4 異世界流スカイダイビング
「実質死刑じゃねええええかあああああああ!」
飛空艇から落下し、新たな空の旅へと移行する中、誰かのそんな絶叫が聞こえた。
まるで俺の気持ちを代弁してくれたかのようなその言葉に感動を禁じえない。
俺もそう思う。
地上へ向けて落下しながら心の底から強くそう思う。
だが、飛空艇の中にいるベレー帽の女へ抗議しようにも、空中を上昇する力の無い俺には無理な話だった。
だから、落下に集中する。
素早くゴーグルを着用し、身体を大の字に広げて減速しながら他の奴らにぶつからないよう位置を調節していく。
ダイビングもこれで二度目のせいか、両手両足を一杯に伸ばし、ヘソが最下端になるように腹を突き出すと随分と身体が安定することが分かった。
じっくりと周辺を見渡すも、はじめ落下したときより人数が少ないので今回は衝突の危険はなさそうだ。
前回は落下した全員が全てに不慣れだったため、サラマンドラの密集地帯に降下するという失態を犯したが、今回は余裕があるので落下位置を調節して巣から離れたところに着地したいところだ。
しかし、元の世界では一度も経験したことのないスカイダイビングを一日に二回も経験できている状態に驚きだ。もし生前の俺にこの話をする機会があったとしても、出不精な上に休みの日は疲れきって一日寝ていたのにそんなわけあるかと反論されて信じてもらえないだろうな……。
そんなことを考えていると地上の景色がはっきりと見えるようになってくる。
前回はこの辺りで火の玉の雨の洗礼を受けたので、そろそろ警戒せねばならない。
俺が注意深く警戒していると少し先を行っていた奴がパラシュートを開いた。
無事に降下していくそいつを見て俺もパラシュートを開こうか迷っていると火の玉がこちらへと向かって来るのが眼に留まる。
気がつけば火の玉はその一つだけではなく、前回と同じように逆方向へ降り注ぐ雨と化す。
俺はパラシュートを開かずに手足をピンと伸ばして一本の矢のように姿勢を正すと火の玉から距離を離すようにしながら急降下する。
(おし、このタイミングだ!)
火の玉の雨から遠ざかり、地上も近づいてきたのでパラシュートを開こうと背中から伸びる紐に手をかける。
「今回は開けよぉおおおお!」
俺は祈りを捧げながら大声で叫びつつ、パラシュートの紐を引いた。
すると無事パラシュートが開き、全身に軽い抵抗が発生して体が一瞬舞い上がる。
(いやぁ、パラシュートが開いただけでこんなに安心できるものだとはなぁ……)
顔を上げて開いたパラシュートを見ながら安堵の息が漏れる。
が、次の瞬間、パラシュートに火の玉が直撃し、バスケットボールくらいの大穴が開いた。
開いた穴を死んだ魚のような目で見上げているとシュッとパラシュートがしぼみつつ火が燃え広がっていき、俺が急速に落下しはじめた。
(束の間の平穏だったな……)
俺は片手剣を抜いてパラシュートをぶった切ると身体を大きく開いて落下速度を落としながら辺りを見渡した。
丁度少し下にパラシュートを開いて仏像のようになってゆらゆらと落下するレガシーを発見する。
俺は大の字のように広げていた身体を起立姿勢のようにコンパクトにまとめると仏像のレガシー目掛けて飛びかかった。
「オラアアアッ!!!」
レガシー目掛けてタックルのように突っ込み、組み技でもかけるかのように腕を絡みつかせると【張り付く】を使って密着する。
「グオッ」
接触の衝撃でレガシーから大量の息が漏れる音が聞こえたがお構いなしだ。
「助かったぜ! レガシー!」
「――――」
俺が声をかけるも瞑想中のレガシーは目を半眼にしたまま遠くを見つめて何も言わなかった。
何も返ってこないとそれはそれでちょっと淋しい……。
だが、レガシーに掴まったのは正解で火の玉と接触することなく地上に接近することに成功した。
……悟りパワー侮りがたし。
地上が近づくにつれレガシーの意識も戻り、引っ付いていた俺に気づいて驚愕する。
「うおぅいっ!? なんでいるんだよ!」
「なんか……、そうやって返してくれるだけで俺は嬉しいよ……」
「何わけの分かんねえこと言ってるんだ! そろそろ地上が近いし飛び降りるぞ!」
「はい、レガシーさん」
「なんだその言葉遣いは! 気持ち悪いんだよ! あとお前がさっさと降りねえと俺が降りれないだろうが!」
「少々お待ち下さい。すぐ降りますので」
「敬語を止めろっ!」
などと言い合いながら、それぞれ地上へと着地する。
「今回は巣から少し離れたな」
「ああ、途中から火の玉が来なくなったし、随分と降りやすかったぜ」
俺は体に付いた土を払いながら巣の位置を確認する。
レガシーも無事着地できたようで、巣がある方を向きながら装備の点検を行っていた。
「じゃあ、サラマンドラ狩りと洒落込むか」
