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 ◆



「噂は本当だったってことか……」


 ドンナは目の前にあるギャング本部を見て、立ち尽くしていた。


 何日もかけ、苦労して辿り着いた本部であったが、眼前の光景はそれに見合ったものではなかった。


 ここまでの旅路が順調だったのは、老婆と長身猫背の男の二人組に護衛してもらえたほんのわずかな間だけだった。二人と別れた後は、散々なものだった。


 なぜなら、本部に来るまでに立ち寄った全ての支部が壊滅していたためだ。


 ドンナは怪我の治療がうまくいかず、長らく本部と連絡が取れていなかった。


 そのため、行く先々で支部に立ち寄り、現状を確認しようとしたのだ。

 だが、それが叶わない。

 どの支部も徹底的に破壊しつくされ、更地と化していたため、何一つ知ることが出来ない。


 報告などの些事を済ませ、さっさと自身の怒りをぶつける相手の捜索に行きたいのにそれが叶わない。


 どこへ行っても誰もおらず、進む足は自然と本部を目指すことになってしまう。


 結局、本部まで足を運ぶはめになってしまったドンナだったが、その道程で本部が襲われ壊滅したという噂を耳にする。



 本部には大量の人員がおり、手練れもいる。


 本部が襲われて被害が出たとしても、壊滅はあり得ない。


 そう考えたドンナは、与太話の一つ程度にしか思っていなかった。



 しかし実際本部に着いてみると、その話の信憑性が一気に増してくる。


 なぜなら人の気配が全くしなかったためだ。巨大な屋敷は健在だったが、不気味なほどに静まり返っている。


「ッ!?」


 門を抜け、庭園から屋敷の扉まで向かおうとすると、無残な死体が大量に転がっているのを発見する。


 ドンナは思わず息を飲んだ。


「まさかな……」


 それでもこの惨状は外だけで、中に入れば実力のある連中がいつも通り悪態をつきながら大手を振って闊歩しているはずだと思い、庭園の中を一歩ずつ進んで行く。


 ドンナは屋敷の玄関まで辿り着くと、巨大な扉を押し開けた。


「何だこりゃ……」


 以前、豪華絢爛な内装を見たことがあったせいか、現在の室内の様子を見て、驚きの声が漏れ出てしまう。


 屋敷の中は、生き物の内臓の中と表現した方が適切なほどグロテスクなものに変貌していた。



 通路に敷き詰められていたのは原形を留めていない肉塊。


 足を踏み入れれば、びちゃびちゃと水気を帯びた不快な音がする。



 耐え難い悪臭と異常な量の羽虫が飛び交っていた。


 刺激臭のせいで、まともにまぶたを開くこともできない。



 ドンナはそんな中を顔をしかめながらひた進む。


 ここまで凄惨な光景を見せつけられても、本部が壊滅したとは受け入れられず、奥に進めば誰か生存者がいるのでは、と先に進んでしまう。


 苛立ちながら腸のようになった一階の最奥まで進み、二階に上がる。


 顔をしかめながら胃のようになった二階の最奥まで進み、三階に上がる。


 遠くを見つめるような目で食道のようになった三階の最奥まで進み、四階に上がる。



(どうなっている?)



 四階に着いたドンナは違和感を覚え、首をかしげた。


 凄惨な三階までとは逆に、四階は何事もなかったように以前の悪趣味で豪華な内装のままだった。


 ――だが、人がいない。


 誰一人いない無人の状態なのだ。



 そして死体もなかった。


 まるで全員どこかへ行ってしまったかのように、人だけがいない不自然な状態だった。



 ドンナは四階にある自分達に割り当てられていた部屋に向かい、中を覗く。


 だが、そこにも誰もいなかった。



 諦めて五階へと通じる階段を護衛している側近の部屋へ入り、上を目指そうとする。


 室内に目を向けると、側近二人の死体を発見する。


 四階ではじめての死体を発見したドンナは無意識にそれらに近づいてしまう。


「ん?」


 眼前の死体は下の階で見た死体とは明らかに状態が違っていた。


(殺り方が違う……)


