8 レッドポテト
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俺は辺り一面に広がる景観に見入り、ため息を漏らす。
空は以前より少し青さが薄くなり、涼しさを演出していた。道行く木々は赤く色づいて、視界に映る景色は鮮やかな真紅の海を思わせる。
日中は街道を進むと長時間歩くせいか少し汗ばむが、日が暮れると風に冷たさが出てくるようになってきた。
程よく冷たい風が吹くと紅の木々が波打ち、赤や黄色の落ち葉が花吹雪のように舞い散り、目を楽しませてくれる。
進んでいる道はどこまでも森が広がるため、なんとも秋らしい景色が周囲に広がっていた。
現在、俺たちはオカミオの街を目指して進行している。
今日は早朝に未知との遭遇を果たしたが、その後は順調だった。今は、丁度開けた場所を見つけたので、そこで少し休憩している最中だ。
時間は昼前で少し腹が減ってきていた。
ずっと歩きっ放しだと結構カロリーを消費するらしく、腹がよく減る。
「なあ、ちょっと腹減らないか?」
と、俺の隣でレガシーが空腹を訴える。
どうやらレガシーも俺と同意見のようだ。
「芋でも焼くか?」
俺はアイテムボックスから、さつま芋を取り出す。
もちろんこちらの世界での名称もサツマイモだ。
ここですごい頑張ってレッドポテトとか、そういう名前だったとしても誰も得をしない。
そういう意味で、こいつにはじめて名前をつけてくれた奴には感謝せねばなるまい。
きっと品種改良とか異常にこだわって作った転生者がいたのだろう。
「いい物持ってんじゃねぇか」
レガシーがいじめられっ子から私物を奪う不良みたいな台詞を言いながら、辺りに落ちている枯れ葉や枝を拾い集めはじめた。
この男、意外に行動が早い。
焼く気満々である。
「一個ずつでいいよな?」
確認をとりながら俺もレガシーに続いて枯れ葉や枝を拾い集める。
「おう、あんま食うと夜食うかどうかで迷うしな」
「だよな、地味に腹が膨れるもんな。ちょっと早いけどこいつを昼飯にするか」
時間的には少し早いが、食事をするタイミングとしては上々。
今日の昼飯は焼き芋となった。
「こんなもんか?」
レガシーが俺の集めた枯れ葉と枝を一つにまとめて山にしてくれる。
「じゃあ芋を入れて火をつけるからな」
俺がその山にサツマイモを二本差し込む。
こういうのは入れる位置とかちゃんと気にした方がうまく焼けるのだろうが、俺は後から調整する派なので適当に突っ込んでしまう。
その後は着火用の魔道具で山盛りになった枯れ葉に火をつけた。
集めた枝葉はよく乾燥していたらしく、簡単に火がつき、あっという間に燃え上がった。
「うう、煙たいな」
葉を多く入れたためか、大量の煙が発生し顔をしかめるレガシー。
どうにも風がレガシーの方へ吹くため、真っ白な煙がレガシーを襲う。
「目に染みるよな〜」
俺は何とか煙を避けようと右へ左へと動くも、うまくいかない。
風が吹くと灰になった葉も舞い上がるので結構厄介な状態になっていた。
(普通にかまどで焼けば良かったな……)
ちょっと雰囲気を出して焼こうと思ったが、これは失敗だったかもしれない。
焚き火に放り込んでしばらくすると、芋の焼ける独特の甘い匂いが漂いはじめた。
(この匂いを嗅ぎながら、じっと待つなんて生殺しもいいところだな)
俺はそんなことを思いながら、唸る腹を抑えこみつつ芋が焼きあがるのを待った。
…………
「そろそろいいんじゃないか?」
「おう、出すか。腹減ったわ〜」
全身が煙臭くなるころ、焼き上がったと判断して芋を取り出すことにする。
俺は先端を尖らせた枝で焚き火の中を突っつく。
すると肉厚な何かを突き刺す感覚が手に伝わったので慎重に引き出す。
「おー、ばっちりだな」
取り出された芋は表面が真っ黒になっていた。
アルミホイルとか便利アイテムはないので、どうしても表面は黒く焦げてしまうが、そこは愛嬌だ。
