表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/401

13 俺の名前


「動くな!」


 丁度ポーションを飲ませ終わった頃に、後ろから男の声が聞こえてくる。


(来ましたわー)


 俺は振り向かずに両手を上げ、声をかける。



「これはあんたのオオカミか? ゴブリンに襲われて傷ついていたから治療していたんだが」


「なんだと!」


 声の主はオオカミの方へ駆け寄る。


 オオカミの前で屈みこんだ男はフードを被っていた。


 中から覗く顔は若く、俺と歳も近そうだった。俺は身をかがめ、男の顔を覗き込む。


 髪は金髪で目は緑色をしていた。フードのせいではっきり分からないが間違いなくイケメンだろう。これは憎い。


 弓を持っているので職業は狩人の可能性が高い。身長は俺と同じ位、体つきは俺よりがっしりしていて服の上からでも筋肉がしっかりついているのが窺える。


「大丈夫か! アレックス」


「クゥーン」


 男はオオカミを摩りながら状態を把握しようとしているようだった。



「オオカミは大丈夫か?」


「あ、ああ。礼を言う。武器を向けてすまなかった」


 もっと疑われてグダグダするかと思ったが、意外とすんなり信じてもらえた事に安堵する。


「この森で人と会うのは初めてなんだけど、こんなゴブリンしかいないところに何しに来たんだ?」


 そんなゴブリンしかいない森を我が家と言う俺が男に尋ねる。



「実は数日前、この森で精霊が異常発生しているところを目撃してな。何か災害の前触れかもしれないと思い、時々時間を見つけては見回りをしているのだ」


 どうやらこの森には精霊を異常発生させたりする悪い奴がいるようだ。


 本当にとんでもない奴だ。


 俺だよ、それ。


 実害もなかったし、知らないでやったことだし、許してほしい。



「そ、そうだったのか、何かわかったか?」


 責任を追及されるのを恐れた俺はすっとぼけることにする。


「いや、特に何もなかったな。多分、モンスターの死体が大量に出たのだろう。件のオーガの仕業かもしれん」


「オーガは西の森で目撃されたと聞いたけど、この森でも目撃情報があったのか?」


「そうか、西の森だったのか、いや単に私が知らなかっただけだ」


「なるほど、なら心配するほどのことじゃないかもな」


 俺はなんとか精霊の件が何の問題もないという方へもっていこうとする。


 地味に必死である。



「ふむ、あれだけの精霊は中々見ないものなのだが……」


 顎に手を当て、考え込む男。


 できれば、精霊は異常発生したかもしれないけど、何ともないよって方向に誘導したい。



「学がなくて申し訳ないのだが、精霊の異常発生が起こると災害が起きたりするのか?」


「いや、そう言われているだけだな。噂や伝承の類に近いかもしれん。ただ、我が家がここから近いのでどうも不安になってしまってな」


 男は頬をかきつつ話す。


 多分、精霊の異常発生、つまりモンスターが大量に死ぬ状況というのが異常事態なので昔から注意しましょうねって口伝で伝わっていたのだろう。



「なるほど、それは不安にもなるな。俺はちょくちょくここへ狩りに来るが、今のところ異常を感じたことはないな」


 ちょくちょくどころか毎日来てます、というか住んでます、とは言えないので顔を引きつらせながらも嘘を並べ立てる。




「ふむ、私もこの辺りを回ってみたが特に何もなかったよ。すこし過敏になっていたかもしれんな」


「しばらくは、注意しつつ様子を見たほうがいいかもな。まあ何も起こらないのが一番だが」


「違いない」


 事実は変わらないが男の不安が少し解消されたようだ。


 この流れで自己紹介もしておくことにする。



「そうだ自己紹介がまだだったな。俺はケンタ、冒険者だ。珍しいと思われるかもしれないがこの辺りを狩場にしている」


 武器も防具も持っていないし、安物の服を着ているから村人Aにしか見えないが冒険者なんだ。


 どうあがいても冒険者らしい雰囲気が一切醸し出せない俺は精一杯冒険者顔をしてアピールする。



「私の名はルーフ、相棒のアレックスと狩りを生業としている。改めて相棒を助けてくれたことに感謝する」


 そう言って手を出してきたルーフと握手を交わす。


