14 カオスですわ~
その後、数日かけて目的地付近に到着する。
馬車での長距離移動は飛空艇のようにスムーズにはいかず、中々大変なものだった。
馬の世話も結構大変で速度も安定しない。
徒歩より多少速度は出るし乗っている間は疲労も溜まり難いが、馬の世話のことを考えると楽な旅とは言いづらかった。
ここ数日、目的地に到着するまでずっと監視役達を見てきたが、さほど強そうには見えなかった。
だが、一度手を出してしまえば犯罪者に逆戻りなのは確定なので、慎重にいかねばならない。
これまでミックが言っていたわざと寝こみを襲わせようとしたり、わざと食料を奪わせるような振る舞いをしていることから、実際は強いが実力を隠している可能性も捨てられないのだ。
飛びかかったはいいが返り討ちにあってしまった。なんてことになると、また降下任務をこなさなくてはならなくなってしまう。それだけはなんとしても回避したい。
そんなことを考えていると、軍服メガネが珍しく俺達が座っている座席の方へとやってきた。こちらまで来ると奴は限界まで胸を張り、見下すような視線を送りながら声を張る。
「そろそろ合流地点に到着する。到着後は二名が偵察に向かい、残りは馬車で待機だ。作戦などは先遣隊と合流後、兵器工場の詳細を確認してから立てる。お前とお前、言って来い」
軍服メガネは俺とレガシーを指して偵察を命じてくる。
「「了解」」
俺達はそれ以上面倒事を押し付けられるのを嫌がって、即座に気持ちのいい返事を返した。
「先遣隊を見つけたら報告に戻れ。先遣隊はお前達と同じ三等市民なのですぐ分かるはずだ。他はそれまで休んでよし」
尊大な態度で指示を出すと軍服メガネはやり遂げた顔をして前の部屋へと戻って行った。
それを見送った俺とレガシーは早速馬車から降りる。
「じゃあ、行きますか」
と、俺はレガシーの方を向きながら声をかける。
「さっさと見つけて帰ろうぜ」
「先遣隊って何人くらいいるのかね」
「後発で送られた俺達が五人だから同じくらいじゃねえのか?」
「十人で事に当たるのか?」
「じゃあ百人くらいいるんじゃねえの?」
「じゃあってなんだよ。投げやりすぎるだろ」
「分かんねえんだからしょうがねえだろ。お、あれが兵器工場じゃねえか?」
二人で適当に会話しながら進んでいると、レガシーが合流予定の先遣隊より先に目的地の工場を見つけてしまう。
俺はレガシーが指差す方向へ顔を向けて目を凝らす。
「あれか……」
土煙が舞う中、遠方に廃墟のような巨大な建物が蜃気楼のように佇んでいた。
その建物には見覚えがあった。
「やっぱりここだったか」
レガシーもこの場所に覚えがあるらしく、そんな呟きを漏らす。
ここは数日前にデスザウルスに襲われた場所だ。
それ以外にも面倒なのに遭遇したが、一番印象に残っているのはデスザウルスだろう。
飛空艇で移動したときは大した時間もかからず収容施設まで移送されたが、馬車だと巨大な崖を迂回しなければならなかったため、そこそこ日数がかかってしまったようだ。
以前来た時は遠くから見ただけだったので詳細が分からなかったが、今回はかなり近づいたためその大きさがはっきりと分かる。
見る限り遠くからでも分かるほど最近になって急造されたとは思えないしっかりした作りだ。噂の武装集団が即席で造ったとは到底思えない。
一体いつからこの建物はあるのだろうか。
工場は精々二階建てのくらいの高さしかないが途轍もなく横に広い。
建物だけでなく、その周囲の地面も広範囲に舗装してあるようで土色をしていなかった。周りに何もないことと、その巨大さから大規模な空港のような印象すら受ける。
二人で警戒しながら辺りを注意深く観察するが本当に何もない。
ところどころに岩山があるが、それでも視界は良好といえる。
向こうに気づかれないか心配なくらいだ。
