5 革命的飲酒方法
女の背を見送った後、俺達が棒読みで喜びを分かち合っていると飛空艇が離陸をはじめた。
どうやらこの刑務作業はまだ続くらしい。
…………
規則他正しい飛空艇の駆動音だけが船内に響き渡る。
とてもうるさいが人の声は全く聞こえず、ある意味静かなものだ。
「……………………………」
「……………………………」
はじめてこの船に乗った頃は汗臭い男達が溢れ、手狭に感じた飛空艇も今では俺とレガシーの二人だけだ。
いわゆる貸しきり状態ってやつだ。
四隅には相変わらず監視役の兵士がいるがあれは彫像みたいなもんだ。
俺達以外誰もいないので気兼ねなく使えるため言葉も無くだらけている……わけでもなく。
むしろ刻一刻と増してくる悲壮感から何の言葉も出てこない。
船内は明るいはずなのに俺達の顔だけ真夜中のように静かで真っ暗だ。
規則正しい駆動音のみが響き渡る船内を見渡せば、大した時間一緒にいたわけでもないのに今は誰も座っていない場所に数刻前までそこに座っていた奴の姿が半透明になって見える気すらする。
「…………なあ」
「…………なんだよ」
重い口を開き、隣に座るレガシーに呼びかける。
すると重い口を開いたレガシーが最低限の言葉を返してくる。
「これって全員いなくなるまで続くやつじゃね?」
「さあな」
減刑なんて言っていたが、はじめから全員の処刑が目的だったのではないだろうか。甘い言葉に乗せられて、喜び勇んでいたのは一体いつのことか。
まだ一日も経過していないのに一月くらい経った気分だ。
飛空艇で目的のエリアまで輸送されるため移動中は空の上で逃げ道がなく、移動後はモンスターが大量にいるどことも知れぬ荒野に置き去りにされるので、回収される以外に帰り道も分からない。
改めて考えると逃げ道が全く無く、目的を果たすしか解決する手立てがない。
囚人集団を一気に処理し、かつ適当に凶悪なモンスターも間引きできる。
そういうことじゃないのだろうか……。
……よくてきている。
「おいっ! 結構重要なことだぞ!?」
「やめろっ! 揺するな!」
俺は迫る死の恐怖に怯え、レガシーを力任せに揺する。
さっきはからかうのは止めようとか思ったが、こっちも必死なのでそこまで配慮できなくなってしまう。だが、レガシーは高所の恐怖に耐えることで精一杯のようで、そこまで考えが回らないようだった。
「静粛に!」
俺達がそれぞれの恐怖に怯えていると、いつもの通る声が船内に木霊した。
だが耐え切れなくなった俺はその言葉を無視してベレー帽の女へ質問をぶつける。
「な、なあ! アンタ! これっていつまでつづ「それでは降下!」」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!?」
質問への回答は上空へ放り出されるという形で成される、も俺は全く納得がいかなかった。
(次は回収されるか脱走するか真剣に考えないとな……)
このままでは命が幾つあっても足りない。
だがいつ終わるとも知れぬモンスター退治を続けるのと荒野を彷徨うのとではどちらも生存率は変わらない気がしないでもない。
こんなろくでもない選択肢しか残されていないのが悔やまれる。
どうせなら金髪セクシーと黒髪スレンダーのどちらを取るかとかで悩みたかった。
そんなことを考えているうちに雲を抜け、地上の景色が見えてきた。
俺は慣れた感じで姿勢を制御し、眼下の様子を窺う。
(これからモンスター退治っていうのに気分が落ち過ぎてるな……)
スカイダイビングも三度目となると気持ちに余裕ができ、心身共に消耗していることを自覚できるほどになっていた。
これで降下するだけならそれでもいいかもしれないが、地上に降りればモンスターによる激しい歓迎会が待っている。さすがにこんな状態では戦闘に支障をきたしかねない。
(…………呑むか)
本来なら戦闘前の飲酒など集中力を落とすだけの愚策だが落ちた気分を回復させるには悪い手段ではないかもしれない。
そう判断した俺はアイテムボックスから酒の入った容器を取り出す。
空中で栓を抜き、先細った容器の開け口をくわえ込むようして酒をあおった。
空のど真ん中で飲酒。
周囲に空気しかない状態での飲酒。
空中飲酒。……初体験だ。
空気の抵抗を全身に受けながら酒を飲み干す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! やってやらぁああああああああああああッッ!」
空からちっぽけな大地を見下ろして叫ぶ。
ちょっと吹っ切れた。
気合を入れ直したせいか、少し冷静さを取り戻せた気がする。
改めて眼下に広がる大地を注意深く見る。
逃走することも考えて上空から周囲を見渡すも同じ景色が延々と続くだけだった。
(だめだな……)
やはり簡単に逃げられるような場所には落とされないのだろう。
(こうなったら飛空艇をジャックするか?)
