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15 悪運の強さ

 


 ◆



「その高慢ちきな顔を叩き潰してくれるわ!」


 怒声と共に天高く掲げられた男の両手剣がレイピアを構えるイーラ目掛けて振り下ろされる。



 騎士であるイーラにとって、戦闘は日常茶飯事。いや騎士だったというべきか……。


 騎士スキルは使用可能であったが、組織として所属していた騎士という職業は今しがた不本意にも退職したばかりであった。


 イーラはある男の陰謀により罪を着せられ、少し前から衛兵と憲兵に包囲されつつあった。


「あらあら、見目麗しい顔の間違いでは?」


 イーラは振り下ろされた両手剣を体をそらしてかわし、その隙に男の喉へとレイピアを突き入れた。レイピアを引き抜くと、まるで首に縄をつけて引っ張られたかのように男は地面へと倒れて動かなくなる。


(しかし参りましたね)


 眼前に追加された新しい死体を見ながらため息を吐く。これで何人目になろうか。



 イーラの目には新たな兵士が蟻の大群のように湧き出してくる光景が映っていた。


 一人倒す間に二人。二人倒す間に五人。幾ら倒せど、抜け出せる隙が見出せず、包囲が堅牢なものへと変化していく。


 数十人いる兵士はイーラの強さにしり込みしたのか、一定の間合いを保ったまま様子見をはじめた。


 そんな兵士達に注意を払いつつイーラは息を整えながらステータスをチェックする。


 イーラ LV21 騎士


 騎士スキル

 LV1 【盾術】

 LV2 【突剣術】

 LV3 【挑発】


 戦士スキル

 LV1 【剣術】

 LV2 【槍術】

 LV3 【膂力】

 LV4 【耐える】

 LV5 【決死斬り】


 僧侶スキル

 LV1 【生活魔法】

 LV2 【解毒魔法】

 LV3 【回復魔法】

 LV4 【集中】


 イーラの職業は騎士だ。



 騎士は並大抵の努力でなれる職業ではない。


 その努力を惜しまず続けることができるイーラは決して狡猾なだけの人間ではない。


 大した家の出ではなかったために、様々な手段を用いてのし上がっただけだ。



 最近やっと目の上のたんこぶに一泡吹かせたうえに大きな手柄を手に入れたと思った矢先、それら全てを帳消しにしても足りないほどの目に会い、絶望のどん底に叩き落された。


 全て上手くいっていただけに腹立たしく、受け入れ難い結果であった。



 だが、全てを失ったわけではない。


 イーラは研鑽の末に手に入れた証しが失われていないことに安堵し、ステータスを閉じる。



(これだけの人数を相手にするのは難しいですね)



 数十人の兵士を見ながらそう考える。


 ここにいる兵士を全て倒せたとしても、その戦闘中に次の新手が来てしまう。


 それほどまでにここは街から近いのだ。


(隙を見て体力が尽きる前に逃げるしかありませんね)


 とにかく、ある程度倒してから逃走を図ることにしたイーラは死体の側に転がっていた小ぶりな盾を蹴り上げた。


 宙を舞った盾を空中で受け止めると、改めてレイピアと盾で構えをとる。


(果たして隙など見つかるでしょうか……)


 珍しく弱気なことを考えながら兵士の群れを見る。すると、近寄るのを躊躇いつつも攻めあぐねて痺れを切らしたであろう四人の兵士達がイーラへ向かって突進してくるところだった。


「死ねえぇええッ!」


 飽きもせずに新たな兵士が怒声を張り、イーラ目掛けて斬りかかってくる。



「あらあら、それは難しい相談ですね」


 イーラは軽口を返しながら兵士が振り下ろした剣を盾でそらし、レイピアで首を貫く。



 次に首を貫いた兵士を蹴って他方から来る兵士の行動を阻害する。


 そしてレイピアを引き抜いた反動で逆方向から迫る兵士の眉間を素早く突いた。



 更に体を回転させ、裏拳を放つようにしながら、その隣にいた兵士を盾で殴りつける。


 顔を殴られた兵士が怯んだところを、すかさずレイピアで突く。


 そこから流れるようにして死体を受けて身動きが取れなかった兵士にもレイピアを突き入れ、あっという間に四人を屠る。


「だから言ったでしょう?」


 騎士スキル【突剣術】と【盾術】の併せ技を披露し、死体となった者たちに語りかける。



 スキル【盾術】は他の武器スキルとは違い、装備中の武器スキルと連携して使用することができる。それが【盾術】という防御に特化したスキルの恩恵。無理に切り替える必要がないのだ。


