7 猿語には明るくない
俺達二人は狼男達から逃れるために宿の窓から飛び降りた。
窓の下は何もなくそこそこの高さだったので、元の世界の身体能力なら飛び降りたら間違いなく骨折コースだったと思うが、意外と身体に異常はなかった。
「ふぃ〜、間一髪だわ」
レベルアップしておいて良かったと胸を撫で下ろす。
狼男達は窓から顔を出し、飛び降りるか迷っている様子だったが結局飛び降りてこなかった。
階段をおりてこちらへ回ってくるつもりなら多少時間が稼げる。
なんとか今のうちに少しでも逃げたいところだ。
「ちょっと痛かったが、なんとかなったな」
俺は安堵しながらレガシーの方を向く。
「落ち着くのは早いぞ。二階に居ただけとは限らん。もっと大量にいる可能性を考えて、一旦街から出るつもりで移動した方がいいんじゃないか?」
二階の窓から脱出し、なんとか狼男達をやり過ごすことに成功するも、レガシーが恐ろしい可能性を言ってくる。
宿の中にもかなりの数がいたが他にもお仲間がまだいるのだろうか。
正直勘弁願いたい。
「まあ、補給も終わってるし、この際街から出るか。……あっ」
状況がわからないし安全を考えるなら街から出るのが一番だろう。
補給も済んでいるのでそれで問題ない。
そう思った瞬間、忘れていたことを思い出す。
「どうした?」
「いや、チンピランとザコーダがまだ宿にいる……」
「今からじゃ間に合わん。もう手遅れだろ……」
「奴ら宿の客を皮袋に入れて攫ってたからまだ生きてるかも……。いや、一階に居た奴は殺されてたな……」
チンピランとザコーダがまだ宿にいることを思い出すも今から助けに行っても手遅れなのは確かだ。
そして攫われている人と殺されている人がいたので、行ってみないと生死の確認もできない。
「どの道今の状態では助けに行っても、正面からあの数相手にやりあったら返り討ちだぞ? 一旦どこかで態勢を立て直すべきだ」
「そうだな……」
苦渋の決断だがしかたない、相手の数が多すぎる。
実際あの二人が生きていたとしても、その場合は皮袋に詰められているはず。
そうなると、どの皮袋に入っているかも分からない。
俺の心の片隅にあるなけなしの良心が痛むが止むを得ないだろう。
レガシーの提案に同意し、落ち着ける場所を探すことにする。
俺達が移動を開始しようとしたその時、どこからともなく声が聞こえてくる。
「あらあら、それはもう少し後にしていただいても構いませんかね? 具体的には私の気が済んだ後ということで」
そんな言葉と共に建物の隙間から見慣れた顔がひょっこりと姿を現す。
……イーラだ。
前回会ったときはビッグキラーウルフを引きつける餌代わりになってもらったが、あの状況から生還できるとかどんだけ悪運が強いのだろうか。
俺なら確実に死んでいる状況だ。
「ぇ〜……」
俺はその頼みに心底嫌そうに返事をする。
「おう、こんなときにまたか……。お前の追っかけだろ? スターはつらいな」
「間違いなく追っかけとかファンではないな。どちらかというとストーカーだよな」
俺は誤解なきよう、レガシーの間違いをしっかりと訂正しておく。
ストーカーといえば元の世界で深夜に帰宅していたとき、前を歩いていた女性が俺に気付いて逃げ出していった時はショックだった。
後を着けていたわけでもないのにそう思われる哀しみ。
まあ、イーラに関してはしつこくされるようなことをしたといえば、やりましたと言わざるを得ないことをしているが……。
「人をストーカー呼ばわりとは心外ですね。あ、ちなみに私の気が済むのはあなたが穴だらけになって息絶えたときです」
「おい、あの人もああ言ってることだし、ここは好きなだけ穴を空けてもらって満足して帰ってもらえよ? な?」
「生命活動に必要な穴は十分空いてるから遠慮するぜ。ていうか死ぬだろうが!」
俺は死んでから歩くとかそんな器用なマネはできない。
あと、イーラは俺が穴だらけになったら気が済むと言ってるが、あの顔を見ていると穴だらけじゃなくて穴しかない状態まで突き続けそうで怖い。
俺に必要な穴はもう十分開いているので、ここは丁重にお断りしたいところだ。
――ウアォオオオオオオオオオオンン!!