「アレックスの容態はどうだ? とりあえずポーションを飲ませたんだが、俺は生憎素人でうまく回復してくれているか見当がつかないんだが」


「ポーションを使ってくれたのか!? 高価なものをすまない」


 目を見開いて驚くルーフ。


 確かにポーションは高かった。


 本当に高かった。


 ルーフは驚きつつも容態について説明してくれる。



「今はまだ動くことはできないだろうがポーションを使ってくれたのなら何日か安静にすれば完全回復するだろう」


「そうか、それは良かった。動くことができないのなら家まで運ぶの手伝おうか?」


 こうなったらマックスまで恩を売っておくことにする。そして俺がここで活動しているのを秘密にしておいてもらいたい。


「……すまん。そうしてもらえると助かる」


「問題ないさ。一人で運んでいけないこともないだろうが、ゴブリンが集団で出たら危ないからな」


「ああ、この森はゴブリンだけは多いからな」


「まったくだ」


 ルーフとアレックスを運びながらそんな会話をしている時、俺はある重大なことについて考えていた。


 それはオオカミの方が俺より名前がカッコイイということだ。



 ギルドで登録した時、つい元の世界の名前をそのまま書いてしまったがあの時何かカッコイイ名前にしておけばよかった……。


 思えばこの世界に来てはじめて名乗ったのがあの時だ。ステータスの名前もあの瞬間登録されたのではないだろうか。


 まあ、ステータスの名前がはじめから固定されていたとしても誰も見れないわけだし、そこはどっちでもいいが。


 ギルドで登録してしまったのは痛い。


 せっかく異世界に来たのだからもっとカッコイイ名前……例えば、アーサーとか、アレキサンダーとか、アレンとか、アンダーソンとか、アーロンとか、アンディとか、アダムとか、アーマンとか、アドルフとか、アントニオとか、アンソニーとか、アクセルとか、アーノルドとか、アルベルトとか、アレクセイとか、アルフォンソとか、アンドレイとか、アルフレッドとか、アンジェロとか、なんかこう色々あったはずなんだ!


 お前と同じ位カッコイイ名前がな! と思いつつ、安らかな顔で寝ているアレックスを見つめる。


 会員登録するときにユーザー名や暗証番号を決めてほしいと言われて、とっさに思い浮かばずにいつもと同じのにしてしまったようなものだ。


 ケンタ悔しい。


「着いたぞ」


 そんな事を考えながら移動しているうちにルーフの家に着いたようだった。


 まだ森の中だがかなり歩いたせいもあり、ゴブリンの生息圏内からは離れている。


 てっきり掘っ立て小屋のようなものを想像していたが。


「でけぇ」


 眼前にあったそれは立派な家だった。


 しっかりとした石造りの家で、でっかい煙突とかがある。


 金持ち木こりハウスといった体だ。


 家に到着したころには日も暮れて来ていた。気を使ったルーフはお礼も兼ねて泊まっていけと言う。


 当然、俺は速攻で頷いた。俺だってたまには人並みの寝床で寝たい。


 毎日その辺の木にしがみついて寝ているから気にしなくていいよ? とは言えなかった。



 リビングに案内され、飯を作ってくるからここでくつろいでいてくれと言われる。俺も手伝うと言ったが頑なに拒否されてしまった。


 しかし、何もすることがない。……テレビが恋しい。


 久しぶりにナイターでも見ながらビールとか飲みたい。



 何か暇をつぶせるものでもないかとキョロキョロしているとルーフが持っていた弓と矢が壁に立て掛けてあるのが目に入った。


 持て余した時間を少しでも使おうと、弓を手に取ってみる。


 弓に詳しくないのでいい物なのかは分からないが頑丈そうだ。



 ルーフやアレックスに間違っても当たらない方向を向き、矢を番えて構えてみる。すると、矢の先から赤いラインがすっと照射される。


「おお?」


 ラインはそのまま突き当たりの壁まで伸びていた。


 どうやらゲームのように矢の軌道がラインとなって表示されるようだ。



「弓術スキルの影響かな? これなら俺でも当てれそうだ」


 構えを解き、悪ふざけのつもりで指と指の間に矢を三本挟みこんだ状態で構えてみる。


 すると問題なく三本の矢からそれぞれラインが出現した。


 指の挟み方が甘いのでラインは全て明後日の方向に伸びグラグラ揺れている。


(練習したら三方向同時攻撃とかできるのか)


