25 這い回る燃え殻
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三人の女を担いで移動していた老婆と長身猫背の男の二人組は、数時間進んで開けた場所に辿り着くと立ち止まった。
「これくらい離せばいいんじゃないかい?」
「そうですね。モンスターの死体の側では匂いに釣られて新手が来る恐れがありましたが、ここなら大丈夫でしょう。一旦この人たちの応急処置をしますか」
老婆と長身猫背の男は担いでいた女達を下ろしながら会話を終える。
負傷した女達の傷の程度からみて、一刻も早く治療した方が良かったのだが、あの場で治療を行えば不意に襲われる可能性があったので一旦距離を離していたのだ。
ここまで離れれば問題ないと判断した二人は、治療を含めた休憩を取ることにする。
「手当てはアンタがやりな。アタシゃ薪を集めて来るよ」
「分かりました。お気をつけて」
老婆は面倒事を長身猫背の男に押し付けて一人森へと入って行った。
「はじめに治療しないといけないのは彼女でしょうね……」
長身猫背の男から見て一目で重症とわかるのは色素が抜けたように薄い金髪碧眼の女だった。
体中に鉄杭が生え、腹部には太い杭が深々と突き刺さっている。
傷の度合いからして意識があるのが不思議なくらいで、普通ならまともに話せるかも疑わしい状態だ。
男は屈みこむと荷物から手早く道具を取り出しはじめる。
「失礼」
「どうしました?」
そんな準備を進める男の背にエルザが声をかけてくる。
男は一旦作業を止めて振り向くとエルザへと近寄った。
「申し訳ありませんが、鞄を開けて頂けませんか?」
エルザは片手しか使えないことをアピールしながら男に自分の手荷物の一つである鞄の蓋を開けて欲しいと申し訳なさそうな顔で頼んできた。
「これですか?」
「ええ」
「はい、どうぞ」
「お手数をおかけします」
軽く微笑んだ長身猫背の男はエルザの頼みを聞き入れ、手早く鞄を開けてみせた。
「それではあちらの方から応急処置をしますので、しばらく待っていてくださいね」
「助かります」
長身猫背の男はエルザの用事を済ませると、再びどこか野性味を感じさせる女の治療へと向かった。
◆
エルザは男が背を向けてドンナの元へと近づくのを確認すると、上半分が切断された義手に触れる。
そこには義手を取り外すための留め具があった。
肌と義手の接触部分にあるロックを外すと、切断されて使い物にならなくなっていた義手の残骸が硬そうな音を立ててゴロンと地面に落ちる。
(問題ありませんね)
エルザは無事取り外しが機能することに胸を撫で下ろし、開けてもらった鞄へ手を突っ込み、予備の義手を取り出した。
そして、取り出した予備の義手を腕の接合部分にある突起にはめ込んでロックをかける。
ガチャリと完全に填まる音を立てて新しい義手が問題なく繋がる。
(予備は一つだけですが、あって良かったです)
ギギッと義手を軋ませながら五指が動くのを確認すると、次は義足のロックを外す。
ひしゃげて鉄くずのようになった義足を外して捨てると、同じようにしてスペアの義足をセットする。
こちらもしっかりと固定される音と共に、なんの問題もなく綺麗に足に填まった。
(手足の方はこれでどうにかなりましたが……、後はお腹ですね)
スペアを取り付けたことによって、義手と義足は無事動くようになった。
だが問題はドンナに蹴られた腹部だ。
服の隙間から覗き込むと、横っ腹に黒と紫の絵の具をぶちまけたような色味の巨大な痣が出来上がっていた。
「グッ……」
エルザは異常な痛みを放つ腹部を手で押さえながら、少しでも楽になろうと横になる。
動くこともままならず、震える獣のように丸くなってしまう。
◆
男がドンナへと近づき、エルザが義手を填める中、イーラが動き出す。
(ヒール)
イーラは小声で自身の腹部へ向けて回復魔法を唱えた。
すると、ぱっくり裂けた腹の傷が少しずつ塞がっていく。
どうやら運ばれている間にずっと魔力を練り続けていたのが功を奏したようだ。
傷が塞がり、身をよじっても痛みを感じにくくなったところで自身の荷物へと這いより、ポーションの瓶を取り出した。
イーラは仕事の関係上、不測の事態に備えてポーションをいつも鞄に隠し持っていた。
