8 お勤め終了
何かないだろうか……。
そんなとき、俺の頭に閃きが走る。
地平線が見える広大で平らな土地。デスザウルスに追いつかれない速度。二人で逃げ切る。
……全ての条件を満たすのはこれしかないだろう。
「ちょっとひきつけろ! 道具を出す!」
「無茶言ってくれるぜ!」
俺はレガシーにそう言うと、アイテムボックスからショウイチ君謹製の原付を取り出そうと集中する。
「こっちだ、トカゲ野郎!」
レガシーは立ち止まった俺にデスザウルスが来ないように蛇腹剣でけん制しながら大声で挑発する。
(よしっ!)
立ち止まったデスザウルスが俺かレガシーのどちらを狙うか躊躇している間に原付の取り出しに成功する。
俺はシートに跨るとレガシーへ大声で呼びかけた。
「いいぞ! 乗れっ!」
「おうっ!」
レガシーが背後に飛び乗ったのを確認する。
「ゴーグルつけろ! つけたら掴まれ! それを合図に発進するからな!」
「分かった!」
二人して降下時に着けていたゴーグルを額から目元へ下ろす。
レガシーが俺の腰に手を回したのを感じた瞬間、キーを刺そうとしてそんな物がないことに気付く――。
(あれ?)
更に言えば、キーを刺す場所自体がなかった。
混乱しながら改めて細かく原付を見てみると、セルボタンやキックペダルもないし、ブレーキレバーもない。右ハンドルのグリップもがっちり固定されていて回らなかった。
(え? どうやって動かすの……これ)
原付の形状をしているが、操作方法が分からない。
そもそもこれにはエンジンと呼べるものがついているのだろうか。
……いや、それ以前にこれはタイヤを回転させて前に進む構造をしているのだろうか。
ついさっき飛空艇を体験した身としては、これを視覚情報のみで判断していいのか分からない。
「おい! どうした!? 来るぞ!」
レガシーの大声が俺の耳元で危険を知らせる。
俺は焦りながら注意深く原付を見る。
するとハンドルのど真ん中、本来ならメーターがある位置にクイズ番組で使うようなデカいボタンが二つあることに気がついた。
……焦りすぎていたせいか、こんな大きな物を見逃していたようだ。
ボタンは赤と青の二色で、赤の方にはON、青の方にはOFFと大きく書かれていた。
「これか!?」
追い詰められた俺は握りこぶしを作るとONと書かれた赤いボタンをぶっ叩く。
――ピコーン!
おかきメーカーの名前を叫びたくなるような場違いに安っぽい音が鳴った。
次の瞬間――。
「「………………ぴゃーーーーーーーーーーーーッ!」」
まるでワープでもしたのかと錯覚してしまうような速度で原付が加速する。
非常識極まりない速度を体感した俺達はそろって悲鳴を上げてしまう。
我に返った俺は前輪が跳ね上がりそうになるのを必死で押さえ込みながら、後ろを確認する。
すると凄まじい速度で爆走する原付はデスザウルスを一気に引き離し、その巨体が米粒のようになって遠ざかっていくのが見えた。
しかし俺達はそんなことを気にしている状態ではない。
「ぶるぅぅううああああああああああっ!」
「おおおおいいいいいいい! 止めろおおおおおおお!」
凄まじい速度でゴツゴツした地面を走行しているせいで、うまく話すことができずに言葉がぶれる。
空中からの降下に使ったゴーグルをつけているのでまぶたを開けていることはできるが最悪の状況だ。
「とととととと止まったら放り出されるぞおおおおおお!」
「あ!?」
確かショウイチ君に聞いた説明では、この原付には減速する仕組みがない。
一気に加速し、止まるときは完全停止のみ。
白か黒、オンかオフのとても分かり易い仕様となっている。
つまり停止すると反動で吹き飛ばされてしまうのだ。
「ねねね燃料切れまで待てぇぇぇえええええ」
「死ぬぅうううううう!」
自然と減速させるためには燃料切れを待って延々と走り続けるしかない。
幸い今走っている場所は所々に岩山のようなものもあるがひたすらに荒野が続いているので、減速して大きく曲がったりする必要が無い。
だからこのまま走り続ければなんとかなるだろう…………。
と思った次の瞬間、燃料切れを待つまでもなく原付が大きめの石につまずき、派手に転倒した。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」」
転倒した衝撃で大きく前方に放り出される俺達。
「「はあああああああああ!?」」
転倒した瞬間、大爆発を起こす原付。
俺達は原付から放り出されたことと大爆発の衝撃波により、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
(やべぇっ!)
