異世界転生したけどヒロインなんていないし、ハーレムとも無縁だぜッ！

五章 特別篇 カチロプレスの村にて

２０ 女子会（異世界） 四

「クッ」

　だがそこの頃、もう一匹のキラーベアを担当したエルザは苦戦を強いられていた。

　エルザの得意とする鉄杭はキラーベアのような大型のモンスターに対して効果が薄かったためだ。

　何本かの鉄杭が突進を仕掛けてきたキラーベアを貫いたが、その勢いが止まることはなかった。

「グオオオオオオオオッ！」

　鉄杭が刺さってもキラーベアの突進は止まらない。

　凄まじい勢いで咆哮を上げたキラーベアがエルザに接触する。

「ウッ！？」

　鉄杭が当たれば倒せなくても怯むだろうと想定していたエルザは、キラーベアの突進をまともに受けて吹き飛ばされた。地面を転がされる中、なんとか立ち上がろうとするも、キラーベアが間髪いれずに迫ってくる。

「くっ、やってくれますねっ」

　体勢を立て直すことに成功したエルザは【居合い術】を発動。

　迫り来るキラーベア目掛けて抜刀する。

　放たれた一撃は一筋の剣閃を残し、キラーベアの前足を斬りつけた。

　しかし、その一撃は浅く、キラーベアの暴れ方が増してしまう。

「浅かったようですねっ」

　だがエルザはそこで怯まず、素早く【疾駆】を発動する。素早い動きでかく乱しながら、暴れるキラーベアの攻撃の合間を縫って【居合い術】を当てていく。

　しかし、その全ての攻撃が浅い。的確にダメージを与えることには成功していたが、一歩及ばない。キラーベアの攻撃をかわしながら攻撃しているため、深手を負わせることができないでいた。決して追い詰められているわけではなかったが、長期戦になりそうな気配が漂いはじめる。

