16 満場一致
「あ〜、求婚と勘付かれずに一発でOKもらえるやつがありますよ」
俺はそんな一生懸命なミランダを見て心から応援したいと思い、秘策を思いつく。
「なんだと! 教えろ! 教えてくださいッ!」
ミランダは俺の言葉を聞くと目を限界まで見開き、眼前まですっとんでくる。
そして俺の両肩を掴んで激しく揺すりだした。
「簡単っすよ。相手との会話の返事の語尾に全部“素敵! 抱いて!”をつければいいんですよ」
俺は凄まじい勢いで前後に揺さぶられながら思いついた秘策を得意気に話す。
これで間違いない。
「なるほどな、それは有効な作戦だな……」
「確かに……、既成事実に勝るものはないな」
俺の案を聞いて納得し、首肯するレガシー。
腕組みして顎に手を添えながらその手があったかと納得するチンピラン。
満場一致だ。
「な、なるほど。子を成してしまえば良いということだな。参考になる! 王都に着いたら早速試してみることにするよ」
俺達の方を代わる代わる見て納得したミランダ。
早速王都で試してみるらしい。
これでうまくいくこと間違いなしだろう。
…………
俺の妙案によりミランダの悩みも解決し、改めて山頂の方へと歩を進める。
隙を見つけて逃げようと思っていたがこの辺りは見晴らしが良く、そう簡単に逃げられそうにない。不審な行動をすればミランダに気づかれてしまいそうだ……。
このままではどうすることもできずに薬草を探すことになりそうだ。といっても薬草が見つかればチンピランも喜ぶだろうし、いいんじゃないだろうか。無理に逃げようとしてミランダに追い掛け回されるのは御免なのでここは慎重に行きたい。
そんなことを考えながらしばらく進むと草原のような開けた場所に到着し、中央辺りまで進んだミランダが立ち止まる。そして、こちらへ振り向くと両手に腰を当てて反り返った。
「着いたぞ! この辺りに自生しているはずだ。外見は根本が濃い緑で先端に行くに従って薄いグラデーションになり、葉先が真っ白になっているのがそうだ」
どうやらミランダの話ではここに件の薬草が生えているらしい。
開けた場所はそこそこ広く、一面に膝くらいまでの丈の草が生い茂っている。
風に揺られてそよぐ高所の草原はなんとも素晴らしい景色だが、ここから一種類の薬草を探すとなると結構骨が折れそうだ。
「……助かる。待っていろ……、今見つけて戻るからな……」
チンピランはミランダの言葉を聞くと、すぐにしゃがみこんで薬草を探しはじめた。
俺達もそれに遅れないよう、早速薬草探しを開始する。
俺は適当に歩いてチンピランからある程度距離を離すと、屈みこんでミランダが教えてくれた特徴である葉先の白い草を探す。
草をかき分けて進みつつ、見逃さないように一つ一つ丁寧に見て回る。
しかし、多種多様な草花はあるが、目的の薬草は俺が探す近辺にはなかった。
外見的特長ははっきりしているので、見間違うことがないのは救いだ。
なんとかこの場所に大量に生えていると助かるのだが……。
「あ、これじゃね?」
長期戦になりそうだなと覚悟を決めようとした瞬間、レガシーの声が聞こえる。
どうも薬草を見つけたっぽい。
俺が顔を上げると両手に葉先が白い草を大量に持っているレガシーの姿が見えた。
「おお、割と早く見つかったな」
立ち上がった俺はレガシーの方へと近づく。
皆も作業を止めてレガシーの元へと集う。
「うむ。それで間違いない」
レガシーが採った薬草を確認し、頷くミランダ。
どうやらこれがその薬草で間違いないようだ。
「本当かっ! ありがとう、皆……」
意外とあっさり目的の薬草が見つかり、驚愕の表情を見せるチンピラン。
その目元には薄っすらと涙が浮かんでいた。
見つかって本当に良かった……。
「おい、泣くなって」
「そうだぞ。ここから戻らないといけないんだろ?」
俺とレガシーはそんなチンピランの肩を叩きながら励ます。
簡単に見つかったのは良かったが、ここからまた戻らなければならない。
見つかって喜んでいる場合ではないのだ。
「むおおおおおん! 病気治るといいな!」
チンピランの涙が移ったのか、またもや号泣するミランダ。
どうも小さい騎士様は涙もろいようだ。
「そ、そうだった。早く、早く帰らないと……」
そんなミランダの号泣で我に返ったのかチンピランは薬草を袋に丁寧にしまい、身支度をはじめた。
「焦るなって、結構登っちまったし下山するまでは慎重に行動しよう」
「だな。ここでケガしたらシャレにならんぞ」
戻ることを急かしたようになってしまい焦って取り繕う俺。
レガシーもそれに同意してくれる。
はやる気持ちは分かるが、こういうときが一番ケガをしやすい。
ここは慎重に行動した方がいいだろう。
「ふむ。確かにここは危険なモンスターが生息する地域。慎重になるにこしたことはないな」
そんな俺達の会話を聞いて、ミランダが腕組みをしながら首肯する。
しかし、その発言には聞き逃せない内容が含まれていた。
「おい……、今何て……」
「聞いてないぞ!?」
もう一度内容を確認しようとする俺の言葉にレガシーの発言が食い気味に被ってくる。
「落ち着け、まだ遭遇してないんだ。このまま会わずに下山できる可能性もある」
慌てるレガシーをいさめながら俺自身も落ち着こうとする。
山に入ってからは警戒のため、定期的に【気配察知】は行っていた。
だが、モンスターの気配は感じていない。遠方で気配を感じることはあったが、山の起伏があるため直線でこちらへ来ることは不可能だ。
