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15 雨


 恐る恐る打たれた手を見てみると、黒い防寒用手袋をはめたようにパンパンに腫れ上がり、どす黒く変色していた。



「うお……」


 声を出さないよう気をつけていたのにあまりの腫れ具合に素で声が出てしまう。


(これは痛いわけだ)


 打たれた他の部位もドクドクと脈打つような痛みが走る。


 かなり殴られたがとっさの行動としてはよくやったほうだ。


 慣れたゴブリンだからこれで済んだと思うべきだろう。



 しばらくしたら降りよう、そう思ったが手や足が木から放れない。


 放すことができない。


 異常な力でしがみついてしまっている自分に気づく。


 必死に動いていたので実感はないが本当に怖かったのだろう。


「死ぬかと思った」


 囲まれた時のことを思い出すとポツリとその言葉が出た。



 今まで散々危険なことをやっていたが初めて命の危険を感じた。


 モンスターとの戦闘は一つのミスや油断が生死を分けるってことなんだろう。


 ここまでボロボロになってはじめて実感する。


 だが俺は普通の人間だ。慎重に行動したいが油断もする。



 油断、巻き込まれ、不慮の事故なんかはこれから先も起こることだろう。


 そういうとっさに対応しなければいけない状況にはもっと強くなることで補っていくしかない。


 考えにふけっていてもドクドクと脈打つ痛みがケガの方へ意識を持っていく。


 しかし、初めて殴られたがレベルが上がっているのに痛かった。


 防具を装備していないからだろうか?


 もしくはステータスの体力値がまだ低いせいだろうか?


 レベルが相当上がってステータスの体力値が異常に高くなったら、剣を弾ける体になったりするのだろうか? どうもそんな状況がイメージできない。



 ステータスを確認したときHPやMPの表示もなかったし、むしろレベルが上がっても頭を狙われたら一発で死ぬ気がする。


 HPやMPが数値で表示される王道のRPGというより、三発当たったら死ぬとか一発当たったら死ぬようなアクション要素があるRPGの方がイメージとして近いのかもしれない。


 ……ゲームじゃないけど。


 ゲームならダメージを受けて残りHPが1になったときもHPMAXの状態と変わらない動きができる。


 だが、もし今のスーテタスにHPを表示する機能があったとしても、その数値が1になった時、俺はそのまま何もできずに死んでしまうのだろう。


 攻撃力だって全力を出せるときと負傷したときとでは数値は同じでも、実際に出せる威力は違うと思っておいたほうがいい。


 どんなに強くても急所をつかれればあっさり死ぬ。傷を負えば動きが鈍る。生き延びても傷を治せなければ死んでしまう。


 きっとその辺りは元の世界と変わらないのだろう。



 レベルやステータスがあるから、ついゲームと混同してしまいがちになる。


 あまり数値を過信するのは危険だ。色々なものが数値で表示されようとも、その対象は生きている人間なのだ。


 ゲームのようにきっちりハッキリと数値通りの結果が出るはずがない。


 気をつけねば、と自分に言い聞かせる。



 その日は結局、下手をすれば死んでいたかもしれないという恐怖から体の小さな震えが止まらず、登った木から動くことができなかった。



 翌朝、大分落ち着いたので木から降り、いつもの川辺に行く。


 傷の具合を見てみるもまだ腫れていた。


 傷を治したいところだが、街での治療はぼったくられたうえに治らない可能性が高い。


 儲けるために何度も治療費を払わされ、挙句の果てに治らないとか普通にありそうだ。


 俺の街不信がマックスなのでそんな発想しかできない。



 一番良いのはルーフのところに行って助けてもらうことだろう。


 しかし、この傷を見せた場合、アレックスに使ったポーションがあればそんなことにはならなかったとか言い出して泣き出しかねない。目元を手で覆いながら「くっ、すまない!」とか言うところが容易に想像できてしまう。


 それに傷を負った原因も気持ちいいものではないし、あまり話したくない。


 となると、ここは自力治療だろう。


 幸い骨が折れたり縫合が必要な傷はない。素人判断だが、患部に薬草を塗って安静にしておけばなんとかなるだろう。


 そう考え、俺は買っておいた薬草をアイテムボックスから出し、石ですり潰すと清潔な布にそれを乗せて患部に巻いていく。手や足は上手く巻けたが背中は難しかったので、適当だ。