 死体は喉を裂かれて絶命したものだった。


 今まで目撃した死体はまるで悪魔の所業と見紛うばかりの残虐極まりないものだったが、眼前の二人は急所を突かれて絶命していた。


(……上に行くか)


 だが、それ以上の何かを得ることはできず、五階への階段を上る。



 五階を進み、一際大きな部屋へと入る。


 そこには執務机にうつ伏せになる形でボスが死んでいた。


 その隣には、うず高く積まれた死体の山があった。


 部屋の四方にはヨハン達の死体も見える。


「チッ」


 全ての階を回った結果、壊滅したという事実を受け入れざるを得なくなり、舌打ちが漏れる。


 この屋敷で生きているのはドンナ唯一人。それ以外は全て死体だった。


 ここは全てが終わった後だった。


(こいつらも側近と同じ死因か……?)


 側近と五階の死体。それらは下の階で発見した死体とは少し毛色が違うとドンナは感じた。


 自身の側にあったヨハンやモスマの死体を蹴って仰向けにし、斬られた箇所をまじまじと見つめ探りを入れる。


 死体には短刀で斬られたとおぼしき傷跡と、片手剣で斬られたと思われる傷跡が混在していた。


「ククッ」


 ドンナはその痕跡を見てあることを察し、思わず笑いがこみ上げてきた。


 下の階を全滅させた者たちには見当もつかないが、眼前の死体の痕跡には覚えがあると口元を歪める。


「そういうことか……」


 死体に背を向けると、ドンナは部屋を後にした。



 …………



「もうこうなっちまったら、どうでもいいな……」


 ドンナは屋敷を出ると、門の前で呆然と立ち尽くしていた。


 本部と支部の全てが破壊され、構成員は皆殺しにあった。


 組織は強制的に機能しなくなった。噂通りに壊滅していた。


 今まで仕事を共にしてきた者たちが殺され、職を失った。


 それを行ったのは本部の三階までを血の海に変えた者たちだろう。


 単独なのか集団なのかは分からないが、見事なまでの蹂躙だった。


 だが、その者たちに対して怒りや恨みの感情が湧くことはなかった。


 むしろさっぱりした分、礼が言いたいくらいだった。


 これだけの短期間で組織全てを壊滅に追い込んだとなると、相手は相当の規模だと予測される。


 そんな敵対組織など全く心当たりがないが、探りを入れようとは思わない。


 下手なことをして組織の生き残りとばれれば、自分も命を狙われるだろうし、積極的に関わりたいとは思わなかった。面倒だから関わりたくない。だが、それだけ。


 悔しいとすら思わない。


 ドンナは組織に対してそれほど思い入れがあるわけでもない。



 ハーゲンは自分より強いから軽く敬っていた。


 ヨハン達は幹部達の息子で、指示を受けたから仕方なく面倒を見ていただけだ。


 組織全体に対して強い情があるわけではない。


 他の者が聞けば裏切りと思われるかもしれないような考えだが、ドンナはこの組織に入りたくて入ったわけでもなく、なし崩し的で他に選択肢がなかっただけだ。



 だが、そんなドンナにも一つだけ執着できることもある。


(あの痕跡はアイツがやったものだ……)


 五階で見た痕跡はドンナにも誰の仕業かわかるものだった。


(あいつは強い……)


