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9 あれは?


「それって囚人と変わらないんじゃ……」



「いや、そんな、まさか……」


 レガシーの言葉を否定しようとする俺。


 あれだけのことがあってまだ酷い扱いを受けるとか、そんなことがあり得るだろうか……。



「お前たちには相部屋を使ってもらう。こっちだ、ついて来い!」


 説明を終えたベレー帽の女が詰め所を出て部屋へと案内してくれる。



 俺達ははぐれないように速足でそれに着いていく。


 塀の内部は有刺鉄線が巻かれた金網がいたるところにあり、迷路のようになっていた。棘に触れないように気をつけながら道を進むと、集合住宅のような建物群が見えくる。



「あれ、どう思う?」


 レガシーが建物の全ての窓に鉄格子がはめられ、ご丁寧にも有刺鉄線が巻かれているのを指差して聞いてくる。


「凶悪なモンスターの侵入を防ぐために守りを強固にしてあるんだろうな」


 この国はモンスターが大量に出るらしいし、防御策の一環ではないだろうか。



「あれは?」


 レガシーが指差す先にはドーベルマンのようなしなやかな体躯をした犬状の動物を連れた軍服の男が一定間隔で塀の周りを周回しているのが見えた。


「モンスターが侵入しないように見張ってるんだろ?」


 モンスターが大量に生息する地域ならではの警戒方法なんだろう。



「あれは?」


 レガシーが指差す先には軍服姿の男に剣で追い立てられながらランニングをする男達の姿があった。



 男達は何かに取り憑かれたかの様な必死の形相で走り続けている。


 集団から遅れた者はグーパンで顔の形を変える特別指導を甘受していた。


「鍛えているんだろうな」


 俺達はこれから傭兵になるらしいし、日々の訓練は欠かせないものなのだろう。



 ――ヴォン! ヴォン! ヴォン!