 その後、久々に倒木が重なり合う崖の場所へ行き、寝ることにする。


 安静にするのが一番と判断し、一日中寝ることにした。



 丸一日寝て翌朝になると痛みが引いていた。


 患部に巻いていた布を外してみると、腫れも引いていて痕跡が何も残っていない。昨日のことが夢だと思わせるほどだ。


 いくらなんでも治りが早すぎる。


 はじめて使ったがこれが薬草の効果なのだろうか。


 もしかしたら体力のステータスは傷の治り易さに関係しているのかもしれない。


 数値が高くなってくると傷を負った瞬間から自動回復とかしてくれたらありがたいが高望みしすぎだろうか。



 体がすっきりすると心も晴れやかだ。


 軽く跳ねたり体を伸ばしたりして体に異常がないか確かめてみる。



 違和感一つなくスムーズに動かせる。


 本当に完治したようだ。


 長引かなかったのはありがたいが、原因がよくわからないのでちょっと気持ち悪い。


 朝の清々しい日差しを浴びながら川原へ行く。


 腹が減ったので朝食にしようとアイテムボックスをあさる。


 早速ルーフに貰った燻製を出してみる。


 燻製はブロックサイズで貰ったのでしばらく楽しめそうだ。


 はじめて食べるので少し贅沢をして厚めに切ってみる。


 燻製というから保存用に水分を飛ばして、カチカチの木材のようになっているのかと思ったがすんなり刃が通った。


 切ったものを手に取り、匂いを嗅いでみる。香り付けに燻してあるだけで色味は元いた世界のスーパーに売っているようなベーコンに近い感じだ。


 一口食べてみる。


 うまかった。


 燻した香りが肉独特の臭みを和らげつつもアクセントとなり、何とも言えない味わい深さを醸し出す。厚めに切った燻製をペロリと食べてしまう。


 折角の旨いものだから、少しずつ長く楽しむようにした方がいいのはわかっているが、燻製を食べる手が止まらない。


 燻製がうまいのももちろんあるが食欲が異常にある。


 傷の回復に体力を消耗し、普段より腹が減っているのかもしれない。



 アイテムボックスから野菜も出して燻製に巻いてワシャワシャ食べる。


 腹がぽっこり膨れるのが見て取れる程食べたところで落ち着いた。


 やはり旨い物を食うと満足感が違う。


 余韻を楽しみながら水を飲んで一息つく。


 落ち着いてくると一昨日の出来事を思い出す。


 ゴナンの行動だ。




 人は追い詰められると心の弱い部分が前面に現れる。


 ゴナンも初めはいい人そうに見えたが命の危険を感じたらなんとしてでも自分だけは助かろうとした。


 元いた世界でも追い詰められると豹変する奴は結構いた。


 普段は菩薩のように振る舞っていたとしても、自分の能力の限界を超える事の対応を迫られれば、誰だって豹変する。一瞬にして周りが見えなくなったり、自分の事しか考えられなくなったり、逃げだしたりする。


 だが、それは悪いことでも何でもない。



 正常な反応といえる。


 そりゃあ、どんな時も冷静でいられれば恰好良いが、実際はそうはいかない。


 自分はどんなときも大丈夫、その程度で取り乱すなんてあり得ない、なんて言う奴も中にはいるだろうが、それはその人がそういった場面に直面していないだけ。 その人にとっては得意分野だった、というだけの話だ。


 まあ、極端な感情を露呈するやつは付き合いづらいが……。


 みんな、追い詰められれば大なり小なり普段とは違う行動をしてしまうものだ。


(だが許さん)


 殺されそうになって許すほど俺も善人じゃない。


 俺だって追い詰められれば切れやすくなったり、じっと待てなくなったりする。


 俺もギリギリまで追い詰められたら、ああなるかもしれない。


 なりたくないが。


 お互い命の危機だったわけだし、次会ったときはグーパン一発で勘弁してやろう。そんなことを考えながらまた燻製を頬張った。


 きっとルーフに会っていたからここまで余裕があったのだろう。


 街の人間だけ見ていたら今日の出来事で相当荒れていたはずだ。


 一人でもいい人に会えて俺は運がよかった。


(さあ、気持ちを切り替えてゴブリン狩りを再開するか)


 俺は腰を上げ、狩りに向かった。


 …………


 あれから数日経過したがゴブリン狩りは順調だ。


 最近は両手に石を持って二匹や三匹で行動するゴブリンを狩っている。


 オーク二匹やゴブリン七匹に囲まれた経験が役に立っていて、問題なく処理できるようになっていた。


 しかし、今不安なことがある。今日は朝から曇っているのだ。



 どうにも一雨きそうな気配だ。


 森の中に俺が知っている雨を凌げる場所がない。洞窟とか簡単に見つかればいいが難しいだろう。


 雨宿りできる場所が見つかったとしてもそこから身動きがとれなくなるのも危険だ。



 などと考えていたらどんどん雲行きが怪しくなり、とうとう降り出した。


 大雨だ。


 完全にどしゃ降りだ。


 地面から跳ね返る雨粒が膝下まで跳ね返ってくる勢いで降っている。



 今まで降らなかったので考えていなかったが、異世界だって雨くらい降る。


 そして我が家には屋根がない。


 びしょ濡れだ。


 通り雨ならやり過ごせばいいがいつまで降るかわからない。


 風邪をひいたりしたら途端に収入に影響が出てしまう。雨宿りできる場所を探さねばと思い、辺りを探しても適当な場所は見つからず、思いつく場所は結局一つしかなかった。


 ドンドンドン! と、眼前の扉を激しく叩く。


 俺はルーフの家にすぐ行った。全力ダッシュで直行だった。


 恥ずかしいとか言ってられない。


 びしょびしょなんだ!