前回重症を負ったタイミングでは、それを飲む前にとても親切な二人組にポーションを分けてもらえたので、そのまま鞄に残っていたのだ。
当時、傷を負った上に疲労困憊だったため、二人組という以外顔も思い出せないが、感謝してもしきれないくらいである。
イーラは周りに気づかれないようにしながらポーションを一気に飲み干す。
すると怪しげな音を立てながら粉砕された足が元通りになっていく。
(粉々になりすぎたので時間はかかりそうですが、何とかなりそうですね……)
イーラは回復速度が遅いことに苛立ちを感じながらも、足が復元するのをじっと待つ。
すると疲労とポーションの効果のせいか、次第にうとうとしはじめた。
鞄を枕がわりにすると、傷の回復に身を任せるようにして意識を手放した。
◆
イーラが意識を失った頃、ドンナは大声を上げて騒ぎたてた。
「お、おいっ。何やってるんだよ!」
「何って傷に薬草を塗っているんです。動かないで下さいね」
長身猫背の男がドンナの傷を治療しようとしてくれているのだが、肌に触れられるのに抵抗を感じて声を荒らげてしまう。
普段は絶対にこんなことにはならないはずなのに、どうして。
ドンナは自分の反応を受け入れることができず、混乱が増し、更に声を荒らげてしまう。
「や、やめろ! 自分で、自分でできるから!」
傷が深いせいか男が顔を近づけるたびに顔が熱くなり、脈が激しくなる。
つい、自分で治療すると言ってしまうも、そんなことが出切るはずもない。
なぜなら、動くことすらままならないのだ。
そのため口しか動かすことが出来ず、自然と声が大きくなってしまう。
「傷は背中にもあるんですよ? 大人しくしていて下さい」
「うぅ、わかった」
「よろしい」
男は拒否し続けるドンナの耳元に自身の口が触れるほど近づきながら説得を試みてくる。
ドンナは男の熱意に負け、治療を了承する。
自分のペースをかき乱されたドンナは黙って男の治療を受け入れるしかなかった。
◆
エルザは、長身猫背の男にされるがままとなったドンナの姿を横になったまま半眼で見つめる。
あまりにドンナが大騒ぎしたため、ゆっくり休むことも出来なかったのだ。
そんな寸劇が幕を閉じる頃、薪を集め終わった老婆が森から戻り、エルザへと近寄ってくる。
「アンタ、手足は大丈夫なのかい?」
「ええ、スペアがありましたので」
老婆の問いかけに義手と義足を動かしてみせながら答えるエルザ。
「なら立ちな」
「いえ、手足は大丈夫ですが腹部を痛めておりまして」
老婆が鋭い眼光で見下ろしながらエルザに立てと言う。
その言葉を聞いたエルザは傷を負っていて難しいと答えた。
実際、エルザの傷は深く、老婆が面倒だからやり過ごそうとしているわけではなかった。
演技など一切ない、本当のことを述べたにすぎなかったのだ。
「いいから立ちな」
だが、老婆は有無を言わせぬ凶悪な殺気を放ち、同じ言葉を繰り返した。
そこにはどんな反論も許されない空気しかなかった。
「わ、わかりました……」
殺気に当てられて恐怖したエルザはやむなく了承する。
このまま拒否し続ければ命に危険が及ぶと考えての発言だった。
「グッ、ハァハァ……」
顔に脂汗を滲ませたエルザは限界まで力を振り絞ってなんとか立ち上がる。
「じゃあこいつでかかってきな」
「いえ、今はそんな状態では……」
エルザが立ったのを確認すると、老婆は木剣を投げ渡した。
それをおぼつかない動きで受け取ったエルザは杖代わりにして体を支えながら抗議する。
とてもじゃないが動けない。今の状態では無理だ、と。
「いつも万全の状況で戦えるわけじゃないんだよ! さっさと来な!」
「グアッ」
だが、そんなふらつくエルザに老婆は容赦なく木剣を打ち込む。
「アンタが来なくてもアタシゃ行くよ? 痛い目に会いたくなかったら、さっさと動くんだね!」
「そ、そんな……、グアアアアッ」
エルザの抗議も空しく、老婆の素早い連撃がその身に襲い掛かる。
老婆の木剣は一時期たっぷりと味わった。そのせいか、今振るわれている攻撃が限界まで手加減されたものだということは分かる。
だからといって、対応できるかどうかというのは別問題。
鋭く的確に急所を突いてくる連撃に圧倒され、エルザは成す術もなく吹き飛び、無様に地を這う。