 俺達が辺りを物珍しそうに見回しながら進んでいるとけたたましいサイレン音が鳴り響いた。急に大きな音を聞いた俺はびくりと身を強張らせる。



『脱走者が発生しました。職員は直ちに警戒態勢を取ってください。繰り返します……』



「今のは?」


 レガシーが拡声機能のある魔道具を指差しながら、今放送された内容を聞いてくる。


「ぇー……」


 もはやかわしきれない内容だったためか、言葉が出てこない。



 この施設……、やばいんじゃないだろうか。


 いや、入る前から薄々分かってはいた。


 あまりにも酷い自分の境遇に同情して、ちょっと見て見ぬふりをしていただけだ。



 だが、もしかしたら何かの間違いという可能性もまだある。


 あるはず……。


 俺は最後の希望にすがるように、前を歩くベレー帽の女へ声をかけた。



「あの、すいません」


「何だ?」


「ここって街なんですよね?」


「そうだ。ここはデーレ地方にある三等市民専用九番街。通称、デーレナイン収容施設だ!」


「通称が街じゃなくなって収容施設になっているんですが……」


「だがここは紛れも無く街だ。住まいがあり、店もある。そしてお前たちにも労働に見合った給料が支払われる。何か問題が?」


「ですよね〜」


「納得したようで何よりだ!」


「……はい」


 話をまとめると、ある程度自由があるム所。


 それがここなんだろう。



 解答を得た今となっては言葉で誤魔化す逃げ道が存在しない。


 俺の会話を聞いていたレガシーも全てを察した今となってはとても静かになっていた。


 全ての疑問が解消した俺達二人は、大人しくベレー帽の女の後に着いていく。



 すると女は一つの集合住宅へと入っていき、階段を上りはじめた。


 俺達もその後に続く。


 三階へ上がり中へと進むと一本の通路があり、向かい合うようにして頑丈な扉が大量にあるのが見えた。


 ――AAAAAA

 ――UUUUUU

 ――EEEEEEE


 大量にある扉の隙間からは言葉にすらならない呻き声が漏れ聞えてくる。


 ベレー帽の女はまるでそよ風でも受けるかのように何食わぬ顔で突き当たりの部屋の前まで移動すると、鍵を差し入れ扉を開いた。



「ここだ! 入れ! 明日、お前たちが所属する班との顔合わせがある! それまでにこれで傷の手当を済ませて休んでおけ!」


 女は俺達が部屋に入るのを確認すると、薬や包帯やらを投げて寄越し、頑丈な扉を乱暴に閉めた。閉まる同時にガチャリと鍵のかかる音がする。


 なぜ内側から扉を開ける手段がなく、外側からのみ鍵がかかるのか……。



「……やったな、休めるぞ」


「せやな」


 何も考えたくなかった俺は傷の手当を済ませると石の様に硬いベッドへ横になった。


 やる事もなくなった俺はふとあることを思い出し、レガシーに声をかける。



「そういやさ……」


「なんだ?」


「オカミオの街にいた白衣着た奴って知り合いだったのか?」


「ああ、アイツか……」


 オカミオの街を出てからなんやかんやとややこしい状況が続いていたので、聞きそびれていたことを思い出したのだ。


 結局あの男はなんだったのだろうか。


 レガシーは少し言葉を詰まらせるも、しばらく黙考したあと口を開いた。



「そうだな、お前には話しておいた方がいいだろうな。あれは俺がまだボウビン国の兵士だった頃の話だ」


「その話って長い?」


 いきなり本題に入らず、前置きが来たのでどのくらいの長さなのかレガシーに訊ねる。



「俺は精鋭部隊の選抜試験を受けて見事合格したんだ」


「あとどれくらいかかる?」


「だが選抜試験とは名ばかりで、実際は超人を作る人体実験の選別だったんだ」



「何分? 何分くらい?」


「お前が聞きたいって言ったんだろうが!」


「いや、思った以上に長そうだったからさ……。メンゴメンゴ」



 俺の質問を無視して話し続けたレガシーだったが、ついに切れてしまう。


 ほにゃららの仇だ、程度の長さを想定していた俺は素直に謝った。



「要は、あいつは人為的に超人を作る開発チームの一人だ。俺と仲間はあいつらの実験材料にされて、俺以外はみんな死んだってわけ。残された俺は命からがら逃げ出すことには成功したが、一人じゃ仇を討ちたくても討てずに悔しい思いをしてたってところだ。以上」


 俺の疲れを察してくれたのか、レガシーが短くまとめてくれた。



「なるほど、把握。……なんかすまん。もっと余裕のあるときにしっかり聞くべきだったな、軽率だったわ。連戦で疲れてたからちゃんと聞けるか自信なかったんだ」


「いいさ。まあ、俺も疲れてるしな」


 よく考えれば感情をむき出しにして追っていたし、それなりの因縁があったのだろう。


 もっと時間を取れるときにゆっくり聞けばよかったと後悔する。



「でもなんでそんな奴がオカミオの街にいたんだ?」


 だが話を聞く限り、オカミオの街にいた理由がよく分からない。


 本来なら今もそのボウビン国で研究とかしてるはずではないのだろうか。



「それについては俺の方が知りたいぜ。あいつは研究チームの中心人物の一人だ。国外にいるなんてあり得ないんだけどな……」


 レガシーもその点は気になっていたようだったが何も分からない様子だった。


 国を出てから時間も経っているだろうし、知らなくて当然かもしれない。



「……まあ、仇が討てて良かったな。国に居たら会えなかったわけだし」


「まあな。まだ仇は代表人物だけで後三人いるけどな……」


「そうか……、残りの奴らはまだその国にいるんだろうな」


「手の打ちようがないぜ」


「最悪だな……」


 レガシーの話によれば仇はまだまだいるらしい。


 だが、他の人物は国に守られている可能性が高く、手の出しようがない。


 なんともやるせない話だ。


「寝るか……」


 そう言うとレガシーは俺に背を向けるようにして眠りはじめた。


 俺と同様疲れが溜まっていたのだろう。



「ああ」


 俺も硬いベッドで寝れる姿勢を模索しながら眠りについた。





 それはどこかの荒野。


 見渡す限り土と岩しかない広大な大地を三人組が歩いていた。


 どうやら三人は前方にある巨大な施設へと向かっている様子。



 組み合わせは男二人に女一人。


 男二人が雑談を交えながら先行して歩き、その後ろに一定距離を保った女が続く。



 絶え間なく話す男二人の外見はこんな荒れ果てた何もない場所を歩くには相応しくないほど頼りない。一人は金髪にそばかすがある成年の男。一人は頭髪に白髪が混じる壮年の男。


