表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/401

19 揺れ動く黄金眼球


 俺は初撃をかわしながらナイフも抜き、片手剣とナイフを使って連続突きを弾いていく。


「私がここで会えタのはなぜだト思いますカ? 偶然ダと思いますか?」



「悪い……な、ストーカーの心理には疎いんだッ」


 イーラの連続突きを捌ききった俺は、一気に攻勢へと転じる。



 一歩踏み込み、片手剣で突きを行うも、それをイーラのレイピアが弾く。


 そこへ【剣術】から【短刀術】への切り替えを行い、相手の懐に潜り込むようにして体を回転させながらナイフを振るう。


「臭いんでスよ! 臭いあナたの匂いがどこからともなく漂ってくルんです! そレを辿れば悪臭の素に辿り着けるといった寸法でス!」


 肉薄した俺のナイフによる連撃をまるで盾で防ぐかのように何も持っていない腕で受けるイーラ。俺の連撃を受けてイーラの腕はみるみるうちに傷だらけになっていく。


 今回は盾を持っていないので、こちらにアドバンテージがありそうだ。



 俺のナイフでの連撃を受け、イーラの腕は裾が切り刻まれ、毛むくじゃらの腕があらわになっていく。


 そんなナイフでの攻撃を嫌ってイーラがその獣じみた腕を振り回す。


 すると鋭利に伸びた爪が俺の頬を掠め、うっすらと血が垂れる。



「これからはまめに体を洗わないとな……。ってなんだよその腕は」


「なんだ……ダと? こうなったノも……貴様を追ったセいだ……グルルッ」



 威嚇する様はまさしく獣そのもの。


 黄金に怪しく輝く片目に獣の前脚のようになった片腕。


 唸りを上げてすごむ様は狼を彷彿とさせる。



 イーラは軽い威嚇を終えると数歩の距離を一気にバックステップで引き離し、再び連続突きを行ってくる。


 だがその突き攻撃は以前戦った時より正確さに欠けていた。


 どうも感情が前面に出すぎて動きに影響が出ている気がする。



「グアアオオオッ!」


「フッ」


 俺は軽く息を吐きつつイーラの渾身の初撃をかわし、ナイフで裏拳を放つように身を翻して回転しながら首目掛けて刺突を行う。


「グルルッ!」


 だが、ナイフによる刺突はまたもや獣じみた腕でガードされてしまう。



 しかしこちらのナイフによる攻撃は首には届かなかったが、ガードした腕には深々と突き刺さった。


 皮を突き破り、肉に刃がめり込んだ感触が柄を握る手に伝わってくる。


 だが、俺の攻撃を受けてもイーラは平然としていた。



「な……」


 俺はそのことに驚き、一瞬呆けてしまう。


「あラあら、……隙ありデすよ!」


 イーラはその隙を逃すことなく俺に蹴りを入れて距離を離すと、すかさずレイピアでの突きを行ってくる。


「グアッ」


 蹴りを食らってふらついたところにレイピアが迫る。


 咄嗟にかわすも鋭い突きが肩をかすめてしまう。



 俺は連続突きを嫌って【縮地】を発動し、一気に距離を離す。


「相変わラず逃げ足は速いデすね」


 血塗れた獣のような手で頬を触れながらため息をつくイーラ。



「切れてるじゃねえか……、痛くねえのかよ」


 血を吸って赤く染まった毛むくじゃらのイーラの腕を見ながら構えを直す。



「痛い? そういえばソうでしたね。ひール! あら……? ヒーる!」


 イーラは俺に言われてはじめて気づいたように振る舞いながら、傷ついた腕に回復魔法をかけようとする。だが魔法は発動しなかった。


 魔法名を唱える言葉だけが空しく木霊する。



「オラァッ!」


 俺はその隙を逃さず片手剣で斬りかかる。


「小賢しイっ!」


 振り下ろした片手剣をまたもや血濡れの腕で受け止めるイーラ。



 再び剣が腕に思い切りめり込み、まるで長靴を履いて水溜りに飛び込んだかのように血飛沫が飛び散る。