「手間取ってるようだな」

　と、そこにドンナが合流する。

「今仕留めたようにっ……こちらもお願いできませんかねっ？」

　キラーベアと接戦を繰り広げているエルザが攻撃を避けた合間を縫って、ドンナに助けを求める。

「何だ？　お手上げなのか？」

　ドンナはエルザが苦戦しているのをニヤニヤとした表情で見ながら問いかけた。

「いつかは倒せると思いますがっ……、あまり時間をかけるとオーガの方がどうなるか分かりませんよ？」

　エルザはキラーベアの猛攻をかわしながら的確に【居合い術】を当てていく。

「しょうがねぇなぁ、私がとっておきの一発をお見舞いしてやるよ」

　自信ありげに口元を歪ませたドンナは構えをとると、エルザとキラーベアが攻防を繰り返している側で立ち止まる。

「おい、しばらくそこで食い止めろ」

　構えたドンナはエルザにキラーベアをその場に縫い付けろと指示を飛ばした。

「中々……難しい注文ですねっ。なるべく早くお願いしますよ」

　エルザはドンナの指示に返事をすると、キラーベアの周りを回ってかく乱する。

　その姿を目で追うキラーベアはエルザの狙い通りに立ち止まって動かなくなった。

　そこでエルザは動かなくなったキラーベアへ積極的に攻撃を加えていく。

　それはエルザがドンナを一切信用していないためだった。

　助けを求めはしたが、当てにはできない。

　そのため、なんとか一人で片をつけようと奮闘する。

　と、ここで背後からドンナの声が聞こえてくる。

「待たせたな！　離れろ！」

　ドンナは声を上げるとエルザが回避するのも確認せずに飛び出す。

　そして一気にキラーベアへ肉薄し、【渾身突き】を放った。

　格闘家スキルの【渾身突き】は発動するまでに溜めが必要だが、その分威力の高い一撃を放てる必殺のスキルだ。

　ドンナの放った【渾身突き】はまるで大口径の拳銃でも撃ったかのような轟音と共に立ち上がっていたキラーベアの胴を背後から貫く。

　繰り出されたその腕は胴を突き破って腹から顔を出した。

「ヘッ」

　ドンナは活動を停止したキラーベアからずるりと腕を引き抜く。そして腕についた血を振り払うように手を振り、満足そうな笑みを浮かべた。

「……倒したようですね」

　エルザは胴に風穴が空き、倒れ行くキラーベアを見つめながら息をつく。

「そろそろまずいです！」

　キラーベアの死体を見下ろしていた二人だったが、イーラの声で我に返る。

　そしてオーガのいる方へと視線を向ける。するとイーラがオーガの拳をギリギリかわし、レイピアを脇に突き刺しているところだった。

「ゴアアアアアアッ！」

　だがオーガはその一撃など意に介さず、攻撃後に隙が出来たイーラ目掛けて拳を振り回してくる。

　イーラはそれを盾でいなす。正面から直撃しないように体を使った絶妙な盾捌きだった。

　無傷であったが、オーガの方も弱っているようには見えない。かなり傷を負っているのに、勢いが強まる一方といった雰囲気が伝わって来る。

　その光景を見た二人はイーラに加勢しようと急いで合流を図る。

　走っていては攻撃までに時間がかかると判断したエルザは立ち止まり、鉄杭を構えた。

　そしてオーガの眼球目掛けて【手裏剣術】で鉄杭を投げつける。

「アッハ！」

　いつもの口癖と共に投擲された鉄杭はオーガの片目に命中し、相手を怯ませることに成功する。その隙にドンナが攻撃し易いよう、イーラが後退する。

「行くぜええええぇぇぇええッ！」

　そこへ雄叫びを上げたドンナがオーガへと肉薄し、【バット折り】を発動させる。

　武闘家スキルの【バット折り】は凶悪な威力の下段蹴りを放つスキルである。

【鉄脚】発動中にのみ使用可能で、一度使うとクールタイムが発生するという制限はあるが、速度と威力はそれに見合うものとなっていた。

【鉄脚】で金属の塊のように強化されたドンナの下段蹴りが、オーガの細い脚を捉え粉砕する。オーガは脚を砕かれ、ゆっくりと地面へ向かって倒れはじめた。

「今です！　全員で攻撃です！」

　イーラは二人に呼びかけると同時にオーガへ再接近。レイピアで連続突きを行った。

「ハアアアッ」

「オラアアッ」

　そしてイーラの声に応えるようにエルザとドンナが動きを止めたオーガへ攻撃を開始。

　オーガに三人の同時連続攻撃を防ぐ手立てはなく、全ての攻撃が的確に決まっていく。数分後、オーガは生命活動を停止した。

　突発的に発生したモンスター戦は三人の勝利に終わった。

　即席のパーティーで大きな事故もなく、キラーベア二匹とオーガ一匹の討伐に成功したことになる。

　三匹のモンスターの死体を前にした三人は、研ぎ澄まされた神経が落ち着いてくるのを感じていた。

「なんとかやりましたね」

「まあな」

　レイピアを鞘に収めながら一息つくイーラ。

　それに応えるようにスキルを解き、イーラに相づちを打ちながら首をゴキリと鳴らすドンナ。

「一旦ここを離れましょう。新手が来る可能性があります」

　そんな二人に背を向けながら辺りを警戒していたエルザが移動を提案する。

「そうですね」

「分かった」

　二人はエルザの言葉に短く同意すると素早く移動を開始した。

　…………

　無事脅威を退け、街道を進む三人。

　あとはオカミオの街を目指すのみ。

「私達、なかなか良いパーティーかもしれませんね」

　と、エルザは笑顔で二人に話しかけた。

　だがその笑顔は、無事モンスターを倒して心から安堵したものなのか、相手の警戒を解くために作り出されたものなのか、当然二人には分からない。

「あらあら、私もそう思っていたところですよ」

　そんなエルザの言葉にイーラも笑顔で返す。

