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10 ナッコーさん

 


 ◆



「いい匂いがしますね」


 俺たちが焼き芋を食い終えて、ひと心地ついていると、背後から声をかけられる。



 なるべく人目につかないよう、ルートには気を使っているはずなのに、変な男には襲われるわ、声はかけられるわ。案外、この辺りは人通りが多いのだろうか。


 これからはもう少し【気配察知】の使用間隔を短くした方がいいかもしれない。


「誰だ」


 振り向くと、高そうな服を着た初老の男が立っていた。


 こんな山中で会うには似つかわしくないタイプの人物だ。



「おっと失礼。私、モタロプという者です」


「こりゃ、ご丁寧にどうも。で、俺たちに何か用か?」


 こんな人の代わりに木が茂っているような場所でなければ、非常に好感の持てる挨拶をしたモタロプに半眼で返す俺。上から下まで、この場に相応しくない。違和感の塊。


 直感が自然に怪しい奴と判断を下すのも仕方がない。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。いえね、この辺りでナッコーという人を見かけませんでしたか?」


「……知らないな」


「ああ。すれ違った人の中に居たのかもしれないが、名乗りあったわけでもないしな」


 モタロプの問いに、俺とレガシーは首を横に振る。そんな奴、会ったこともない。


 いや、レガシーの言う通り、会っていたとしても分かるはずもない。



「そうですか? 困りましたねえ」


 モタロプは顎に手を当て、思案顔となる。といっても、さほど困っているようには見えない。


 上辺だけの行動。あからさまな演技に見えた。


「その内会えるんじゃねえか? 悪いが、俺たちはこれで失礼するぜ」


「力になれなくて悪いな。そのナッコーって奴が見つかることを祈ってるよ」


 俺とレガシーは、モタロプとの会話を切り上げ、その場を移動しようとする。


「待っていただけますか」


 と、俺たちの前に立ちふさがったモタロプが指を鳴らす。すると、周りを囲むようにして、カタギには見えない人達が一杯現れた。


「待てって雰囲気じゃないよな」


 どちらかといえば、止まれとか両手を上げろって感じだ。



「どういうつもりだ?」


 レガシーが周囲を見渡しながらモタロプに問う。


「いえね。ナッコーさんはシュッラーノ国からやってきた凄腕の戦士ということだったんですよ」


「はあ……、それが?」


 よく分からないストーリーを挟むモタロプの返答を聞き、これは長くなりそうだと覚悟を決める俺。


「要領を得ないな……」


 レガシーが面倒臭そうに先を促す。モタロプは少しもったいつけるように咳払いをすると、続きを話し出す。


「少し性格に難がありましたが、見た目が強そうだったので、試合を組んでしまったんです」


「試合?」


 急にスポーティーな単語が出てきて戸惑う。こんなところで爽やかにテニスでもするのだろうか。


「ええ。その試合がもうすぐはじまるというのに、ナッコーさんが雲隠れしてしまって非常に困っている、というわけなんです。きっと直前で怖くなって逃げ出したんでしょう」


「まあ……、それはなんというか」


「災難だったな」


 選手が行方不明になり、イベントが一つ駄目になった。


 同情できる話ではあるが、俺たちに出来ることは何もない。



「そうなんです! 試合も迫っていますし、早急に代わりの選手が必要になるわけなんですよ」


 モタロプは俺たちの同情の言葉を聞くと、急に熱がこもった話し方に変わる。



「おい、それ以上言うな」


「だな」


 色々と察した俺とレガシーは、モタロプに黙れと言う。


 選手がいない→たまたま俺たちと会った→包囲して逃げられないようにした、と来れば、いくら鈍感な俺でも大体分かる。分かっちゃうんだよ!


