22 女子会(異世界) 六
◆
「アッハ、その剣をどけてくれませんか? 行ってしまいますよ?」
エルザの視線は離れ行くケンタに釘付けとなっていたが、イーラとの鍔迫り合いは続行中のため、動くことが出来ない。突き出されたレイピアを押し返そうと、刀を握る力を強めていく。
「あらあら、あなたが追わないと言うのなら、やぶさかではありませんよ?」
と、イーラがエルザに返しつつ、レイピアを握る力を強めて刀を押し返そうとする。
どちらも一歩も譲らず、話し合いと鍔迫り合いは平行線を辿った。
「結局、三人で仲良くやるって選択肢はないんだろ? なら誰がアレを貰うか決着つけねぇとなぁ?」
ドンナはエルザの義手から射出された鉄杭を握りつぶして捨てると、口元を限界まで歪め、獣のように威嚇する。曰く、分け合うことも、譲り合うこともできないのであれば、奪い合うしかない、と。
「アッハ! 分かり易くていいですね!」
「あらあら、仕方ありませんね」
「テメェら、私に勝てるとでも思っているのか? あぁ?」
二人がドンナの提案に同意し、ルールと優勝賞品が決定する。
「あらあら、幹部にもなれないギャングに私が負けるとでも思っているのですかねぇ?」
イーラは鍔迫り合いの力を緩めることなく、ドンナを挑発する。
「はんッ、テメェみたいな頭のおかしい奴にだけは言われたくねぇな」
ドンナは赤黒い拳を構えながら不敵に笑う。
「あらあら、私のどこがおかしいんですかねぇ?」
ドンナの言葉に心当たりがなかったイーラは会話の流れから、つい聞き返してしまう。
その言葉にいち早く反応したのはドンナではなく、エルザだった。
「アッハ! あの行動を正常と考えている時点で異常そのものですよ? やはり革命の徒の考え方は先進的過ぎて、ついていけませんねぇ!」
エルザは鍔迫り合いを継続しながらドンナの言葉を引き継いでイーラに丁寧に説明する。
王都でのイーラの行いを見た人間なら、誰もが貴方のことを正常とは思わない、と。
それは言外にエルザとドンナがその場に居合わせ、“あの光景”を目撃したと告白するのと同義であった。
「ッ! あれはッ! 違ッ!」
ドンナとエルザにあの光景を見られていたことを知り、混乱しながら弁解しようとするイーラ。だがうまい説明が思い浮かばず、言葉に詰まってしまう。
なぜなら、ある意味それは全て事実だからだ。
どんな言葉を用いようとも、結局“衆人環視の中、全裸で放尿した”という部分は揺らがない。それが別人だったと言うのは容易いが、信じてもらえるかどうかは別の話だ。
「おーおー、何がどう違うのか分かんねぇけど、頭の悪ぃ私には露出狂の変態プレイにしか見えなかったな?」
ドンナはここぞとばかりに、イーラを見下すように挑発する。
「ッ……」
イーラはその言葉を受けて、何も返せずに固まってしまう。だが、その目は怒りのせいか限界まで見開かれ、充血が激しくなった眼球は真っ赤に染まっていた。
「アッハ! あなたの頭が露出狂なみに悪いのは確かですね! いつもまるで猪突猛進のゴリラのようですよ?」
「あ? 小銭ちょろまかすしか能のない小物が一丁前に何言ってるんだ?」
エルザはドンナの言葉で自分のことがバレていると判断する。
イーラの言葉を信じるならドンナはギャング。自分のことを知っていても、おかしくはない。
だがその程度では動じず、笑顔を絶やさない。
「その小銭を血眼になって探し回っていたのは、どこのゴリラですかねぇ?」
“小銭”と表現するような額で取り乱したのはそちらの方であり、自分ではない。
金を盗られたのもそちら。一度捕らえたのに逃げられたのもそちら。
結局、一枚上手なのは自分の方だと、エルザは微笑む。
その言葉を聞いたドンナは押し黙り、エルザを睨みつけた。
三者三様の敵意がむき出しとなり、その場の空気が熱せられる。
そして充満した怒りが限界に達し、殺意へと変容する。
「「「殺す!!!」」」
三人の言葉が意図せず重なり合う。
その言葉が合図となり、それぞれが可視化できそうなほど凶悪な殺意をまとった三人が動き出す。
死合い開始だ。
…………
「アッハ! いつまでそうしているんですかね?」
鍔迫り合いをしていたレイピアが邪魔になったエルザは義手をイーラの方へと向ける。