 腕の切断までには至らなかったが、硬い物に接触した感触が手に伝わる。


 俺の剣を骨で受け止めたのだろう。



「グアアアアアオオオオオンッッ!」


 イーラはそのまま力技で俺を押し返し、かみつかんばかりの勢いで突きを行ってくる。俺が突きをかわすと、そこへ今度は何も持っていない方の腕で引っ掻き攻撃を行ってきた。


 荒らぶるイーラの突きと引っ掻き攻撃の併せ技は連携と言うよりはガムシャラに暴れているかのようだった。


 だが、型にはまっていない暴れるような攻撃は対応がしにくく、じわじわと押されてしまう。



 俺は仕切りなおそうと突き攻撃に併せて【剣戟】を発動する。


 スキルは上手く発動し、片手剣とレイピアが交差した瞬間、両者の腕を思い切り弾き飛ばす。



 俺はそこですかさず【短刀術】に切り替え、懐に潜り込むようにして連撃を見舞う。荒々しい動きをする今のイーラには対応しづらいらしく、ナイフは胴を数回切り裂いた。



 さらにそこから連続攻撃の締めに相手の腹目掛けて回し蹴りを放つ。


 蹴りは見事にヒットし、イーラを仰け反らせながら数歩後退させた。



 俺はそこで【剣術】に切り替え、この隙を利用して【決死斬り】を発動させようと溜めの動作に入る。


「グルッ、負けはシないぞ!」


 イーラも俺の意図を察したのか、同じ技で対抗しようと仰け反ったまま【決死斬り】を溜めはじめながら姿勢を直し、レイピアを構えなおす。



 蹴り足を引いてから溜めた俺と仰け反ったまま溜め始めたイーラの溜めがほぼ同時となる。



 お互い見詰め合ってスキルが発動可能になるまでじっと待つ。


 溜めはじめのタイミングはほとんど誤差がない状態なので、どちらが先に発動できるか分からない。


 だが今更他の動作に移行しても出遅れるだけだ。


 ここは出し切るしかない。



 そんなことを考えているうちに【決死斬り】の溜めが完了する。


 俺は躊躇せずイーラへと【決死斬り】を発動した。



「グアアアアアアオオオオオオオオンンンンッ!!」


 しかし、イーラの【決死斬り】の溜めも終了していたらしく、咆哮とともにスキルが発動する。


 ギィイイインンッ!


 スキルがほぼ同時に発動し、甲高い音を立ててぶつかり合う片手剣とレイピア。



 スキルの威力が高かったのか武器の威力が高かったのかイーラのレイピアが俺の片手剣を叩き割り、そのまま肩口から対角線上にバッサリと下腹あたりまでを斬られてしまう。


 スキルの凄まじい衝撃を受けた俺はそのまま勢い良く吹き飛ばされ、地面を滑るように転がり倒れてしまう。



 そんな俺を見下ろし、勝利を確信したのか一歩ずつゆっくりとこちらへ歩み寄るイーラ。


 その顔は溢れんばかりの愉悦で満たされていた。


「あラあら、もう終わりデすか? ここマで来るのに結構苦労しマしたのに……、最後に言い残しタことはありますか? 私とあナたの仲です、最後くラい聞いてあゲますよ?」




「グッ、…………すいませんでした。助けてください」



 俺は胸の傷を押さえながら助けを請う。



「最後ノ最後で命乞いでスか……。呆れテものも言えませ……グアアッ!」


 イーラはニタリと顔を歪ませながら俺に近づいてレイピアを突き入れようとした次の瞬間、大きな悲鳴を上げる。


 その下腹部には剣の先端がほんの少し突き出していた。


 俺がその剣の先端を見た瞬間、ジャコンと鈍い音と共に無数の棘が腹から突き出してくる。



「そう……言われちゃあ……、助けざるを……得ないよなぁ? やっと……こいつの凄さが分かったか? ゴフッ」


「俺は前から凄いと思ってたぜ……」


 そこには必死の形相で蛇腹剣を伸ばしているレガシーの姿があった。



 レガシーは蛇腹剣がイーラの腹に命中したのを確認すると、力尽きて倒れてしまう。レガシーが倒れたのと同時に魔力の供給が断たれたせいか、蛇腹剣も蛇が巣穴に戻るかのように元の位置へと縮んで戻る。