イーラに行く手を遮られ、俺達が立ち止まっていると、どこからともなく甲高い遠吠えが聞こえてくる。
その反響する鳴き声を合図に通路の影や建物の隙間からわらわらと狼男達が出てきた。
俺達の周囲はあっという間に狼男で埋めつくされてしまう。
狼男と言っていたが周囲をじっくり見渡すと女物の服を着ている個体もいる。
この感じだと狼人間と言った方がいいかもしれない。
「おいおいおい……」
俺は慌てて見渡しながら包囲の隙間を探す。
「やべぇ、囲まれたぞ」
「あらあら、獣臭い人たちですね。見た目からしてあなた達のお知り合いですか?」
三人で背を合わせるように後退しながら、囲んでくる狼人間達へと視線を這わせる。
「俺が野性味溢れる格好良い男だっていうのを表現したいならあながち間違ってはいないが、知り合いではないな」
俺ってレトルトカレーを買う時は迷わず辛口を選ぶほどワイルドな男だからそう誤解されてもしかたないが、動物は苦手なタイプなんだ。
「俺もあなたって夜は獣みたいね、って言われたことはあるが知り合いではないな」
「おい、何だよそれ? 聞いてないぞ? まさかお前もショウイチ君みたいに結婚してるんじゃないだろうな? だったら殺すぞ!」
俺がイーラの間違いを訂正している中、レガシーが聞き捨てならないことを言う。
まさか……こいつまで……。
「おーおー、もてない男のひがみは醜いねぇ。野性味溢れるならどっしり構えておけよ?」
「野性味溢れるから血気盛んなんだよ! やんのかコラ!?」
「なんだ? ルックスだけでなく剣の腕も俺に劣るのをここで認めたいのか?」
とりあえず狼人間達は置いておいて、先に済ませなければならないことができてしまったようだ。
レガシーにはどちらが強いのかよく分からせる必要がある。
ペットの躾ははじめが肝心というし、ここは仰向けにダウンさせてしっかりと腹を見せてもらおう。
俺は狼人間達に背を見せるとレガシーに剣を向ける。
レガシーも俺に剣を向けてニヤニヤと挑発してくる……。
上等だ。
やってやる。
一旦他は放置だ。
「あらあら、あなた達が知能も外見も猿並なのは以前から存じていますので、この状況でわざわざ披露しなくても大丈夫ですよ?」
「全裸ションベンは黙ってろ!」
「ネチネチうるさい女だな! 空気読めよ!」
「今の言葉……訂正なさい……。許しませんよ……」
俺達の勝負に野暮な邪魔が入ったので黙らせる。
だが、それは逆効果だったようで、イーラもレイピアを抜いて俺達のケンカに混ざってくる。
――アオオオオオオオオオオオオオンン!!
俺達が剣を向け合っていると、威嚇の咆哮とともに三匹の狼人間がこちらへ迫ってきた。
「「邪魔するんじゃねぇ!」」
「お黙りなさい!」
襲い掛かってきた狼人間達は俺とレガシーの突きで一匹ずつ。
残りはイーラが仕留めた。
「……なんかさっきより数が増えてないか?」
倒した狼人間から視線を戻し、辺りを見渡すと、どうも包囲していた狼人間の数が増えている気がする。ちょっとファンに囲まれるアイドルの気分が味わえ……るわけもなく、どちらかというと警察に包囲された凶悪犯の気分だ。
「おい、ヤベェぞ……」
「あなた達が言い争っていたからでしょう?」
レガシーとイーラもそれに気付いて危機感を募らせる。
「おい、何こっそりこっちと共同戦線はろうとしてるんだよ。さっさとどっか行けよ」
俺は背を預けてくるイーラに毒づきながら肘でこつく。
「そうだぞ? ちょっとあの集団に突っ込んでこいよ。俺らその間に逃げっからよ」
レガシーもそれに続いて脛辺りにげしげしと蹴りを入れる。
こいつに背を預けていると、注意しなければならないことが余分に一つ増える。同時進行で重要な仕事をこなすのは元の世界だけにしてほしいものだ。
「あらあら、つれないことを言いますね。仲間じゃないですか?」
「お前からそんな台詞が聞けるとはな! 長生きはするもんだぜ」
「お前大して年とってねぇじゃねぇかよ」
イーラが都合のいいことを言ってくるも全く信用できない。
そしてレガシーが俺の発言を弄ってくる。
こいつら結構余裕あるな……。