現在、義手にはドラムマガジンを換装していない。だが、内部には数本の鉄杭が装填されていた。それは仕込み武器として使用するため、何本かは義手の中に内蔵させているのだ。
エルザはその残り少ない鉄杭をイーラ目がけて射出する。
「では、あなたのご要望にお応えして離れさせていだだきますよ」
イーラは飛んで来た鉄杭を盾で防ぎつつ、数歩後退する。
イーラが移動したことにより、三者の均衡な間合いが崩れ、三すくみが解除される。
その瞬間をドンナは見逃さなかった。
「お前から死ね!」
ドンナは鉄杭を射出した姿勢で固まるエルザに殴りかかった。
「アッハ! できない相談ですね!」
エルザはドンナの拳を避けつつ、刀で反撃する。刀での攻撃はあっさりかわされてしまうも、一瞬の間が生じる。エルザはそんなドンナがためらいを見せた瞬間を見逃さず、イーラに義手を向けて鉄杭を射出し牽制する。
が、エルザが放った鉄杭はイーラの盾により防がれてしまう。そして、盾で顔の半分が隠れたイーラが見つめる先にはドンナがいた。
「あらあら、そちらに攻撃ばかりしていて、いいのでしょうかね?」
イーラは鉄杭を盾で防ぎながら前進し、殴りかかって隙ができたドンナへとレイピアで連続突きを放つ。
「はんッ! 見えてるんだよ!」
怒声を上げたドンナはイーラの連続突きを赤黒い拳で弾いて捌ききってみせた。次に、大きく体を回転させ、二人まとめて巻き込もうと回し蹴りを放つ。鋭い蹴りが風切り音を発しながら狙い違わず二人へ迫る。
「アッハ! ゴリラの行動は分かりやすくて助かります!」
それを見たエルザは咄嗟にイーラへ接近し、回し蹴りをイーラのみに当てようと誘導する。
エルザの狙いはうまくいき、ドンナの回し蹴りの軌道にズレが生じる。
「グッ!」
ドンナに集中していたイーラはエルザの狙いに気付くのが一瞬遅れてしまう。結果、数瞬出遅れ、ドンナの回し蹴りを盾で受け止めるしかなくなってしまう。
掲げた盾にドンナの蹴りが接触し、鈍い音が響くと同時に、体全身にどっしりとした重さがのしかかる。
盾で受け止めることに成功したためダメージこそなかったものの、蹴りの威力は凄まじかった。威力を殺しきれ無かったイーラは硬直し、しばらく動けなくなってしまう。
そしてドンナも全力の回し蹴りだったため、放った後に隙が生まれる。
イーラとドンナが硬直し、動けるのはエルザのみ。
エルザは二人のその隙を見逃さず、刀を鞘にしまう。そして、ドラムマガジンを取り出し、義手へと装着して構えようとする。だが、さすがに時間がかかりすぎてしまった。
盾で蹴りを受けて硬直していたイーラが復帰し、動きをみせる。
「あらあら、コソコソと何をしているんですかねぇ!」
イーラはエルザの動作を目ざとく見つけると、行動を阻止しようと突きかかった。
この瞬間、エルザに向けて方向転換したため、ドンナには背を向ける形となってしまう。
イーラがエルザへ突きかかったタイミングで、ドンナも回し蹴りを放った隙から復帰し、次の行動を考えながら視線を彷徨わせる。そして、焦点が集束したのはエルザに向けて突きかかるイーラの背中だった。
「オラァッ!」
こちらに背後を見せたイーラにドンナが拳を放つ。
――そんな中、カチリと機械同士が接合する音が鳴る。
イーラとドンナが動き出した瞬間、エルザがドラムマガジンを義手への換装を終えたのだ。
また、その動作中に【縮地】を発動していたため、イーラの突きが届くころにはエルザはその場にいなかった。
一瞬で後方に下がり、離脱に成功する。
「チッ」
イーラの突きがエルザの【縮地】にかわされ、空を斬る。細かい動作をしていて動けないであろうと予想して力を溜めて踏み込んだため、地味に隙が発生する。
そんな中、後方からドンナの突きがイーラに迫る。
イーラは上半身を回転。すばやく振り向き、盾でドンナの突きを逸らすように防いだ。
だが、ドンナの拳の威力は甚大で、盾がへこんでしまう。
「アッハ!!」
笑い声を上げたエルザがドラムマガジンの換装が終わった義手を掲げる。
義手の向けられた先ではドンナとイーラが拳と盾で衝突しているところだった。
次の瞬間、義手から無数の鉄杭が射出され、二人に襲い掛かる。
「小ざかしいッ!」