絶賛減刑中に看守を殺して飛空艇を奪うとなると、もはや死刑は免れないだろうが現状なんちゃって死刑状態だし、それもいいかもしれない。
(ハイジャックか……、俺も随分とこの世界に慣れたもんだわ)
そんなことを考えながらパラシュートを開き、問題なく地面へと着地する。
今回のターゲットはサラマンドラのように火の玉での手厚い歓迎がないらしく、とても助かった。
少し後方を振り返ればレガシーも問題なく着地し、パラシュートを外しているところが見えた。
俺もパラシュートを取り外して合流しようとする。
(あ、一応回収しておくか……)
と、ふと思い立ってパラシュートをアイテムボックスへ収納しておく。
一回目は故障。二回目は焼失。と、着陸時まで持つことがなかった俺のパラシュート。三回目は無事に地上まで一緒に降りることができたので、記念に取っておくことにする。といっても、いつモンスターが襲ってくるか分からないので綺麗にたたむこともなく、クシャクシャのままの収納になってしまったが。
まあ、時間があれば後で綺麗にたためばいいだろう。
「お前もパラシュート預かっておこうか?」
自分のパラシュートを収納し終え、レガシーにも預かろうかと聞いてみる。
今までは現場に直行だっため、こういったことをする余裕がなかったが、今回は十分な時間がある。
「あ~、そこまでしなくても大丈夫だろ」
「高い所が怖いくせに、そういうところは楽観的なんだな」
「怖くねーし」
「そうかよ」
が、こちらの好意はレガシーに断られてしまう。せっかく気を使ったというのに。
気を取り直した俺は今回の目標を思い出そうとする。
「今回のターゲットはサラマンドラじゃないんだよな。何て名前のモンスターだっけ」
「キラーフロッグだったな。はじめて聞く名前だ」
モンスターの名前を聞いたときは憔悴しきっていたのでちゃんと覚えていなかった。
レガシーは覚えていたようだが、どんなモンスターかは知らない様子。
辺りを見渡すも、それらしいものは何も見えない。
「周りには何も見えないな……。気配を探ってみるか」
俺は回りに何もいないことを確認すると【気配察知】の準備に入る。
「参ったな……、倒さないと回収されないんだろ?」
「生息場所を探さないといけないパターンってわけだな…………」
どうやら今回は前回までとは違い、こちらからターゲットを探し出して倒さないといけないようだ。
「なあ、もうこのまま逃げちゃってもいいんじゃないか?」
「お前地図とか持ってるのか? ここがどこでどの方角に進めば国外に出られるか見当がつくのか? 三週間くらいなら手持ちの食料でなんとかなるが、それ以上になってくるとヤバイぞ?」
「……無理だな」
レガシーがまたもや逃げようと言ってくる。
だがそれは難しいと説明する。
なんの当ても無く進むにはこの荒野は広すぎる。
俺は落ち込むレガシーに落下中に考えていたことを話すことにした。
「実は俺もそう考えて上空から辺りを見てみたけど同じ景色がずっと続いてたわ」
「そうか……」
「だから、ハイジャックしないか?」
「なるほど……、その手があったか」
「このまま使い潰されて死ぬくらいだったら、その方がいいだろ?」
「決まりだな。お前の悪知恵にはいつも驚かされるぜ」
俺の考えを話すとレガシーもはっと目を見開いた後、少し表情が明るくなる。
ハイジャックの話をして表情を明るくする俺とレガシー。
この一文だけを眼にするとどうしょうもないクズ野郎に見えるのは気のせいだろうか。
