4 到着
それから数日が経過したある日、眼前に街と呼べる塀に覆われた建物群が見えてきた。
「見えたぞ」
レガシーが街を見つけてほっとした表情を見せる。
「ああ、ここまでかなり長かった気がするぜ」
具体的に言うと一章分くらい長かった気がする。
「やっと……やっと着いた。これで……! ……待っていろよ」
街を見たチンピランが何やらブツブツ言っている。
人と待ち合わせでもしているのだろうか。
介抱したときは余裕と落ち着きのある大人な男と思っていたのだが、それが街に近づくにつれ思いつめた表情になり、どんどん余裕がなくなってきた。
大丈夫なのだろうか……。ちょっと心配だ。
「へぇ、小さな街だね! やっぱり田舎はどこも小さいね!」
それとは対照的にザコーダは相変わらずだ。
こいつと同行するとトラブルに巻き込まれる予感がビンビンする。
街に着いたら速攻別れたいところである。
とりあえず四人で正門へ向かい、手続きを済ませて街に入る。
メイッキューの街のように正門が街に入る人で溢れて行列ができているということもなく、俺達以外は誰もいなかったのでとてもスムーズに事が済んだ。
ショウイチ君に貰った偽造カードも問題なく機能し、俺とレガシーの本名を知られることもなく無事街の中へ入れた。
「ほんとに小さいな……」
「人も全然いないな」
俺の呟きにレガシーが続く。
街に入った感想はそんなものだった。
やはり辺鄙なところにあるせいか栄えていない。
全体は街を囲む反対側の外塀も視界に入るほどの大きさで今まで行った街の中で一番小さい。
建物の間にある通路も全体的に狭い。馬車の類なら一方通行でギリギリ通れる道がメインの通りで、他の通りは普通の街なら路地裏と表現するような狭さの道しか存在しない。
なんとも圧迫感の感じる街だ。
建物間の隙間も小さく、全体的に密集していて風通しが悪いせいか外に比べると妙に生温かい感じがする。
秋とは思えないほどの湿気を帯びた生温さが物静かな街とはミスマッチな印象がして何ともいえない不快感が際立つ。
そして特徴的なのは街の隅に大きな煙突が三本ほど立った巨大な建物が見えるところだろうか。
見た目からして街の特産品を作っている工場なのかもしれない。
辺りを見渡すもレガシーが呟いたとおり人が全然いない。
ゴーストタウンに俺達四人が迷い込んだと言っても過言ではないくらいに表に人を見かけないのだ。
国外逃亡を図る奴がよく利用すると言われるくらいだからこれで普通なのかもしれないがなんとも淋しい街だ。
道すがらに宿の場所を聞きながら行こうと思っていたが、これでは無理だと判断し一旦門まで戻る。
無事衛兵から宿の場所を聞くことができ、そちらへ向かうこととなる。
チンピランとザコーダの二人も一旦宿を取ることにしたようで俺達に同行する。
宿屋がある一帯に着き、そこで別れることになるかと思ったら助けてもらった御礼に宿代か食事を奢らせて欲しいと二人から申し出があった。
なので、チンピランからは飯、ザコーダからは宿を奢ってもらうことにする。
料金に開きがあるので揉めるかと思ったがザコーダが“僕は強いうえにお金も持っているから心配しなくていいよ”と、なんかムカツク言い方をしてきたのでそのままでいくことにした。
そのため、はじめは街に着いた時点で別れようと思っていたが、結局飯も宿も一緒になってしまった。まあ部屋は違うし、奢ってもらえるというのだからここは妥協しておいてもいいだろう。
ただ、ザコーダが何かやらかしそうなのが不安ではある。
「なんか悪いな」
行き倒れているところを助けたとはいえ、そんなつもりで助けたわけでもないのでなんとも気が引けてしまう。
「気にするな、飯くらいならなんとかなる」
「ふふ、宿くらいなんでもないさ! 僕は強いしお金も持っていて誰もが憧れる最高の男だからね!」
このことに関しては二人とも自分から言い出しただけあって気前がいい。
まあ、ゴチになっておこう。