(ふむ、どうも特別強い者はいないようですね)


 イーラは睨みあいが続く中で相手の様子を窺った結果、魔法使いや集団を統率できるような者がいないことに気づく。


 囲まれたとはいえ、街の外だったことが幸いしたのだろう。


 きっと、実力者は王宮か門に詰めているはずだとイーラは思いをめぐらせる。



「臆するな! こちらはこれだけの人数だ! 一斉にかかるんだ!」


「そうだ! いくぞ!」


「相手は一人だ!」


 そんな声が兵士の集団のどこかから聞こえたと思った次の瞬間、兵士達は今までの慎重さがウソのように一斉に襲いかかってきた。


(まずいですね……)


 焦るイーラの前に、数十人の兵士が押し寄せてくる。


「失礼!」


 イーラは盾を構えながら一気に突進し、正面の兵士をつまずかせる。


 そしてその奥にいた兵士をレイピアで刺し貫く、素早くレイピアを抜くと、集団の先頭と密着するように進む。そして手近にいた兵士を掴んで自身の前に引き寄せた。



 その兵士の影に隠れるようにしながら、周囲に向けてレイピアを連続で突き出す。


 素早い突きは迫り来る兵士達の喉を的確に貫いていく。


 連続突きで押し切り、このまま包囲を抜けようと試みる。



「グッ」


 だがそこでイーラの猛攻に待ったがかかってしまう。


 側面から兵士が斬りかかり、それが腹部に当たったのだ。


 腹がザックリ切れる。


「いける! やれるぞ!」


「押せ! 数で押し切るんだ!」


「畳み掛けろ!」


 怯んだイーラを見て高揚したのか、兵士達の前進する勢いが増す。



「クッ……あなた達のような有象無象に、この私が負けるとでも思っているのですか?」


 イーラは腹を切った兵士の喉を貫き返しながら苛立ちを露わにする。


「ヒール!」


 傷口に手をかざし、回復魔法を唱える。すると手が白く発光し、傷を塞いでいく。


 イーラは傷を癒やしながらもレイピアを振るい続けた。


「アガッ」


「ウグッ」


「グアッ」


 腹部を斬られたのを隙と判断して斬りかかろうとした兵士たちの喉を順に貫く。


 肉を貫くと同時に、ひき蛙を踏み潰したかのような呻き声が順に鳴る。



 イーラの猛攻に気圧されたのか、兵士達の動きが鈍くなり、じわりと距離を離しはじめた。


 逆にそれを逃がすまいと、イーラは一気に距離を詰める。


 詰めるだけに留まらず、周囲の兵士をレイピアで次々と仕留めていく。


 腰が引けた相手に振るったレイピアは面白いほどに急所に命中し、死体の数を増やしてく。


(こんなところで死ぬわけにはいかない……)


