14 鋼の男
◆
「勝者! ケェエエエンタァアアアア!」
「どうも〜」
審判に腕を掲げられた俺は、気のない返事をしながら勝利の余韻を味わう。
一回戦、意外とあっさり勝ててしまった。
俺は今回の試合が格闘戦ということで、実戦前に難易度の高さを感じていた。
だが、よく考えればそうでもなかったのだ。
要は、武器なしで戦うってだけだ。リーチがなくなるので工夫が必要ではあるが、普段の戦闘とそれほど変わりはない。そう、俺はこの世界に来て、かなり戦闘経験豊富になってしまっていた。格闘戦ということだけが頭にあり、そのことがすっぽりと抜け落ちていたのだ。
ぶっちゃけ、オリン婆さんと肩を並べるような実力者なんて早々いない。
重症を負いながら武器を使って殺し合いをしたことに比べると、両者武器なしというのはお互い致命傷を与えにくいので、案外緊張感に欠ける。
割となんとかなっちゃったのである。
一応、初戦の相手は格闘戦慣れしていたと思う。だけど、それだけだ。
今まで戦ったモンスターや、化け物を遥かに越える速度で襲い掛かってくる変態たちと比べると、普通。しかも、武器を持っていないのでリーチが短いから避け易い。
というわけで、ちょっと余裕があるくらいだった。
精神的にも楽だったので、試しに【気配遮断】の部分発動を拳に使ってみようという発想まで思い浮かぶ始末。結果、見えないパンチを繰り出し、相手をノックアウト。
気が付けば勝利していた、というわけである。
とりあえずこれで、二十万ゲット。
そしてモタロプからのオーダーにも応えたことになる。
ノルマ達成だ。
それと同時に、わざと負けるのは難しいということがよく分かった。
全方位に金に餓えた観客という監視の目があり、怪しい動きや相手との密談は不可能。
審判もいい仕事しているし、死角なしといった感じだ。
残念だが真っ当に勝負していくしかない。
がっくりと肩を落とした俺は一旦控室へと戻り、次の呼び出しを待つこととなった。
一時間ほどの休憩を挟み、試合の準備が整ったとお呼び出しを頂く。
俺はやれやれといった感じで、試合会場へと舞い戻る。
どうやら俺がモタモタしていたせいで、相手の方は既に会場入りしていたようだ。
観客の方も充分に温まっているようで、罵声と変わりない声援が飛び交っている。
そんな中、審判が俺と相手の紹介を済ませ、試合開始となった。
相手の男は俺より筋肉質で体もデカい。顔には剣の刺青があったりして、おめかしもバッチリである。
「俺は鋼のモロイ! どんな打撃も効かん!」
「あ、どうも。ケンタです」
固いのか脆いのかよく分からない名前だな、などと思いつつ自己紹介をする。
「ルーキーのお前には一発サービスさせてやる! さあ、俺に打ち込んで絶望しろ!」
と、モロイさんが自分を親指で指しながら叫ぶ。
それを聞いたギャラリーは歓声を上げ、大盛り上がりとなった。
これは挑発に乗るというか、要請に応えないとブーイング必至な展開。
俺が打ち込んで、モロイさんが平然としているシーンが出来上がれば、試合のオープニングとして最高の演出になるのだろう。これはエンターテイメント的パフォーマンスを要求されているのだろうか? それとも本気で打ち込んでいいのだろうか。
俺が逡巡していると、モロイさんが再び叫ぶ。
「どうした! 臆したか! さっさと打ってこい! 俺は鋼のモロイだ!」
と、打撃の要請が入る。
今の台詞の中に演出を強調する雰囲気もなければ、アイコンタクトも送ってこない。
これはどうやら、本当に本気で打ち込んでいいみたいだ。
……この人、マゾなのか?
