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6 対バンしてそうな顔


「じゃあ、僕がお金を払う宿へ行こうか!」


 全員揃うと今度はザコーダが先頭に立ち、大手を振って宿へと向かい出す。



 ちょいちょい自分が凄いアピールをしなければ金払いもいいし、素直な部分もあるのでいい奴だと思うのだが、どうにもウザイ部分が鼻につく。


 酒の効果でそういう部分がどうでもよくなった俺達はザコーダの後に続く。



 旨い酒を飲み、旨い飯を食い、ほろ酔いを通り越した状態で俺達は宿へと向かった。ほとんど酔っていないチンピランにとっては迷惑極まりないだろうが、そこは許してもらうしかない。



 おぼつかない足取りでなんとか宿屋に到着するも、入り口にあるロビースペースには柄の悪そうな連中がくつろいでいた。


 酒場同様、やはりここでも騒がしくしているのが目に付く。


 あまり関わりたくないので避けるように受付で鍵を受け取ると、二階のそれぞれの部屋へ向かうため全員で階段を上がる。


 宿代はザコーダに払ってもらうので全員相部屋でいいと言ったのだがここでも自慢が入り、結局ザコーダ、チンピランは個室、俺とレガシーは遠慮しまくったため相部屋になった。ザコーダは本当に金を持っているらしく、躊躇いなく宿代をポンと払ってしまう。



 俺達はザコーダに軽く礼を言うと、それぞれの部屋へと向かった。


 ふらつく足取りでなんとか扉を開け、中に入る。


 少し飲みすぎたせいか、もう何もしたくない。



 それはレガシーも同じようで二人ともそれぞれのベッドへ倒れこむように横になり、そのまま眠る気満々で体を動かすのをピタリと止めてしまった。



 風呂とかはもう翌朝でいいだろう。


 今は眠い……。


 このまま明日の昼まで気持ちよく寝るコースになりそうだ……。


 …………


「ぬうぅおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおッ!」


 聞きたくない音を聞いてぱちりと目が覚める。


 ……最悪の目覚めだ。


 なんだろう、うら若き乙女の絹を裂くような悲鳴を十オクターブくらい下げた野太いおっさんの悲鳴が聞こえた。


 辺りを見回すもまだ暗い。


 全然明るくない。


 おっさんの悲鳴で深夜に起床……。



 すっごい安眠していただけに腹立たしい。


 今日はこのまま昼近くまで寝るつもりだったのに、深夜におっさんの悲鳴で起こされる哀しみ。


 おっさん許すまじ……。



 俺は小さい物音でも目が覚めてしまうタイプなので、あれだけ大きい音だと完全に目が覚めてしまう。


 これは一応様子を見に行かないとダメなのか?


 ふと隣を見ればレガシーはあんなデカイ声を聞いても気持ち良さそうにイビキをかいて熟睡している。


 これは俺が様子を見に行くしかないのだろう。


 寝相が悪くてベッドから落下した悲鳴とかだと助かるのだが、それにしてはやたら大声だった……。



 俺は声の主とフラグが立たないことを祈りつつ部屋を出た。


 声の主を見つけたら文句の一つも言ってやろうと思ったが廊下に出ても人の気配はなく、そのまま一階へ下りる階段がある方へと進む。



 深夜なので人気がないのは当然で、むしろあのおっさんの悲鳴が異常なわけで。


 それにしても俺以外誰も様子を見に来ていないのもちょっと気になる。


 そんなことを考えながら周囲を気にしつつ先に進む。



 そして固まる。



「Oh……」



 二階から一階を見下ろせる場所につくと、階下にうつ伏せに倒れている人が数名視界に入った。


 悲鳴の主はあれで間違いないだろう。


 うつ伏せになったままぴくりとも動かないうえに血溜まりをせっせと作っている状態を見ると別の意味で熟睡していそうだ。


(宿を出た方が良さそうだな……)


 状況は分からないがろくでもない事態ということはよく分かるので、ここは早急に脱出するべきだろう。


 他の人間の安否とか気にしてもしょうがない。


 ここで階下の人達を殺った犯人が分からなかった場合、俺達が逃亡中とバレたら疑われる可能性もある。


 正義マンじゃない俺は自分の命が一番大事だ。


 そうと決まればさっさと部屋に戻ってレガシーを起こさねばなるまい。


 俺がその場から自室に向かおうと踵を返した次の瞬間、ガチャリと控えめな音を立てて目の前の扉が開いた。


 扉を開けて出てきた者たちは人がすっぽり入るようなデカさの皮袋を担いでいて、俺に気付くと立ち止まったままとても自然な流れで顔をこちらの方へと向けてくる。


 俺も進路を遮られたので立ち止まったままそいつらと目が合う。


 いわゆる鉢合わせってやつだ。



 そしてその者たちの外見は…………。


(なんかライブが白熱しすぎて六台くらい救急車呼ぶはめになったバンドとか、ボーナストラックにラ○クのカバーが入ってるシマウマのバンドとかと対バンしてそうな顔だな……)


 …………一言で言えば狼男だった。




 頭部は狼そのもので衣服は着用していたが服の隙間から見える手足は毛深く、まさしく獣の延長線上を思わせる。


 その外見は狼の覆面をしているとか特殊メイクをしているとは考えづらい生々しさがあった。獣めいた部分から生気というか、息遣いや温度を感じるのだ。


 そんな奴らが人がすっぽり入る大きさの皮袋を担いで宿の一室からサンタクロースのようにゆっくりと気づかれないように出てきた。


 これは――。


(攫ってますよね?)