「デスザウルスに再会できなくて淋しいか?」
「ああ、もし会えたら喜びの余りにハグしちゃいそうだわ」
レガシーがデスザウルスという危険を回避できたことにほっとしながら声をかけてくる。とりあえず適当に返すも、正直あれに襲われたら五人ではどうしようもなかっただろう。これから先も遭遇しないことを祈りたい。
「……しかし、あの建物デカ過ぎないか?」
「あれを俺達でどうにかするっておかしいだろ?」
工場のデカさを見て改めて思う。
あれは少人数でどうこうできる大きさではない。
その意見にレガシーも賛成のようで、心底嫌そうな声が返って来た。
しかしあんな工場を持つ武装集団ってどんな規模なのだろうか。
できれば働き者ばかりの少人数精鋭の武装集団であってほしい。ぶっちゃけ、あの規模の建物が生活拠点として必要な人員を抱えている集団だったら詰みだ……。
はじめに言われた指示を思い出すと、俺達以外にもあの工場を破壊する任務に着いている奴らがいて合流しろってことだったが、これだけ見晴らしのいい場所なのに人の気配は皆無だった。
もしかして先に突入したのだろうか。
そのことが気になり、レガシーに尋ねる。
「それにしても肝心の先遣隊がいないんだけど、どうなってるんだ?」
「……それってあれじゃねえか?」
俺の質問にレガシーが工場の方を指さした。
「ん、どれだ?」
俺はレガシーの指差す方に顔を向ける。すると、工場から少し離れたところに電柱のように等間隔で木の柱が埋め込まれているのが見えた。
「んん?」
俺は木の柱に視点を合わせて目を凝らす。目を細めてじっと見つめた結果、木の柱の先端には人が串刺しになっていることが分かった。木の柱は数十本存在し、ご丁寧にもその全てに人間が装飾されていた。
「なんだよあれ……」
絶句である。
いつからここはトランシルヴァニアになったのだろうか。
「新手の現代アートかもな。多分、木に刺さって安らかに眠ってる奴らが俺達が合流すべき相手なんだろ?」
俺の言葉にレガシーが肩をすくめる。
「先遣隊全滅ってことか……」
レガシーの言葉を聞いて今分かる数少ない事実が口から漏れる。
さすがに合流対象が串刺しになっていた場合の対応は聞いていない。
多分、木から引っこ抜いても俺達と任務をこなすのは不可能だろう。
「降下任務の時にデスザウルスがいるから兵は送れないって言ってたし、ああやって見せしめに晒しておけばそうそう人も来ないって考えなのかね」
とレガシー。あんなものを見せ付けられたら近寄りたくないのは確かだ。
実際俺もなるべくなら近づきたくない。
「アーティストの考えは分からんな」
杭を見ながらつい顔をしかめてしまう。
「芸術家の思考は分からんが、増援はなしってことは分かったな」
「帰るか……」
この辺りから偵察して得られる情報はもうないだろう。
後はもっと接近するしかない。それなら一旦戻るべきだろう。
「とりあえず馬車に戻って報告だな」
「ああ」
レガシーの言葉に返事をした俺は選択肢の幅が狭まったことを馬車に残っている連中に伝えるために一旦戻ることにした。
しばらく歩いて元居た場所へと辿り着き、馬車に近づくも外には誰もおらず、車両の中へと入る。
「おーい、ちょっと聞いてく……れ……」
ドアを開けて車内へ入って状況を報告しようとした瞬間、異変に気づく。
中に入った瞬間むせ返るような血の匂いが鼻腔に侵入してきたのだ。
ただ事ではないと感じた俺は視線をさまよわせて乗っていた奴らを探す――。
すると車両の奥に掃除屋達が立っていて、その足元には監視役の軍服メガネ達が首から血を流して倒れているのが目に入った。
血濡れの手斧を持った掃除屋がこちらに気づき、“お、戻ったか”みたいな感じの軽い表情で出迎えてくれる。
こちらへと振り返ったパトリシアも特に動揺は見られず普段通り表情だ。