地面が眼前に迫り、俺は咄嗟に頭を覆って丸くなる。
だが、勢いが弱まるわけでもなく、川の石切りのように荒地を跳ね飛ぶ。
五〜六回バウンドし、数メートル地面を滑ったところでやっと停止する。
俺は恐る恐る頭を覆っていた腕を解き、側で倒れるレガシーを見つけると声をかけた。
「……おい、生きてるか?」
「その質問の回答としてはYESだが、不本意だ」
レガシーから“僕は元気です、ケンタさんありがとう”と返事が返ってくる。
「デスザウルスを凌げたんだからいいだろ?」
「その一点だけは否定できんな」
お互いよろよろと身体を起こす。
「じゃあ、飛空艇を探すか」
「この辺りにいるといいんだがな……。戻るのは勘弁してほしいぜ」
確かにこれだけ移動したあとで回収場所が反対方向だったら眼も当てられない。
「ご苦労! 無事生還したようだな!」
俺達が憔悴しきった顔を見合わせていると背後からいつものよく通る声が聞こえてくる。
幽霊に声をかけられでもしたかのようにびくつきながら振り返る俺達。すると数メートル先の大き目の岩陰に隠れるようにして、仁王立ちしているベレー帽の女と飛空艇が見えた。
夕陽を受けて輝くそれらは疲労のせいか妙に神々しく感じ、涙が溢れそうになる。
「なんとかなったな……」
「全く、とんだドライブだったぜ」
二人で顔を見合わせほっと一息つく。
俺達は吸い寄せられるように飛空艇の方へと向かった。
そんな中、レガシーが俺の耳元に小声で話しかけてくる。
「いつやるよ?」
「離陸したあとだな……。上空で安定したときを狙おう」
「了解だ」
ゆっくりと飛空艇に近づきながらハイジャックの算段を立てる。
一暴れするわけだし、飛行が安定した状態でやった方がいいだろう。
乗り込む、飛び立つ、上空に着く、暴れる、……完璧だ。
俺の考案した完璧なハイジャック計画が完成する頃、仁王立ちで待ち構えているベレー帽の女の下まで辿り着く。
俺達は陰湿な笑顔をベレー帽の女に向けつつ飛空艇に乗ろうとする。
すると女が腕を上げて入り口を遮った。
いぶかしみながらも立ち止まる俺達。
俺達の笑顔に返すようにしてニタリと口角を吊り上げる女。
……なんだろう、妙にその笑顔が気になり悪寒が走る。
俺が不吉な予感を感じているとベレー帽の女が口を開いた。
「貴様たち、よく生還したな! 今回の降下で恩赦が認められ、刑期終了となる!」
「まじか!」
「やったな!」
だがそこでベレー帽の女が言った台詞は、俺の予感を裏切るものだった。
なんと刑務作業が終了したというのだ。
「うむ! 街まで送ろう! 早く搭乗したまえ!」
「これなら余計なことしなくてよさそうだな」
「ああ、釈放されて街まで行けるんだしな」
これならわざわざハイジャックする必要もない。
むしろ問題行動を起こさず大人しくしていた方がいいだろう。
そう判断した俺達は計画を取りやめ、意気揚々と飛空艇に乗り込んだ。
浮かれて喜ぶ俺達を乗せた飛空艇はいつも通りの音を立てながら街へと飛び立った。
…………
「あれが……街?」
移動の間に夜になってしまい、眼前がはっきり見えないせいかそんな呟きが漏れる。
「らしいぞ?」
レガシーからも疑問系の返事が返ってくる。
俺達の目の前には街がある……、らしい。
飛空艇にしばらく揺られて辿り着いたそこはベレー帽の女の話では街らしい。
とてつもなく高い塀に囲まれているため、内部の建物が全く見えないが街らしい。
俺の視界を覆うとてつもなく高い塀は凶悪なモンスターの侵入を防ぐためか異常な数の棘がついていて地獄の門を連想してしまう。
そして塀の四隅には煌々と辺りを照らす灯台のような塔が建っていた。
なんていうかサーチライトっぽいやつだ。
モンスターが襲ってくるのを警戒して照明を使っているなら外部を照らす必要があると思うのだが、その灯りはなぜか堀の内部を執拗に照らし続けている。
「どうした? 手続きをするから早く来い!」
女の良く通る声が俺達を促す。
「はいっ! まあ、手続きするときに説明してくれるだろ?」
「それもそうだな」
多少気になる点はあったが、街に着けば疑問も解消するだろうと判断した俺達はベレー帽の女の後に続いて街の中へと向かう。
厳めしい外見の門をくぐり、すぐ側にあった詰め所のような場所へと案内され中へ入る。
案内されるままに着いていくと簡素な机と椅子のみがある部屋へ通され、座るように促されたので小心者の俺はきょどりながら腰をかけた。
部屋の中の印象は刑事ドラマに出てくる取調室のようだといえば分かり易いかもしれない。
するとベレー帽の女が俺達の前に立ち、説明をはじめた。
「無事刑務作業も終了した。貴様たちもこれで晴れて三等市民の仲間入りだ!」
「「ん?」」
俺とレガシーは女の言葉に疑問点を感じ、同時に首を傾げる。
「三等市民になれば専用の収容施設での生活が認められる! 恩赦を受け釈放となったが貴様たちにはまだやってもらわなければならないことがある! それは釈放と同時に自動的に購入された市民権の支払いだ! 市民権の購入代金は五百万ゴールドとなり、支払いが不可能な場合は当然借金となる! 支払い完了、もしくは借金の返済が終了すれば二等市民となる!」
「「んん?」」
継続する女の説明が怪しげな内容に変化し、聞き捨てならない言葉を耳にして同時に首を傾げる俺とレガシー。
「ちなみに三等市民は職業選択の自由がなく、市民は全て傭兵となってもらう。また定められた場所以外での居住は認められていない。そして国外へ出ることは許されない。無断で出国した場合は死刑が確定するので気をつけるように!」
「なあ」
「なんだよ」
疑問の数が限界点を突破したレガシーが俺に小声で話しかけてくる。
「それって囚人と変わらないんじゃ……」
「いや、そんな、まさか……」
レガシーの言葉を否定しようとする俺。
あれだけのことがあってまだ酷い扱いを受けるとか、そんなことが有り得るだろうか……。




