
レガシーの呼びかけに返って来た言葉には全く意味が無く、吐く息に音が乗っているのと大差なかった。
呻き声を上げ、真っ白な眼球でどこを見ているか分からない五人は武器を構えるとこちらへと向かって来る速度を上げた。
「レガシー! 諦めろ! 話が通じる相手じゃない!」
「くそがっ!」
迷いを見せるレガシーに警告しながら俺もナイフを抜く。
「向こうも五人でこちらも五人。一対一で処理だな。シシッ」
「一番遅い人が罰ゲームですね。ヒャヒャッ」
好戦的な笑みを更に増し、武器を構える掃除屋とパトリシア。
俺達と違って殺る気満々だ。
「罰ゲームとかやめろよ……。そういう空気じゃねえだろうが」
俺はうんざりしながらナイフを構える。
「あいつらが任務のターゲットなの……か?」
戸惑いつつも武器を抜くミック。
「どこまでも俺達を弄びやがって……」
怒りを滲ませた声を静かに吐き、剣を抜くレガシー。
……戦闘開始だ。
向こうもこちらの意図を察したのか、ばらけて一対一になるように移動しはじめた。
俺の前には片手剣を持った男が近づいてくる。
「よう、レガシーの知り合いなんだって?」
「うぅううぁぁあ」
男は首を少し傾けたまま、うわ言のような声を漏らすだけだった。
瞳の部分がないからこちらを見ているのかも怪しい。
「ダメか……」
「あぁぁああ!」
意志の疎通が適わず消沈していると、男が剣を構えて突進してきた。
「っと」
俺もナイフを向けて待ち構える。
「ァッ!」
男は叫び声と共に無造作に剣を振り下ろしてきた。
俺はじっくりと見てそれをかわし、側面に回るようにしながら腹部を斬りつける。
手応えを感じながら側面へ移動し終えると、まるで何事もなかったかのように男が追随してきた。しっかり男の腹に一撃喰らわせたはずなのに、なぜか痛みに対して無反応だ。
俺はそのことに驚きつつも密着に近い状態を維持しながら連撃を仕掛けた。
懐に入り込んだ状態で素早く連続攻撃を仕掛け、更に腹部と胸部を斬りつけることに成功する。
「ぅううああぁ」
だが、男は斬られたにも関わらず全く動きに変化がないまま、俺に向けて剣を振りかざしてくる。その攻撃は本能に任せたような荒っぽさがあり、おおよそ剣術をかじったことのある人間の動きではなかった。
俺は剣が振り下ろされる途中で相手の手首を握って受け止め、そのままナイフで脇と胸部を素早く突き刺す。
男は痛みを感じていないのか刺されたことには全く頓着せず、腕を握られたことに執着し、暴れて振りほどこうとする。
(なんだ? こいつは)
男は刺しても斬ってもまるで反応が無い。そして、攻撃は考えもなく無造作。更に痛みや疲れを感じていないのか、行動にためらいが無く地味に素早い。
なんというか人を相手にしているというより、そういう特性のモンスターを相手にしている気分だ。
俺が違和感を覚えている間も男は腕を振りほどこうとして暴れているがそのことに注意が向いて他が全ておろそかになっていた。
俺はその好機を逃さず、男の腕を握ったまま相手の両腿をナイフで突き続けた。
連続刺突が功を成し、男は立つこともできなくなってその場に膝から崩れ落ちる。
痛みは感じなくても身体はしっかり損傷するようで、深手を負った男は立っていられなくなったのだ。掴んだ腕を放した俺は男の腿に刺したナイフを抜くと、丁度いい位置に下がった頭へ向けて突き刺した。
すると男は完全に力を失い、膝立ちの姿勢から崩れるようにして倒れる。
元々生気に乏しい奴だったのではっきり分かりにくいが多分死んだだろう……。
「ぐああああああああッッ!!」
相手を倒し、周りがどうなったか確認しようとした瞬間、ミックの悲鳴が聞こえてくる。慌てて声がした方を向くとミックが上半身を大きく斬られて倒れるのが目に映った。
ミックは斬られた衝撃でバウンドするようにして仰向けに倒れ、傷口から異常な量の血液が溢れ出す。
「やべぇっ」
焦った俺は持っていたナイフをミックを斬った男に向けて投げつけた。
ナイフは後頭部に深々と刺さり、男はあっさり倒れる。
俺は周りも気にせずミックへと駆け寄った。
「おいっ、大丈夫か!?」
「ッ…………」
慌てて傍へと近づくも倒れたミックは身体を激しく痙攣させた後、全身から一切の力が抜けたようにぐったりして動かなくなってしまう。
(て、手当てをっ)
俺はミックの傷を治療しようとして今回ポーションを補充していなかった事を思い出す。他に選択肢もなく、俺は止むを得ず薬草を取り出し屈みこむ。
「やめとけ、もう手遅れだ。シシッ」
自身が相手をしていた男を倒して合流してきた掃除屋がミックの状態をみて俺を止める。俺も薄々分かっていたので、治療を諦めて立ち上がった。
「見掛け倒しでしたね。ヒャヒャッ」
「終わったぞ……」
俺が事切れたミックを見下ろしていると、パトリシアとレガシーもそれぞれの相手を倒して合流してくる。
「死んじまったか、まあしょうがないな。シシッ」
「それでは馬車を探すとしましょうか。ヒャヒャ」
掃除屋とパトリシアは動かなくなったミックを一瞥すると、淡々と次の行動を開始する。二人からダメなら仕方ないといった感じが伝わってきてなんともやるせない。
短い間とはいえ、一緒に行動してきた奴なのに仲間と思っていなかったのだろうか。
「おい、それはねえだろ」
つい声を荒らげて掃除屋を睨んでしまう。
「おいおい、あんたがそれを言っちゃあダメだろ?」
俺の言葉を受けて掃除屋が背を向けたまま呟く。
「あ?」
「あんたに俺の仲間が何人殺されたと思ってるんだ?」
「…………」
「そういうこった。馬車を探すぞ? シシッ」
「……分かった」
が、掃除屋に反論の余地がないことを言われて黙る。
何もかもその通りだった。
動かなくなったミックの傍から離れ、俺も大人しく馬車を探すことにする。
ミックをやった男の死体からナイフを抜き取ると鞘に戻す。
先に向かった掃除屋達の後を追おうと歩き出したとき、倒れた五人組をぼんやりと見つめて立ち尽くすレガシーが目に留まった。
「大丈夫か?」
「……折角生き残りに再会できたのにな」
「あれは無理だろ」
「分かってるさ……」
「行くか」
「……ああ」
俺達は馬車を探しに施設の奥へと向かった。
…………
「見つけましたよ。ヒャヒャッ」
俺が話している間にパトリシアが馬車を見つけたようで、別の部屋へ通じる入り口付近で手招きしていた。俺達は小走りでそちらへと向かう。
部屋の入り口へと近づいて物影から様子を窺うと四人の男達が馬車へ荷物を積み込んでいるのが見えた。どうやら別の場所への移動を再会するために補給を行っている様子。
周囲に誘拐されたご令嬢は見当たらないので、多分荷台の中にいるのではないだろうか。
「シシッ、移動するつもりだな」
「ヒャヒャッ、行きますよっ!」
それを見て一気に飛び出す掃除屋とパトリシア。
「くそっ、援護するぞ」
「ああ、落ち着きの無い奴らだぜ」
俺は弓を構え、レガシーは魔法を撃つ準備をする。




