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3 蜥蜴


 俺達が言い合っているとサラマンドラたちの口元から炎が溢れるのが見えた。


「火球が来るぞ!」


「おう!」


 戦闘開始だ。


 …………


 サラマンドラに包囲された状態ではじまった戦闘の風景は地獄絵図そのものだった。



 まだ着地できていなかった者は火球の餌食になり、空中で火達磨へと早変わりする。着地に成功するもパラシュートの解除に時間を取られた者も同様だ。



 そんな中、無事に着地とパラシュートを解除ができた者だけが戦闘に参加していく。サラマンドラは遠距離攻撃手段を持っていて厄介な相手だが、それほど頑丈ではないので接近さえできればなんとかなる相手だった。



 奴らは短距離ならかなり素早く動くことが可能だがその後に隙ができる。


 なんていうかGの動きを想像してもらうと分かり易いかもしれない。



 誰かから指示を受けたわけでもないが、サラマンドラが素早く移動した後を取り囲んで一気に倒すという戦法へと全員が自然と変化していき、一匹ずつ確実に数を減らしていく。


 初対面の者ばかりなので連携なんてできないが、それでも回数を重ねるうちに皆のぎこちなさが少しずつ抜けていき、徐々に最適化されていくのが分かる。


 だが犠牲は確実に増えていく。


 ――グアアアアッ

 ――誰か火を、火を消してくれぇえええ!

 ――足、あしがああああっ!


 サラマンドラは鋭くて硬い舌を持っているようで、それを伸縮させ槍の刺突のような攻撃を行ってくる。遠距離では火球、中距離では舌での突き攻撃、近距離ではかみつきといった感じだ。


