14 救助
俺はそれを聞き、男に言った。
「腹から声だせやッ! 聞こえないんだよ!」
イライラして切れた。だって気持ち良く寝てたんだもん。
ハッと自分の大きな寝言で目を覚ましてしまう。
こんな事は仕事で追い詰められて、精神的にではなく肉体的に胸が締め付けられるように痛くなったとき以来だ。
いや、よく考えるとあの時は精神的にも痛かったかもしれない。
「どうした! 大丈夫か!?」
相当声が大きかったようで、ルーフが心配して様子を見に来てくれた。
客室から怒鳴り声がすれば、そりゃあ驚くよね。
「すまん、うなされて起きてしまったんだ」
俺は目覚めたばかりで回らない頭を駆使し、ルーフに謝る。
ぼんやりとした思考で周りを見るともう朝のようだった。
「相当ひどい悪夢だったのだろうな。すごい声だったぞ?」
「そうなんだよ。たしか……よくわからない場所で……あれ?」
思い出そうとすると今回と同じ夢を何度か見ていて、昨晩の夢はかなり鮮明だった記憶がある。だが、鮮明だった記憶があるのに夢の内容が思い出せない。
「……思い出せん」
「まあ、夢ならよくあることさ。丁度いい時間だし朝食にするか?」
「ああ」
少し気になったが、確かに夢の内容を思い出せないことはよくあるので気持ちを切り替える。
ルーフに案内されるままにリビングに行き、朝食をご馳走になる。
俺が朝食の礼を言って、帰ると告げるとルーフは何かが入った袋を手渡してきた。
「これは?」
「私が作った燻製だ。あまり日持ちはしないので早めに食べてくれ」
「おお、助かるよ」
「気にするな。また近くを寄ったら遊びに来てくれ」
「色々ありがとう。また来るよ」
「ああ、必ずだぞ」
俺は見送ってくれるルーフを手を振り、家を後にした。
ルーフの家から森の自宅へとのんびりと戻る。
森の自宅といっても森の中に家があるわけではなく、森自体が自宅という意味だ。坪数? 凄いんだぜ。
ゆっくり歩いたせいもあり、かなり時間はかかったが自分の生活圏に無事戻ってこれた。
この辺りまで来るとゴブリンに気をつけないといけない。
そう思い注意深く歩いていると、地面に何かあるのに気がついた。
目を凝らせば、どうやら人が倒れているようだった。
人が一人倒れているだけのようで周囲には誰もいない。
倒れていたのは小柄な男で見た目はすばしっこそうな印象だ。
小柄なせいか俺より年下に見える。近づいて様子を見てみると死んではいないようだった。特に外傷もなく、倒れている理由が分からない。最近はゴブリンが大量に生息する森で昼寝するのがトレンドなのだろうか。
声をかけて反応を見てみる。
「大丈夫か?」
返事はない。
つついてみながら声をかける。
「おーい」
やはり返事はない。
やっぱり死んでいるのかと顔を近づけた瞬間、声が聞こえた。
「……うう」
「大丈夫か?」
「は、はい」
そう言いながら男は体を起こすと座り込んだ。
「空腹で倒れてしまったようです」
「そうだったのか、よかったらこれ食うか?」
リュックから出すふりをして、アイテムボックスからリンゴを出して渡す。
「いいんですか!?」
男は食べていいかと聞いてくるわりに俺の返事も待たずに目の色を変えてリンゴに飛びついた。
「あ、ありがとうございます。僕はゴナンっていいます」
食べるのに夢中でこちらに顔を上げずに自己紹介してくるゴナン君。
なんか濁った名探偵みたいな名前だ。
「あ、どうもケンタです」
「いやぁ助かりましたよ」
「いえいえ。それで、腹が減っていたのはわかったけど、なぜこんな森で倒れていたんだ?」
「僕、こう見えて冒険者なんですよ!」
「おお、そうなんだ」
「はい、田舎の村の五男に生まれたので村を出て冒険者になったんです」
なんか俺のウソ設定と被ってるな。
五男だからゴナンって名付けられたのだろうか……。