　だがその笑顔も、モンスターを倒して逃亡がはかどることを喜んでいるのか、囮が存命していることに喜んでいるのかは、当然二人には分からない。

「確かに相性はいいかもな」

　ドンナもニヤリと笑顔を作りながら返す。

　もちろんその笑顔も、モンスターを倒して目的の人物に近づいたのが嬉しいのか、戦ったモンスターに歯応えがあって満足したのかは、当然二人には分からない。

　所詮は即席であり仮初めのパーティー。

　相手の思いを窺い知ることは叶わない。

　強敵を倒して高揚した三人は長年連れ添った仲間のように喜びを分かち合う。

　だが、その感情は一時的なものに過ぎないのは明白だった。

　この三人に限っては……。

「このまま進みたいところですが、さすがに疲れましたね」

　モンスターとの戦闘が応えたのか、エルザは疲労を口にした。

「そうですね。多分この先は脅威となるモンスターもいないでしょうし、一旦休める場所を探しましょう」

　このまま強行しても後の進行に影響が出る。エルザの言葉でそう判断したイーラは、一旦休憩することを勧める。

「時間は少し早いが、良い場所が見つかったらそこで一泊だな」

　ドンナもそれに同意し、辺りに丁度いい場所がないか探しながら歩を進める。

「何か見えますね」

　しばらくすると、あるものを見つけたエルザが指を差して二人に知らせた。

　指差す先には石でできた建造物が見える。

　歩を進めるにつれ、その形がはっきりしてきた。

「どうやら遺跡のようですね」

　イーラがそう呟く。

　眼前には城を思わせるほど大きな遺跡があった。

「雨風を凌げるし、今日はあそこで野営にするか」

　その大きさに少し驚きながらもドンナが提案する。

「そうですね」

「では薪を集めてきますよ」

　二人はドンナに同意すると、それぞれが役割を決めて動き出す。

「良さそうな場所を見つけておく」

　ドンナは二人より先に一旦遺跡に向かい、場所を確保することを決める。

　それぞれが遺跡での野営に向けて準備を開始する。

　はたから見れば、言葉少なく動き出した三人はチームワークの良いパーティーに見えたかもしれない。

　…………

　野営の準備を終え食事も済ませた三人は、酒を飲みながら思い思いに焚き火の前でくつろいでいた。

「あとどのくらいでオカミオの街に着くのでしょうか」

　揺れる火をぼんやりと見つめながらイーラが呟く。

　街についたところで当てのないイーラは、この先のことを考えても気が晴れることはない。

「そうですね、宿場町で聞いた話だと、あと三日も移動すれば到着すると思いますよ」

　宿場町である程度情報を収集しておいたエルザがイーラの言葉に答える。

　街に着けば今度こそ見つかる。そう思うと否応なしに期待が高まり、義手を軋ませせるほど拳を握り込んでしまう。

「いよいよだな」

　と、ドンナがゴキリと首を鳴らしながら応える。

　楽しみが近づいているせいか、表情は晴れやかだ。

　しかし街が近づくということは、三人の別れのときも近づいているということ。

　しばらく沈黙が続き、パチパチと薪が燃える音だけが静かな森に響く。

「折角仲良くなれたのに、……少し別れが惜しいですね」

　当然、イーラが惜しいと感じているのは二人を囮として使えなくなることである。

「一期一会ですし、そこは仕方ありませんね。ですが、また会えるかもしれませんよ？」

　本当は二度と会わないだろうと思ってはいても、全く逆のことを作りこんだ笑顔で応えるエルザ。

「次に会うときは、もう少し安全な場所で会いたいもんだぜ」

　自ら危険な場所へ足を突っ込むのが大好きなドンナにとって、安全な場所で会うというのは、ほぼ無いと同義だろう。

「全くです。美味しいお店で夜景でも楽しみながら、お話ししたいところですね」

　逃亡生活を余儀なくされるイーラに、そんな場所で食事をするチャンスが訪れるのはどのくらい先になるのだろうか。

「オカミオの街はどうなんでしょうか？　賑わっているのでしょうか？」

　街が広ければ捜すのに苦労するなと思いつつ、エルザは街の規模が少し気になった。

「聞いたことねぇな。むしろあんなところに街があるなんて、今回はじめて知ったぞ」

　ドンナは今回の一件ではじめて知った街だったため、詳しいことは何も知らなかった。

「私もそうですね。街とは名ばかりのところかもしれませんよ？」

　イーラもその街のことを大して知らず、あごに手を当てながら何か覚えていないかと記憶を探る。

「少し残念ですね。もし賑わっているようなところでしたら、三人で打ち上げでもしたかったところですが……」

　小規模な街と判断したエルザは、はじめからやるつもりなどない話を口にした。

「宿屋しかない可能性もありますね」

　もともと長期滞在する予定のないイーラにはあまり興味がなく、そっけない相づちとなる。

「まあ、仕方ないな。ここで乾杯でもしておくか？」

　ドンナは今飲んでいた酒の入ったコップをすっと前に出す。

「そうですね。では、この出会いに……」

　エルザがそれに合わせて乾杯の音頭をとる。

「「出会いに」」

　三人の杯が重なりあう音が森の中で小さく響いた。

　…………

　一夜明けて片づけを済ませた三人は出発の準備に入っていた。

「それでは出立しますか」

　と、イーラが荷物を担ぎながら二人に声をかける。

「これ以上あんなモンスターが出ないことを祈りますよ」

　準備を整えたエルザがこれ以上の面倒事は御免だといわんばかりに愚痴る。

「だな、先を急ごうか」

　ドンナは言葉少なく同意して立ち上がると、荷物を手にした。

　遺跡を立つ準備が整った三人は誰からというわけでもなく、オカミオの待ちを目指して歩みはじめる。

　◆

「真っ白だな……」

　俺は夜空に圧倒され、一人呟く。