そんなエルザを見て含み笑いを漏らす者がいた。
……ドンナだ。
エルザが老婆にボコボコにされる様を目撃し、口端を釣り上げる。
「ククッ、ざまぁねぇなぁ? ええ?」
傷の治療を終え、横になったままの姿勢で毒づく。
自分に傷を負わせた相手が眼前で手も足も出ないままに蹂躙されるのは気分が良かったのだろう。
そんなご満悦のドンナに濡れタオルを持った長身猫背の男が近づく。
「さあ、体を拭きますので服を脱ぎましょうか」
「あ? なな何言ってるんだ! 自分でできるから!」
「駄目です! 絶対安静です! じゃあ脱ぎましょうね〜」
「おい! さわんな! ってぇイテテテ」
叩きのめされるエルザを見ていたため不意をつかれ、反応が遅れたドンナは長身猫背の男に一瞬されるがままになってしまう。
気が付いて慌てて抵抗しようとするも、傷の痛みで何も出来ないようであった。
「全身傷だらけなんですよ? じっとしていてくださいね〜」
「や、やめろぉぉ……」
慣れた様子で服を脱がせて体を拭き始める長身猫背の男。
体を優しく丁寧に拭かれるドンナの声は、今まで聞いたことのないような声音で消え入りそうなものだった。
「アッハ……、これはこれは、とても羨ましいですねぇ……」
地に伏したエルザは自分を笑ったドンナが成すがままになっている姿を見て、満足げに笑った。
◆
エルザを思う存分叩きのめして一息ついた老婆が背後に気配を感じて口を開く。
「どこに行くんだい?」
自身の背後を通り過ぎる者に振り向かないままに声をかけた。
「あらあら、気づかれてしまいましたか」
すると先程まで横になっていた一人の女が木の影からぬっと姿を現す。
旅なれた服装で腰にレイピアを差し、背には荷物を背負っている。
完全に準備万端。いつでも出立できるといった感じだった。
疲労のせいか、未だ足元がおぼつかない感じではあったが、しっかりと両の足で立っている。
足は粉々になっていたはずだったが、完治しているところを見ると、自前のポーションでも飲んだのかもしれない。
「どこに行くかって聞いているんだよ」
「も、もちろんオカミオの街です」
老婆は声を鋭くし、再度尋ねた。
女はこちらの雰囲気に気圧されながらも、何とか平静を保って目的地を答えた。
「傷は大丈夫なのかい?」
「ええ、非常用にポーションを持っていたので救われました」
老婆が容態を尋ねると、問題ないと女が答える。
「ならいいさ」
「助けて頂き、ありがとうございました」
「ふんッ。折角助けたんだ、死ぬんじゃないよ」
「もちろんそのつもりです。それでは御機嫌よう」
老婆は女の状態を確認し、問題ないと判断する。
女は老婆に礼を言うと、暗闇に溶け込むようにして姿を消した。
◆
四人と離れ、薄暗い街道を一人進むイーラ。
日は傾き、高木の陰に隠れていく。周囲に明かりとなるようなものはなく、底なし沼にはまりこむようにして、じわじわと闇が広がっていく。
「ふふっ、結果としては私の勝ちということですね」
ケンタをかけた争いは引き分けに終わった。
だが、結果を見ればオカミオの街に行ける権利を手に入れられたイーラの勝利と言えないこともない。
残されたエルザとドンナはあの二人組に連れられて宿場町まで戻らざるをえない。
心配して構ってきそうな長身猫背の男はドンナに気を取られていたし、老婆の方はポーションで傷を治したと伝えたらあっさり納得し、すんなり見送ってくれた。
もし、回復魔法を使えることがバレていれば、エルザとドンナを治療しろと言われたかもしれないが、そのことに気付かれることもなかった。
全てが上手くいき、自分だけがオカミオの街へ向かえる。
そんなことを考えていると、無意識の内に顔に喜悦が浮かび上がる。
「待ってなさい……」
日も沈み、どす黒く何も見えない街道をイーラは真っ直ぐと見据え、迷いなく進む。
ポーションの副作用が未だ抜けず、体が重く意識ははっきりとしない。
だが、足取りはしっかりとし、力強く足を前に出す。
一歩、また一歩と前へ進むたびに速度が増していく。
意中の男との再会が確約された状況がイーラの背を強く押す。
賞品を受け取りにオカミオの街へ向かうイーラの背は、沼の底に沈み込むようにして薄闇に紛れて見えなくなった。




