9 真相
集団の気配はやはり誘拐した人達を担いで移動する狼人間達だった。
見つからないように距離をおきながら後をつけると、皮袋を担いだ狼人間達は街の外れにある巨大な施設へと入って行く。
その建物は街の入り口からでも見えるほど大きかったので憶えている。
塔のように長い煙突が三つ着いていた建物だ。
煙突からは深夜の今も晴天に映える入道雲のように真っ白な煙が止め処なく噴き出している。月明かりがあるとはいえ、夜中に煙が真っ白に見えるのは煙自身が輝いてるせいだろうか? ちょっと吸い込みたくない成分が含まれていそうで近づきたくない。
「ここは街の入り口からも見えたよな」
物陰に隠れて様子を窺いながらレガシーに話しかける。
「ああ、まさか深夜に工場見学へ行くはめになるとはな」
レガシーの言う通り、その建物の見た目は実利のみを追求し装飾が一切ないデザインなので工場という言葉がぴったり当てはまる感じだ。
「できたてビール飲み放題付きのビール工場見学なら歓迎なんだけどな」
「残念ながらビール工場じゃないのは確かだな」
「とりあえず気づかれない距離を保ちながら後を着けるぞ」
「了解だ」
俺とレガシーが先頭に立ち、チンピランとザコーダがそれに続いて辺りを注意しながら施設へと向かう。
「俺の実力をあてにするなよ?」
「あははっ、君弱いんだね! 僕は強いから便りにしてくれて構わないよ!」
チンピランの情けない発言の後にザコーダの頼もしい発言が続く。
気付かれるから二人とももう少し静かにしてほしい……。
だがザコーダの発言がやはり心配だ。
俺は少し話しておいた方がいいだろうと判断し、ザコーダに声をかける。
「ザコーダ」
「なんだい?」
「このまま後を着けても助けるのが難しそうだったら全員で引き返すぞ」
警備が厳重で助ける余地がないと判断したら逃げるべきだ。
助けたはいいが包囲された、では済まない。
全員そこでゲームオーバーだ。
「心配しなくても僕がいれば大丈夫さ!」
案の定ザコーダが気楽に返してくる。
「お前が頼もしいのは分かった。けど、助けに行ったはいいが、お前以外が全滅したんじゃ何の意味もない。俺が駄目だと判断したら素直に退いてくれ」
「……しょうがないね。分かったよ」
「助かる。じゃあ行こう」
何とかザコーダを説得し、危険な場合は撤退することに同意させる。
相手がよく分からない連中だし、引き際は事前に決めておいた方がいい。いざそんな状況に直面して、やるやらないで揉めていたら終わりだ。
ザコーダの同意を得た俺達は改めて四人での追跡を開始する。
…………
狼人間達は大所帯なうえ、大雑把な性格なのか周囲を警戒していないので比較的後を着けるのは簡単だった。
また工場の中も頻繁に狼人間達が出入りするためか、扉が開け放たれていたので侵入も楽だ。
狼人間達はそれぞれの持ち場があるのか、奥へ進むにつれ少しずつ分かれていき、運搬役の数が大分減ってきた。
……これならなんとかなるかもしれない。
俺達はひんやりとした冷気が漂う打ちっ放しのコンクリートのような施設内を気づかれないようにゆっくりと進む。只今絶賛侵入中だが今回、【気配遮断】と【忍び足】のコンボは四人いるため使用していない。
多分全員で手を繋げば適用できると思うが、それはそれで行動が制限されてしまうし、個別にとっさの行動がとれないので仕方ないだろう。
なるべく音を立てないようにしながらしばらく後を着けて進むと妙な部屋に辿り着く。
「何だ、ここ?」
俺は追跡するのも忘れて辺りを見回す。
「棺か? いや、何か変だ」
レガシーも側にある棺のような物に触れていぶかしむ。
それは不思議な光景だった。
細長い部屋の両壁面に金属の棺のような物が隙間なく立てかけられているのだ。
俺達が部屋を眺めている間に狼人間達はそのまま素通りして行ってしまったので取り残される形となってしまう。
それでも壁に立てかけてある金属の棺のような物がどうにも気になる。
