11 巨狼
閉じていく巨大な扉を見ながら部屋が急に狭苦しくなったことに嘆く。
完全に閉じ込められた状態で眼前にはビッグキラーウルフが三匹。
……もしかして詰んでるんじゃないだろうか。
「遺言はあるか?」
ビッグキラーウルフを迎え撃つ準備をしながらレガシーに尋ねる。
「お前に遺産はやらん。言い残したことはあるか?」
剣を抜き、構えを取りながらレガシーが聞いてくる。
「俺に遺産はない。残念だったな」
俺には遺産もなければ保険金もおりない。
だが、レガシーは遺産を残せるほど持ってるらしい。
羨ましい話だ。
俺達の行動を見てビッグキラーウルフ達も軽く身構えた。
――ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!
もはや咆哮とは思えない音量の何かが部屋中に響き渡る。
ライブ会場のスピーカーが故障したかのような轟音だ。
俺達は溜まらず耳を塞ぐ。
咆哮が収まり、俺達が耳を塞いでいた手を放すのとビッグキラーウルフがこちらへ近付いてくるのが同時になる。
ビッグキラーウルフは俺達を取るに足らない存在とでも思っているのか、とてもゆっくりとした歩調でこちらへ向かって来る。
「因果応報ってところだな……」
少し前に俺を慕って集った人達に同じような目にあわせたが、それが自分にも跳ね返ってきた……。ちょっと割り増ししている気もするが、気のせいだろう。
ビッグキラーウルフの口からは絶え間なく大量の唾液が流れ出していた。
息も荒く、眼光も限界まで鋭く研ぎ澄まされている。
あの大きさだと軽くじゃれつかれただけで死にそうだが、俺達と遊んでくれる表情としてはちょっと餓え過ぎている気がする。
「大盛り三杯はきついな……。お前に二杯やるよ」
俺は片手剣を構えながら小食アピールをする。
「俺は外見から判断できるようにスマートで小食なんだよ。ここは断腸の思いで大食いのお前に三杯譲るよ」
だが偶然にもレガシーも小食だったようだ。
「さっきは花を持たせてもらったし、今度はお前がいっとけよ。遠慮するなって」
「俺が人を立てる男だって知ってるだろ? ここはお前が男を見せるところだぜ?」
レガシーは奥ゆかしい男らしく、今回も俺に花を持たせてくれると言う。
「……まあどっちにしろ二匹は無理だ。それぞれ一匹ずつ、残り一匹は運任せってところが妥当かな。やばくなったら声出せ。行けそうだったら行く」
「分かったよ。まあ俺は二匹だろうが三匹だろうが余裕だけどな」
まあ、いくら言い争っても、あの大きさでは一人一匹が限界だ。
前回やった餌を置く方法はビッグキラーウルフの研ぎ澄まされた表情を見る限り、効果があるとも思えない。
残り一匹は運任せになるがしょうがないだろう。
「……行くぜ」
「ああ、ショータイムだ」
お互い覚悟を決めて数歩踏み出す。
「お前が殺される様を鑑賞する単独ダンスショーにならないことを祈ってるぜ」
「なるわけないだろ? 俺の狼調教サーカスは鑑賞料高いぜ?」
「残念だったな。俺に遺産はないッ」
俺の言葉を合図に同時に駆け出す。
二人で両端のビッグキラーウルフを狙い、真ん中は残す形となるよう移動する。
向こうの動向を気にしながら立ちまわれる相手ではないので、レガシーの方がどうなるのかは最早分からない。
眼前の敵に集中だ。
俺はビッグキラーウルフの側面を通り越して壁へ向かうように駆ける。
接近しながら天井を見たが【跳躍】を使っても届かないほど高い。
多分、この部屋が倉庫のようにデカイのは全てビッグキラーウルフに合わせて作られているためだろう。
俺は壁に向かって【跳躍】し、素早く【張り付く】を使って壁に張り付く。
今回は【跳躍】と【張り付く】を活かして立ち回ろうと考えていたので、片手剣しか抜いていない。
スキルを使い、何も持っていない方の手で壁にぴたりと張り付く。