「ああ、世話になる。で、俺達は買出しに行く予定だけど二人はこのまま宿で休むのか?」
「いや、俺はギルドで手続きをしてくる」
「僕もギルドに顔を出しておこうかな。こう見えて有名人だからね!」
「そ、そうか」
どうやら二人はギルドに行くようだ。
ザコーダは有名人らしいが、どう有名なのだろうか。
どちらかというと受付で聞かれてもいないのに自慢話をして長居しすぎてブラックリスト入りしてるとかって意味で有名そうな気もするが……。
ただ、二人がギルドに行くのなら都合がいいのでちょっとお願いしたいことがある。
俺は二人のどちらに頼むか大して迷わず、チンピランに声をかけた。
「あ、チンピラン」
「なんだ?」
「俺達は買出しで時間食うし、ギルド行くならこいつをついでに換金してきてくれないか? 報酬の一割は手間賃でやるからよ」
俺はそう言いながらあらかじめ用意しておいた討伐部位の詰め合わせを渡す。
ここ最近は逃亡中のためギルドにはなるべく立ち寄らないようにしていたので、モンスターの討伐部位が結構溜まっていたのだ。
国をまたぐと通貨が変わるだろうからとそのままにしておいたが、どうやら問題なく使えるらしいので、できればここである程度処理しておきたい。
自分で持っていくと顔や名前を覚えられそうなので、ここは誰かに頼んだ方が得策と考えチンピランに頼んでみる。
「すごい量だな……。本当にこれの一割も貰っていいのか?」
「いいよ。それだけの量だと時間もかかるだろうしな。俺達も手間が省けて助かるんだけどどうだ?」
「ああ、いいぜ」
「じゃあ頼むわ」
「任せておけ」
首肯し討伐部位が詰まった袋を受け取るチンピラン。
交渉成立だ。
ここまで中々換金するチャンスがなかったので、これは地味にありがたい。
チンピランはその分量に驚いていたが俺のアイテムボックスにはまだまだモンスターの死体が詰まっているので持ち逃げされても問題ない。
だが、チンピランに関してはその辺りの心配はしていない。
顔は厳ついが普通の人っぽいので大丈夫だろう。
「じゃあ、俺達は補給に行くか」
「だな」
俺はレガシーに声をかける。
「先に戻ってきた方が酒場で席をとっておくってことで頼む」
「僕がギルドに行くとあまりの人気に足止めを食らってしまうだろうから、席を取っておくのは任せたよ!」
俺達が移動するのを見てチンピランとザコーダもこれからの予定を軽く決めると手続きのために冒険者ギルドへ向かった。
俺達はここであまり記録に残るような痕跡は残さない方がいいので、ギルドには行かずに補給へと向かうことにする。
店へ向かってみるとやはり場所が悪いせいか品揃えは悪かったが、それでも途中の宿場町のように売切れ続出というわけでもなかった。というわけで消耗品や食料、矢と鉄杭の補充などを問題なく済ませることができた。ついでになんやかんやで使ってしまっていたポーションも一個補充しておく。
相変わらず効果が怪しい逸品だがレガシーの致命傷を治していたので案外回復効果が高いのかもしれない。
ポーションを手に入れたところで一通り買いたい物は買ったので待ち合わせの酒場へと向かうことにする。
「しかし、結構閉まってる店が多かったな」
レガシーが街並みを見渡しながらぽつりと呟く。
俺も買出し中に気づいたが閉まっている店が結構目に付いた。
やはりこれだけ人がいないと商売が成立しないのだろうか。
「まあ、買う物買えたし、いいんじゃないか。しかも宿に泊まれるんだぞ?」
補給をして、宿に泊まる。
極普通のことのようだが最近はそれすらも叶わない状態だったので少し興奮気味に言葉が弾む。
「ああ、念願のベッドだぜ。明日は昼まで就寝コースだな」
「いいね」
レガシーが昼間で寝ることを想像してにやける。
俺も久々にゆっくり寝たい気分なのでこれには大賛成だ。
こんなことで心から喜べる俺達は犯罪者の割に意外に庶民派だと思う。
「そういやここまで来たはいいが、ここから先はどう移動するか知っているか」
「いや、詳しい話を聞いてなかったからなぁ……。まあ、情報収集すればいいだろう」