ドンナとの衝突でとっさに動けなかったイーラはレイピアを羽虫のように泳がせ、迫り来る無数の鉄杭を弾く。しかし、何本かは防ぎきれず、体へ深々と刺さってしまう。
「フウウゥゥ」
ドンナは赤黒く染まった腕で頭部を守りながら鉄杭をかわさず、深い呼吸をする。
鉄杭をその身に受ける中、武闘家スキル【鉄脚】を発動させ、両脚を赤黒く染め上げる。
「フフッ、行きますよッ!」
エルザは動きが止まっているドンナを無視して、イーラへ一気に肉薄し、【居合い術】を発動する。途端、白刃の軌跡がイーラへと伸びる。
「見えていますよ!」
イーラは咄嗟にエルザの【居合い術】をレイピアの【剣戟】で弾いて凌いだ。
イーラとエルザ、両者の武器を持つ腕が弾かれ、ピンと伸びきる。
「ハハッ! 隙だらけだぜ!」
硬直する二人を目撃したドンナはすかさず地を蹴り、接近を図る。
そしてイーラへ肉薄すると【鉄腕】と【鉄脚】による乱れ打ちを放った。
凄まじい速度で繰り出される連打は黒い霧のようになってイーラの視界を遮る。
「アッハ! 隙だらけなのは誰でしょうかね?」
エルザは義手を少し動かし、イーラヘ乱打を放つドンナへ向けて鉄杭を連続射出した。
機械的な連続射出音が鳴ると同時に、大量の鉄杭がドンナへ向かって飛んでいく。
「グッ! ガハッ!」
その頃、鉄杭が到着する地点ではドンナの乱打を受けたイーラが盛大に血を吐きながら吹き飛ばされていくところだった。イーラが退場するのと入れ替わるようにして、エルザの放った鉄杭がドンナに迫る。
「チッ! それがどうした!」
イーラを吹き飛ばすことに成功したドンナだったが、エルザが放った大量の鉄杭が背に刺さる。だが、それを物ともせず、目を血走らせてエルザへ向けて駆け出す。
「正面から来るなんて狙ってくれと言っているようなものですよ!」
エルザはこちらへ駆けて来るドンナへ向けて義手を構え直す。
そして鉄杭を射出――。
――しようとするも、発射されない。
代わりにカチッ、カチリと機械仕掛けの音が喧騒の中で空しく響く。
……弾切れ。
ここまでマガジンに補充を行ってこなかったため、弾切れをおこしてしまったのだ。
その事実に気付いたエルザは義手をドンナにかざしたまま脂汗を流して固まる。
次の行動を考える一瞬の間に、凄まじい形相のドンナがエルザへ迫り来る。
「ヒッ、ヒール!」
吹き飛ばされ倒れて転がりながら何とか回復魔法を唱え、傷を治すイーラ。
顔を上げれば鉄杭が刺さり針鼠のようになったドンナが、エルザへ突進していくところだった。
「どうした! 自慢の杭は弾切れか!?」
ドンナは、義手をかざしたまま固まるエルザへ向けて【瓶切り】を発動する。
赤黒い軌跡を残し、鋭利な手刀がエルザの義手を通過した。
次の瞬間、まるで勢いよく栓抜きでもするかのように義手が撥ね飛ぶ。
ドンナは手刀を振り切った勢いに任せて体を回転。次撃に回し蹴りを放つ。
赤黒く染まった脚による蹴りは綺麗にエルザの横っ腹を捉えた。
エルザの腹にめり込んだ蹴り足は、幾層もの筋繊維を引き千切って深く沈みこみ、浸透した衝撃が内部を破壊する。
「ゴハッ……、 やってくれましたねぇ!」
蹴りで腹をえぐられ、大量に吐血するエルザ。
だが、倒れないし、吹き飛ばない。
なぜなら、蹴りを放ったドンナの足を抱え込んでいたためだ。
相手の足をがっちりと掴んだエルザは、ドンナの腹目がけて義足で膝蹴りを放った。
(チッ……)
回し蹴りを放った上に密着状態となっていたドンナに、エルザの膝蹴りをかわす術はなかった。
「アーッハッハッハ!」
エルザの金属の膝が、ドンナの鍛え上げた腹に打ち込まれる。
と、同時に義足の膝頭から脚の骨、脛骨程度の大きさの鉄杭が凄まじい勢いで飛び出した。
義足から飛び出した極太の鉄杭はドンナの腹に容赦なく突き刺さる。
腹部から侵入した鉄杭は肉を貫き、腰部へと突き抜けた。
「そこでジッとしていなさいっ!」
と、傷を回復させたイーラが、二人がもつれあっているところへ駆け出す。
「痛ぇじゃねぇか……」
エルザの暗器により、腹を抉られたまま睨みを利かせるドンナ。
「……それで勝ったつもりかッッ!!」
ドンナは痛みを弾き飛ばすように咆哮すると、腹に突き刺さった杭を拳で叩き折り、ふらふらと数歩後退した。
(まさか断ち切るとは……)