 それに続く銀髪の女は無口でどこか虚ろな表情をしていたが、辺りを警戒している様子。


 二人の護衛的立場なのかもしれない。



「ここは砂が多くていけないよ」


「ああ、砂が入り込んで機材が故障したこともあった。だが、保有している施設ではここが一番場所が分かりにくいし仕方ない話だ」


「そうなんだよね。僕としては余計な仕事が増えるし、さっさと向こうへの移動を済ませたいよ」


 金髪の男の愚痴に白髪交じりの男が同調する。


 二人の男は地面を忌々しく見つめながらも、のんびりとした歩調で前へと進む。



「今回ので大体終わったか? 見送りに外に出るのは陽射しが強いからもう勘弁してほしいのだが」


「そうだね。生産が終了した物は全て運び出したし、後は残った機材のみ。手下も大半は移動済みだ。後は我々と運搬の護衛に居残り組が残っているだけだね。ただ……」


「ただ?」


 金髪の男が言いよどんだため、もう一人がそれを聞こうと少し待つ。




「ただ、作りかけの試作モデルを持っていけないのが残念だね」


「あんなバラバラのもの、寄せ集めてもなんの役にも立たんだろ」


「まあ、そうだけど個々としては中々面白い性能なんだよ?」


「なら、その性能を引き出せるように設計するんだったな」


 二人の見解は違ったようで意見が分かれる。


 金髪の男は愛着がある物を持っていけないことを悔やみ、白髪交じりの男はそれを呆れるような顔で見ていた。


「そういえば途中から手下の送り込みが来なくなったね? そのせいで作業が一時滞ったよ」


「ああ、どうやらキーメラが死んだらしいぞ」


「そうなんだ」


「関心がなさそうだな」


「遠い異国の話だからね」


「違いない。それよりもあれが上手くいったかの方が気になるな」


 知り合いであろう人物の死にも頓着せず、そのまま軽い調子での会話は続く。



「大丈夫みたいだよ? 無事こっちへ向かってるって連絡が入ったよ」


「そうか、これで時間稼ぎと目くらましになるな」


「ふふっ、そううまくいくかな? まあ、準備はほぼ終わったわけだし、失敗しても問題ないけどね」


「まあ、おまけみたいなものだからな」


 男達は別件の進捗を軽い調子で確認しながらのんびりと進む。



 だがその進行を制止するかのように後ろから着いて来ていた銀髪の女が急に立ち止まった。


 男達はそれに気付いて立ち止まると何事かと振り返る。


「どうした?」


「……」


 白髪混じりの男が尋ねると銀髪の女は立ち止まった理由がある方を無言で指差す。


 指の差す方向には三人の死体が見えた。


 その内、二人は男。残りの一人は女だった。



「盗賊にでも襲われたのかね」


 興味を持ったのか金髪の男が死体へとひょこひょこと近づいて行く。


 二人の男の死体は武器で攻撃されたと分かる傷があった。そのため、盗賊の仕業だと予想したのだろう。


「こっちはモンスターにやられたようだな」


 それにつられる様にして白髪交じりの男も死体へと近づく。


 側にあった女の死体は下半身がなく、切断面に歯形とおぼしき痕跡があったのでモンスターの仕業ではと予想したのだろう。


「…………ォォオ」


 が、死体と思った女は生きており、呻き声をあげた。


 まるで地獄の亡者のような苦悶の声音を響かせようと喉を震わせる。



「おお、生きてるじゃないか!」


「すごい生命力だな」


 二人はその事実に驚愕する。



 その表情はまるで昆虫集めに夢中になる少年のように輝いていた。


 相手の傷を心配する普通の人間の驚き方とは違う、興味と好奇心がむき出しの表情だった。



「これ、使えないかな?」


「機材は大半が移送済みだ。残った物も今頃運搬用にばらしているんじゃないか?」


「うーん、でも惜しいなぁ」


「確かにこの精神力は目を見張るものがあるな。実験の被験体としては申し分ない」


 欲しい物を目の前にしてお金が足りていないかのような顔をする白髪交じりの男。


「だよね。ねえ、とりあえず持って帰って」


 キラキラとした表情をした金髪の男が後ろにいた女へ指示を飛ばす。


「……」


 二人は女の上半身に興味を示し、銀髪の女に持ち帰るように命じる。



 銀髪の女は感情のこもっていない顔でわずかに目を伏せると、女の上半身を持ち上げようと屈み込んだ。




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