13 偶然のすれ違い
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そのとき、王都は喧騒に包まれていた。
エルザが男を追い求めて王都に辿り着くと、丁度ちょっとした騒ぎが起きており、街の人間の話題はそのことで持ちきりとなっていたのだ。
(どうやら、公開処刑の話題ではないようですね)
道行く人々の話を立ち聞きすると、どうにも広場で何かがあったらしく、集合の放送も流れたらしい。
エルザが街中を歩いている最中も、すれ違う人々が広場を目指して移動していく。
「アッハ、何やら楽しそうな催しが見られそうですね」
男の処刑までまだ日があったため、どうやって時間を潰そうかと考えていたエルザだったが、これは退屈しのぎになりそうだと喜び、広場へ向かう。
「フフッ、王都では退屈せずに済みそうです」
エルザは特に誰かに道を尋ねることもなく、道行く人の流れに身を任せ軽い気持ちで広場へと向かった。
本当にとても軽い気持ちで……。
「ここで何かあるのでしょうか……」
人だかりの後を着け、何となく広場に到着したエルザ。
だがそこで何が行われるのかは知らない。
そしてそれから数分後、エルザは後に伝説となる光景を目にするのだった。
…………
そのときエルザはぼんやりと顔を上げていた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
集まった人々の視線を一手に引き受けた女の絶叫は、拡声機能の魔道具の影響により街中に木霊する。
それを見たエルザは……。
「――――」
絶句となる。
エルザの口は軽く開いたまま、絶叫する女の方向をぽかんと眺めることとなってしまう。
ただの時間つぶし、退屈しのぎ、王都の見物程度の気持ちで広場へ着いたエルザだったが、そこで目撃したものは軽い気持ちで見るには刺激が強すぎた。
事前に何の説明もなく見るには、あまりにも日常や常識から逸脱した光景。
そしてそう感じたのは広場の全員であろうことは、周囲の静寂が証明していた。
大量の人が詰めかけているにも関わらず、余りの事に数秒間無言の状態が続く。
そして、次第にざわめきが起きはじめ、喧噪へと発展し、収拾がつかなくなる一歩手前まで騒ぎが大きくなっていく。
「……あの人は頭がおかしいのでしょうか?」
眼前の光景に呆けていたエルザだったが、だんだんと思考が回復してくると、そんな言葉が口を付いて出た。
冷静に考えても、客観的に考えても、論理的に考えても口に出した結論しか出ない。
「薬でもやってるんじゃないのか?」
と、隣から女の声が聞こえてくる。
どうやら、隣に立っていた女も放心状態から回復したようで、エルザの独り言を拾って話しかけてきた。
「ええ、正気の沙汰とは思えませんね」
エルザは言葉を返しつつ、隣に立つ女の方へ振り向く。
あまりの光景に周囲のことなど気にしていなかったが、隣に立つ女はエルザに引けを取らず目立つ外見をしていた。
荒々しい獣のような金髪とは裏腹に肌は死人のように青白く、髪や目は色素が抜けたように薄い色をしている。そして鍛え上げた肉体を誇示するかのように露出度が高い服装をしていた。どう見てもカタギには見えない。
きっとこの女も、普段なら見ず知らずの相手の独り言に対して話しかけたりはしないのだろう。だが、常軌を逸した出来事を前にして、いつもとは違う行動をとってしまったに違いない。
しかし、今はそんな女の特徴も頭に入らないほどの出来事を目撃してしまった。
「ああはなりたくないものだな」
女の方もエルザの外見には頓着していないようで、普通に会話が成立する。
「全くです。では私は用事がありますので、これで」
これ以上会話する必要もないと判断したエルザは、その場を離れることにした。
何より、このまま広場にいれば、面倒事に巻き込まれてしまう可能性も考えてのことだった。
「ああ、私もだ。じゃあな」
女の方もこれ以上この広場にいたくないようで、軽く返事を返してくるとその場から離れて行った。
女を見送ったエルザは広場を離れながら、これからの行動へと意識を向ける。
(とんだハプニングに遭遇してしまいましたが、ひとまず情報を入手しておきましょうかね)
まずは公開処刑に関する詳しい情報を入手しようと、エルザは夕闇亭に向かった。
…………
「何が知りたい?」
エルザがカウンターに証しであるカジノチップを見せると、店主が注文を聞いてくる。
「この街に拘留されていて、公開処刑が決まっている男は何人いますか?」
あまり勘ぐられたくなかったエルザは少し遠まわしな言い方でケンタの情報を得ようとする。
「一人だな」
「その人物についてお願いします」
他にも処刑される人間がいると面倒だと思っていたが、どうやら一人だけらしく簡単に情報が聞けそうで内心喜ぶエルザ。
「ついさっき脱獄したようだな」
そんな喜ぶエルザのことなど知らない店主はぶっきらぼうにそう答えた。
「は?」
エルザは店主から聞かされた情報の意味が一瞬理解できず、聞き返してしまう。
「今はそれ以上の出来事が起きたせいであまり騒がれていないが、広場での事件が起こる少し前に脱獄したようだ。脱獄なんて大きな事件だから、騒ぎになるだろうと思っていたら、その後に特大の騒ぎが起きて欠き消えちまったけどな。ハハッ」
情報屋にとっても広場の事件は予想外の出来事だったらしく、乾いた笑みを漏らす。
「では、逃げたのは、つい先ほどなのですね?」
まだ逃げて間もない、それならうまく行けば追いつけるかもしれない。エルザはそう考えた。
ここまで来て目的の人物に会えないとなると、何をしに来たかわからなくなってしまう。
エルザの心中は穏やかではなかった。
「そうだ。まあ国中で手配されちまうだろうし、きっと国外にでも逃げるんじゃねえか?」
店主の方はついさっき起きた出来事に関心が向いているせいか、脱獄の情報に関してはおざなりなものとなってしまっていた。
「国外へ逃げるなら、どこを経由しますかね?」
それでもなんとか有力な情報を得ようと食いつくエルザ。
「無難なところでいったら、オカミオの街だ。だが、さっき起きた出来事のせいで、しばらく街は封鎖されるだろうな。まあ、それで広場でやらかした犯人が捕まるかどうかは別の話だが……」
店主はあきれるような出来事があったせいで投げやりな対応になっていたが、それでも情報は提供してくれた。
「そうですか、では」
これ以上は何も期待できないと判断したエルザは金を払うと早々に店を後にした。
「毎度」
店主の方も気がそぞろなようで適当な返しで終わる。
(もうこの街にはいないでしょうね……)
店を後にしてエルザはそう思う。
脱獄した後、この街に潜伏するのはリスクが高い。
(となると、やはりそのオカミオの街でしょうか……。しかし、しばらく街から出られないのは困りましたね。かといって無理に出ようとして、憲兵に目を付けられてしまうのは得策ではありませんし……)
当てになる情報が途切れ、頼みの綱はその街の話しかなくなってしまった。
しかし、しばらく王都からは出れず、その街にすぐ向かうことは出来ない。
(あら?)
と、エルザが思案していると、丁度夕闇亭に先ほど広場であった野性味溢れる女が入っていくところを目撃する。
(まあ、関係ありませんか……)
ただ偶然居合わせた女とまたすれ違っただけだとエルザは思考を戻す。
「一旦補給を整えますか」
現状、エルザに残された選択肢は少ない。
とりあえず、いつでも街を出られるように準備を進めていくしかなかった。
◆
「勝者! ケェエエエンタァアアアア!」