現状、俺達の近辺にすぐに寄ってこれるモンスターはいない。
「言ってなかったか? ここにはホワイトファングという真っ白で巨大な虎が出るのだ。とても美しい外見とは裏腹に、とてつもなく凶暴で餌となるものが少ないこの山で生き残るために培われた獲物を察知する能力は特筆すべきものだ。獲物との距離が凄まじく離れていても、その脚力を活かしてあっという間に現れるのは圧巻だと言うぞ!」
と、思ったらなんかすごい距離をひとっ跳びで来る凄いモンスターが出没するらしいという情報を王都へと帰る予定の騎士から得た。
……その情報、……もう少し早く言ってくれませんかね。
「おい……、あれ……」
そんな重大事実が知らされる中、チンピランが何かに気づいたようで少し遠方にある斜面を指差す。
「まじか……」
指差す方向に顔を向け、何かに気づいたレガシーがうわ言のように言葉を漏らす。
俺もそちらを向き、目を凝らす。
すると白い点が凄まじい速度でこちらへ向かって来るのが見えた。
「すげー索敵能力があるって言ってたもんな……」
さっき獲物を探す能力が高いってどっかの騎士が言ってた気がする。
……やばい。
「そうそう! あれがホワイトファングだ! 美しいだろう!」
凄まじい速度で迫るモンスターに俺達が言葉を失っていると、ミランダが自分の言っていたことが正しいと証明できたといわんばかりに得意気に話す。
そしてミランダの言葉が終わると同時に件のモンスター……、ホワイトファングが斜面を蹴って思い切りこちらへと跳躍してきた。
陽の光を反射し、純白の毛並みが雪のように輝きながらホワイトファングが草原の真ん中へと着地する。
その巨大さはビッグキラーウルフにも劣らない。
着地した衝撃で辺りの草が宙に舞い、緑の花吹雪のようになる。
そんな緑の花吹雪の中で純白に輝く虎、ホワイトファングは素早く俺達へと向き直ると硝子球のように鈍く輝く蒼い瞳をこちらへ向けた。
「グゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!」
威嚇の咆哮を高らかに山脈に響かせる。
あの速度と跳躍力……、逃げることは叶わないだろう。
無理っすわ。
「こ、こんなところでやられるわけにはいかないんだ! 俺はこれを持って帰ってあいつにプロポーズするんだ!」
ホワイトファングに対峙し、剣を抜きながら言ってはならないことを言うチンピラン。全身が震えているのがわかる。
「おいっ、そういう言動は慎め! 大人しくしてろ!」
チンピランの死亡フラグがマックスなのが心配になり、喋るなと釘を刺す俺。
「で、どうするよ?」
蛇腹剣を抜きながらどう料理するか俺に聞いてくるレガシー。
「ふん! ホワイトファング! 相手にとって不足なし!」
ミランダは挑発的な発言をしながら何を思ったのか自身の帽子の中へ手を突っ込んだ。すると、帽子の中には到底納まりきらないであろう大きさのハンマーを引っ張り出してきた。
金属製の特大ハンマーを取り出すと帽子を被りなおし、構えを取る。
あの大きさ……、きっと溜め2は打ち上げ攻撃だ。
「後は薬草を届けるだけなんだ! これで皆幸せになれるんだ!」
薬草を手に入れて焦っているのか震える体で剣を構えながら少しずつ前進するチンピラン。
確かに目の前のホワイトファングをどうにかしないと下山は無理だが、あいつの強さでは無謀すぎる。
「おいっ! あんま強くないって言ってたよな!? ここでケガしてもしょうがないし隠れてろ! 無事に薬草届けるんだろ!?」
「っ! す、すまん。恩に着る!」
チンピランは俺の言葉を受けて我に返ったのか、俺達の影に隠れるように移動する。
あのままいってたら致命傷を負ったあげく、“この薬草をあいつに届けてくれ……、グフッ”とか俺に言って死にそうで怖い。
ここまでなんとかなったんだから、後は大人しくしておいてほしいものだ。
俺はチンピランが隠れるのを確認するとミランダに問いかける。
「ミランダさんって職業はなんなんだ?」
警戒のため、威嚇するホワイトファングを見たままミランダの職業を尋ねる。
騎士だが職業は違うと言っていたが、何の職業かまでは聞いていない。
ハンマーを出していたので戦士系の職業だと思うが、思い込みで判断して魔法使いだったら目も当てられないので聞いておく。
「私か? 私は剣闘士だ!」
どうやら予想通り戦士系の職業だったようだ。
これなら前衛を任せられそうだ。
「なら前衛をお願いできますか? レガシーが遊撃、俺が弓で後衛といったところかな」
「任せな。って、お前が後衛かよ。楽なポジションだなおい?」
レガシーは俺が後衛なのが気に入らない様子。
「なら、お前が魔法で援護するか? それなら俺とミランダさんとでダブル前衛にするけど」
レガシーが魔法を使えば後衛も務まると判断し、即座に代案を出す。
目の前にモンスターがいる状況だし、早く行動に移ったほうが得策だ。
「悪い、はじめの案で頼む。魔法は魔力が切れたら終わりだからな……」
「おし、じゃあ行こう」
「任せなさい!」
「きっちり援護しろよ」
お互いの役割が決まり、ホワイトファングとの戦いの火蓋が切って落とされる……。
「うおおおおりゃああああぁぁぁぁぁあああっ!」
と、思ったらミランダが何の合図もなく、いきなり大声を上げて飛び出した。
……打ち合わせとかしようよ。