「悪知恵? ハンサムな発想の間違いだろ? とりあえずキラーフロッグとやらを倒して回収されるとしようぜ」
「ああ。回収の船が待ち遠しい気持ちになるのも久しぶりだぜ」
お互い少し気分が軽くなったせいか、会話もいつもの調子に戻る。
まずは目的のモンスターを探し出し討伐。
その後は回収。
そしてハイジャック。
目的も明確になり俄然やる気になった俺達は、早速目標のモンスターを探すことにした。
…………
「居たぞ……。モンスターの気配を大量に感じる」
【気配察知】を使いながら当てもなくさまよった結果、なんとかモンスターの気配を探し当てる。
戦ったことのないモンスターの気配なので目標のキラーフロッグかまでは分からないが大量にいるのは確かだ。
「探し出すのも一苦労だな」
レガシーもため息を漏らす。
「そういえばデスザウルスってのもいるんだったよな?」
目標はキラーフロッグだったが、それとは別にデスザウルスがいるから気をつけろと言っていたのを思い出す。
なんでもそいつのせいで兵を送れなかったとか言っていたが、それは逆を返すと俺達なら送っていいってことになるわけだが、どういうことなんだろうか。
俺達が兵より強くて頼りになる存在で信頼しているってことではないような気がする。
【気配察知】で見つけたモンスターの気配は詳細が分からないので、とにかく接近して確認するしかない。キラーフロッグかデスザウルス、どちらが待ち構えているのだろうか。
「ああ、言っていたな。キラーフロッグは知らんがデスザウルスなら聞いたことがある」
「へえ、どんなモンスターなんだ?」
「神出鬼没でとてつもなく強い悪夢のようなモンスターって話だった。それを聞いたのが酒場だったから、どの程度信憑性があるものか分からんがな……」
レガシーの話ではデスザウルスって奴はすごい強いらしい。
ベレー帽の女も気をつけろって言ってたし、やっぱり強いのだろう。
「はぁ……、そんな場所に落とされたわけね。今から向かう気配が何のモンスターか分からんから行って確かめるしかないぞ」
「いつでも逃げられるように少しずつ距離を詰めるしかないな」
「そうなるわな。じゃあ行くか」
「了解だ」
俺達は探し当てた気配の方へと進んで行く。
待ちかまえているのがデスザルウスでないことを祈るばかりだ。
…………
「いないな……」
「どうなってる……」
気配のする場所に近づくも、目視では何も発見できなかった。
だが、辺りには大した障害物もないので、見つからないのはおかしい。
一つや二つなら見つけ損なうこともあるかもしれないが、数十という気配を感じるのに全く見えない。
「あの辺りなんだけどなっと」
俺は鉄杭を気配のする岩の方へと投擲してみた。
すると接触して跳ね返ると思った鉄杭が岩に突き刺さる。
そして鉄杭の刺さった岩が突然震えだし、大きく飛び跳ねた。
「うおっ」
「なんだ!?」
目を凝らして見るとそれは岩のような模様をしたカエルだった。
どうやら辺りの景色に擬態する能力があるようだ。
「あれがキラーフロッグっぽいな」
「ああ、らしいな」
俺達が飛びまわるキラーフロッグを見ていると、それに反応するかのようにして周囲にあった岩も飛び跳ね出す。
「あれ?」
予想以上の反応が返ってきて焦る俺。
「おい……」
そんな俺を半眼で睨むレガシー。
跳ね回りながら方向転換したキラーフロッグが一斉にこちらを向く。
それらは俺達と目が合うと、こちらへ飛び跳ねながら向かってきた。




