13 脱出
◆
「ふぅ」
俺はドスを鞘に収め、構えを解く。
そして、眼前にある頭一つ分軽くなって立ち尽くす白衣の男を蹴り倒した。
地面に転がる死体をまたぐと部屋の隅に山積みになっている皮袋の中からレガシーを引っ張り出した。
「おい、動けるか?」
「すまん、一応歩けるが繊細な動きは無理だ……」
「しょうがねえなぁ。気づかれるとまずいし、ちゃんと動けるようになるまで俺が運ぶからな? 今度何か奢れよ?」
「悪い。次の街でしこたま飲ませてやるよ」
俺は口だけ達者な動けないレガシーの肩へと腕を回して起こす。
まだ狼人間がうろうろしているので、あまりふらふらされても困るし、ここは俺が運んだ方がいいだろう。
「しかし、すげえ力だな。今度強敵が出たときは変身してちゃちゃっと倒してくれよ」
俺はレガシーを担ぎながら話しかける。
あれだけすごい力なら危険な状況に直面したら頼りたいところ。
「無理に決まってるだろ? そんなホイホイ使えるもんじゃねぇ……。使った後は動けなくなるんだから追撃や新手が来ないと分かっていないと無理だ。当てにすんじゃねえぞ?」
「それもそうか」
「動けなくなった後にお前が肉の盾になって庇ってくれるなら話は別だけどな」
「その盾、強度がかなり低そうだな……」
「不良品の可能性もあるな」
頼りになる力かと思ったがレガシーの言葉を聞いて、かなり使い勝手が悪いと気づく。
確かに変身後に動けなくなるのは痛い。
しかも制限時間があるのでその間に変身後動けなくなってもいいように決着をつけないといけないわけだし、使いどころを間違えれば死亡確定だ。
そうなってくると一人で行動している状況ではまず使えない力だろう。
まあ、今は俺もいるし二人だから一人で行動しているときよりは使用できる状況も増えるだろうが、その分俺がカバーしなければならないわけで。
最悪レガシーの言う通り、肉の盾にならなければならない。
そんな状況は御免こうむりたい物だ。
俺ってそんな頑丈ってわけでもないし。
そんな会話をしながら脱出準備を終えると、ふとこの工場の設備が気になってくる。ここの設備を残したまま帰っていいものだろうか。
「なあ」
「なんだ?」
「あれは倒したけどよ。この施設って残しておいて大丈夫か?」
俺は白衣の男の死体を顎で指しながらレガシーに尋ねる。
「……いいことはないな」
俺に担がれた状態で渋面を作りながら答えるレガシー。
「あの棺みたいなのだけでも壊しておいたほうがいいかな」
「ああ、あの棺に繋がっていた管を辿れば大元に着けるはずだ」
「わかった、ちょっと行ってみるか……」
「そこまでやる義理なんてないんだ。無理そうだったら逃げろよ」
「ああ」
レガシーの言う通り、そこまで頑張る理由もない。
たが、棺の機能は停止させておきたい。
棺を開けて中にいる人を一人ひとり殺めるのはさすがに御免だが、それぐらいはやっていった方がいいだろう。
…………
狼人間達の警備をやりすごしつつ、棺から伸びる管の先を追いかけるとそれはあった。
大量の管が絡まった巨大な装置が中央に鎮座する部屋だ。
その怪しげな装置は今も大きな作動音を立てながら振動している。
警備する狼人間の数からもその装置が重要なのが窺えた。
「……ここか」
「間違いないな」
「ちょっと掃除してくるわ」
「気をつけろよ」
俺はレガシーを物陰に下ろすと、ナイフのみを抜いて部屋へと侵入する。
(七人か……)
部屋の大きさは中規模だったが、七人の狼人間が装置を守るように立っている。
俺は身を屈めながら【気配遮断】と【忍び足】でその中の一人に接近する。
すっと背後に近寄ると口元を塞ぎ、ナイフで腹、肺、喉の順で流れるように裂く。絶命したのを確認し、音を立てないように抱え込んでゆっくりと床に下ろすと、足首のベルトから鉄杭を四本取り出す。この場から近い狼人間の頭部目掛けて鉄杭を【手裏剣術】を使って投擲する。
俺が投擲した鉄杭は狙いたがわず小気味いい音を立てて頭部に刺さる。
鉄杭を受けた狼人間は盛大な音を立てて床に倒れた。
音に気づいて他の狼人間が一斉にそちらを向く。
俺はそれを予測して背後に回るように駆け、残りの三本の鉄杭を順に狼人間達の頭部目掛けて投げつけた。それらが命中したかも確認せずに、ナイフと片手剣を構えると無傷の残り二人目掛けて接近する。
あわてて対応が遅れた狼人間に片手剣を振り下ろし肩口から斜めにばっさり斬り、そのまま片手剣から手を放すと【縮地】を発動して最後の一体の側まで一気に詰め寄る。
俺の動きについてこれない狼人間を尻目に【短刀術】の動きに任せてするりと背後へと回り込みながら数回斬りつけて止めを刺す。
倒れ行く狼人間を前にしながら辺りを見回し生存している個体がいないことを確認する。
……七人討伐完了だ。
