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9 幸運

 


 ◆



「何でしょうか……、この解放感は……」


 エルザはかなりの長期間、強制的に行動を共にしていた老婆と長身猫背の男の二人組と別れ、得も言われぬ解放感を感じていた。


 二人と別れて一人旅になってかなり経つが、その感覚が薄れる気配は無い。


 それは毎度、異常なほど凶悪なモンスターを倒して回ったり、異常なほど素振りを強要されたり、異常なほど模擬戦をしたり、異常なほど旨い料理を食べたり、異常なほど自然に男が心の距離を縮めてきたりといったことが二人と別れた途端一切なくなったからだろう。


 あの二人組にとっては疲労の感じない準備運動程度のことなのかもしれないが、エルザにとっては過密なスケジュールで過酷極まりない行動の数々であった。


 目の前で身の丈の数十倍はあろうかというモンスターを一瞬で倒され、お前もやれと言われる恐怖。朝まで剣を降り続けて体を痛めれば、治療院で即治療し、次の日まで振り続けさせられる。


 模擬戦と称して木刀で全身の骨を叩き折られては、治療院に運ばれ、続行。


 要約すれば効率的にレベル上げを手伝ってもらい、最短で刀の使い方を教わっただけ。


 しかし、それと引き換えに底知れない恐怖を味わってしまった。



 そのため、逃げ出そうと決意し、脱走を敢行した。


 脱走が成功した時は自然と涙が込み上げ、目元が潤んだ。


 感謝の気持ちよりも、もう会わなくて済むと感じたときの解放感の方がずっと強かったのだ。



(さて、レベルも技術も上昇してしまいましたし、後は情報を得ればすぐにでも行けますね)


 今の強さなら問題ないと判断したエルザは追い求めている男の情報を得ようと、夕闇亭に向かう。



 夕闇亭は表向きは小さな立ち飲み屋だが、実際は多種多様な情報を扱う店だ。


 エルザは足早に酒場が建ち並ぶ区画へと向かう。


 目的の店を見つけて中に入ると、カジノチップをカウンターに置いて店主に見せた。


 カジノチップはこの店を情報屋として使うときの証しとなる物だった。


「何が知りたい?」


 店主はチップを確認すると、エルザに注文を聞いてくる。


「ウーミンの街で海賊を襲った男についてです」


 チップを回収したエルザはカウンターに身を乗り出し、怪しげに微笑みながら店主に尋ねた。



「襲った? まあいいか、今のところ正体不明だ」


「そうでしたか」


 残念ながらエルザが今最も欲しいケンタの情報は出回っていないようだった。



「他に知りたいことはあるか?」


 店主は追加の注文があるか聞いてくる。


(私もギャングに手配されているようですし、現状を知っておいた方がいいでしょうね)


 エルザにとって他に知っておきたいことといえば、ギャングの情報だろう。


 以前、金を盗んで捕まった経緯から目を付けられているため、つい先日もまた捕まってしまったばかりだ。


「ギャングのことを教えて頂いても?」


 ニコリと自然な笑みを浮かべながら店主に問いかける。


「わかった。ギャングは壊滅状態だ……」


「は?」


 予想外の答えが返ってきて開いた口が塞がらず、妙な音がエルザの口から漏れ出る。



「ギャングの支部が片っ端から潰されて、今じゃ残るのはフィアマにある本部だけだ」


「は?」


 余りに信じられない内容が続いたため、つい聞き返してしまう。



「この街にあった支部も少し前に壊滅した」


「そ、そうでしたか」


 店主の言葉を何度も頭の中で反芻し、聞き間違い出ないことを理解したエルザはやっとまともな相づちを打つことに成功する。


(まあ、数が減るのは喜ばしいことですね)


 ギャングが壊滅状態というのはエルザにとっては朗報だった。


 自分の身に降りかかる危険が軽減したことに安堵する。



「ああ、他に知りたいことはあるか?」


 エルザの様子など気にもとめず店主は淡々と注文を聞いてくる。


「いえ、これで失礼しますよ」


「邪魔するぜ」


 情報に満足したエルザが店主に金を払って店を出ようとした瞬間、丁度新しい客が店に入ってきた。



 夕闇亭はとても狭く、店内に二人いるだけで通行が困難になるほどだ。


 エルザは気分を悪くしながら新しく入ってきた客とおぼしき男を避けて通ろうとする。



 だが、男は店の入り口から動かず、エルザは身動きが取れなかった。


 どうやら男はエルザのことに気づいておらず、どこかそわそわした様子でカウンターを見ていた。



「なあ、情報を買ってくれないか?」


 男はエルザなど眼中にないほど興奮した様子で店主に話しかけた。



「内容によるな」


「なんでも避難要塞に乗り込んで巡回視察中の騎士にケンカ売って捕まったあげく、公開処刑になるバカがいるらしいんだ」


 男は興奮した口調で売りたい情報の概要を早口でまくしたてる。



「曖昧な部分が多いな。買うには少し信憑性に欠ける」


 しかし、店主はその情報を買うことにあまり乗り気ではない様子だった。



 エルザにとってはどうでもいいことであったが、話が切りのいいところまで進まないと前に進めそうに無い。口を挟むことも考えたが、余計に面倒なことになりそうな気がしたため、苛立ちを露わにしながらも黙ってじっと待つ。