「ふふっ、お二人とも先ほどまでケンカしていたと思ったらもう仲直りされたのですね」
「まあな、俺ら超仲いいからな。お前はその性格のせいで一生孤独だろうけどな」
「だな。こんなのケンカの内に入るわけないだろ? これだから万年孤独は手に負えないぜ」
「あなた達……、これが終わったら覚えてなさい……」
俺達が楽しくお話している間も狼人間達がじわじわと包囲を狭めてくる。
これはまずいかもしれない……。
「お前盾あるんだし、先陣きって道開けろよ」
イーラは盾を使うのが上手い。
なら先頭に立ってもらって進行するのが突破しやすいはず。
俺はとても丁寧な言葉遣いでイーラにお願いする。
「だな。俺らが援護すっから頼むわ」
「レディに一番前を行けと言う男はもてませんよ?」
レガシーも俺の案に賛成してくれるも、イーラ本人がその作戦に難色を示す。
面倒な奴だ。もう少し空気を読んでほしい。
「うっせえな、あいつらにかまれたら俺らも狼男になるかもしれないだろ? なら盾持ってる奴が行った方がいいんだよ」
映画とかだとゾンビとか狼男っていうのは、作品によっては噛まれると漏れなく同類になるパターンがある。
果たしてこいつらはその辺大丈夫なのだろうか。
髭はもう少し濃くなった方がいいかもしれないが、胸毛や肩毛がボーボーになるのはワイルドすぎるし遠慮したい。
「え……、かまれたら俺らもああなるのか?」
「それを聞いて私が快く先頭に立つと思う神経がわかりませんね」
驚愕するレガシーと心底嫌がるイーラ。
「例えばの話だよ! 大体一番後ろはきついぞ?」
困惑する二人にもしもの話だと説明し、なだめる。
よく考えると宿で狼人間に襲われた連中は死んでいたので同類になる可能性は低そうな気もする。それにもし、かまれて増殖するなら真っ先に街の人達が全て狼人間になっていたはず。
俺達を包囲している数は相当多い……、果たしてどちらなんだろうか……。
「まあ、この場合進行方向を選べる分、前の方が楽だよな」
レガシーもイーラを先頭に立たせようとメリットを説明してくれる。
「承諾できませんね。私を囮にして逆方向から逃げる気でしょう? ここは三人横一列になって進みましょう」
だがイーラは俺達の思惑を察知していたようで、半眼で睨みながら自身が先頭に立つ案を却下してくる。
(ち、バレてたか)
「「そ、そんなことするわけないだろ」」
俺とレガシーの口ごもった反論がハモる。
イーラを盾兼囮にすれば、かなり有利に行動できると踏んでいただけに残念だ。
「……やはりここで少し痛めつけておいた方が良いのかもしれませんね」
「なんでケガしたまま逃げなきゃいけないんだよ! 横一列もお断りだ!」
「そうだぞ! 穴だらけにするのはこいつだけでいいだろ! とんだとばっちりだぜ!」
イーラが俺達にレイピアを突きつけながら威嚇し、俺達もそれを剣で応戦しながら反論する。が、レガシーの反論が微妙に俺を犠牲にしようとしているようで許されない。
次は呼吸が止まるまで濡れタオルの刑だ。
「なら何か作戦でもあるのですか? 縦一列は御免ですよ?」
レイピアを少し引きながら別の案を求めてくるイーラ。
「……そうだな。じゃあヴァーッと行くか」
俺はそれに応えて新しい作戦を提案する。
「ああ、ヴァーッとか。いいんじゃね?」
同意するレガシー。
「申し訳ありません。私、猿語には明るくないので訳していただいても構いませんか?」
イーラは話についていけず、出来の悪い生徒でも見るような目で俺達を見下してくる。
「行くぞ!」
「おう!」
そんなイーラに構わす、俺はレガシーの手首を握りながら声をかける。
レガシーがそれに応えて短く返事をしたのを合図に俺は【火遁の術】を発動した。俺を中心に大量の白い煙が発生し、辺りを覆い尽くす。
「ッ! お待ちなさいッ!!」
事態についていけず、視界が遮られた白い煙の中でレイピアを振り回しながら俺達を探そうとするイーラ。
だが、もう遅い。
「「あばよ」」
俺達は煙の中を進み、狼人間達の包囲を擦り抜けることに成功する。
「クッ、どこです! おのれぃっ!!!」
そんな中、イーラは見当違いな方向にレイピアを振り回しながら絶叫していた。