自分から一発分余計にダメージを負うなんて、俺からすれば考えられない。
それだけ実力に自信があるのか、俺が弱そうに見えるのか。
しかし、俺にとってはチャンス到来。
精々、全力中の全力。殺し切る勢いで一発お見舞いさせてもらおう。
相手が避けないと分かっていることだし、ここは大振りかつ大威力の一撃が相応しいだろう。
「じゃあ……、遠慮なく?」
俺はかがみ込んでクラウチングスタートの構えを取る。
そして右膝に【気配遮断】の部分発動をかける。
俺は部分発動の時間稼ぎのため、ゆっくりと溜めた動作で体を持ち上げていく。
それを見たモロイさんは、勿体付けやがってと、大変不機嫌になる。
というか、構えすらしない。防御姿勢を取らないとか、本当にどうかしている。
そんな事を考えているうちに、右膝が半透明となる。部分発動の完成だ。
俺はそれを確認すると、【疾駆】を発動し、モロイさん目がけて一直線に走る。
こちらの速度に驚いたのか、モロイさんは目を見開いて棒立ち。
そんなモロイさんの側まで到着すると、水平方向に【跳躍】を発動した。
【跳躍】は垂直方向だとかなりの飛距離が出るが、水平方向だと斜め上に飛ぶ感じであまり上昇しない。
それを利用してのジャンプ。飛んだ俺はモロイさんの頭を掴み、おもむろに膝蹴りを放った。
【疾駆】で加速し、【跳躍】で思い切り飛び、【気配遮断】の部分発動で【暗殺術】を上乗せした、とっておきの膝蹴りがモロイさんの顎を砕く。
飛び膝蹴りがグリグリと顎にめり込んでいくのと同時に、モロイさんの眼球が裏返って白目になっていく。
俺は両手を放してモロイさんを解放し、着地する。
するとモロイさんは盛大な音を立てて大の字に倒れた。
――起き上がってくる気配は全くない。失神しているようだ。
「勝者! ケェエエエエンタァアアアアアッ!」
審判が駆け寄ってきて、俺の腕を掲げる。
すると観客達から吐き出された悲痛な叫びが、大音声となって室内に木霊する。
どうやら、俺が二連勝するとは誰も思っていなかったらしく、阿鼻叫喚の大騒ぎとなっていた。そんな中で、レガシーが狂喜乱舞しているのが見える。
……あいつ、勝ちやがったな。
「これで六十万は旨いな……」
ここまでの勝利で日給六十万。
大した怪我もしてないし、疲労もない。
これはかなり美味しい。
ここへ招待してくれたモタロプには、感謝しないといけないかもしれない。
(後はさらっと流して帰るかー)
これだけ稼げれば問題ない。
欲張らない俺は決勝や優勝に未練などない。
最後は粘りに粘って、適当なところで一発貰って終りにしよう、そうしよう。
欲張って大怪我をしては話にならないし、それが一番だ。
と、最終決戦へ向けて、完璧なイメージトレーニングを済ませた俺は控室で休憩に入った。
――そして、一時間後。
決勝戦を行うため、再度会場入りする。
しかし、様子がおかしい。
いくら待っても相手が来ないのだ。
そのせいで、会場は不穏な空気が漂い、観客はブーイングを連発。
ざわつきが一向に止む気配がない。中止か? と呟く声もちらほら聞こえはじめる。
そうなってくると、大番狂わせで決勝進出した俺に対する敵視が半端なくなってきた。
観客の大半は俺のせいで大損。そんな俺が不戦勝ともなれば、いらぬ不満を引っかぶることになる。
観客の不満がピークに達し、暴動が起きてもおかしくないような状況になった瞬間、モタロプが現れ、拡声用魔道具を使って皆に話しかけた。
「お知らせいたします。決勝戦へ勝ち進んだジョン選手は二回戦時の負傷が酷く、棄権となりました。よって、ケンタ選手の不戦勝となります」
途端、叫び声にも似たブーイングの波が押し寄せ、会場が振動する。
観客が納得していないのがよく分かる状態だ。これを収めるのは骨が折れそうだ。
「残念ですが、鑑賞に堪える試合を実現できないと判断いたしました。本当に申し訳ございません。主催者として謝罪します。一試合無くなってしまったため、予定が狂ったお客様も多数いらっしゃると思います。ですがご安心ください! 埋め合わせの意味も込めて、スペシャルマッチをご用意いたします!」
モタロプの言葉に観客のブーイングがざわつきへと変化する。
観客たちの声が静まったためか、モタロプの声がよく聞こえるようになる。
「皆様にご満足いただくため、今夜だけの特別復活! チャンピオンの座を三十回防衛し、殿堂入りを果たしたジンギ選手とのスペシャルマッチを開催いたします! 挑戦権を得たのはもちろん、今回の優勝者であるケンタ選手です! それでは、真のチャンピオンにご登場願いましょう! ジンギ選手の入場ですッッ!!!」
と、モタロプの紹介を受け、ジンギが入場してくる。
途端、うおおおおおおおおおお! という怒号ともとれる歓声で会場が湧き立つ。
なにそれ……、聞いてないんですけど。と、俺が思っていると、観客たちの声が聞こえてくる。
――あいつのせいで俺は大損したんだ。ぶっ殺せ!