 それらの攻撃を受け――。


 舌に背を貫かれた者。

 火球を喰らって燃え盛る者。

 飛びかかられて足を食いちぎられた者。


 負傷し倒れ行く者達の周りにはそんな悲鳴すら聞けなくなったいくつもの焦げた死体。


 そしてそんな死体のそばには、傷だらけになって絶命している無数のサラマンドラ。朱色に彩られた大地はまさに地獄絵図だった。


 やはり包囲された状態ではじまった戦闘のため、こちらの被害を抑えるのが難しい。


 そんな中、俺は一匹のサラマンドラへ向けて鉄杭を放つ。


「頼む!」


「任せろ!」


 サラマンドラは俺の鉄杭に反応して素早い動きで回避するも、短距離しか移動できず立ち止まったところにレガシーの蛇腹剣が頭部を貫く。


 頭部を貫かれ絶命するサラマンドラを横目にレガシーに声をかける。



「よう、調子はどうだ?」


「雲に近いところにいた時よりは好調だな」


 お互いに背を合わせながら周囲を警戒する。



 辺りは囚人達の怒声や悲鳴とサラマンドラの咆哮が混じり合い、混沌としていた。


 俺達の回りも油断なら無い状態でレガシーの側にまたサラマンドラが出現する。



「オラアッ!」


 サラマンドラに反応してレガシーが蛇腹剣を伸ばす。


 伸ばされた剣は反応が遅れたサラマンドラの胸を貫く。



「次が来たぞっ!」


 レガシーが剣を戻している間に次のサラマンドラが近づいてくる。



 俺はそれに合わせて鉄杭を投げた。


 鉄杭はサラマンドラの眼に刺さり、怯ませる。


 そこへ一気に駆け寄り、片手剣を叩き落とす。


 軽い抵抗を感じるのと同時にサラマンドラの頭部に片手剣が割り入った。



「数がやべぇ……」


 俺が絶命したサラマドラから剣を引き抜こうとしていると、いきなり岩山の影から新手が飛び降りてきた。


「うおっ!」


 突然のことに、一瞬反応が遅れる。



 が、サラマンドラのかみつきが俺に到達することは無かった。


 俺に接触する少し前で腹に深々と剣が突き刺さったのだ。


 サラマンドラへ致命傷の一撃を決めたのは見知らぬ男だった。



「……油断するな」


「わりぃ、誰だか知らんが助かった」



 男は俺に一言残すと背を向けて喧騒の中へと自ら飛び込んでいく。


 俺はその背に礼を言うと自身のことに集中する。


 いつまでも油断したことに気を取られていれば、命取りになってしまうからだ。



「参ったね……」


「洒落になってねえな」


「数が多すぎるんだよ」


 レガシーと背を合わせながら短く会話を交わす間に更に新手のサラマンドラが現れる。



「ハアアッ!」


 こちらへと近づこうとするサラマンドラ目掛けてレガシーが蛇腹剣を放つ。


 サラマンドラは俊敏に移動しながらそれをかわし、レガシーへと飛びかかろうとする。



「ハッ!」


 俺がそこへ【縮地】を発動させて割り込み、片手剣でサラマンドラを分断した。



「慎重にいくぞ」


「体力を温存していかないとな」


 長期戦になると考えた俺達は無理な動きを避けるようにしながら戦闘を続けた。


 …………


「大分減ってきたな」


「……どっちがだ?」


 肩で息をしながらお互いもたれかかるようにして背を合わせる。



「両方かな……」


 周りの惨状を見てレガシーに答える。



「このまま生き残るぞ」


「言われなくても」


 俺達はお互いの背を支えに反動をつけて近くにいたサラマンドラへと飛びかかる。俺とレガシーの攻撃が同時にそれぞれのサラマンドラを捉え、絶命させる。


 が、どこからともなく新たなサラマンドラ現れた。



「まだいるのかよ……」


「良かったな、食べ放題だぞ?」


 俺達は新手が出てきたことにため息をつく。



 降下してから数刻が経過し、随分と戦場も様変わりしてきた。



 はじめは俺達より圧倒的に数で勝っていたサラマンドラもあと残りわずかだ。


 気が付けば視界の中で動いているのは人の方が多い。



 囚人達も戦闘の数をこなすにつれ連携が洗練され、無駄な死人が出なくなってきていた。


 それはいい循環を生み、サラマンドラの数を飛躍的に減らすことになる。


 敵の数が減れば一匹に当たれる人数も増え、討伐する難易度も下がる。


 全てが良い連鎖を生み出し、好循環へと繋がっていく。



 ――攻撃を食い止める!

 ――任せた! 足を潰す!

 ――いいぞ! 一気に畳み掛けろ!

 ――うおおおおおおっ!


 丁度目の前でも見知らぬ者同士が声を出し合ってサラマンドラを倒す。



 俺は残りわずかとなった次の獲物を探しながら弓を構える。


 すると囚人の死体の影にその姿を見つける。



「矢を放つ!」


 俺は声を張りながらサラマンドラへ向けて矢を放つ。


「俺は足を狙う!」


 それに合わせてレガシーも蛇腹剣を伸ばす。


「よしっ、チャンスだ!」


「止めは任せろ!」


「行け行け行け!」


 矢と蛇腹剣を受け、大きな隙を作るサラマンドラ。


 そこへ俺達の側にいた囚人達が声を出し合いながら負傷したサラマンドラへと向かう。


 多数に囲まれたサラマンドラは大量の剣に貫かれ絶命した。



 その時、俺達がサラマンドラを倒すのと他の囚人達が別の個体を倒すのが同時となる。途端、一瞬にして辺りを静寂が包む。サランドラの気配がしなくなったのだ。狩り残しがいないか辺りを見るもそれらしきものは見当たらない。


「……終わったんじゃないか?」


「いないよな?」


 俺とレガシーは注意深く周囲を見渡すも動くモンスターの気配はなかった。


 他の囚人達もそれを感じ取ったようで、じわじわとその雰囲気が伝播していく。



 ――うおおおおおお!

 ――ヤッタァァアア!

 ――終わったぞおおおおおっ!

 ――これで釈放だあああああっ!


 静寂が一瞬にして歓喜の声に塗り替えられる。


 これで終わりだ。


 きつい戦いだったがこれで解放される。



「……やったな」


「ああ、えらくぶっ飛んだ刑務作業だったぜ」


 一息ついて辺りを見渡す。



 周囲の地面はサラマンドラの死骸と人間の死体で埋め尽くされていた。


 乾燥した風が血と砂を巻き上げ、辺りに肉の焼けた匂いと共に鉄臭い臭気を漂わせる。


 どの死体も綺麗な物は一つも無く、どれだけ壮絶な戦いだったかを物語っているかのようだ。



「しかし、この後はどうするんだ? まさか飛び上がって飛空艇に戻るわけにもいかないし……」


 と辺りを見渡しながら呟く。


「回収がどうのこうのと言っていたが、他の奴らもどうしたらいいか分からない感じだな」


 剣を杖代わりにして疲れた身体を支えるレガシーも困惑の表情を見せる。


 一応、当初指示されていたサラマンドラの全滅はなんとか成し遂げた。


 だが回りは何一つ無い荒野。


 こんなところに迎えが来るとも思えないのだが、俺達は一体どうやってここから戻ればいいのだろうか。


 生き残った他の囚人たちも戸惑っている様子で誰一人として解決策を持っていないのは明白だった。



 ――カーン! カーン! カーン!