「言わないでも理解していただけた、ということでよろしいですかな?」


 微笑を浮かべたモタロプは片手を上げる。すると、俺たちの周囲にいた皆さんがゆっくりと距離を縮め出した。


「じわじわ寄って来んなよ……」


「今ここでやるか?」


 俺とレガシーは止む無く剣に触れ、臨戦態勢となる。



 よく分からない試合に出るのと、ここでひと暴れする。どちらでも俺たちにとっては変わりない。どちらを取っても俺たちに不利な状況で、いい事などひとつもない、という意味で変わりない。最悪である……。


「おっと! 怖い怖い。落ち着いて下さい。私が開催する試合は基本的にルールはなしですが、武器の使用は不可。相手が降参するか、気絶で勝敗を決めます。そのため、人が死ぬことは稀なのです。ですからご安心ください。負けたとしても、ちゃんとファイトマネーも支払いますし、儲け話が転がり込んできたと思っていただければ、それでいいんです」


 モタロプが焦ったように試合についての詳細を説明する。


 要は殴り合いの賭博試合、というわけだ。確かにそんな試合の選手が逃げ出せば、主催者側が慌てるのも無理はない。


(こいつら皆殺しにして有り金奪った方が儲かりそうではある。しかし、それは幾らなんでも悪人過ぎる)


 選手として参加しても、ファイトマネーなんて高が知れているだろう。


 それなら、こいつら全員ぶっ殺して金品強奪した方が儲かるし、身の安全も保証される。


 しかし、その選択肢はあまりに、悪道過ぎる。さすがにそこまで落ちぶれたくはない。


 と、思ってしまうのは俺がまだまだ甘いせいだからだろうか……。



「断る。こう見えて急いでいるんだ。他を当たってくれ」


「そういうことだ。悪いな、道を開けてくれ」


 ここは会話で解決。そう判断し、再度はっきりと断る。



 これで駄目なら、乱闘逃走も止む無しといったところか。


 試合の出場はこちらに旨味がなさすぎるので、受ける意味が見出せない。


 相手の勧誘も強引だし、こちらも精々強引に断らせてもらおう。



「私たちがこの場にいるのは、ナッコーさんの捜索だけが目的ではないのですよ。貴方たちのような代わりの選手がいるだろうという可能性も考えてのことなのです」


 モタロプは俺たちの言葉を聞いても、引き下がらない。ひたすら勧誘を続けてくる。


「だから断るって……」


 たまりかねた俺が口を挟むと、モタロプがニヤリと笑う。


「貴方たちは、なぜ街道から少し外れた道を通っているんですか?」


「それは……」


 答えにくい質問を受け、言葉に詰まる。


「この先には小さな宿場町を除けば、オカミオの街しかありません。あんな街に何の用があるのでしょうかねえ?」


 モタロプは訳知り顔で口元を歪めながら、尋ねてくる。


 俺たちが理由ありと踏んでの質問。



 ――ごまかすことはできる。言い訳もできる。だが、この男は知っていて、分かっていて聞いている。結局、こちらが幾ら言葉を積み重ねても意味がない。


「…………」


「貴方たちのことは存じませんが、捕らえて問い合わせるなり、使いを走らせて知らせるなり、色々方法はあるのですよ?」



 俺の無言の返答に、モタロプはダメ押しの追い打ちを仕掛けてきた。


 う〜ん、これは方向転換も止む無しといったところか。


 気持ちを切り替えた俺は、わざとらしく背伸びしながら口を開く。



「はぁ、ちょっと殴り合いがしたくなっちゃったなぁ〜。どこかに斡旋してくれる人はいないかなぁ〜! なあ、拳が飢えちゃって仕方ないよな?」


 と、レガシーに振る。


「ああ! ケンカでもいいけど、金が貰えるならありがたいよな〜! どこかに試合をセッティングしてくれる人はいないかなぁ〜!」


 全てを察して乗っかってくるレガシー。


 もうこれしかない。


「それはそれは! 貴方たちは運が良い! どうぞこちらへ! とっておきの場所にご案内させていただきますよ!」


「「やったぜ!」」


 俺とレガシーは困り顔で大歓喜した。


「ところで、本当にナッコーさんをご存知ありませんか? 身長を高く見せたいのかと疑ってしまう程に髪を逆立て、事あるごとに大笑いする自信家の方なのですが……」


「知らないな……。そこまで特徴的な外見なら、会ったら覚えていると思う」


「覚えがないな……。すれ違っただけでも目に焼き付きそうな見た目だし、忘れようがないな」


 俺たちはモタロプから視線を逸らしながら、思いつく限りの言葉を並べ立てた。


 あいつかよ!



 ◆



「噂は本当だったってことか……」


 ドンナは目の前にあるギャング本部を見て、立ち尽くしていた。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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