「し、信憑性はある! そこに詰めてた奴から聞いたんだ! そのバカは冒険者で名前は確かケンタって言う奴なんだ! 本当なんだって!」


 男は何とか情報を買って貰おうと必死の様子で、身振り手振りを加えて大仰に話すも、店主の顔は渋いままだった。


 だが、たまたま立ち聞きするはめになってしまったエルザの方は、話に出てきた名前に興味をひかれ、自然と笑みがこぼれ出す。


「ダメだ、お前とは面識もないし紹介もない。残念だが諦めてくれ、こちらも間違った情報を流せば信頼を失うからな」



 店主は眉間に皺を寄せながら、相手に言い聞かせるようにゆっくりと言った。


 残念ながら、男の話を聞いても店主の心は動かなかったようだ。


 きっと、情報屋として信用がない情報を扱えば損をするのは店の方だからだろう。


「そ、そうだよな……。邪魔したな」


 店主の言葉を聞いて諦めた男は肩を落として店を出て行こうとする。



「その話、私に売っていただけないでしょうか?」


 店主に断られ背を丸めて店を出て行こうとしていた男にエルザが優しい声音で声をかけた。



「な、何だアンタ!?」


 男は今頃になってエルザの存在に気付くも、眼帯をした面構えに驚いたのか、軽く身を引く。



「私、そのケンタという冒険者を探しておりまして。是非詳しくお聞かせ願えないかと」


 たらし込むのが得意なエルザは眼帯のハンディを物ともせず、とても男受けする笑顔を作ると男へそっと近寄った。


「い、いいぜ。二万でどうだ?」


 エルザの柔和な顔を見て少し落ち着いたのか、男は金額を明示してきた。


 夕闇亭に飛び込んでくるほどだから、金に困っているのかもしれない。



「問題ありません」


 エルザはその提案に笑顔で応じる。


「おい、ここで勝手な取引はやめろ」


 だが情報屋の中で勝手な取引をされた店主は不機嫌なようだった。


 手で虫でも払うような動作をし、二人を追い出そうとする。



「では表でお聞かせ願えますか」


「あ、ああ」


 エルザと男は店主の睨みをかわし、そそくさと店を出た。



 店を出ると、二人は店の入り口で立ち止まったまま話を再開する。


 店主に知れれば大目玉だろう。



「では、詳しくお願いします」


 エルザは柔和な顔を崩さず、相手に警戒されないように話を進めていく。



「そいつに聞いた話だと、その男は正面から走って要塞に乗り込んだんだ。それでそいつの上官が待機している部屋に立てこもって一騎打ちをしたらしいんだが、返り討ちにあって捕まったんだそうだ。それが罪に問われて、近々王都で公開処刑になるんだと。……えっと、俺が知っているのはここまでだ」


 男は一息で一気に話すと、エルザの悪戯っぽい笑顔に惑わされたのか照れくさそうに視線をそらす。


「なるほど、これは貴重な話をありがとうございました。では約束の二万です」


 満面の笑みとなったエルザはお金を手渡しながら男の手を優しく握った。


 その顔はここ最近では珍しく、心の底から自然と出た本物の笑顔だった。


「ヘヘッ、ありがとうよ」


 金を受け取った男もエルザに劣らない満面の笑みで返す。



「ところでその男が一騎打ちをしたという上官の名前はわかりますか?」


 エルザは話に出てきた上官の名前が気になったため、尋ねた。


 因縁のありそうな人物だったため、少し興味が湧いたのだ。


「すまねぇ、それは知らないんだ」


 男は金から目を離さずそう答えた。


「そうでしたか、残念です」


「悪いな。じゃあ、俺はこれで失礼するぜ」


「ええ、ごきげんよう」


 男は別れを告げると、エルザに見送られて街の喧騒の中に消えていった。



「フフ、今日の私はついていますね」


 男を見送りながらエルザは一人呟く。



 情報屋が知り得ないことを偶然知る機会に恵まれたのだ。


 運が良かったと言わざるを得ない。


 目を細め口元を緩めたその顔は、喉をくすぐられた猫のようにとても満足そうだった。



「王都ですか……、行かざるをえませんね」


 幸運を実感した瞬間。


 それはエルザの次の目的地が決まった瞬間でもあった。



 目指す場所は、王都の公開処刑場。


 金属の義足が目的地へ向けて一歩踏み出す。



 ◆



「いい匂いがしますね」


 俺たちが焼き芋を食い終えて、ひと心地ついていると、背後から声をかけられる。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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