 ここまで追い詰めた相手にしっかりと仕返しをしないと気がすまない。


 思いを載せた一撃は目の前に迫る兵士の喉を貫き抉る。



 このままやられっ放しで終わるのだけは許せない。


 自分が嵌められるなど、あってはならないこと。



 自分に対する苛立ちにも似た感情は己が振るう一撃を加速させ、次の兵士の頭蓋を貫く。


 必ず見つけ出し、同じような苦しみを味わわせる。


 心の奥底から絶え間なく噴き出す憤怒の感情が全身を昂ぶらせ、周囲の兵士たちの眼球を同瞬とも思える速度で貫き尽くす。


「さあ……、ここからが本番ですよ!」


 イーラの瞳は執念の業火で焦げ付くほどに真っ赤に燃えていた。



 …………



「ハァハァ……何とか撒けたようですね……。やはり私もそこそこ悪運は……強いようです」



 その後、イーラは迫り来る兵士たちを何とか退け、身を隠すことに成功する。


 だが、全身に深々と刻まれた傷が、生命の危険が迫っていることを告げてくる。


 一刻も早く傷を治したいところであったが、先の戦闘で魔力を使い果たし、回復魔法を使用する事は不可能だった。


 残念ながらイーラの悪運は、よく相手をしていた情報屋の男ほど強くはなかったようであった。



「……ッ」


 それでも何とか前に進もうと足を動かす、がとうとう限界が来てしまう。


 意識が朦朧としたせいで、前に出した足が崩れ、地面へと倒れてしまった。



 そんな倒れたイーラの側を偶然二人組が通りかかった。



 一人は老婆で一人は長身猫背の男。


 老婆の方は腰の両側に刀を差し、和装に身を包んでいた。


 長身猫背の男の方は、仕立ての良い服にシンプルなデザインの剣を一振り腰に差していた。



 老婆の方は生気がみなぎり鋭利な面構えだったが、逆に男の方はぼんやりとどこか遠くを見るような覇気のない表情をしているように見えた。朦朧とする意識の中では、どうにもはっきりと見えない。


 どこまでも共通点のない外見の二人組であった。


 老婆は行き倒れたイーラを目に留めると盛大にため息を吐く。


「おやおや……、またかい? アンタと一緒にいると弱った女とやたら会うんだけど、仕込んでないだろうね?」


 と、悪態をつきながら男の方を見る。



「失礼ですね。僕は女性を弱らせるような真似はしません」


 男は心外そうな顔をしながら否定する。


「ほら、さっさとしな。どうせ治すんだろ?」


 老婆は呆れ返った顔と声で男を促した。



「理解が早くて助かります。少し待ってくださいね」


 男は老婆に礼を言うと、イーラの方へと近づいてきた。



「理解も何もないよ! アンタがどんだけ弱った女を拾いまくったと思ってるんだい! アタシャ十を超えた辺りで数えるのをやめたよ……。全く、どうなってるんだい……」


 老婆はうんざりした表情で男を非難する。



(一体何が…………)


 薄れ行く意識の中、イーラは倒れた姿勢のまま眼前で繰り広げられる寸劇を観賞する以外にできることはなかった。



 …………



「……ウッ」


 イーラが息を詰まらせながら意識を回復させると、老婆と長身猫背の男が自分の顔を覗き込んでいた。


 どうやら、木にもたれるように寝かされ、傷の手当までされたようだ。



「気がつかれましたか? もう大丈夫ですよ。これも飲んでください」


 男が屈みこみ、ポーションと思われる薬瓶を差し出してくる。


 イーラを気遣うように覗き込んでくる男は少し背が曲がっていたが、それ以外は絵本に出てくる王子のようにとても絵になる姿だった。


 勇敢さを表したかのように長く赤い髪、憂いに満ちた笑顔、仕立ての良い服、身長も高く、体も暑苦しくない程度に逞しさを感じられる。


 平然と人を操り続けてきたイーラでも少し見惚れてしまう姿であった。


「どなたか存じませんが、ありがとうございます」


 イーラは節目がちに差し出されたポーションらしき物を口にした。


 普段なら罠の可能性を真っ先に考え、飲むという行為には至らなかっただろう。


 だが、現在の自分の身体状態を考えれば、飲まないという選択肢はなかった。



 このままじっと魔力と怪我の回復を待っていれば、再度追っ手に包囲されるのは明白。


 多少のリスクを侵しても飲む必要があったのだ。



「大丈夫ですか? 近くの街までお送りしますよ」


 男はイーラがポーションを口にしたのを見届けると、こちらへ手を伸ばしてきた。



「恐れ入ります。ですが、傷も軽いですし、そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ」


 男に引き上げてもらったイーラは自身の傷が大したことはないと嘘をつく。


 正直に言えば、ここで手を貸してもらえるのはありがたい話なのだが、ここから一番近い街となると王都になる可能性が高い。


 今、あそこに帰ってしまっては傷を治した意味もなくなってしまう。


「はいはい、アンタには負けるよ。色男はやることが違うねぇ」


 と、ここでイーラと男の会話に、やれやれといった感じで老婆が茶々を入れている。


(不思議な組み合わせですね……)