 俺達が途方にくれているとどこからともなく甲高い音が聞こえてくる。


 まるで巨大なフライパンをお玉で力任せに叩いたかのような音が荒野に響く。


 家事上手の妹が寝ぼすけのお兄ちゃんを起こしに来たかのような癒しのサウンドを十倍くらいにしたやつだ。


「何だ?」


「……人と、……何か乗り物が見えるな」



 音のする方を向くもかなり遠くに豆粒のように小さな何かが見えるだけだった。


 だが、レガシーにはそれが何かわかった様子。


 どうやらあれがお迎えらしい。



 俺達が立ち止まって確認している間に生き残った集団は音のした豆粒の方へ向かって歩き出していた。


 俺とレガシーもそれに倣ってそちらへ向かうことにする。



「ご苦労! 間もなく離陸する! 急いで乗りたまえ!」


 遠くに見えた人と乗り物の側に到着すると、数刻前まで乗っていた飛空艇と俺達をサラマンドラの楽園へ突き落とした真っ赤なベレー帽を被った軍服女が出迎えてくれた。


 どうやら飛空艇の離陸準備が整っているようだ。多分、俺達を含めた全員がサラマンドラ戦で疲労を溜めたせいで、中々たどり着けなかったからだろう。


 搭乗口に近づくと、あの規則的で全ての音を遮るかのような駆動音が存在感を示してくる。


 だが、そんなうるさい音も今は救いの女神の歌声のようだ。



「ふぅ、これで晴れてお役御免か」


 吐く息にもちょっと嬉しさがこもる。



「これで街まで送ってもらえると思うと、こいつが素晴らしい乗り物に見えてくるぜ」


「だよな。んじゃ、行くか」


「ああ。街で一杯と洒落込もうぜ」



 俺はレガシーと頷き合うと搭乗口へと向かう。


 俺達を含め生存者全員が安堵の表情を見せながら飛空艇へと乗り込んでいく。


 大量の犠牲者が出てしまったが、これでなんとか俺達は無罪放免となるらしい。



 出所祝いに旨い酒でも飲みたいな、などと考えながら俺は搭乗口から飛空艇へ乗り込む。



 無事飛空艇は離陸し、かなりの高度に達したところで機体の振動なども減り、安定した飛行へと移っていく。


 手持ち無沙汰な俺はなんとなくステータスを開いた。



 ケンタ LV16 剣闘士


 力 85

 魔力 0

 体力 38

 すばやさ 94


 剣闘士スキル (LV4)

 狩人スキル (LV5MAX)

 暗殺者スキル (LV5MAX)

 戦士スキル (LV5MAX)

 サムライスキル (LV5MAX)

 ニンジャスキル (LV5MAX)



 どうやらさっきのサラマンドラ戦でレベルが上がったようだ。



 しばらく上がっていなかったし、さっきの乱戦が止めとなったのだろう。


 久々のレベルアップと街に行ける喜びから顔がほころぶ。



 そして上位職である剣闘士でのレベルアップとなった。


 この職業でのレベルアップははじめてだが、上昇値は力7、体力6、すばやさ2となっている模様。



 どうやら剣闘士は力と体力重視の盾的成長をするようだ。


 力と体力が劇的に上昇するのは美味しいがすばやさが2しか上昇しないのは普通の人にとってはかなりのデメリットになるだろう。



 だが、俺はすばやさの数値が一番高く、体力が異常に低い。


 そんな俺にとっては力の数値を上げつつ、体力を底上げできるという意味で、かなり美味しい。ちょっとピーキーな上昇のしかただな、と思っていたし、ここである程度調節しておくのも悪くない。


 もはや覚えられるスキルは剣闘士のものしか残っていないし、このまましばらく剣闘士の状態で行ってしまって問題ないだろう。最後のスキルを覚えたら、締めに暗殺者に戻すくらいのイメージでいってみようと思う。


 嬉しくなった俺は隣に座るレガシーへと話しかけた。


「いやあ、さっきはやばかったな。俺、モンスター倒しすぎたせいでレベルが上がっちゃったよ」


「良かったな」


 だが、レガシーは相変わらずそっけない返事しかしてこなかった。


 浮かれていた俺はちょっといたずら心が湧いてレガシーの安全バーを揺らしてしまう。



「なんだよ〜。乗りが悪いな〜」


「揺らすなっ! 揺らすなって!」



 俺の軽い気持ちとは裏腹にレガシーは本心から必死で抵抗する。


 どんだけ高いところが怖いのだろうか。



 新しいパラシュートも身につけているわけだし、そこまで怖がることでもないと思うのだが……。こういうのは思考というより感覚から来る恐怖で抗うことができないのかもしれない。


 これからはあまり高所でからかうのは止めておこうとこっそり心に誓う。



「静粛に!」



 俺がそんな事を考えていると聞きなれた良く通る声が船内に響いた。



「よく生き残った! これで恩赦へある程度近づくことができた! さて、次のサラマンドラの巣の上空に到着した! 今回も以前と同じ要領でサラマンドラの巣を殲滅せよ!」


「「え?」」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてベレー帽の女を見つめる俺とレガシー。



 生き残った他の連中もきっと俺達と同じ表情をしていただろう。


 元々軽い罪に対しての恩赦なんだし、あれだけの死闘を繰り広げたらお釣りが来るレベルだと勝手に思っていたが、どうやらこの国の金は価値が低いらしい。



 しかも今の話を聞くと、“ある程度”という言葉から妙にやばい感じがしてくる……。


 明確な数字が示されない恐怖。


 大丈夫なの? これ……。


「それでは健闘を祈る! 降下!」


 俺がそんなことを考えている間に女は無情にも降下の合図を出す。



 すると、数刻前と同じ手順で床が開き、椅子が収納され、安全バーが解放される。床を失い、立つ場所を失った俺達は空中に投げ出された。




「実質死刑じゃねええええかあああああああ!」




 飛空艇から落下し、新たな空の旅へと移行する中、誰かのそんな絶叫が聞こえた。


 まるで俺の気持ちを代弁してくれたかのようなその言葉に感動を禁じえない。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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