そして壁に張り付くとすかさず解除し、三角飛びの要領で天井へ向かって【跳躍】する。
かなり天井まで距離があったが、一度のジャンプで届かなくても壁を使って二回に分ければ張り付くことも可能だった。
天井に張り付き、眼下を見下ろせばこちらを見上げて唸りを上げるビッグキラーウルフが見える。
ビッグキラーウルフは俺が妙な動きをしたためか、天井を見据えたまま低く唸り声を上げて固まっていた。俺はそれを好機と判断し、すかさずスキルを解除し、天井を蹴ってビックキラーウルフ目掛けて落下した。
このまま背に向けて落下し、【張り付く】を使って密着する算段だ。
咄嗟のことに反応が遅れたビッグキラーウルフは俺の落下攻撃をかわしきれなかった。
だが、少し身をよじられたので綺麗に背に張り付くことはできず、尻よりの側面にずり落ちるように張り付いてしまう。
張り付いた場所が悪かったので一旦片手剣を鞘にしまい、両手両足を使ってしっかりと掴まる。
俺を振り払おうとビッグキラーウルフが軽く身をよじる中、【張り付く】の解除と発動を繰り返し、少しずつ背へ移動する。
ビッグキラーウルフの抵抗は自身の優位を疑っていないのか、暴れまわるというより体に付いた埃を振り払うかのように軽度のものだった。
俺は毛にしがみついてなんとか背中まで移動すると今度は少しずつ首へ向けて進み出す。地味な作業だが急所から遠い部分を攻撃しても暴れ方が強くなるだけだろうし、ここはじっくりといくしかないと考え、焦らず移動する。
這って移動しているので外から見れば長い毛並みのせいで、俺がどこにいるか分からないだろう。気分はノミ状態だ。
俺のズリズリ移動作戦は成功し、なんとか首元まで移動することができた。
ここで再度片手剣を抜く。
そして思い切り振りかぶると首に片手剣を突きたてる。
軽い抵抗を感じたが、刃はしっかりと沈み込んだ。
「グウウウウオオオウウウンンンンッ!」
途端、ビッグキラーウルフが咆哮する。
ビッグキラーウルフが攻撃を受けて驚いたように暴れ出すも、気にせず作業を続行する。なんだかんだで、この手のロデオも大分慣れてきたので、問題なく行動できる。
片手剣で首に一撃を入れたが、これだけでは致命傷にはならないだろう。
それははじめから想定していたので、まず表面の皮を残すようにして切込みを入れていく。
皮が蓋のように開閉できるように切れ目を入れた後、その下の肉をほじくるようにして切り出す。なるべく深く切りつけ、返り血が飛び散るのも気にせず、何度も片手剣を差し込む。
肉がある程度削げ落ちたところで剣を再度差し込んで溝のようになった奥に切れ目を入れる。
(こんなもんかな……)
俺は剣を抜き取って鞘に収めると、今度は懐から爆弾を取り出し、血溜まりで底が見えない切れ目に埋め込むようにして突っ込む。最後は皮を閉じて鉄杭を差し込んで開かないようにした。
後は【張り付く】を解除し、【跳躍】で飛び退いて起爆すれば首を粉砕できるはず。
俺が離脱準備をはじめた瞬間、横合いから嫌な気配を感じた。
(くじ運いいな……俺)
急いで振り向くと、大口を開けたビッグキラーウルフがこちらへ飛びかかって来るところだった。
「悪いな。餌ならこれで勘弁してくれ」
俺は慌ててもう一つの爆弾を取り出し、大きく開かれた口目掛けて投げ込む。
爆弾は口腔内へ吸い込まれるように消えていった。
そして、迫り来るかみつきをかわそうと張り付いていたビッグキラーウルフからも【跳躍】を利用して離脱する。
俺は退きながら、リモコンの起爆ボタンを二つ押し込む。
すると激しい衝撃波を発生させながら首がちぎれながら頭が吹っ飛んだ一匹と、頭部を内側から粉砕され眼球が激しく輝くもう一匹のビッグキラーウルフが視界に入った。
……あれなら二匹とも絶命しただろう。
そう考えながら衝撃波に煽られるもなんとか着地し、立ち上がる。
(レガシーは……!?)
