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12 エントリー

 


 ◆



「見えましたよ」


「村?」


 確信が持てなかった俺は、つい呟いてしまう。



 モタロプ一行に連れられて到着した場所は村に見えた。


 しかし、どの家もボロボロ。とても人が住んでいるようには見えない。



「ええ、カチロプレスの村と言います。といっても今は廃村になっていますがね」


「まあ、そんな催しやってるんだったら、住人なんていないか」


「その割には人が多いな」


 俺とレガシーは村の様子を見ようと、目を凝らす。


 村の中央には広場があり、大量の馬車が停まっていた。



 馬車からは人が降りているのが見える。金持ちっぽい奴から、博徒、身ぐるみ全部金に換えてきたかのような薄着の奴まで、バラエティーに富んでいた。


 人の波は奥に見える巨大な建物へと続いている。イベント前の熱気のようなものが、ここまで伝わって来るかのようだ。


「ここはこういったイベントに適した立地なんですよ。周囲の都市からほどよい距離。周囲に人里は無し。村の周りは山に囲まれ、人目を気にする必要が無い。そういうわけで月に二度は開催できる大人気イベントとなっております。今日も満員御礼ですよ」


 得意げに話すモタロプの言葉を信じるなら、ケンカ祭りの会場は、立地条件に恵まれているのだろう。


「そんな大人気イベントに参加できて光栄だなぁ」


「ほんとほんと、運が良かったよ〜」


 俺とレガシーは顔を引きつらせながらも、必死で笑顔を作った。


「それはそれは、ようございました」


 モタロプの言葉に、俺たちは顔を見合わせながら笑い合う。


「で、試合はいつ頃なんだ?」


 茶番はこのくらいでいいかなと思い、今後の予定を尋ねる。


「午前と午後の二回開催で、午後の部に出場してもらいます」


「今から午前の試合は無理だしな」


 もう昼を過ぎている。今更午前の部に出るのは不可能だ。


「村に着くころには、いい時間になってそうだな」


 レガシーが村の様子を見ながら言う。


 確かに村に着いたら、そのまま試合開始になりそうである。


「ええ、多分着いてすぐ出場していただくことになるかと」


「腕が鳴るわ〜」


「やる気がみなぎるよな〜」


 俺とレガシーはだるそうに棒読みで、モタロプにモチベーションの高さをアピールした。



 …………



 村に到着後、俺たちは会場へと一直線へ連行され、控室へ放り込まれた。


 そして十秒と立たない内にモタロプが再登場する。


「で、どちらがエントリーされますか?」


「え、二人ともじゃないのか?」


 俺はモタロプの質問に質問で返してしまう。


「俺もてっきり二人だと思ってたぜ」


 レガシーも同じ思いだったらしく、軽く驚いていた。


「いえ、ナッコーさんの代役なので、一人だけで結構ですよ。もともと出場枠も一人分しか空いていませんしね」


 モタロプの言葉を聞き、それもそうかと思う。ナッコーさんの代役なら一人で充分なわけだ。


 しかし、そうなると俺とレガシーのどちらが出場するかということが問題になってくる。


「だってよ。どうする?」


 俺はレガシーの方を向きつつ、尋ねた。


「一応、格闘戦もできるが、俺は剣の方が得意だな」


「素手でやりあったことなんてねえよ……。武器の持ち込みが出来ないのは痛いな」


 レガシーは武器なしで戦った経験があるようだ。だが、俺にそんな経験はない。


 むしろ、武器なしで戦うような状況を排除するように努力してきたくらいだ。


 生き残ろうと必死だったんだから、当然の選択だ。なぜ、わざわざ無防備になろうとしなければならないのか。


「ふむ。経験者なら見栄えが期待できる試合になるでしょうし、未経験者なら大番狂わせが起きる可能性があって会場も盛り上がります。私としては、どちらでも構いませんよ?」


「頼んだぜ、経験者」


 俺はレガシーにサムズアップし、ウィンクする。任せた!