「あてがあるのか?」
割と早く買い物が済み、のんびりと集合場所にした酒場へ向かう途中にレガシーからここから先のルートを聞かれる。
だが俺もこの先どう進めばいいか詳しいことは知らなかった。
王都を出たときはバタバタしていたし仕方ないだろう。
それに分からないなら、また情報を収集すればいいだけの話だ。
情報が欲しいならいつもの店を利用すればなんとかなるはず。
丁度酒場に向かうわけだし、都合がいい。
「探してみないとわからんが……。あった」
酒場がある区画に着き、目的の店を探して辺りを見渡すとそれはあった。
相変わらずデカい酒場に付属する倉庫のように小さな店である。
店の名前は夕闇亭。立ち飲み屋に見えるが裏で情報を扱っている店だ。
俺は店の前へと移動する。
「ここか?」
「ああ、中は狭いけど外で待ってるか?」
「いや、俺も行く」
「了解だ」
二人で店に入ることになり、俺は店の扉を開けた。
中は狭いので入り口から店内が一望できたが誰もいない。
その様子にいぶかしみながらも店内へと入る。
「あれ?」
「誰もいないぞ」
狭い空間なので一人でも隅々までくまなく見れるのに二人で店内を見渡すも誰も居ない。
「すんませーん!」
俺は奥の部屋に通じるであろう扉に向かって呼びかける。
誰もいないが休憩中なのだろうか。
しばらくすると建てつけが悪いのか軋むような音をたてながら奥にあった木製の扉が開く。
「……誰だ」
ぼそぼそした声を発しながら店主であろう男が扉から顔を半分だけ出す。
妙に警戒しているような印象を受けたが気のせいだろうか。
「お、情報が欲しいんだけど」
「客か……。お前ら運がいいな。丁度今街から出ようとしてたところだが特別に注文を聞いてやるよ」
「なんだ? 夜逃げか?」
「まあ、そんなとこだ。最近この街では失踪事件が相次いでいてな。念のために避難するのさ」
「うおう、人身売買とかか?」
陰気な顔をした店主が言うには街で不審な事件が頻発しているから避難しようとしていたところらしい。
タイミングがあわなければ店が閉まっていただろうし、ついているといえばついている。しかし、街でそんな面倒なことが起きているとは知らなかった。
「いや、いなくなった奴はしばらくすると帰ってくる。ちょっとおかしくなるオマケ付きだがな」
「まじか……」
どうやら失踪したあと、しばらくすると戻ってくるらしい。
それで誘拐と表現しなかったのだろう。
しかし、おかしくなるっていうのが怖いな……。
アイデアロールに成功して一時的狂気とかを発症したのだろうか。
「まあそういうこった。で、注文を聞こうか」
「あ〜、国境を越えるルートを教えてくれ」
俺は情報屋に聞く内容を口に出してから改めてなんとも間抜けなことを聞いてしまったと慌てる。
これでは国外に逃げようとしていると言っているようなものだ。
だがそんな俺を見ても店主は表情も変えず淡々と口を開く。
「別に何も言わんさ。言っちゃ悪いが今お前さんが欲しがっている情報がこの店での一番人気の商品だ。だから気にするな。で、ここから国境を越えるにはタカイ山脈を越える必要がある。その先がシュッラーノ国になるな」
店主はフッと軽く顔を崩すと気にするなという。
まあ俺としてもその方が助かるし、そう言ってもらえるとありがたい。
「なるほど、山越えか」
「まあ、てっぺんに登るわけじゃないし、みんな軽装でいくな。だから気負う必要はないぞ?」
話を聞く限り、山越えもさほど難易度が高いわけではないようだ。
さすが国外に行こうとする奴がよく使うルートだけはある。
「そのシュッラーノ国ってのはどんな国なんだ?」
「あまりいい噂は聞かんな。ここよりモンスターが大量に生息しているらしくて駆除にやっきになっているそうだ。そのせいか、こちらからあの国に行こうとする奴は訳ありの奴らばかりだな。まあ、ここから国境を越える場合はあの国を中継しないと他の国に移動できなけどな。そういうこともあって普通に移動する奴が少ないんで密入国の聖地みたいな扱いになってるってわけだ。他に注文はあるか?」