それらは大きさ的には金属の棺なのだが、上部に細長い小窓がついているので特大のポストを連想させる。また、その金属の棺には大量の大小様々な管が連結されていて全体が微細に振動していた。
部屋自体は薄暗いのだが棺の中が発光しているようで、隙間や細長い窓から青白い光が漏れ出ていて視界がはっきりするほど部屋の中が明るく見えた。
「中に何か入ってるのか?」
「おい、迂闊なことをするな。危ないぞ」
俺が上部の小窓から中を覗こうとするとレガシーが止めてくる。
だが、中が気になった俺は構わず中を覗き込んだ。
そこには……。
「まじか……」
中は水槽のようになっていて、何かの液体で満たされていた。
そのよく分からない液体の中に口元を管つきのマスクのようなもので覆われた人が入っているのが見える。
ただ、その人は妙に毛深い。
腕や首元は毛深いってレベルではない。
なんていうか獣っぽい。
これは…………。
「何が見えたんだ?」
レガシーが俺の反応に興味を示して聞いてくる。
「中には人が入ってた。全身が異常に毛深くなってて爪とかも妙に尖ってる」
「つまり……」
「ああ、ここで攫ってきた人を狼人間に変えてるんじゃないか……?」
宿での一件からここまでのことを思い出すとそんな考えに辿り着いてしまう。
多分この水槽に漬けられているとジワジワと狼人間になってしまうってことなんだろう。
「まさか……。いや、こんなところでそれはないか……」
俺の予想を聞いてレガシーの表情が明らかに変わる。
黙り込んでしまったレガシーはどうにも顔色が優れない。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。それよりこうなっちまう前に攫われた人達を助けないとな」
俺がレガシーに声をかけるとはっと我に返り、今やるべきことを思い出したように呟く。
「行くか……。この水槽の中の人達って元に戻せるのかな……」
かなり複雑なことをしているように見えるが、簡単に戻せる類のものだろうか。
「多分無理だ……。これだけ大掛かりな施設だ、一時的な変化というより恒久的な変化を施しているように見える」
俺にはチンプンカンプンの処置なのでなんとも言えないが、レガシーの見立てでは難しいようだ。
「こうなってくると、あの狼人間は俺達より前に宿に泊まっていた人か街の人で間違いないだろうな」
「ああ」
これを見る限り、かみつかれると狼人間になるわけではなく、攫って改造していたようだ。あれだけの数を改造したとなると、一体どれだけの人を攫ってきたのだろうか。
「やれるか?」
「お前こそ」
元は人間。
今まではそれを知らずにやりあっていたが、ここで相手が人間だったとはっきり分かってしまった。
レガシーに相手ができるか聞くと逆に聞き返されてしまう。
「戻せないうえに、こっちに敵意を向けてくるなら迷ったらこっちがやられる」
「そういうこった」
会話が通じる気配はなく、問答無用で襲い掛かってくる。
ならやるしかないだろう。
「無理に装置を開けたら助けられるか」
かなり頑丈そうな棺なので開けること自体難しそうではある。それでも中から引きずり出したら助けられるだろうか。ぶっちゃけ、襲い掛かって来そうで怖い。
「それも無理だろうな……。外をうろついてた奴らを見る限り、こんな酷い目にあわされた奴の指示に従ってるんだ。何かしらの仕掛けがあるんだろうな。それに、不安定な状態で外に出されると環境に適応できずに死んでしまうはずだ」
「詳しいな……」
だが、俺の考えはレガシーにより一蹴される。
どうもこの装置について詳しいような気がするが、気のせいだろうか。
「似たようなのを見たことがあるんだ……」
レガシーが消え入るような声でポツリと呟く。
「そうなのか?」
「ああ、似すぎていて嫌な予感がするほどにな……」
「……行くか」
「ああ」
詳しく聞きたいところだが、ここであまり時間を取るわけにもいかない。
聞いても助ける手段に繋がらないなら今はいい。
何やら思いつめた顔をしていたが、もしレガシーが話してくれるなら全員を救出し、街を脱出したあとでも遅くはないだろう。