 弓、欲しい。


 三本のラインのように俺の心もグラグラ揺れたが、金が無かった。


 弓を片付けソファでゴロゴロしていると、奥からルーフの「できたぞ」と言う声が聞こえてくる。



「待たせたな、大したものは出せんが遠慮なく食べてくれ」


 そう言いながら料理を並べるルーフを手伝い食事の準備をする。


 漂う匂いは中々食欲をそそるものだった。


 ぐぅっと腹も鳴る。


 うまいものを食える予感に俺の胃もじっとしていられなくなったようだ。



 準備も整い席に着いたところで料理を見てみる。


 本日のメニューは野菜と肉がゴロゴロ入ったスープと煮物の中間っぽいものと、軽く焼いたパンだ。


「それじゃあ、いただきます」


 そう言い俺は手を合わせる。


「ああ、多めに作ったからおかわりもあるぞ」



 まずはスープを飲んでみる。野菜と肉の出汁が出ていて良い味をしている。


 肉の臭みを消すために入れられた香草がアクセントになって食欲が増す。


 野菜はしっかりと煮てあるので柔らかく温かい。


 肉は形も大きさもまばらで男の料理といった感じだ。噛み締めると口の中に旨味が広がる。パンは少し固いがスープの汁気と一緒に食べると丁度いい。


 パンを食べるのも久しぶりだ。炭水化物は炭水化物というだけで旨い。



 夢中になって食べる。


 会話を楽しむとかそういうことも忘れて食べる。気持ちがある程度満足するまで止まらない。


「……うまい」


 そう言おうと思って言った訳じゃなかった。


 自然と言葉が出た。


 今日まで飯は何度も食べてきた。


 でも、味はほとんど覚えていない。



 せいぜい印象に残っているのはリンゴくらいだ。


 はじめは食事を楽しむ余裕がなかった。


 この世界に慣れはじめたころでも食事中も警戒が解けなかったからだ。


 いつも何かしながら食べることが多かった。


 こうやって飯と向き合って、味わって食べるのはこの世界に来てはじめてのことだったのかもしれない。

 そんなことを考えていると自然と笑みがこぼれてきた。



「料理は得意な方ではないのだが、そう言って貰えると嬉しいよ」


 頬をかきながらルーフが言う。


「素朴な味でうまいよ」


 腹も大分満足してきて話すことにも余裕が出てくる。



「そういえば気になっていたのだが」


 俺が落ち着くのを待っていてくれたのだろう、ルーフが声をかける。


「ん?」


「なぜゴブリン狩りなどしているんだ? オークの方が報酬も高く経験も積めるぞ」


 ルークが核心を突いてくるので、用意しておいたウソを言う。


「いや、それが……俺は田舎の村の四男で冒険者になろうと、この街に来たんだが初っ端に騙されて荷物をとられちまってな」


「そ、そうか」


「ああ、それで身一つでも倒せそうなゴブリンを狩っていたんだ。金に余裕ができて装備を揃えたらパーティーでも組みたいなと思っていたんだが、街の物価が高くて全然金がたまらなくてな……」


「なるほど」


「しかも、はじめは気づかなかったんだが、しばらく街にいると治安の悪さが目立ってな。そのせいか街の人間を信用できなくなってしまって、一人でゴブリンを狩っていたんだ」