森に倒れていた事と何の関係があるかわからないがゴナン君の話は続く。
「これでも冒険者として結構うまくやれていたんですよ。それで、もうすぐ冬になるのでダンジョンで一稼ぎしようと思ってメイッキューの街を目指していたんです」
「ほうほう」
メイッキューの街にダンジョンか、今度酒場で情報収集しておこう、などと考えながら相づちを打つ。
「それで一つ手前のスーラムの街まで着いたのですが、そこの街で宿を取ったときに荷物を全部盗まれてしまいまして……」
(なんか既視感を感じる話だな、おい)
後、あの街の名前がスーラムだっていうのが意外にはじめて知った情報だった。
「お金は色んなところに分散して持っていたので無事だったのですが、荷物を取られたのが痛手になって、しばらくスーラムの街に滞在することになってしまったのですよ」
「スーラムの街ってこの森を抜けたところにある街だよね?」
一応確認をとっておく。
「ええ、あの街です。それで宿屋の方の厚意でお金を貸してもらってなんとかしようとしたのですが、利息がきつくてどうしょうもなくなって……。返済はなんとかできたのですが、お金が全てなくなってしまったんです。途方にくれて森へ食料を探しに来ていたのですが途中で力尽きてしまいました」
大体のことは分かったが、宿屋のことが気になって仕方がない。
俺と同じ宿なんじゃないか?
「そのお金を貸してくれたのって宿屋のご主人だったりします?」
「ええ、そうなんですよ。奥さんが宿屋をされていて、ご主人が金貸しをされているようでした」
やっぱりあの宿屋か。……真っ黒だな。
被害者同士だし助けてあげたいところだが、人一人支援するとなると俺の手持ちでは難しい。
だからと言って初対面の人間をルーフに紹介して、どうこうしてもらうのも気がひける。
冒険者してるっていうし適当な食料渡して、石オノでも作ってあげればなんとかなるだろうか。
などとゴナン君にリンゴのおかわりを出しながら考えていると、周囲の茂みから物音が聞こえてきた。
辺りを見回すと前方の茂みからゴブリンが三匹出てきているところだった。
「ゴブリンだ! 構えろ!」
俺はとっさにその辺の石を拾って構えた。どうやら向こうはこちらに気づいているようで、どんどん近づいてくる。
「ひっひぃぃ!」
と、ゴナン君が悲鳴を上げる。なぜゴブリンにビビる? と、ゴブリン専門冒険者の俺としては思ってしまう。楽勝だぜ?
「冒険者なんだよな? 二人ならあの数のゴブリンぐらい素手でもなんとかなるはずだ」
俺は石持ってるけど。
「む、無理だぁあ! 殺されるうぅぅ!」
大声で絶望するゴナン君。
この程度で大騒ぎするなんて、一体どうやって森の中を歩き回っていたのか不思議だ。
「大丈夫だって、ゴブリンだぞ?」
「うっうるさい! お前は戦ったことがないからそんな事が言えるんだ!」
確かにモンスターなど狩ったことがないと思われるほどには村人ルックだが、ゴブリン狩りに関してはベテランなのでその発言は心外だ。大声で怒鳴ってくるゴナン君に俺のゴブリンボックスを見せてやりたい。
でもまあ、言い争うより逃げた方が楽そうだ。
「わかった。逃げよう」
固まっているゴナン君を尻目に俺はゴブリンに背を向けた。
しかし、身を翻した背後の茂みからもゴブリンが四匹出てきた。
――囲まれた。
ゴブリンは集団で行動することが多い。
ゴナン君が騒ぎまくったせいで周囲にいたゴブリンを呼び寄せてしまったようだ。
「う、うわあああ!」
まだゴブリンを呼び足りないのか、背後から来るゴブリンを見て絶叫するゴナン君。
こうなってはやるしかないだろう。俺は覚悟を決め、ゴナン君に声を掛ける。
「囲まれたぞ! このままでは逃げることは難しいし倒すしかない。俺が後ろの四匹をやるから、前の三匹を頼む」
俺は数が多い方を受け持つとゴナン君に伝える。
