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7 熊殺し

 


 ◆



「なるほど、こいつがキラーベアか……」


 眼前の障害を目にしたドンナは、息を吐き出すように呟いた。



 視界に映る巨体。それは大きな熊だった。


 体毛は茶色く、直立すれば二メートルを超える巨体だ。


 どうやら幌馬車を襲ったらしく、街道上にある壊れた荷台を巣にしている様子。


 横転した荷台の中で何かを無心で食べているのが見える。



(確かに、こんなデカブツが道のど真ん中に居たら、止めたくなる気持ちも分かるな)


 ドンナはキラーベアの巨体を視界に捉えながら思い出す。



 数週間前、ドンナはケンタの攻撃を受け、崖から滝つぼへ落下した。


 その際、重傷を負って意識を失い、川に流された。


 気がついた時は、小さな村で救助されていた。



 その村には回復魔法を使える者がおらず、簡易的な治療しか行えなかったため、傷の回復に時間を要することとなってしまう。



 なんとか歩けるほどには回復し、いざ村を出ようとしたら出るなと止められてしまう。


 事情を聞けば、街道にキラーベアが出没し人を襲っているという。



 これ以上村に長居したくなかったドンナは村人の制止を振り切り、街を目指して街道に出た。


 そして、助言どおり目の前にキラーベアが現れ、足を止めることとなった。


(たかがモンスター一匹だ……)


 ドンナは自身の体術に絶対の自信があった。


 今は負傷しているが、それで遅れを取るとは考えていない。



 ドンナがキラーベアを睨んでいると、向こうもこちらに気づいて、のそりと荷台の中から這い出してくる。


「グウオオオオオオッ!」


 キラーベアは大きく咆哮すると荒々しくドンナへ突進してきた。



「フウウウゥ」


 ドンナは肺の中の空気を吐き出しながら、スキルの【鉄腕】と【鉄脚】を発動させる。



 すると、両腕と両脚が内出血したかのように赤黒く染まる。


 変色は肘と膝の辺りでファイヤーパターンのようになって途切れた。



 格闘家スキル【鉄腕】は腕を金属のように固くするスキルで、一度発動させれば任意で解除するまで常時発動することができる。


 武闘家スキル【鉄脚】は脚をしばらくの間、金属のように固くするスキルで、時間が経つと自動的に解除されてしまう。また、クールタイムがあるため、連続での使用はできない。