山脈を越えた先にあるのはシュッラーノ国というらしい。
店主の話が本当なら隣国はモンスターが一杯ということになる。
まあ、居心地が悪い国ならそのまま抜けて別の国へと移動すればいいだけだ。
店主が別の注文を聞いてくるので、ついでに王都のことも聞いておこうと考える。その後どうなっているか知っておくと行動しやすいだろう。
「そうか。後、何か王都の情報はないか?」
「王都? 特には聞いていないな。何かあったのか?」
「いや、俺もそれが知りたかっただけだ」
「そうか、最近仕入れができなかったからな……。他に注文はあるか?」
「それだけだ」
「毎度。これでしばらく店じまいだ」
「邪魔したな」
俺達は必要な情報を手に入れ、店を後にした。
どうやら王都での出来事はこちらまで出回ってきていないようだ。
多分、街道をモンスターが防いでいたためだろう。
「山越えだってよ」
店を出たあと、レガシーに話しかける。
「まあ、特殊なパターンでもない限り国境越えつったら山か川だしな」
「そうなのか?」
「そんなもんだ。すげえ国だと国境壁とか作ってるけど、大体は自然の境目を利用してるもんだ」
「なるほどな」
広大な国を区切るならやはり自然の境界線を利用するものなのだろう。
平原の真ん中に線を引いたところで越え放題だし、書き換えるのも容易い。結局うまく機能しないってことだ。
「てかビッグキラーウルフのお陰で俺達の情報はこっちまで来てないみたいだったな」
得た情報に満足したのかニヤリと口角を上げるレガシー。
「ああ、ついてるぜ。今のうちにさっさと移動しちまおうぜ」
「これだけはあのビッグキラーウルフに感謝しないとな」
レガシーが言ったとおり、何より助かったのはこっちに王都の情報が出回っていないことだ。
この状態なら街中でも大手を振って歩ける。
まあ、買い物は済ませてしまったので、もう街中に出ることもないと思うが。
「だな。物資も情報も手に入れたし、今日は飯食ってゆっくり休むか」
明日以降の予定もざっくりと決まったし、今日はもう飯を食って終わりでいいだろう。
「じゃあ、早く待ち合わせの店に行こうぜ。俺はもう腹ペコだぜ」
レガシーは相当腹が減っているらしく、そわそわしながらそんなことを言ってくる。
俺も早く酒が飲みたいところだ。
今日はこのまま旨い飯を食って、ゆっくり寝て、順風満帆のまま明日には国境越えに向かいたい。
「おう、人の奢りで食える飯ほど旨いものはないからな」
金の心配をしなくて食える飯は旨い。……すげえ旨いんだ。
「全くだ。お、そうだ今度から飯は全部お前が奢れよ。そうすると俺の飯がもれなく全部旨くなる」
レガシーがよく分からないことを言い出す。
まあ奢るのは無理だがご馳走するくらいならなんとかできるかもしれない。
「しょうがねぇなぁ。俺の渾身のバッタ料理を毎回ご馳走してやるよ」
「奢りでもなんでもねえじゃねぇか!」
「お前は俺にご馳走してもらって飯が旨い。バッタ飯で浮いた分、俺が豪華な飯を食う。ウィンウィンだな!」
「ウィンの質に格差を感じるぞ!」
「格差ってのはな、感じ方しだいなんだよ。空腹が最高のスパイスって言うだろ? レガシー、お前は三日位飯を抜け。そしてバッタを食うんだ。俺はその三日分で豪華な食事を食う。お互いウィンのグレードアップを図れて益々ウィンウィンだな!」
「ウィンが両方お前に寄り添ってるのはウィンウィンって言わないんだよ!」
「まぁまぁ。お、あの店じゃねぇか?」
「着いたか?」
俺達がどうでもいい会話をしながら酒場が建ち並ぶ区画を進んでいると、待ち合わせの店に到着した。
店の扉を開けて中に入ると酒臭い空気と喧騒が出迎えてくれる。
店員さんが案内しようとしてくれたが待ち合わせであると告げ、目的のテーブルを探す。
夕闇亭に寄ったりしていたので多分こちらが遅いと踏んだのだがあいつらはいるだろうか。