武器を回収し、レガシーを拾いにいく。
「終わったぞ。どれを壊せばいいか見てくれないか?」
「……お前案外すごいんだな……」
「ぇ〜……、強い味方って言ってたじゃん」
物影から見ていたレガシーが心外なことを言ってくる。
「じゃ、じゃあ、調べてみるわ」
おぼつかない足取りで装置へと近づくレガシー。
「おう、頼むわ」
俺には何がなんだか分からないのでそれを見送り、しばらく新手が来ないよう見張りをして待つ。
「おーい、こっちだ」
「分かったか?」
しばらくするとレガシーが呼ぶ声が聞こえたのでそちらへと向かう。
そこには業務用冷蔵庫と巨大な水槽とミキサー車を連結させたような歪な装置があった。
今も絶賛稼働中のようで、怪しげな光を放ちながら妙な音を立てて振動している。
「細かいことは分からん。だが、ここがこの装置の心臓部だ。魔力がここに集中しているのを感じる。多分大量の魔石が投入されているせいだろうな」
「つまりここを破壊すれば?」
「ああ、機能停止だ。ただ装置や機材は残っちまうな……」
「う〜ん、後で外から火をつければいいんでない?」
レガシーの見立てではこの装置を破壊すれば機能は停止するらしい。
機材が残ることを懸念しているようだが、それは後で施設ごと燃やしてしまえばいい。木造部分に火を放てばある程度焼失させることもできるだろう。
「それでいくか……」
「じゃあ、ちょっと爆弾セットしてくるわ」
「任せた」
どこに置くか迷ったが怪しげな液体が発光している水槽へ爆弾を投げ入れる。
爆弾といっても魔力が過剰暴走して衝撃波を出すような代物なので、濡れても問題なく作動するはず。
爆弾をセットするとレガシーを担ぎなおしてその場を後にした。
…………
「うし、じゃあ起爆するぞ」
「頼む」
無事工場を出て、物陰に隠れると爆破することをレガシーに告げる。
爆破したあとに火をつけようと考えていたので施設からはあまり離れていない。
レガシーも気持ちが固まったのか首肯してくれる。
俺はリモコンのカバーを開けるとスイッチを押し込んだ。
――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!!
「うおっ」
「ガッ!」
スイッチを押し込むと同時に激しい音と衝撃が俺達を襲う。
なんとか踏ん張ろうとしたが強烈な衝撃波が発生し、吹き飛ばされる俺達。
近くにあった塀にぶつかり、なんとかこらえるも衝撃波の勢いは止まらず、その場に踏みとどまるのが精一杯だった。
しばらく経つとその勢いも衰え、目元をかばっていた腕を恐る恐るどけると工場があった場所の中心部分が吹き飛んでいた。
工場は外装は残っているが真ん中にすっぽりとドデカい縦穴が開いたような状態になっていた。
横から見て天井に穴が開いたのがなぜ分かるかといえば、火柱のようなものが吹き上がっているからだ。ちょうど工場の中心に当たる場所で青白い光を放つ巨大な火柱が上がっているのがよく見える。
「……ぇ?」
「お前何やったの?」
呆気に取られて呆然と火柱を見つめる俺達。
火柱は次第に弱まり、最後は消えてしまった。
恐らく、心臓部には大量の魔力があるとレガシーが言っていたし、魔力を圧縮した爆弾と反応して特大の爆発へと発展してしまったのだろう。
爆発の影響で工場は大破したが、中から狼人間達が出てくることはなかった。
修復作業でもしているのだろうか。
「何やったも何もお前も見てただろ? じゃあ、燃やすか」
我に返り、なるべく施設内の使える物を少なくするため、工場を燃やすことにする。
「ああ。油あるか?」
「任せろ」
俺はアイテムボックスから油の入った壷を二つ取り出す。
その一つをレガシーに渡し、それぞれ適当にかけていく。
完璧に全焼させるつもりはないので適当だ。
「こんなもんかな」
俺は黒い煙は吐き出しながら炎を吹き上がる外壁を見ながら呟く。
「よく燃えるわ」
満足げに頷くレガシー。
油をまいた後は着火用の魔道具で火をつけた。
炎はゆっくりとだが確実に燃え広がり、どす黒い煙を放ちながら建物全体へと拡大していく。
「行くか」
「ああ」
やることを済ませた俺達は工場を後にして街の外目指して歩きはじめた。
…………
――うおおおおおおおお!
――こいつめっ!
――食らえっ!
――あと少しだ! 僕の剣技は皆を巻き込んでしまうから何も出来ないけど頑張れ!
「おい……、あれ」
「ああ、合流しようぜ」
工場を後にし、街を抜けて外を目指そうとしていると聞き覚えのある声が聞こえてくる。そちらへ向かうと狼人間達と先に逃げた奴らが戦闘を繰り広げているところだった。俺はレガシーの言葉をきっかけに走り出す。
戦闘に加わっていないのが約一名いたが、それは気にせず助太刀に入る。




