23 二次会(追い打ち)
◆
「何だ! どうなってるんだよ!?」
状況が飲み込めず軽いパニックになったレガシーが、俺に状況を聞いてくる。
「あいつらは恋人でも何でもねぇ! 俺を殺そうとした奴らだよ!」
俺は街道を走って逃げながら、レガシーに説明する。
「ええ〜……、あんな美人にお前何やったの?」
「何もやってねぇよ! 向こうからやってきたんだよ!」
多少例外はあるが、この説明であっているはずだ。
「って。なあ……、あれ何だと思う?」
ひたすら曲がりくねった街道を二人で走っていると、レガシーが前方を指差し俺に聞いてくる。指差す方を見ると、前方に何やら小さな山のようなものが見えてきた。
「ん?」
俺は走りながらそれをじっと見つめる。
街道なので行き止まりではないと思う。
だが、小山を抜けるトンネルがあるというわけではなさそうだ。
大体、トンネルを掘るにはあの山は小さすぎる。
「なあ、なんかあれ毛皮っぽくないか?」
「……そう……いえば」
曲がりくねった道を進むにつれ、小山の細部がはっきり見えてくる。
どうも色は焦げ茶っぽく、質感も毛皮のようなモコモコした感じだ。
曲がり道もなくなり、モコモコした小山まで一直線になるところでその正体が判明した。
「……モンスター?」
それは、こちらに背を向けてうずくまる巨大なモンスターだった。
「あんなデケェの見たことねえよ」
レガシーもあまりのデカさに驚いている様子。
「狼か?」
近づくにつれ、体の部位がはっきり見えてくる。
かなりの大きさだが形から判断すると、どうやらそれは狼のようだった。
「……だな、多分キラーウルフだ」
レガシーも同意見らしい。しかもあれがキラーウルフだと言う。
「いや、狼だろうけど、キラーウルフとは違うだろ? あんなにデカいの見たことないぞ」
普段見かけるのがママチャリサイズ、この間見かけて大きいと驚いたのが自動車サイズ、そして今眼前にいるのがバスサイズといったところだ。
……いくらなんでもデカすぎる。
「この辺のボスとかじゃないのか? もしくは突然変異とか……」
「ふむ〜。まあ、あれが何にせよ、街道の上にいるのは困ったな」
俺はあれがキラーウルフとは思わない。だが、その辺りは正直どうでもいい。
問題はあれが街道上に居座っているってことだ。
「倒すか?」
レガシーが自身の剣に触れながら聞いてくる。
「いや、どの程度の強さか分からないし、ここでケガしても治療院なんて側にないぞ?」
さすがにここであれを倒そうとするのは得策ではない。
強さが未知数な上に、ここでは街までの距離がかなりあるためだ。
深手を追ってしまったら洒落にならない。
「やり過ごすのが無難ってことか。でも道の真ん中に居座ってるぞ?」
「街道を逸れるか?」
戦わずに逃げるとしても、あの大きさはかなり頭を悩ませる問題だ。
街道から相当離れないと、気づかれる可能性がある。
「いや、それはまずいんじゃないか? 大体あのデカいのが一匹しかいないって保障はないよな? 街道から逸れて、あれが何匹もいたら詰むぞ……」
と、レガシーが腕組みしながら恐ろしいことを言ってくる。
「あれが何匹もいるとか怖いこと言うなよ……」
あんなものに複数で囲まれるとか、悪夢でしかない。
「参ったな……」
打開策が思い浮かばないのか、レガシーが言葉を詰まらせる。
「……俺にいい考えがある」
そんな中、俺に一つのアイデアが浮かんだ。
多分これで大した消耗もなく、あのデカブツを回避できるはず。
「本当に妙案なんだろうな?」
腕組みしたレガシーが俺をジト目で見てくる。
完全に信用されていない感じがひしひしと伝わってくる。
まあ、そう簡単に解決策が思い浮かぶはずがないと思うのは当然だろう。
「任せろ」
俺は親指を立ててニカッと歯を光らせた。
「……不安だ」
俺の絶対の自信を見ても気分が優れないレガシー。
まあ、あのデカいのが相手だし、仕方ないだろう。
「とりあえず、少し離れたところに隠れてくれ。後は俺が全部やる」
俺はレガシーに指示を出すと、デカブツ目掛けて動き始める。
「分かった」
レガシーは不安が残る表情をしながらも身を隠す。
作戦開始だ。
◆
イーラ、エルザ、ドンナの三人の間で行われた死力を尽くした戦いが終わり、そこは一時的に静寂が支配していた。
今は戦闘前に立っていた三すくみの位置で三人とも動けずに這いつくばっている。
まともな言葉もしゃべれず、痛みに苦しむうめき声だけが木霊する。
――ポトリ。
そんな三人が描く三角形の中心に、何かが落ちてきた。
それは人の頭くらいの大きさの白い毛玉だった。
不思議に思った三人は傷みを堪えながら、目を凝らす。
じっと見つめた結果、三人はようやくそれがホーンラビットの死体だと気づく。
どうやら矢で射殺された死体のようだった。
だが三人はそれを見ても何が起きたのか理解できなかった。
どうも真上から落ちてきたわけではない。
遠方から大きく弧を描いて飛んで来たのだ。
それが分かった瞬間、三人はホーンラビットが飛んで来た方向へ一斉に顔を向ける。
するとそこにはホーラビットの死体が複数あった。
死体は点線に見えるよう、一定間隔で綺麗に並べられていた。
三人は自然とその点線を目で追いかける。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
いつ……。
五を数えようとした瞬間、五つ目のホーンラビットの死体が消えてなくなる……。