「おい、行ってしまうぞ!」
「寄り道とは関心しないな。早く助けに行こう!」
俺達がのんびりしていたせいでチンピランとザコーダが焦り出す。
多分、運搬役の狼人間達がかなり進んでしまったのだろう。
俺達は慌てて二人と合流し、追跡を再開する。
…………
「五人か……、大分減ったな」
しばらく追跡を続けていると大部屋に到着し、そこで運搬役の狼人間達も別の場所に移動していった。
部屋を覗いて確認してみたところ、今残っているのは見張り役の五人だけだ。
部屋の中は拘束具や運搬用と思われるキャスター付きのストレッチャーが見えた。棚には多種多様な薬品がずらりと並んでいる。
攫われた人達はそんな部屋の隅にまだ皮袋に入れられたままで適当に積み上げられていた。
さすがにこれだけの距離を移動した上に乱暴に扱われたせいか全員起きているようで、逆さまにされた芋虫のようにもぞもぞとその場で蠢きながら何やら声を上げているのが分かる。
あまりにも騒がしい皮袋には狼人間がキックをもれなくプレゼントしているのが見えた。
「どうやらここで皮袋から出して拘束するみたいだな。その後はあの棺に直行ってところか……」
レガシーが部屋の中の様子を見ながらそんなことを予想する。
つまり、攫われた後にあの棺で処理されていない人が一時的に滞在する集積所的な場所がここってことなんだろう。
「ここが終点ってことか……」
つまりここが終点。ここでなんとかしないと後がない。
「さっきも言ったが俺は大して強くないから戦力の勘定に入れないでくれ。足手まといですまん」
「気にするな。同行した方がいいといったのはこっちだしな。戦闘ができなくても手伝ってもらえることは沢山あるし問題ないよ」
チンピランは自分では役に立てないと言ってくる。
だが、こちらから強引に同行してもらっているし、無理に協力させるのは忍びない。
俺達が動いている時に辺りを見張ってもらったり、皮袋を開ける人手があると思えるだけでもありがたいのでそう言っておく。
「ぼ、僕はちょっとここでは実力が発揮できないかなぁ〜……。技の威力が強すぎて天井を崩落させちゃいそうだよ……。見せたかったなぁ僕の剣技。残念だなぁ〜……」
「あ?」
ザコーダが自分は強すぎて施設ごと破壊してしまうから参加できないと言う。
……これは、許されない。
百歩譲って本当にそんな力があるのだというのなら、事前に言っておくべきだ。
が、どう考えてもそんな実力があるとは思えない。単純にビビッているだけなんだろう。
やはり、あの香ばしい装備はせいぜい金持ちの道楽といったところが関の山だったってことだ。
だが、ここでザコーダを糾弾している暇はない。
新手が来る前にさっさと救出してしまった方がいいだろう。
相手が五人ならなんとかなるし、ここまでの道程で鍵がかかっているような場所もなかった。
これなら助け出しても問題なく逃げられそうだ。
チンピランとザコーダの二人には見張りを頼み、俺とレガシーで中の狼人間を始末することにする。
「じゃあ俺が三、お前が二で」
レガシーの方へ向くと分担の確認をとる。
狼人間は五人いるので強い俺が当然三人を負担すべきだろう。
「何強がってるんだ? 俺が三でお前が二だろ?」
「あ? 俺が三いくって」
「しょうがないな。ここはお前に花を持たせてやるよ」
ありがたいことに花を持たせてもらえることになったので俺が三、レガシーが二に決まる。
「まずは俺が弓を射る。それを合図に突撃だ」
「……分かった」
レガシーが短く返事をしたのを確認し、俺はアイテムボックスから弓と矢を取り出す。
一応チンピランとザコーダからははっきりと見えないように背負った鞄から取り出したように見せたが長さが違うのでイリュージョン状態だ。
聞かれたら折りたたみ式だと言い張ろう……。
矢を指の間に二本挟んだ状態で弓に番え、横向きに構える。
「行くぞ」
「いつでもいいぜ」
俺は壁に背を預けた状態でゆっくりと弦を引き絞ると【弓術】スキルを発動し、部屋の入り口へと飛び出した。