「ぐっ、はぁはぁ……」


 俺は全身に気合を入れると、ふらつく体を根性で制御して立ち上がる。



 震える手でナイフを握り、イーラへ向けて【縮地】を発動させる。


 走る力も残っていなかったので、そのまま倒れるようにしてイーラへとナイフを突き出した。



 ナイフは腹に突き刺さるも俺は姿勢を保てず、そのまま重なり合うようにして二人で地面に倒れこんでしまう。


 上下に重なりあい、目が合う。


 鼻先が触れ合うほどの距離で見詰め合う。


 お互いの血が混じり合ったかのような濃厚な鉄錆の臭いしか感じられない。


 消え入る蝋燭の灯火のように片目の黄金の光が失われたイーラが弱々しく口を開く。


「また……ですか……」


「二度ある事……は三度あるって……言うだろ?」


「まだ……二度目です。それに…………三度目の正直ということもあります」


「その身体、不完全な状態では長くない……らしいぞ」


「三度目はなし……ということですか……。なんとも締まらない話です……ね」


「俺にとっては……最高の結末だな」


「あらあら……、この世の美が一つ失われるというのに……つれないですね」


 イーラは近づく終焉を受け入れたのか、すっと目を閉じ、全身を弛緩させた。



 俺はそんなイーラを無視して這ってレガシーへと近づく。


 無茶をして倒れたレガシーの容態が気になる。


 今はこれ以上イーラに構っている暇はない。



 俺は遅々として進まないことに苛立ちながら必死に這ってレガシーを目指す。



 何とかレガシーの側へ寄るとアイテムボックスからポーションを取り出し、力任せに揺すって呼びかける。


「なんでもいいから口開けろ! 気合で開けろ!」


 意識を失っているのか何の反応も示さないレガシー。


 俺は腕の力だけでレガシーを仰向けにさせ、思い切り顔を殴った。



「…………ぁ?」


 深い眠りから覚めたようにぼんやりと半眼になるレガシー。


 俺はすかさず口にポーションの瓶を突っ込む。



「飲め! 何も考えずに飲め!」


 口の端からポーションが漏れているのが見えるがそれでも流し込む。



 次にアイテムボックスからすり潰した薬草と清潔な布のセット、そして針と糸を取り出す。そして目に付くところから手当たり次第に傷を負っている部分へ薬草を巻きつけていく。



 ついでに深く傷を負っている部分は適当に縫う。


 何の知識もないので出血を抑える気休め程度だが、しないよりは増しだろう。


 多分奥深くまで切れているだろうが、そこはポーションを頼みだ。



 俺はレガシーの処置を終えると次にショウイチ君にもらった転移の腕輪を起動させた。すると腕輪が眩い光を放ち出す。


 光はどんどん強烈なものとなり、バスケットボール程の大きさの光球になるまで膨れ上がると腕輪から離れて宙に浮き、その状態でとどまった。


 多分これで一日経過すれば、この場に転移の門が開くのだろう。



 準備を終えた俺は自身の傷の治療に入る。


 あらかじめすり潰しておいた薬草と清潔な布のセットを使って軽傷の部分から巻いていく。



 一番大きく斬られた胸の傷は五等分くらいになるように適当なところを縫う。


 全身が痛いうえにかなりの倦怠感を感じているせいか、感覚が麻痺していて自分の傷を縫うことにも大して躊躇することはなかった。



 全身の治療を終えると横になっているレガシーを見る。



 生気が失われ青白くなったレガシーはまるで物のようだった。


 多分俺自身も意識が朦朧としているせいで、小さい反応は見逃しているのだろう。


 ……正直このままではどうなってしまうかなんともいえない。



 俺は運を天に任せて目を閉じた。


 …………


 鈍い痛みで目が覚める。



 あれからどのくらい経ったのだろうか。


 俺自身の傷は多少回復し、なんとか動ける程度にはなった。


 だがなるべく早く適切な処置を行わないと、危険なことに代わりはないだろう。



 俺はボロ雑巾から雑巾ほどには増しになった体でなんとか立ち上がり、レガシーの様子を見に行く。胸が微かに上下しているのを見ると一応生きてはいるようだが相変わらず意識はなかった。



 やはりこの程度の治療では危険な状態を脱することはできないようだ。



 俺を含めてなるべく早く治療院で治療を受ける必要がある。


 だが本来、周囲に何もないこの場所でそれは不可能に近い。



 頼みの綱は転移の腕輪だけだ。


 バスケットボールほどの光球は未だ宙に浮いて変化がない。


 まだ起動に時間がかかるようなので、じれったいが待つしかない状況だ。


「あ?」


 そこではじめて俺はあることに気づいた。


 ……イーラが消えていたのだ。



 倒れていたはずの場所には小さくない血溜まりが残されているだけだった。


 だがあの体では動けないはず……。


 一体何が起こったのだろうか。


 ――チーン!


 そんな俺の思考を遮るように電子レンジのタイマーのような軽い音が耳に届く。


 音がした方に顔を向けると、光球があった場所に赤いドアがあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

   

間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