そう、急に上から何かが降りてきて、ホーンラビットの死体を挟んで持ち上げたため、消えたように見えたのだ。
三人はホーンラビットの死体を挟んだ大きな何かを見ようと一斉に顔を上げる。
すると、そこには……。
ホーンラビットの死体を咀嚼している巨大なアギトがあった。
ゴリゴリと骨ごとかみ砕いているのか、ホーンラビットの肉の柔らかさからは連想できないほど妙に硬さを感じさせる音が響いている。
ホーンラビットの死体を煎餅のようにかみ砕いていたそれは超巨大な狼だった。
巨狼は咀嚼しながら次の食べ物を探そうと視線をさまよわせた。
次の瞬間、三人の視線と巨狼の視線が交差してしまう。
巨狼からすれば、ホーンラビットの死体を視線で追いかけただけ。
その先にたまたま三人が寝そべっていただけ。ただそれだけのことだった。
――巨狼の視線が三人へ完全に固定される。
巨狼はじっと三人を見つめたまま、ゴクリ、と咀嚼していたホーンラビットを嚥下する。
口の中が空っぽになった巨狼は三人をじっと見つめたまま一歩、そしてまた一歩と、とてもゆっくりした動作で動きはじめた。
点線上に置かれたホーンラビットの死体を無視し、その点線にそって歩くかのようにしてゆっくりと三人の方へ向かって来る。
じっと三人に視線を固定したまま、ゆっくりゆっくりと迫ってくる。
――三人はそこで気づいた。
あれはこちらへ向かって来ている。
何をしにこちらへ向かってくるかといえば……。
あれの口元から絶え間なく流れ出ている唾液を見れば、さほど長考しなくても答えは出てくる。
普段の三人であれば、いくら巨大なモンスターと対峙しても臆することはなかっただろう。
倒すことができなかったとしても、最善の手をつくせたはずだ。
だが、今はそれが叶う状態ではない。
それぞれが重症を負い、息を吐くだけで痛みが走り、喋ることもままならない状態だった。
だが、その状況を察して遠慮してくれるほど、あの巨狼は思慮深くない。
このままこの場に留まれば、そう遠くない未来にあの巨大な獣の腹の中で三人仲良く暮らすはめになる。
それがわかった瞬間、三人の動揺が頂点に到達する。
「「「ア、アアッ、アアアアアアッ! アーーーーーーーーーーーーッ!」」」
三人は痛みのせいでまともに言葉を発することもできないため、原始的な音を口から吐き出した。そして、ゆっくりと迫る巨狼から少しでも離れようと、もがくように必死に這う。
這って少しでも前に進もうとする。
這って他の二人より少しでも前に進もうとする。
そうすれば最後尾にいる一人を食べた巨狼が満腹になって、残りを見逃してくれるかもしれない。
満足して残された者には目もくれずに帰るかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、苦痛に顔を歪めて必死に這って少しでも前に、少しでも二人を引き離そうと進む。
ただただがむしゃらに這って進む。
何としてもあれに食われないように、少しでも離れようと必死で這う。
が、――ドスッっという巨音と共に眼前に何かが落下してくる。
そのため、前に進めなくなってしまう。
三人が死に物狂いで行っていたほふく前進競争は、突如落下してきた赤い壁によって中止になった。
突然目の前に赤い壁が現れ、それ以上前に進めなくなってしまったのだ。
痛みがなければ、その壁を大回りして避けることもできたかもしれないが、今の三人にそんな余力は残されていない。
絶望に打ちひしがれながら、赤い壁を見上げる三人……。
見上げて目を凝らすと、その壁が赤い理由がやっと分かる。
――それはオーガの死体だった。
オーガの死体は刃物で滅多刺しにされたらしく、腹の辺りに大量の刺し傷があった。
大きさは違うが、きっとホーンラビットの死体と同じことが起きて目の前に降って来たのでは、と三人ははたと気づく。奇しくも、そのことに気付いたのは巨狼も同じようだった。
三人と巨狼がオーガの死体が飛んで来た方へ同時に顔を動かす。
するとそこには見知った男が立っていた。
男はジャイアントスイングのフォロースルー姿勢から復帰し、こちらを見ていた。
忘れようとしても忘れられない顔がニヤリと口端を吊り上げる。
それはここまで探し、追い求めた男の顔。
――ケンタだった。
「「「アアアアッ! アーーーーーーァツ!」」」
三人はきっと“お前は!”とでも叫びたかったはずだ。
だが、痛み、恐怖、動揺、怒り、憎しみ、殺意がごちゃまぜになった三人の心は咄嗟にまともな言葉を発することを許さなかった。
ねじ切れた心は野生に返ったかのような咆哮を発することしか許さない。
「あばよ」
オーガを投げて巨狼に気付かれたためか、ケンタは三人に背を向けて駆け出した。
「「「ーーーーッ!」」」
そんなケンタを引きとるために声を張り上げようとした三人だったが、もはやまともに発声することもできず、盛大に息を吐き出すだけに終わってしまう。
巨狼は走り去るケンタに興味を失ったのか、再び唾液を湧かせる対象へと向きなおる。
三人がオーガの死体という赤い壁に進路を遮られた後も巨狼はゆっくり、ゆっくりと確実にこちらへと近づいていた。
とても注意深く、三人から目を離さず、ゆっくりと、だが確実に。
――三人の側に辿り着くのに、あと数秒といったところだろう。
◆
「えっと……」
宿場町の代表を務める男は困惑していた。