「いくぜぇ……」


 二つのスキルを発動させたドンナは突進してくるキラーベアを見据えながら、獰猛に口元を歪める。そして次の瞬間、キラーベアへ向けて駆け出す。


「グウウウウオオオオオオッ!」


「オラアアッ」


 両者は凄まじい勢いで衝突。咆哮が絡み合う。



 一見均衡した状況を作り出したかのように見えたが、事態は一瞬で変化する。


 キラーベアが押し勝ち、ドンナが一瞬ひるむ。


 ドンナはキラーベアの両肩を押さえ何とか踏みとどまろうとしたが、力と重さで負けてジワジワと押されていく。


「ウオオラァアッ」


 押し負けたドンナはキラーベアの両肩を押さえたまま、膝で顎を蹴り上げた。


 二度三度と蹴り上げ、キラーベアが嫌がったところで両手を放し、肘を叩き落とす。



 そして更に、スキル【カラテ術】の補正が入った両拳で殴り続けた。


 頭部や胸部に有効打を打ち込むたびに、一歩また一歩と後退していくキラーベア。



「死ね死ねッ! 死ねぇえええッ!」


 ドンナはラッシュを続けて叩き込んでいたが、攻撃を嫌がったキラーベアが突然立ち上がった。


「グウオオオッ!」


 そして鋭い爪が備わった両腕を振り下ろしてくる。



「それがどうした!」


 ドンナは振り下ろされたキラーベアの両腕を焦らず両手で握って受け止める。



 だがキラーベアはそこで止まらず、顔を近づけて噛み付き攻撃を行ってきた。


 腕に気をとられていたせいで反応が遅れてしまったドンナは肩口に思い切りかみつかれてしまう。



「テメェ!」


 だがドンナはかみつかれたことなど気にせず、キラーベアの両腕を握ったまま蹴りを何度も腹部に打ち込み続けた。


 鋭い蹴りを深々と刺し込む度に、キラーベアの腹の形が歪に変形していく。



 キラーベアはたまらず身もだえし、ドンナに握られていた腕を強引に振りほどく。


 そして再度爪を立てた両腕を振り下ろしてきた。


 噛み付けるほど密着した状態で振り下ろされた腕は、覆いかぶさるようにしてドンナの背まで回りこむ。


「グアッ!」


 爪はドンナの背中を粗く切り裂いた。


「痛ぇだろうが! クソがぁあッ!」


 怒声を上げたドンナはキラーベアの腹を蹴りつけて引きはがすと、すかさず【瓶切り】を放った。



 格闘家スキル【瓶切り】は刃物のように鋭い手刀を放つスキルで、溜めもなく発動できる。


 ただし、【鉄腕】を発動していないと使用する事はできない。


 クールタイムが発生するので一度の戦闘で使えるのは一度きりだ。



 そんな鋭い大鉈ような手刀は、ドンナの蹴りを受けて数歩後退していたキラーベアの首へ吸い込まれた。【瓶切り】はキラーベアの首に命中。簡単に首を撥ねた。


 首がなくなったキラーベアは、ゆっくりとした速度でドンナの方へもたれかかってくる。


「邪魔だ!」


 ドンナは怒りも露わにキラーベアの死体を蹴り飛ばす。


 キラーベアの首から下は、仰向けになって地面に崩れ落ちた。


「チッ、手間とらせやがって……」


 ドンナは地面に転がるキラーベアの首を拾うと、中空で手を放し遠方へ向けて蹴った。


 蹴り上げたキラーベアの首は宙を舞って視界に入らなくなるほど遠くまで飛んでいく。


 消え行く首を目で追いながらドンナはニヤリと笑った。



 そして、ステータスをチェックする。


 ドンナ LV18 武闘家


 武闘家スキル

 LV1 【カラテ術】 

 LV2 【鉄脚】

 LV3 【バット折り】


 格闘家スキル

 LV1 【ケンカ術】 

 LV2 【鉄腕】

 LV3 【瓶切り】 

 LV4 【氷柱割り】 

 LV5 【渾身突き】 


 ステータスをチェックし改めて自分の強さを再確認する。


 レベルが下がったり、スキルを失ったわけではない。


 単純に怪我のせいで、手こずった。本来ならあれほど苦戦する相手ではなかった筈だ。


「クソが……」


 ドンナはキラーベアにかみつかれた肩に手を当てながら毒づく。


 戦闘中に爪と牙の攻撃を受け、それなりの深手を負ってしまった。


 元々あった傷も完治していない状態での負傷。



 これでは街へ向かう速度が落ちる一方だ。


「そのうち着くだろ……」


 ドンナはそんな傷など意に介さず、一歩ずつ街へ向かって歩き始めた。



 …………



「新手か……」


 キラーベアを倒して数刻歩き続けた後、ドンナは異変を感じた。



 目を凝らして周囲を見ると、障害物に隠れるようにしてビッグモンキーの影が数匹見えた。


 どうやらドンナの放つ血の匂いを嗅ぎつけて現れたようだ。



 ビッグモンキーたちは付かず離れずの距離を保ちながら、少しずつ数を増やしていく。


 街道に一定間隔で置かれている結界石を嫌って中々こちらまで寄って来ないが、うまそうな血の匂いを垂れ流しているドンナに襲い掛かってくるのは時間の問題だろう。


「来やがったか」