「誰だ」


 ルーフが扉を開けずに聞いてくる。


「すまん、俺だ。ケンタだ。雨に降られて困ってるんだが、一晩泊めてくれないか?」


 ストレートに用件を伝える。



「おお、ケンタか。すごい雨だったろう、あがってくれ」


「すまん、恩に着る」


「アレックスの恩人を放っておけないからな。なぁアレックス」


「ウォン!」


 声がした方を見るとアレックスが勢いよく尻尾を振っているのが見えた。


 よかった、無事元気になったようだ。



「世話になる。よかったら食べてくれ」


 そう言って果物をどっさり渡しておく。


「悪いな」


「こちらこそいきなり押しかけて悪かったな」


「気にするな。この雨では身動きが取れないしな」


 激しく振る雨音が屋内まで響いてくる。元の世界なら警報が出るクラスだろう。


「そういえば、燻製ありがとう。すごいうまかった」


「口にあってよかったよ。次からは金をとるがな」


 そう言いながらニヤリとするルーフ。


「はは、確かにあれなら金を払わないのは悪いレベルだな」


「自信作だ」


 燻製の話から最近の近況の話題になったりして飯を食いながらも会話を楽しみ、その日はそのままルーフの家に世話になった。


 翌朝は昨日の雨がウソのように晴れていた。


 連日降られなくてよかったとホッとする。


 ルーフに礼を言い。家を後にする。


 森に帰りゴブリンを狩り続けた後、死体処理を精霊でしながら雨のことを考える。



 雨に降られると森暮らしはまずい。今回のことで思い知った。


 また雨が降る可能性もあるし、対策が必要だ。軽い雨なら防げる場所を確保しておこう。


 しかし、昨日のような激しい雨はどうしようもない。


 かといって毎回ルーフの家に泊めてもらうわけにもいかない。



 しかし宿は高い。長期間雨が降った場合、雨を凌いでいるだけで金が尽きる。


 最終的にはテントを入手したいところだ。


 最悪、翌日晴れさえすれば気温の高い今なら濡れてしまってもなんとかなる。


 夏の間はそれでなんとかなるだろう。



 だがもうすぐ秋が来る。


 秋の次は冬だ。


 今の状態で冬に屋外で寝るのはさすがに自殺行為だ。


 かといって冬の間ずっと宿をとったり、ルーフの家で世話になるのは難しい。



 そう考えると時期的にも森暮らしはそろそろ限界が近い。


 次の生活に移る時が来たのだろう。


 一応、先のことは考えて情報収集はしてきた。


 解決策として一番なのは、この街を出て別の街に移ることだ。


 この街でやっていけないのは物価が高いのが理由だ。


 なら他の冒険者と同じように安定して生活できる街へ移動すればいいのだ。



 酒場の情報収集で街の候補も二つほど聞けている。


 この街から出て行く冒険者は大体その二つの街に行っているようだ。


 一つはウーミンの街。


 海に面した街で漁業が盛んなようだ。田園地帯もあるようで食料が豊富な土地らしい。


 冒険者は漁や畑の護衛目的で移動していくそうだ。



 もう一つはメイッキューの街


 何でも街の周囲に複数のダンジョンがあるらしく、それを攻略する冒険者で賑わっている街のようだ。


 特にメイッキューの街は、野外のモンスターの活動が大人しくなる冬場にダンジョンのモンスター目当てに出稼ぎに来る冒険者で溢れるらしい。


 つまり冬場でも稼げる土地ということだ。


 競合相手が大量にいるのはいただけないが、冬場に大量に人を引き入れても問題ない街というのは魅力的だろう。


 人が多いなら俺もまぎれて行動しやすいかもしれない。新参者と注目されるような場所よりはいいだろう。そう考えると次の目的地は金を稼げるチャンスが豊富そうなメイッキューの街がいいかもしれない。


 ということでこれから先の予定としては、情報収集の頻度を下げて貯金に回し、秋にはこの街を出てメイッキューの街を目指すことにしようと思う。


 今度ルーフにも話して意見を聞いておこう。


(よし、大体決まったな)



 これからのことが決まったころには周りが明るくなってきていた。



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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