12 なぜだ
それから数日後の深夜、俺は見張りの交代時間が近づいてきたので、のそりと起き上がった。
辺りは真っ暗だったので周りで寝ている奴にぶつからないようにしながら馬車の車両から這い出す。
基本的に野営中は三等市民側だけでローテーションを組んで見張りをすることになっている。
監視役の皆さんは毎夜旨そうな物をたらふく食って、旨そうな酒をたらふく飲んで爆睡してしまう。
そんな寝姿を見ているとつい取り押さえたくなってしまうがミックいわく、それが罠らしい。
隙だらけの姿を見せつけて三等市民達がかかってきたところを逆に捕らえて余罪を増やし、囚人に逆戻りさせる魂胆なのだそうだ。
なんとも抜け目ない話である。
俺は箱馬車の車両から降りると先に見張りをしているミックを探した。
「あれ?」
馬車の側にあった焚き火には誰もおらず、しんと静まり返った中で薪が燃える音が妙に大きく聞える。
「ションベンかな?」
俺は辺りを見回しながらミックを探す。
するとしばらく進んだ先の岩陰でミックらしき後ろ姿を見つける。
「おーい、交代の時間だぞ〜」
俺が声をかけながら近づくとミックはびくりと身を震わせ両手で顔を押さえ込んだ。
(ぇ、泣いてたりするのか?)
予想しなかった展開だったため、不用意に近づいてしまったことを後悔しつつ引き返すか迷う。
辛い現状に耐えられなくなって一人で泣いていたのだろうか。
「もうそんな時間か。ちょっと顔を洗ってたんだ、すぐ戻るよ」
俺の言葉を聞いたミックはこちらに振り返ると、馬車が停めてある方へと歩き出す。
その顔は特に目元が腫れたりとか涙の痕跡があったりするわけではなかった。
本人の言う通り顔でも洗っていたのだろう。
「おう、ゆっくり休んでくれ。俺は一応辺りを見て回ってから戻るよ」
俺はミックとすれ違い様にそう言うと馬車の周りをぐるりと大きく一周してから焚き火へと戻った。
散歩気分で軽めの見回りを終え、焚き火の前へとどっこいしょと腰を下ろす。
「腹減ったな……」
そこで俺はこの国に着いてからまともな物を一切食っていなかったことに気づいた。一応食料は支給されていたが、分量は最低限で味は最悪の物ばかりだったのだ。
今回の任務についてからの食事はよく分からないものを練り固めたスティック状の携帯食料オンリーだ。
味は野菜ジュースとコーンフレークを煮詰めて混ぜ合わせたような感じで、かむとウェットなドライフルーツのようにねちゃりと歯に張り付く。正直言って滅茶苦茶不味い。
不味い上に量が少ないので腹は常時減りっ放しである。
水に関しても監視役の連中や馬の方が優先されるので全身が干からびてくるような錯覚に襲われたりもした。
一応持ち込みはOKなのだが日の出前に叩き起こされたので買い物をしている暇がなかったため、支給品のみでの食生活となっている。
それは他の奴らも同様だ。
その上、監視役の連中は俺達の前でこれみよがしに旨そうな物をバクバク飲み食いするので必要以上に腹が減っていたのだ。
しかし、そうやって目の前で旨そうに飯を食うのは空腹に耐えかねた三等市民達に監視役達の食料を奪わせて余罪を増やす作戦なんだとミックが言っていた。
なんとも効果的な作戦を色々と思いつくものだ。
本当にろくでもないことこの上ない。
「なんか食うか……、限界だわ」
いつも人目があったのでアイテムボックスから食料を出すわけにもいかず、ずっと我慢してきたがそろそろ限界だ。ここ数日で分かったが監視役の連中は一度寝てしまうと絶対起きない。
そんな姿を見ていると監視役が聞いて呆れると思ってしまうが、寝ているフリかもしれないのでサボっていると言い切れないところが何とも心憎い。
ただ、こちらとしてはあまり干渉してこないのでありがたいといえばありがたい。そんなわけもあって丁度一人で見張り中だし、今の内にこっそり食ってしまうことにする。
そう考えた俺は馬車から少し離れると、そこらに落ちている石を拾い集めてかまどを作った。
次にアイテムボックスから薪と干し肉を取り出す。
薄く裂いた干し肉を咥えて小腹を満たしながら、かまどの中に細く割いた枝とおがくずを中心にしつつ薪を組み、ささっと火をつけてしまう。
何だかんだで野外での生活が多いので、この手のことにも慣れたものだ。
かまどの灯りを受けて頭上を見上げれば流れ星が乾いた夜空に大きな斜線を描いていた。ちょっと一杯やりたい気分だが、さすがにこの状況では味わって呑めない気がするのでぐっと我慢する。夜空を眺めているうちに火が安定してきたので、かまどの上に金網をセットする。
「時間潰しもしたいし、今回はこれでいくか」
そう呟くと俺はアイテムボックスからおにぎりを取り出した。
以前炊いた米を碗に盛ってアイテムボックスへ大量にしまったことがあったが、たまに炊いた米を別の食べ方で食べてみたい時があり、そういう時のためにおにぎりも少量作っておいたのだ。
今夜はそれを焼いて焼きおにぎりをいただこうと思う。
俺はおにぎりの両面に適当に醤油をかけると熱した金網の上へとそっと置いた。