「気は進まんが出遅れて他の奴らが死んだら寝覚めが悪いしな……」
逃げ出したい気持ちもあるが前回のサラマンドラ戦で助けてもらった奴もいる。
そいつらを見捨てて逃げるのはさすがに気が引ける。
相手が強敵過ぎるなら自殺行為になるし諦めもつくが、サラマンドラは充分倒せる相手だ。
前回より人数が減っているし、俺達が行かなければその分助けてもらった奴らの生存率も下がるだろう。
なら、それを少しでも食い止めるためにも行くしかない。
俺とレガシーはサラマンドラの巣へと歩を進める。
「何で自分のパラシュートを使わなかったんだよ?」
「使ってたよ!? 途中で灰になったけどな!」
瞑想に忙しかったレガシーは俺がどれだけ空中で悪戦苦闘していたか知らないようだった。
……ほんと大変だったんだって。
「日ごろの行いが悪いからそんなことになるんだよ。少しは俺を見習え」
「高所恐怖症でビビッて声も出なくなるところをか?」
「全然怖くねーし!」
「はいはい」
俺に痛い所を突かれて妙な虚勢を張り出すレガシー。
そんなレガシーに生温かい返事を返す俺。
「怖くねえって言ってるだろうが!」
俺の相づちが気に入らなかったのかレガシーが声を荒らげながら剣を抜く。
「明らかにビビッてただろうが!」
それに反論しながらナイフを抜く。
「うるせえっ!」
激高したレガシーは俺に向けて蛇腹剣を伸ばしてきた。
俺の顔面目掛けて蛇腹剣が迫る。
「誤魔化せてねえんだよ!」
俺は伸びてくる蛇腹剣を見据えながらレガシーの顔の方へ向けてナイフを投擲する。
蛇腹剣は俺の顔をすれすれで逸れ、後方にいたサラマンドラの頭に刺さる。
俺が投げたナイフもレガシーの耳の側を抜けて後方にいたサラマンドラの頭に命中した。
俺達の背後にいたサラマンドラが同時に絶命し、バタリと倒れる。
「貸し一だな」
「いやいや、俺もやったんだからプラマイゼロだろうが」
「小さい男はせこくてやだねぇ」
「どっちがだよ!」
両手を上げてやれやれといった表情をするレガシーにかみつく。
そんな中、吹きすさぶ風の音にまぎれて俺達へ忍び寄るモンスターの足音が耳に入る。
「……来たぞ」
「分かってる……」
俺はレガシーに返事をしながら片手剣を抜き、予備のナイフをアイテムボックスから取り出した。
…………
――カーン! カーン! カーン!
相変わらずけたたましいだけの金属を叩き合わせる音が荒野に響く。
回収の合図だ。
あの音が聞こえるということはサラマンドラは全滅したのだろう。
だが、こちらの被害も甚大だった。
巣の中心に落ちることは避けたれたが前回とほぼ同じ量のサラマンドラを人員の補充なしで戦ったため、多数の死者が出てしまった。俺達もなんとかしようと頑張ったが、最終的には自分の身を守ることで精一杯となり、気がついた時には周りに生きている者はいなかった。
結局、今回の戦闘で生き残ったのは俺とレガシーの二人だけとなってしまったのだ……。
周りに散らばる無残な死体を見ながら血の臭いが混じったため息を吐く。
「音が聞こえたな……、回収場所へ行くか……」
「……無視して逃げないか?」
俺が音のする方へ向かおうとするとレガシーが脱走しないかと言ってくる。
だが、俺はその意見に賛成できなかった。
「ここがどこだか分かるか?」
山一つ、川一つ無く、ただただ地平線が広がる荒野を見渡しながらレガシーに訊ねる。
「……いや」
「近くに街があると思うか?」
「……いや」
「回収場所へ行くか……」
「ああ……」
レガシーも薄々分かっていたようで俺の質問に答えるうちに逃げるのが不可能だと悟ったようだった。
「もしかしたら、これでラストかもしれないしな」
「そうだな……」
俺達は背を丸め、重い足取りでベレー帽の女が仁王立ちで待ち受ける回収場所へと向かう。
疲れきった足取りで飛空艇に向かうと女の指示ですぐに乗り込むことになり、いつもの指定席へと腰を下ろす。
今回は搭乗する人員が二人しかいなかったため、乗り込み作業に時間がかからなかったせいか離陸準備がまだ終わっていなかった。
その待ち時間を利用してベレー帽の女が離陸を待つ俺達の前に現れる。
「よく生き残った! 次はキラーフロッグの殲滅となる! 今回のエリアは凶悪なモンスターであるデスザウルスの目撃情報がある危険地帯だ! その為、兵を送ることが出来ずに行き詰っていた場所である! くれぐれも気をつけるように! 以上だ!」
女は説明を終えると前方の部屋へと移動していった。
「やったな。サラマンドラはさっきので打ち止めみたいだぞ」
「ああ……、次はキラーフロッグだってな」
女の背を見送った後、俺達が棒読みで喜びを分かち合っていると飛空艇が離陸をはじめた。
どうやらこの刑務作業はまだ続くらしい。