 皮袋の中身が容易に想像できる展開だった。


 そんな気まずい沈黙の間を埋め合わせてくれるかのように後方の扉が順に開き、皮袋を担いだ狼男達が次々と出てくる。


 一グループだけかと思ったらそんなこともなかったようだ。


 そんな嬉しくない寝起きドッキリ帰りのような光景は俺達が泊まっていた部屋の数部屋前まで続き、終了する。


 狼男達は通路に出るも一番先頭のグループが俺を見て立ち止まっているため足止めを食らい、自然と全ての視線が通路を塞いでしまっている俺に集中する。



 大量の獣の視線が俺へと集束し、その場の空気が凍り付いたかのように止まる。


 ちょっと廊下に立ち止まっただけで注目の的になってしまう俺のカリスマ性が憎い。



(後方の部屋で良かったわ)


 そんな狼男達の視線にさらされながら俺は密かに安堵する。


 これが前の方の部屋に泊まっていたら今頃俺もあの皮袋の中だっただろう。



 俺が通路を塞いでしまっているせいか皮袋を担いだ狼男達の雰囲気が段々と殺気を帯びた物に変わってくる。


(とりあえずレガシーと合流だな)


 逃げるにしても一旦レガシーと合流したい。


 そうなるとこの狼男で塞がった通路を抜ける必要がある。


「うおっっと、邪魔するぜっ」


 俺は数歩後退して助走をつけると、一気に狼男達の集団に向けて飛び込んだ。



 まず、【跳躍】と【張り付く】を使って天井に張り付き、そこから三角飛びでもするかのように壁と天井を飛び移りながら移動する。


 狼男達が俺を見上げて首をぐるりと回しながら視線だけで追いかける中、なんとか自室に滑り込む。


 慌てて中に入ると、勢いよく扉を閉めて急いで側にあった棚を押して移動させて入口を塞ぐ。簡単に扉が開かないようにするとレガシーの方へと駆け寄る。


「おいっ、逃げるぞ!」


 俺が声をかけるも、レガシーはまだ眠っていた。



 これだけドタバタしているのに一向に目覚める気配がない。


 俺が散々な思いをして駆け回っている間もこいつは気持ちよさそうにイビキをかきながら熟睡していた……。


(置いていくか?)


 そんな思いがちょっと頭をよぎる。


 俺は頭を振ってその思いを散らすと濡れタオルをアイテムボックスから取り出し、レガシーの顔に密着させた。


 張り付いた濡れタオルの効果でレガシーの安定していた寝息がピタリと止まり、もぞもぞしたり身体を硬直させるのを繰り返すうちにドッタンバッタンと暴れ出す。


 それでもまだ目を閉じているので濡れタオルが外れないようにしっかりと押さえる。


「モァアアアガアアアガッガーーーーーーーッ!!」


 レガシーが生命の危険を感じたのか奇声を発し出したところで濡れタオルを外す。


「テメェ! どういうつもりだッ!!」


 濡れタオルから解放されたレガシーが怒りをあらわにして俺に掴みかかってきた。


「熟睡してたからついムカついて……、いや違った。なんかヤバイのに囲まれてて逃げないとまずい状況なんで起こした」


「……多少ひっかかる部分はあるが分かった。ヤバイのって具体的には何だ? モンスターか?」


 熟睡していたようだったが寝起きは良いらしく、俺の話す内容をちゃんと理解してくれるレガシー。


「んん〜、狼男? ワーウルフって奴?」


「なんだそりゃ、そんなモンスター聞いたことないぞ? いや、俺が聞いたことないだけかもしれんが、亜人系のモンスターに狼男は存在しないと思うぞ」


 レガシーの情報によれば亜人系のモンスターでワーフルフはいないらしい。


 しかしあの外見を一言でいうと狼男なんだよなぁ。


「んん、そうなの? でもコボルトとは違う外見だったしなぁ……。獣人って種族とかか?」


「そんなの御伽噺のレベルだぞ? 獣人なんて見たこともないな」


「なんか宿泊客を皮袋にいれて攫おうとしていたから知能は高そうなんだよな」


「なら狼のマスクを被った強盗団とかじゃないのか?」


 レガシーいわく、獣人の可能性も薄いらしい。


 むしろマスクを被っているだけじゃないのかと指摘される。


 間近で見た俺からするとあんな体温を感じられるマスクは存在しないと思うわけで……。



「いや、あれはマスクって感じじゃなかったな……」


「大体宿泊客って柄の悪そうなおっさんしかいなかったよな? そんなもん攫ってどうするんだ?」


「いや、分からんけど普通に食うんじゃねえの?」


「食う、ねぇ……」


 などと俺達がかみあわない会話を続けていると、扉を乱暴に開けようとする物音が響きだす。



 はじめはドアノブを回していたようだったが、段々体当たりをするような激しい音に替わり、扉を塞いでいる棚が音にあわせて小刻みに振動しはじめる。


 どうやらこの部屋に留まれる猶予もあとわずかのようだ。


「とりあえず逃げよう」


「ああ、明らかにヤバイ感じだな。でも扉はそこだけだぞ?」



 出入り口はレガシーが言った通り棚で塞いでいる扉のみだ。


 そうなってくると、ここから外に出られる箇所は一つしかない。


「窓から飛び降りるぞ」


「やっぱりそうなるよな」


 俺の提案にうんざりした表情で肩を落とすレガシー。


 俺達が逃げる準備を終え、窓に近寄ろうとした瞬間、扉を塞いでいた棚が勢いよく倒れる。そして、壊れた扉を押しのけるようにして狼男達がわらわらと部屋に侵入してきた。


「急げ!」


「まじで狼男だな……」


 俺が窓を開けて飛び降りようとしている間もレガシーは狼男の姿を見て呆気に取られていた。



「言っただろ! 来るぞ!」


「おう!」


 俺達二人は狼男達から逃れるために宿の窓から飛び降りた。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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