その手には大振りなナイフが握られており、磨きこまれた光沢を遮るようにして血がべっとりとついていた。
顔面蒼白でこの世の終わりみたいな顔をしているのはミックだけだった……。
「うおおおおい! 何やってるんだよ!」
車内の惨状を見た俺はつい声を上げてしまう。
「俺は止めろって言ったんだ……、だけどこいつらが……」
「シシッ、これで逃げれるぜ?」
「収容施設からも随分と離れましたし、足は引き続きこの馬車を使えば問題ありません。ヒャヒャッ」
どうやら、掃除屋とパトリシアの中では馬車を奪って逃げるのは決定事項だったらしく、表情も変えずに移動を提案してくる。
とてつもないデカさの工場。全滅した先遣隊。殺された軍服メガネ達。絶望するミック……。
「参ったな……」
俺の脳みそでは許容しきれないことが一度に起こり、頭が沸騰しそうになる。
「どうするんだよ?」
レガシーも現状に対応できずに俺に判断を仰いでくる。
と、その時――。
「放せーーーーーーーーーーーーッ!! 放さんか馬鹿者がぁあああっ!」
そんな俺達の状態などお構いなしに女の怒声と思わしき声が車両の外から聞こえてきた。
解決できない問題が山積する中、後回し主義の俺は車両の外に出て様子を窺う。
他の面子も俺に釣られて車両の外に出てそれぞれ声の主を捜しはじめた。
すると、工場へ向けて走る幌馬車を見つける。
荷台から女の子が顔を出して飛び降りんばかりの勢いで暴れているのを男が二人がかりで押さえ込んでいるのが見えた。
どうやらさっきの声の主は馬車で暴れている女の子のようだった。
「何あれ?」
隣に立つレガシーに聞いてみる。
「誘拐みたいだな」
レガシーの予想は誘拐らしい。
突然のことに呆気にとられていたが、冷静に考えると確かに誘拐っぽい。
状況証拠から判断すると、誘拐される女の子とそれを押さえ込む誘拐犯の男達といった構図に見える。馬車の行き先はどうやら兵器工場のようだ。
というかこの辺りにそれ以外の建物なんてない。
「兵器工場の人間が女の子を誘拐?」
「身代金目当てとかじゃないのか?」
資金繰りが悪くなって現金調達でもしようとしたのだろうか。
レガシーと二人して腕組みしながら考え込んでいると掃除屋が口を開く。
「あー、あれはゴージャスリッチマン社のご令嬢だな。シシッ」
「ゴージャスリッチマン社!?」
掃除屋いわく、どこぞのお嬢様らしい。
ミックは何か知っているらしく、その言葉を聞いて驚愕の表情をしていた。
「え、何? 有名な会社なの?」
てかこの世界って会社とかあるんだ、と俺は別のところで驚く。
いくらそんな組織があろうとも今更リーマンには戻れないよな、とも思ってしまう。通勤電車で痴漢に間違われないよう両手を上げていた毎日が懐かしい。
「幅広くやって、しこたま稼いでいるところさ」
ミックの説明によれば金持ちっぽい。
零細企業ではないようだ。
「ってことはやっぱり身代金目当ての誘拐なんだろうな」
レガシーがミックの言葉から目の前の光景を予想する。
とてつもないデカさの工場。全滅した先遣隊。殺された軍服メガネ達。眼前で発生する誘拐事件。解説役で久々の出番があったミック……。
新たなトラブルがひとつ増え、もはや収拾がつかない状態へと発展してしまう。
名探偵でもない俺にどうやってこの状況を解決しろと……。
「カオスですわ〜……」
元々沸騰していた脳みそが蒸発してなくなり、何も考えられなくなる。
これは全てを投げ出して逃げ出すのが正解ではないだろうか。
俺の想像力が貧弱すぎるために円満解決の絵面がイメージできない。
「どうするんだよ?」
新たな問題が増え、困惑するレガシー。
「何したらいいか分からん!」
開き直る俺。
「あ」
そんな中、パトリシアが何かに気づいてぽつりと呟いた。