枝を突き刺した感じで中心まで火が通っているのは分かったし、食べごろだろう。
「ほらよ」
「お、悪いな」
取り出した芋をレガシーに渡し、新しい枝で焚き火の中をつついて、もう一つの芋も取り出す。
「こっちも大丈夫そうだな」
二本目の芋も枝を突き刺すと、しっかりと火が通っているのが分かった。
「よし、食おうぜ!」
我慢できなかったのかレガシーはそう言うと、芋を枝から外して手に取り、二つに割ろうとする。
「あ、おい!」
その様子を見た俺が慌てて制止するより、レガシーの動きの方がワンテンポ速かった。
レガシーは芋を割ろうと、両手でグッと握り締めて力を込める。
「あっち! アチチチチ!」
しかし相当熱かったのか、絶叫と共に芋を放り投げてしまうレガシー。
今まで火の中に入っていたのだから当然である。
しかも芋の中には皮によって水分が閉じ込められているので、無理に割ろうとすると裂け目から蒸気が噴出して超熱いのだ。
「おー、大丈夫か? 気をつけろよ」
俺は芋に視線を向けたまま棒読みでレガシーを気遣う。
そして、芋を平たい石の上に置いて枝を抜き、その枝でぷすぷすと適当に何箇所か穴をあける。そのままの状態で、冷めるまで少し待った。
腹は減るが、ここは辛抱するところだ。
五分ほど放置した後、芋を手に取ってみて熱さを確認する。
うん、大丈夫そうだ。俺は焦げてカリカリになった芋の皮をゆで卵の殻でもむくようにペリペリと剥がしたあと、両手でしっかり握って割り開ける。
「おお〜」
芋を真ん中から二つに割ると、鼻先をくすぐるように湯気が勢いよく立ち上った。
焼いている最中から散々嗅いだ甘い香りが更に強く感じるようになる。
「いい感じだわ〜」
中身は少し水気を帯びていて、光が反射すると身が黄金色に輝いていた。
断面を見ると、少し身が崩れていてホロホロとした感じが食欲をそそる。
俺は我慢できずに割った芋にかぶりつく。
「……あめぇ」
甘かった。
見たときから分かっていたが、身は柔らかく歯を立てずともしっとりと崩れていく。何とも心地良い食感だ。だが旨いからといって、油断して一気に口に放り込むと、口内を火傷してしまうほどまだ熱い。なので少しずつしか口に入れることができない。
そこが凄くもどかしい。
口いっぱいに入れて頬張りたいのに、それが叶わない。
だが甘い。
砂糖を使った料理とは違った甘さを感じる。
どちらかというと果物の甘さに近いかもしれない。
果物は甘いだけでなく併せて酸味を感じるものが多いが、その中でも甘みのみを強く感じるタイプ。味は全く違うが、柿や西瓜に方向性が近いような気もする。
しかしこいつは甘い上に温かい。
こんなシンプルな食い物なのに、類似したものがないというオンリーワン加減がすごい。
焼き芋……素晴らしい食べものだ。
「お前何か食ってるとき、たまにキマったような顔するよな」
俺が焼き芋をじっくり味わっていると、レガシーが台無しにしてくる。
ほんと台無しだよ……。
「お前は食い物に宇宙を感じないのか? 料理の可能性は無限大だぜ」
ドヤ顔でレガシーに料理の素晴らしさを説いておく。
料理、それは宇宙。
間違いない。
「勝手にキマって宇宙を見るのは勝手だが、素面の俺にそんな異世界の話をされても困るぞ?」
なんか異世界で異世界の話をするなと言われた。
やだ不条理。
あと宇宙って自動翻訳されてるけど、夜空くらいの意味合いで使っているのだろうか。
ちょっと気なる。
そんな会話をしながら食っていると、あっという間に完食してしまう。
腹も膨れて満足した俺たちは木にもたれかかるようにして座り、小休憩。
胃袋に収まった焼き芋の甘い余韻に浸っていた。
◆
「何でしょうか……、この解放感は……」
エルザはかなりの長期間、強制的に行動を共にしていた老婆と長身猫背の男の二人組と別れ、得も言われぬ解放感を感じていた。