ゴナン君の返事を待ちつつゴブリンへ戦闘体勢をとっていると、背中に衝撃が走り、前につんのめった。
踏みとどまろうとするも再度背中に衝撃が襲い、俺は倒れた。
「ひ、一人で戦ってろ! 俺は御免だ! せいぜい囮になるんだな!」
どうやら背中を蹴られたようだ。
捨て台詞を残し、ゴナン君は森の中へ身を躍らせた。
見捨てて逃げるどころか俺を囮として機能させるため、動けないように転倒させてから逃げやがった。
口の中に入った土を味わいながら顔を上げるとゴブリンがジワジワと迫ってきている。
俺が起き上がるころには、逃げることは不可能になっているだろう。
「……やってくれるぜ」
完全にコブリンに包囲される中、俺は気持ちを切り替えるため、負の感情を一気に吐き出すため目一杯息を吸う。
「ゴナン! てめぇ! 絶対に許さねぇからな!」
そして負の感情を言葉と一緒に一気に吐き出すつもりで声を張り上げた。
「ひっかかるほうが悪いんだよバーカ!」
すると、意外にも返事が返ってきた。
囮にされてそこそこ時間はたったのに、大して離れていないようだ。
……遅ぇな。
折角気持ちを切り替えようと思ったのに台無しだ。
俺はイライラしたまま両手に石を持ち、正面のゴブリンに向かって走りだした。
突破口を開き、逃げ切る。
全員倒す必要はない。
重要なのはこの場から死なずに脱することだ。
俺は正面のゴブリンの棍棒をかわし、素早く顔面に石をめり込ませる。
そのまま裏拳を放つように反対の手の石でもう一匹のゴブリンを狙う。
振り抜いた石は隣に居たゴブリンの側頭部、耳の上辺りを直撃した。
数秒で二匹のゴブリンを倒す。
いい調子だと思った次の瞬間、背中に痛みが走った。
背後から迫っていたゴブリンの一撃だ。痛みに気をとられた瞬間を狙ったかのように、正面からも残った二匹のゴブリンが攻撃してくる。
とっさに一匹の攻撃はかわせたが、もう一匹の攻撃はかわせない。
胸を狙った棍棒の振り下ろしをなんとか手の甲で弾く。
攻撃はそらせたが衝撃は強く、手が痺れて石を落としてしまった。
しかし、そんなことに気をとられる間もなく、両足に痛みが走る。背後のゴブリンたちが棍棒を足に当てたようだ。
「痛てぇ……」
俺は足を引きずりながら、少しでもその場を離れようと転がる。
横に転がった瞬間、俺が今まで立っていた場所をゴブリンたちが棍棒で叩く。
俺はそれを横目に見ながら、痺れる手で地面を突いて反動をつけ、痛む足に無理やり力を入れて立ち上がった。
そのまま一気に駆け、地面を棍棒で叩いて体勢を立て直していないゴブリン達の一匹に狙いを定め、頭に向かって石を振り下ろす。さらに振り下ろした腕の勢いに任せ体を回転させ、隣に居たゴブリンの腹に回し蹴りを放った。
回し蹴りなんて生まれて初めてやったが上手く当たり、ゴブリンは吹き飛んだ。
三匹倒し、一匹転倒させた今が逃げるチャンスだと判断し、草が生い茂っている空間へハードルでも飛び越えるかのようにジャンプし走り出す。
体中が悲鳴をあげているがお構いなしに走る。
初めは距離を離すように直線で走り、距離が開いたらジグザグに走る。
走りながら【気配遮断】と【忍び足】のスキルも使用する。
【聞き耳】でゴブリンの声が遠ざかっているのを確認したら、【跳躍】を使って木と木の間を三角飛びのようにして登り、一気に駆け上がる。
木に登ると、下を見渡しゴブリンの行動を探る。
――周囲にゴブリンの気配はなくなっていた。
どうやら上手くまけたようだ。
確認を終えて安心した瞬間、体全身に痛みが走る。
棍棒で打たれた手の感覚が薄れ、掴まっていた木を放しそうになった。
恐る恐る打たれた手を見てみると、黒い防寒用手袋でもはめたようにパンパンに腫れ上がり、どす黒く変色していた。
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