――そうだそうだ! やっちまえ!
――久しぶりに、ジンギの虐殺ショーが見れるぞ!
――皆、ジンギに賭けろ! 百パーセント勝てるぞ!
それってギャンブルとして成立するの? と疑わざるを得ないような言葉の数々。
勝っても配当が雀の涙なんじゃねえの、と思わなくもない。
そんな試合ならしなくてもいいじゃん? と俺は思ったが、観客達は違ったようだ。
『こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ!』
観客一丸となってのコロセコール。
コールに合わせてリズミカルに足踏みするから、地震が起きてるみたいだ。
現状を受け入れられない俺は、現実逃避気味に思考が停滞する。
違うなぁ……。絶対違うよなぁ……。どう考えても違うよなぁ……。
いくら考えても絶対違う。余りの相違点の多さに嘆きが止まらない。
「俺の知ってる異世界と違う。いくらなんでも違いすぎるんですけど……」
という呟きは観客達の怒号によって打ち消される。
「フゥゥウウウウウ」
しょぼくれた俺の眼前では、殿堂入りチャンピオンのジンギが深い呼吸をしていた。
それと同時に拳の先から腕にかけて、返り血でも浴びたかのように赤黒く染まっていく。
変色は肩の方まで進み、ファイヤーパターンのようになって止まる。
「ちょっ……」
そのスキル見たことある、と思うも、ルール上何の問題もないことにも同時に気付いてしまう。というか、こいつに都合の良すぎるルールということにも気付いてしまう。
――きっと、これは見せしめ。
調子に乗った奴を一方的に嬲り殺すショー。
怒り狂う観客の溜飲を下げるために行われるイベント。
(絶対駄目なやつだろ、コレ)
モタロプの方を見れば、視線を逸らされた。
「どうした?」
ジンギが右手の拳を左手で握り、ミシリと音を鳴らす。
「あ、参った」
決断の早い男としてご近所で有名だった俺は素早くサレンダー。
「…………」
しかし、無反応のレフリー。
「おい! 今絶対聞こえただろ! 参った参った参った!」
「……無傷の状態での降参は受け付けられない。さっさと構えを取れ」
審判の言葉に、そういえばそうだったと思い出す。
重傷を負って、続行しなくても勝負が決しているときにだけ聞き入れてもらえるんだっけ。
だが、果たして降参を聞いてもらえるのだろうか。
この状況からして、聞いてもらえない気配がビンビンする。
やばい。これは絶対やばい。
俺が殺される様を楽しむショーにおいて、降参が成立するとは思えない。
だって、皆殺せって叫んでるし。
「いつまでそうしているつもりだ、さっさと構えろ」
「ア、 ハイ」
俺はジンギに促されてファイティングポーズを取る。
「お前は目立ちすぎた。大人しく殴られて半殺しにされていれば、こうはならなかった。調子に乗ったお前のミスだ。諦めるんだな」
と、俺の正面に立つ逆三角形体型でスキンヘッドの男が、ファイティングポーズ取る。
『こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ! こ ろ せっ!』
おっさんたちの大音声が木霊し、会場内の空気が加熱される!
「それでは時間無制限デスマッチ、ケンタ対ジンギ! はじめ!」
審判が開始の合図を送ると同時に、「うおおおおおお!」とどよめきが起こる。
「ヒロインドコー……」
俺のか細い呟きは誰の耳にも届かず、スペシャルマッチの幕が切って落とされる。
試合開始だ。
◆
「その高慢ちきな顔を叩き潰してくれるわ!」
怒声と共に天高く掲げられた男の両手剣がレイピアを構えるイーラ目掛けて振り下ろされる。