「そうだったのか。私も獲物を売りに街に行くときに治安の悪さは感じていた。ここ数年は特に酷くなってきている印象だ」


 ウソを絡めつつも全部さらけ出してしまう。まあ、これでまた騙されたらもう人は信用しない方向で行動すればいいだろう。


 アイテムボックスにお金と生活用品をしまいこんであるせいか、大分精神的に余裕が出てきている。いくらなんでも騙して殺すとかはないだろうと思いたい。


 と思いつつルーフを見たら、なんかちょっと涙ぐんでた。


「お前はいい奴だ。騙されて食べていくことにも苦労しているはずなのに、お前自身大変なはずなのに……お前は……アレックスにポーションを。私はお前になんとお礼を言ったらいいのか」


(今は大分お金に余裕ができてきてたからなぁ。はじめのころなら見殺しにしてたと思うわけで)


 それに直接手を下したわけじゃないが、森の調査に来ることになってしまったのは俺が精霊を異常発生させたためだと思うと罪悪感があったりする。


 元の世界ならここで打ち明けて謝るところだが。


 これ以上自分のことを話すのには抵抗がある。お前のせいか! とか切れられたら、はいそうです! としか言いようがない。


「いや、気にしないでくれ。お金には余裕が出てきていたし、そんなに善意があってやったわけじゃない。アレックスに危害を加えたと疑われるのが嫌でやったようなものだしな。うまい飯が食えて俺は良かったと思ってるよ」


 話せるのはこの辺が限界だ。精霊異常発生させたのは俺なんですごめんなさい。



「ぐっ……すまん、そんなお前をあっさり疑ってしまい、あまつさえ武器を向けるなど…………私は……私は……」


 目頭を押さえながら謝るルーフ。そんなルーフを直視していると俺の良心が耐え切れない。


「そのなんていうか……謝るのは俺の方で……」


 結局我慢できず精霊を異常発生させたのは俺だということを明かし謝った。



「俺のせいで大事な相棒に怪我をさせてしまってすまなかった」


「いやお前が謝る必要はない。アレックスが怪我をしたのは私の不注意が元だ。お前が何かしたわけじゃない。ぐっ……そんなお前に罪悪感を持たせてしまってすまないっ……私はなんてダメなんだ!」


 目頭を押さえ涙ぐむのが加速するルーフ。俺の罪悪感も加速する。


「いや、ほらおあいこ! お互い様ってことで! な?」


「本当にすまないっ!」


 決壊するルーフ、いい奴すぎる。



 そんなルーフの厚意で客間のベッドを借りて泊まることになった。


 ベッドの上にごろんと大の字になる。


 ちゃんとした寝床で寝るのは、苦い思い出のある宿屋以来だ。


 ベッドの柔らかさを全身で感じながら安心して眠りにつく。


 何も気にしなくていいのは久しぶりだ。


 食事の余韻を感じることもなく俺はあっという間に眠りについた。



 …………



 気がつくと俺は夢を見ていた。


 この夢は何度か見たことがある夢だ。


 何度か見たということを夢の中で思い出すタイプの夢だ。


 周囲は薄暗い。


 そこが森の中なのか洞窟の中なのか建物の中なのか、夢特有の曖昧さでわからない。


 俺の正面には男が立っていた。



 男は錆びてボロボロになった剣を杖代わりにして立っている。


 くたびれ擦り切れた服を着ているが元が高級だったのを窺わせる。


 乱れた髪は白く染まり、ところどころ元の色だった髪が残っている。



 顔はやつれ、目はうつろだがこっちをじっと見ている。


 男は何かを話そうとしているのが雰囲気で伝わる。


 そして男が口を開く。


「………な」


「え?」


 何か言っている。


「こ……だ…じょ………」


「え?」


 よく聞こえない。


「こ…………だ…じょ…………し…………な」


「あ?」


 夢の中なのでつい強気な返事をしてしまう。


「こ…さ……だ…じょ…………。し…た…………ば……な」





 俺はそれを聞き、男に言った。




「腹から声だせやッ! 聞こえないんだよ!」




 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


 広告下にあるブックマークの登録、

 ☆のポイント入力をしていただけると、励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

   

間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