「おいおい、別に試合に勝つ必要は無いんだぜ。 なら、どちらが出たっていいだろ? それに負けた方が早く切り上げられるぞ?」


「確かに……。ここからさっさとおさらばしたいなら、俺が出て負けた方がいいのか……」


 俺たちはさっさとここを出てオカミオの街を目指したい。そうなると、早く試合が終わるほうがいいわけで。……俺が出た方が手っ取り早いか?


「わざと負けるのは止めて下さいね? 八百長を疑われて困るのは我々なのですから。観客の目は肥えているので、不審な動きをすればバレますよ」



 俺たちがよからぬ会話をしていると、モタロプに釘を刺されてしまう。


 モタロプは扉を開け、ジェスチャーで外へ出るよう促してくる。


「そろそろ時間も迫っていますので、決めていただけませんか?」


 最終宣告である。


「面倒臭え。段々どうでもよくなってきたな……」


 この場にいること自体がどうでもいい俺は、全てが面倒臭くなってきていた。


「ならコインで決めるか。ほら……、よっと」


 すると、レガシーがコインを取り出して放り投げる。


 そして手の甲で受け止めると、視線で裏表を尋ねてきた。



「あ〜! 表」


 レガシーに乗せられた俺は、コインの表裏を予想する。


 俺の言葉を聞いたレガシーはそっと手を除け、キャッチしたコインを見せてくれる。


 コインは裏面を上にしてレガシーの手に収まっていた。


「残念、裏でした。しっかり応援してやるよ」


「おいおい……。まさかイカサマじゃないだろうな」



 自分が選ばれたことに不信感を覚えた俺は、ついそんな事を言ってしまう。


「わざわざそんなことするわけないだろ? 調べてみろよ」


「普通のコインか……」



 レガシーからコインを受け取り、調べる。


 が、何の変哲もないごく普通のコインだった。



「やるよ。お守りにでもしておけよ」


「……効果あるのかよ」


「さあな。そんなことより、お前に賭けるから負けるなよ?」



 なぜかコインのお守りを貰う展開になり、レガシーが俺に賭けることになってしまう。


 もう、どうにでもなれって感じだ。


「決まりましたか?」


「ああ、俺が出る」


 モタロプに問われ、自分が出場する事を告げる。


「……貴方でしたか。その……、あまりこんなことは言いたくないのですが、ナッコーさんの代役なので、頑張ってくださいね? あまりしらける負け方をされると、我々の方にクレームがくるので……」


 モタロプはとても言いにくそうにしながらも、全力を尽くせとハッキリ言ってきやがった。


「おい! どういうことだよ!? 俺が弱いって言いたいのか!?」


 なんというかナッコーさんと比較されて、弱いと思われるのが微妙に癪だった。


 そのせいか、つい声を荒らげてしまう。だって、あのナッコーさんだぜ?


「まあ、その、何と言うか……。若干身体が細い、というか……」


「頑張るから! あいつも俺に賭けるって言ってるし、勝つつもりでいくから!」


 俺はモタロプに全力で試合に挑むことを誓う。


 こうなったら、とことんやってやる!


 ――なんだろう、どうしてこんなことになっているんだろう?


 気が付けば、数時間前とは真逆の方向に積極性を示す結果になってしまっている。


 人生とは分からないものだ。


「それは良かったです。それでは不正防止のため、上半身裸になっていただけますか?」


「はいはい、脱ぎ脱ぎしますとも」


 俺はそそくさと上着を脱ぎ、上半身を露わにする。


 するとモタロプが目を見開いた。


「おお、鍛えてはいるのですね」


「必要にかられてね! できればブヨブヨでいたいんだけどね!」


 俺だって、できれば食っちゃ寝していたいが、周りが寝かせてくれないのだ。


「獣の爪跡や、刃による傷跡も大量にありますし、意外に戦闘の経験は豊富そうですね」


「二年ほど前まではツルツルだったんだけどねぇ……。ほんと物騒な世界だよ……」


 こちらに転生して、本当に傷だらけになってしまった。


 かなり悪目立ちする見た目になったのだが、この世界ではこれで普通。サウナ的な所に行っても、ガン見されることなどない。この程度なら、似たようなのが、その辺にゴロゴロ居る世界なのだ。マジ物騒。