義足の膝部分に衝撃を受け、バランスを崩したエルザは倒れそうになるも、何とか踏みとどまる。
ドンナとエルザ、共に深い傷を負い、動きが止まる。
なんとか意識を保ち、倒れまいとするも、素早く復帰する事は叶わなかった。
そして、二人が固まった瞬間、待ってましたといわんばかりにイーラが突進してくる。
「まずはあなたに退場していただきましょうか!」
イーラの駆ける先には大量の鉄杭を背に受け、腹に極太の鉄杭の刺さったドンナがいた。
イーラはドンナ目掛けて連続突きを放つ。
「死ぬのはテメェだぁあああッ!」
大声で叫んだドンナはイーラの連続突きを必死に拳と足で捌く。
しかし、蓄積したダメージのせいかうまくいかない。
捌ききれない攻撃が体を掠めていく。
「ゴホッゴホッ、こちらに背を見せるとは余裕ですねぇ……」
咳き込みながら血を吐いたエルザは、隙だらけの背を見せるイーラを見据える。
今、イーラは弱ったドンナに気を取られていた。面白いように攻撃が当たり、嬉々としている。そして、エルザが重症を負い、復帰に時間がかかると踏んでいる。そのため、思い切り隙を晒している状態だった。
イーラの背中へ狙いを定めたエルザは【縮地】を発動し、通り過ぎ様に【居合い術】を放った。
「あっ……」
ドンナへの攻撃に気をとられていたイーラは、エルザの【居合い術】をまともに受けてしまう。エルザの刀が鞘に収まる瞬間、イーラの腹がぱっくりと開き、鮮血が飛び散る。
「くっ……ヒール!」
イーラは何とか意識を集中し、回復魔法を使おうとする。
「逃がさねぇ……!」
傷を負って硬直したイーラ、スキルの隙が生じたエルザ、ドンナはその二人を巻き込むようにして【バット折り】を発動した。
凶悪な威力の下段蹴りが赤黒い弾丸となり二人の足目がけて射出される。
「あぶないあぶないっと……ッ」
スキルの硬直から復帰したエルザはドンナの下段蹴りをなんとか飛んでかわす。
しかし、蹴りの速度が早く、完全に回避することができなかった。
結果、義足が軽く触れてしまう。
「……え?」
だが、軽く触れたとは思えないほどの威力が義足を襲い、まるで紙くずを握りつぶしたかのようにひしゃげてしまう。
蹴りは義足を破壊しただけでは収まらず、エルザの体も吹き飛ばす。
エルザはあまりの展開に目を見開いたまま地面を転がった。
エルザを通過したドンナの【バット折り】は、次にイーラへと向かう。
そのときイーラは腹の傷を癒そうと回復魔法を使用していたため、下段蹴りがモロに直撃してしまう。
「グアッ!?」
あまりの威力に悲鳴が漏れ、集中が途切れてしまう。
(いけない! 魔力が!)
イーラは腹の傷の回復中に【バット折り】が脚部に命中してしまった。
そのため、回復魔法の効果が腹だけに留まらず、負傷した足の方へと範囲が広がっていく。
そして回復するそばから脚が傷つけられるため、延々と魔力が抜けていってしまい、魔力残量が底をついてしまう。
回復魔法のような単発撃ち切りではなく時間をかけて状態を変化させるような魔法を使う場合、その変化に抵抗されると反動で一気に魔力を持っていかれてしまうのだ。
そんなことを昔教わった――。
急激な魔力減少により、意識が朦朧とするイーラは白目をむきながら、師の教えを思い出していた。
魔力が切れてもドンナの【バット折り】は止まることもなく、イーラの脚を粉々に粉砕し尽くす。下半身に強烈な力が加えられたイーラは勢いよく反転。頭部を地面に擦りつけながら大きく吹き飛ばされた。
「ヘッ、ざまあみろ……」
【バット折り】を発動して二人を蹴り飛ばしたドンナは、捨て台詞を残して電池が切れたように全く動かなくなり、その場に倒れた。
「……参りましたね」
義手と義足を破壊されたエルザは、ドンナの蹴りを受けた腹を手で押さえたまま身動きもままならず、起き上がることもできない。軽く呟いただけで口端から血が漏れ出てくる始末。
「おのれぃ……」
足が折れたイーラは腹の傷が完全に治癒せず、地面に這いつくばる。
180度曲がった足はピクリとも動かず、腹からは血が勢いよく噴き出し、服を真っ赤に染め上げた。
――三者三様に重症。
三人は完全に行動不能となってしまった。
◆
「何だ! どうなってるんだよ!?」
状況が飲み込めず軽いパニックになったレガシーが、俺に状況を聞いてくる。