こっちはなんとかなったが残されたレガシーが気になり、そちらへと顔を向ける。
「オラアアアッ!!!」
すると丁度レガシーが蛇腹剣を伸ばしてビッグキラーウルフの足を突いているところだった。戦いはレガシーが押しているようで、ビッグキラーウルフには無数の傷ができていた。
だが正攻法で戦っているせいか、このままでは長期戦になりそうな予感がする。
これは援護に入った方がいいだろう。
そう思い、弓を取り出して近づこうとしたところで、レガシーの姿に違和感があることに気づく。
「あれ?」
よく見るとなぜかレガシーの肌が真っ赤に染まっていたのだ。
はじめは返り血を浴びたのかと思ったがそうではない。
そして何よりおかしいのは頭部に角が生えていることだ。
いや、それが角なのかは疑わしい。
レガシーの頭部にある湾曲する円錐状の何かは、まるで立体映像のように光っていて軽く透けている。
頭部にそびえるそれは半透明に光っている以外は生えている位置関係も空に向けて尖っている形状も角としか表現できないものではある。
「ハアアッ!!」
俺が呆けている間にレガシーの次撃がビッグキラーウルフの片足を捉えた。
蛇腹剣の鋭い一撃が脚部に突き刺さる。
そしてジャコンと鈍い音と共に脚から金属の棘が生えた。
「グゥブオオオンッッ!」
ビッグキラーウルフはたまらず悲鳴のような鳴き声を上げながら姿勢を崩す。
「食らえっ! フウゥゥレイィイイム アロオオオオオオオオオオオッッ!!!」
レガシーはその隙を逃さずに魔法を発動させる。
叫んだ魔法名からしてフレイムアローだと思うのだが、その炎の矢はドラム缶四個を直結させたような長さと大きさだった。
(デケエなおい……)
凄まじいデカさのフレイムアローが動きの鈍ったビッグキラーウルフに迫る。
まるで溶岩のように朱色に輝く灼熱の塊はビッグキラーウルフに直撃し、全身を炎で包み込みながら胴部分に大穴を開けた。
ビッグキラーウルフは火に包まれて肉の焦げる臭いを辺りに放ちながら大きな音を立てて崩れ落ちる。
「はぁはぁ……」
「おい、大丈夫か!」
俺は強力な魔法を撃ち終え、肩で息をするレガシーへと駆け寄る。
「こっちが……苦労してるってのに、お前は二匹もあっさりやりやがって……」
「まあ、道具の勝利だな。それよりお前のそれ、どうなってんの? 俺に見惚れて真っ赤になってるわけじゃないんだよな?」
「ふざけんな。こいつの力を解放したんだ……。しばらくしたら元に戻る……」
レガシーはそう言いながら半透明に光る角を指差す。
そこで改めて気づいたがレガシーの顔にあった角の刺青がなくなっていた。
説明から判断するに普段は刺青のような状態で力を解放すると立体映像のように顔の表面から離れて角になるのだろう。
……なにそれかっこいいんですけど。
「お前……、俺より主人公してるな。ちょっとかっこよすぎだろ」
「そんな……いいもんじゃねえ……」
「お、おい大丈夫か?」
俺に反論しながら膝を着くレガシー。
どうやらさっきの魔法で相当消耗したようだ。
俺とレガシーがビッグキラーウルフを倒して緊張を解こうとした瞬間、通路側のシャッターがズズッと重苦しい音を立てながら開いていく。
シャッターが開ききったところで、今度はぱちぱちと妙に乾いた手を叩く音が聞こえてきた。
――静まり返った部屋の中に拍手の音が響く。
「やぁやぁやぁ! 素晴らしい! あれを退けるとはさすがだね! あれでも僕の最高傑作だったんだよ?」