「これは俄然楽しみになってきましたよ。それでは行きましょう。時間が押しているので、説明は歩きながらさせていただきます」


「了解」


 俺が返事を返している間に、モタロプは控室を出て先に進んで行ってしまう。


 このままだと置いていかれる、と焦った瞬間、レガシーが俺の背を叩いた。



「じゃあ、俺は客席に行ってるわ。さっきも言ったが、お前に賭けるからな? 終わったら控室に行くよ」


「分かった。じゃあ、後で」



 俺はレガシーに手を振って応えると、モタロプの後を追うため、小走りで控室を出た。


 しばらく走っていると、先を進むモタロプの背が見えてくる。


 どうやら俺が接近した気配を感じ取ったのか、モタロプが話しかけてきた。



「森の中でも説明しましたが、武器不使用以外にルールはありません。相手が気絶、もしくは降参した時点で試合終了です。無傷の状態での降参は受け付けられません。骨折など、続行しなくても勝敗が決している場合に有効になります。また、相手が死亡しても反則負けにはならず、勝利になります。制限時間はあってないようなものです。余りに長引いたり、お互いが疲弊して試合展開が遅延した場合のみ、中断になると思っていて下さい」


「聞いてるだけで嫌になってくるな……」


 武器の不使用の部分だけ強く念を押されるが、急所への攻撃に関しては何一つ触れてこない……。


 しかも制限時間が設けられていないということは、今までの試合がそこそこの時間で決着がついているということなのだろう。


 更に、負ける場合は骨折込みの重症が約束されているというわけだ。最悪である。



「試合は八人参加のトーナメント方式。三回勝つと優勝です。ナッコーさんの代役の貴方には、せめて一回戦だけも突破していただきたいところですね」


「期待値が低くて助かるよ」


 モタロプから提示された目標は一回戦突破。そのくらいなら、なんとかなりそうだ。


「今日中に全試合消化するのか?」


 トーナメントということは連戦かもしれないと思い、尋ねる。


「その通りです。勝ったら休憩を挟んで、次の試合になりますね」


「なるほどね」


 勝ち進めば進むほど、体力の消耗が蓄積し、辛い戦いになりそうだ。


 といっても、格闘技なんて経験したことのない俺には連勝なんて無理な話だろう。


「説明は以上です。何か質問は?」


「ファイトマネーつってたけど、報酬金額はいかほどなんだ?」


「一回戦勝利で二十万、敗退で十万。二回戦勝利で四十万、敗退で十万。決勝戦勝利で百万、敗退で十万となっております。優勝目指して頑張ってください」


「心にもないことを……」



 意外と報酬はしっかりしているようだ。


 賭け試合だし、それだけ儲かっているということなんだろう。



 負けても十万貰えるのは美味しい気がするも、治療費を考えるとプラマイゼロになりそうな予感がビンビンである。


 そんなことを考えながら歩いていると、通路正面から光が差し込んでくる。


 それと同時に、荒くれ者どもの喧噪が耳に届いた。


「さあ、着きましたよ! それでは健闘を祈っております」


「ほいほい、心のこもってない声援をありがとうよ。それじゃあ、行きますか」


 モタロプに促された俺は、試合会場へと足を踏み入れた。



 ◆



 そのとき、王都は喧騒に包まれていた。


 エルザが男を追い求めて王都に辿り着くと、丁度ちょっとした騒ぎが起きており、街の人間の話題はそのことで持ちきりとなっていたのだ。




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