置いた瞬間にジュッという音と共に醤油の焦げる香ばしい匂いがしてくる。
少し醤油を多めに塗ったせいか金網や焚き火の中に垂れ落ちてその香ばしい香りが辺り一帯に漂いはじめた。
この香りだけで一杯やれそうだが、一応見張り中だし酒はやめておくことにする。さっきから少しでも思考の隙間が出来ると酒に結びつくのは結構危険な状態かもしれない。
…………疲れているのだろうか。
俺は軽く頭を振って気を取り直すと金網の上でいい音を立てる焼きおにぎりを見守る。
今回作るのは焼きおにぎりだし、生の物を焼くわけでもないので中まで火が通ることを気にしなくていいから案外気楽に調理できるはずだ。
多分表面に軽く焦げ目がつけばそれで大丈夫だろう。
そんな事を考えているうちにおにぎりの金網に接触した面から白い煙が上がり出す。
醤油をかけたせいか早くも焦げた匂いが増してきたので俺は慌てて裏返そうとおにぎりを長めの箸でつまんだ。
が、つまんだ瞬間におにぎりはボロボロと崩れ、金網に接していた面だけ黒く焦げたうえにがっちりと張り付いて完全に取れなくなってしまう。ボロボロに崩れた方も大半が網の目をすり抜け、燃え盛る炎の中へと消えていった。
俺の焼きおにぎりは本当の意味で焼きおにぎりと化してしまった。
「なぜだぁあああああああああああああああああっ!?」
深夜の荒野に俺の悲鳴が轟く。
「くそっ、一体どうしてこんなことに……」
俺は眉間に手を当てながら真剣に思考をめぐらせる。
まず、おにぎりの焦げる速度が異常に速かった。
これは多分、醤油が焦げやすいのだろう。
そして箸で掴んだ瞬間にバラけてしまった。
これは食感を重視して柔らかく握っていた弊害が出てしまったのだろう。
更に金網に接触していた面はしっかり張り付いてはがすことも出来なくなっていた。
……これは油を塗り忘れるという痛恨のミスを犯した結果だ。
以上のことから考えられることは――。
まず、素の状態で焼いて、ある程度焼き色をつけてから醤油を塗った方がいいのかもしれない。
醤油は仕上げに塗るような感覚なのだろう。
そして普通におにぎりとして食べるときよりは固めに握る必要がある。
普通のおにぎりならちょっとふわっと握った方が美味しいが、焼く場合はそれが仇となってしまうようだ。
更に金網にはたっぷりと油を塗っておいた方がいいだろう。
何を焼くときも油は大事なのに、今回使ったのがフライパンでなく金網だったためにすっかり忘れてしまっていた。……張り付いちゃうんだよね。
「よし、再トライだ……」
まず、俺はあらかじめ握っておいたおにぎりを更に強く握って固くする。
そして金網にたっぷりと油を塗り、固く握ったおにぎりをそっと置いた。
今度は焦げ付かないように注意するため、小まめにひっくり返していく。
固めに握り、油をしっかり塗ったせいかおにぎりをつまんでもバラけることはなかった。
「……いい感じだ。次は醤油だな……」
軽く表面に焦げ色が付くか付かないかのところでスプーンを使っておにぎりの表面に醤油を塗っていく。そしてすかさず裏返し、反対側も同じ要領で仕上げていく。
――ジュッ。
やはり醤油を塗ると独特の音がして焦げる匂いも一気に加速した気がする。
俺は素早く裏返し、再度醤油を塗っていく。
あとは小まめに裏返して様子を見た。
「これ以上はやばいな……」
醤油を塗った後は一気に表面全体の色味が茶色くなって、米粒毎におこげがぽつぽつと出てきたので慌てて取り上げた。
「よーし、よしよし。これで……」
皿の上に盛り、表面にちょんと味噌を乗っけて完成だ。
腹の減りも限界だったので早速食べてみることにする。
「っち、あちち……」
しかし、そのまま手に持ってかぶりつこうとしたが、焼きたてで異常に熱かったので口に届く前に小皿へと戻してしまう。
これは手で持って食べるのは無理そうだ。
俺は箸を取り出して適当な大きさに割るとひょいと口へと放り込んだ。
「……そうそう、こんな味だった」
一口目としてはそんな感想が漏れる。
表面はパリッとしているが中はふっくらとしている。
味も上層はしっかりと濃い味がついているも、中へ進むにつれ米の味に移り変わり、味の変化が楽しくてついかむスピードが上がってしまう。
そうこうしているうちにちょっと焦げた醤油と味噌の香りが混じりあって濃厚で独特なものへと変わっていく。
濃い目の味と香りが腹が減っている状態だととても心地良い。
主材料は米だし、腹持ちも良さそうだ。
「うま」
俺がほくほく顔で二口目を口へ放り込もうとした瞬間、背後に異常なまでに濃密な殺気を感じる。
はっとして振り向くと――。
「おい、何食ってるんだよ?」
睨みを利かせるレガシー。
「隠れてつまみ食いとは関心しないな。シシッ」
なぜか手斧を抜いて手の上で遊ばせる掃除屋。
「私達、仲間ですよね? ヒャヒャッ」
舌を出したまま笑顔を向けてくるパトリシア。
「匂いがこっちまで来るんだよ! んなもん嗅いだら寝れねえだろうが!」
苛立ちを隠せないミック。
――なんか全員いた。