 はじめて会ったときは半信半疑だったために侮っていたが、この結果を見れば明白だ。



 以前は油断していたから後れを取ったという気持ちが強い怒りをかきたてていたが、今となっては喜悦にも似た狂熱が全身を駆け巡る。


「ククッ、必ず殺してやる」


 ドンナは目の前にぶらさがるニンジンを見過ごせるほど大人しい性格ではない。



 もともと執着していた相手が自分にだけ分かるサインをこれ見よがしに残していったとなれば、気持ちの抑えが効かなくなってしまうのも仕方がない。


 当の本人はサインを残したつもりなど毛頭ないかもしれないが、ドンナにすれば甘くて美味しいニンジンも同然であった。


「あいつを狩る……」


 ドンナは口元を餓えた獣のように歪ませ、目的がシンプルになったことを喜ぶ。


 殺された組織の人間に対する恨みなどはないが、戦いに異常な執着を見せるドンナの当面の目的が決まった瞬間だった。


「シシッ、今頃お帰りかい?」


 そんなドンナの背後から声をかけてくる男が現れる。


 その男は顔に溝のように深い傷跡が大量にあり、特徴的な笑い方をしていた。



「何だ、生きてたのか」


 ドンナは顔も合わせず、心底どうでもいいといった感じで呟く。


 背後に立っていたのは、単独で殺しを専門に行い、掃除屋と呼ばれていた男だった。



「シシッ、つれないねぇ。たまたま一番いい時にいなかったもんでね」


 どうやら掃除屋はドンナと同様、本部が襲撃されたときにその場にいなかったようだ。


「これは誰がやったかわかるか?」


 ドンナは庭に転がる死体群を顎で指し、尋ねた。


「全体は支部を襲っていた奴らだろうな。そいつらはどこもかしこも皆殺しにするせいで、詳細な情報を把握できていない。噂が一人歩きして、二人組がやったとか言う奴までいる始末だ。だが、ボスや特定の幹部を殺ったのは別の奴だ。本部が壊滅する前に忍び込んで来やがった」


 掃除屋の言葉は予想を交えたものだった。襲撃を受けたときにいなかったのだから当然だろう。だが、ボスや幹部を殺した者に関しては、何か知っている様子。


「忍び込んだ奴は誰だ?」


 ドンナの興味は支部を襲った者たちにはなく、ボスや幹部を殺した方だったので詳細を聞こうとする。


「名前は知らん、だが顔は覚えた。ナイフと片手剣を両手に持って器用に使う男だ」


「ふん、そいつがどこに行ったか分かるか?」


 やはりなと思いつつも、それだけでは行方がわからない。



 ドンナはここに辿り着くまで、構成員とひとりも会うことができなかった。


 そのため、知りえていることが少なすぎた。


 掃除屋が件の男の行方を知っていることを期待して質問する。



「あれは俺の獲物だから、あんたにはやらん。と、言いたいところだが、どうやら捕まっちまったらしいぜ。シシッ」


「あ?」


 折角の目的も、果たす前から瓦解しはじめる。


 掃除屋の話によると男はすでに捕まってしまっているという。


 あまりの落胆にドンナの表情が曇る。


「名前も知らない奴だから本人と断定できないが、近いうちに公開処刑になるようだ。今は王都で身柄を拘束されているらしいぞ。シシッ」


「そうかよ……」



 掃除屋の話を信じるなら、もう一戦するのは難しいだろうとドンナは嘆息する。


 だが、ドンナの足は自然と王都の方へ向いてしまう。



「なんだ? 見物にでもいくのか?」


 歩き出すドンナを見て、掃除屋が軽い調子で問いかけてくる。


「どうなんだろうな……。やることもなくなったし、それもいいかもな」


 処刑されるのなら再戦は叶わないだろう。だがそれでもドンナの足は無意識に王都へ向かおうとしていた。


「シシッ、俺もあんたも新しい仕事を探さないとな? お互い無職同士、仲良くやろうぜ」



 離れ行くドンナに軽口を叩く掃除屋。


 掃除屋もドンナと同じく、大して組織に思い入れがあるわけではないようで、次の自分の身の振り方を考えているようだった。


「誰がお前と仲良くするって?」


 掃除屋のことがあまり好きではないドンナは、軽口にも過敏に反応してしまう。


「おおう、怖い怖い。じゃあな。シシッ」


 掃除屋は別れの言葉を残すと、元からその場にいなかったかのように姿を消した。


「チッ」


 ドンナは掃除屋の態度が気に食わず舌打ちをすると、王都へ向けて歩きはじめた。


 まだどうするか決めかねていたが、それでも次の一歩を踏み出すためにも男の最期を見届け、全てをすっきりさせたかったのだろうか。自分でも、よく分からない。


 目的を失ったドンナの歩調は重い。



 ◆



「見えましたよ」


「村?」


 確信が持てなかった俺は、つい呟いてしまう。




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