 イーラから見れば、老婆は王子のような男の側には似つかわしくないと思えた。


 と、軽い気持ちで老婆の姿をまじまじと見つめた途端、強烈な寒気が全身を襲った。



 動物的本能が活発化し、潜在的な恐怖をかきたてられたかのような寒気。


 寒さから震えが止まらないのに、全身が発汗する。相反するような反応。


 まるで獅子を前に死を覚悟した小鹿のような気分であった。



 恐怖にさいなまれたイーラは言葉を発することもままならず、男と老婆の会話を見守ることとなってしまう。


「からかわないで下さいよ。今日の夕食はお味噌汁をつけますので勘弁して下さい」


「ふん、それで手を打ってあげるよ。全く、三歩歩けば弱った女が出てくる。これじゃ、いつまで経っても先に進まないじゃないか」


「申し訳ありません。僕にも何故かわからないのです」


 男は申し訳なさそうに老婆に謝る。


「弱った女をひきつける匂いでも出てるんじゃないのかい?」


 老婆はからかい半分にそう言った。


 しかしその目は本当にそんな得体の知れない何かが出ているのではないかと疑う目つきに思えた。実際助けたのが女性だけに限られるというのなら、それも当然かもしれない。


「そういうの、いらないんですけどねぇ……」


 男は心底嫌そうな顔をしながら首を振っていた。


 会話が一段落したと判断したイーラは意を決して声をかける。


「あの……」


「失礼、本当に一人で大丈夫なのですか?」


 男がこちらに気付いて会話を途中で切ると、イーラへと向き直って心配そうに顔を覗き込んできた。



「ええ、ご心配頂きありがとうございます。ですが、問題ありません。これ以上お世話になるのはこちらも気が引けますし、私のことはお気になさらずに」


 ずずいと顔を寄せてくる男に慌てたイーラはつい顔をそらしながら答えた。


「……分かりました。くれぐれも気をつけて下さいね」


「はい。そうだ、薬の代金を払いますので、お待ち頂けますか」


「いえ、結構ですよ」


 男は強情に送ろうとしているのが何となく分かった。だが、金の話になるとすっと引く。


 疑り深いイーラにも、男の厚意に他意が無かったと思わせるには十分な即答だった。


 そして、男と老婆は素早く身を翻し、イーラから離れていく。


「では僕達はこれで」


「死ぬんじゃないよ」


 男が顔だけ振り返り、笑顔で別れを告げ、老婆の言葉が続く。


 老婆の言葉は心配しているように見えて、死んだら殺すというような、どうにも理不尽に脅迫めいた圧迫感を含んでいた。


 二人はイーラを気にしているようだったが、あっさりとその場を去っていった……。



(一体何だったのでしょうか)


 イーラは今自分に起きた出来事が理解できずに悩むも、結局どれだけ考えたとしても何も分からないことに変わりはなかった。


「行きますか……」


 イーラは考えることを諦めると、ふらついて倒れそうになる体をなんとか踏ん張って支える。



 どうやら貰ったポーションは本物だったらしく、動いても痛みを感じない。


 だが体力の消耗と急激な傷の回復からくる倦怠感で意識を失いかねないほど凶悪な疲労感に襲われていた。


(……ここで眠ってしまえば、どうなるかわからない)


 追われる身のイーラとしては、一刻も早く安全な場所まで移動したい。


 重い体を引きずるようにして、イーラはゆっくりと歩きはじめた。



 ◆



(ん? 意外といけそう?)


 という思いが俺の中に芽生える。



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