 ドンナがビッグモンキーを警戒していると、血の匂いに我慢できなくなった一匹が、結界石を越えて街道に侵入してくるのが見えた。


「ギャギャギャギャ!」


 その一匹に続くようにして、ビッグモンキーたちが次々と街道へと侵入してくる。


「死にたいようだな……」


 ドンナは歩くのを止め、構えをとる。


「フウウウウゥ」


 素早く深い呼吸をし、【鉄腕】を発動させる。


 が、【鉄脚】はクールタイムで使用できなかった。キラーベア戦からあまり時間が経過していなかったためだ。


「ギャギャ!」


 獣独特のけたたましい鳴き声を発しながら、全てのビッグモンキーがドンナへ迫る。


 街道に侵入してきたのは合計六匹のビッグモンキーだった。



 ビッグモンキーは二匹ずつ隊列を組み、ドンナの方へ突進してくる。


「ギャギャギャギャ!」


 先頭の二匹が奇声を上げながら、ドンナへ飛びかかる。



「死ねやオラァッ!」


 ドンナは怒声と共に飛び掛って来るビッグモンキーにあわせて両拳を突き出し、二匹の頭を粉砕する。が、ドンナの攻撃できたのは、そこまでだった。


 突き出した両腕を戻す前に、残りの四匹が四方向から同時に飛び掛ってきたのだ。


 咄嗟に脚で払おうとするも、姿勢が不安定で思うようにいかず、全てのビッグモンキーがドンナにのしかかってくる。


「くそがああああっ!」


 ビッグモンキーが襲い掛かってくる中、腕を振り回して抵抗するドンナ。



 だがピッタリと密着されて、うまく拳や蹴りが当てられない。


 ビッグモンキーは密着状態からかみつきや引っ掻き攻撃を繰り返す。


 はたから見れば、ビッグモンキーにまとわりつかれたドンナがどこにいるか分からないだろう。



 もはやこのままビッグモンキーの餌食になってしまうのかと思われた瞬間、それは起こった。


 一瞬。ほんの数瞬まばたきした間。


 目を閉じて、再び開くと、眼前の景色が一変していた。


 ドンナを襲っていた全てのビッグモンキーが何の前触れも無く肉塊と化したのだ。


 まるでサイコロステーキのように細切れになったそれらは、血煙を撒き散らしながら地面に落下していく。



「あ?」


 目の前の光景が理解できずに疑問の声を上げるドンナ。


 血が霧のように立ち込め、周囲が薄赤く染まる中、ドンナにかかっていたビッグモンキーの重圧が全て取り除かれてしまう。


 そして中空を舞っていたサイコロステーキが地面に落ち、水気のある塊が地面に接触する音が耳障りに響く。その中心にいたドンナにも、それらが全て降りかかった。


「弱い奴が一人でこんなところをウロウロしてるんじゃないよ!」


 ドンナが状況に追いつけていない中、年老いた女の声で理不尽な喝が飛んでくる。



「それは言い過ぎでしょう? すいません、大丈夫でしたか?」


 それをたしなめるように若い男の声が聞こえた。



 ドンナがビッグモンキーから身を守ろうと頭を覆っていた腕を解くと、血溜まりの上に男女の二人組が立っており、こちらを覗き込んでいるのが分かった。


 女の方は、眼光鋭い老婆で和装に身を固め、両脇に刀を差していた。


 男の方は、穏やかな顔つきの青年で長い赤髪を緩く三つ編みにし、仕立ての良い上等な服を着ており腰にシンプルな剣を一振り差していた。


(強い……)


 ドンナは二人を見た瞬間、その強さを嗅覚で感じ取った。



 幾多の人間とやりあって磨き上げた感覚を当てにするなら、眼前の二人の強さは異常。


 自分では全く歯が立たないことがはっきりと分かるほどのものだった。



 ドンナはビッグモンキーに襲われた時の姿勢のまま、呆然としていた。


 あまりに予想外の出来事が立て続けに起き、相手に話しかけるという当たり前のことすら思い浮かばない。


「助けられて礼もなしかい? なっちゃいないね」


 老婆は傷だらけで倒れたドンナを見下ろしながら憎まれ口を叩く。


「まあまあ、こんな状況では仕方ないですよ。今、傷の手当てをしますね」


 そんな老婆を手馴れた様子であしらいながらドンナへと近づく男。



「チッ、またかい! アンタこれで何人目だい!? ええ?」


 老婆は男の様子を不服そうに見つめながら舌打ちする。



「そんなこと言って、ビッグモンキーを斬ったのは誰なんでしょうね?」


 老婆の愚痴を背で受けた男はドンナの傷の様子を診ながら返り血を優しく拭き取る。


「ふんッ!」


 返す言葉が無いのか老婆は鼻息荒く、そっぽを向いてしまう。


 どうやらこの老婆も口では色々言っているが、ドンナのことを心配していたようだ。



「ポーションです。よかったら飲んでください」


 男はドンナの状態が芳しくないと判断したのか、躊躇せずにポーションを差し出してきた。


「あ、ああ。悪いな」


 ドンナはそんな男の行動に戸惑いながらも、ポーションを受け取り飲み干した。


「いえ、ここから街は遠いですからね。かなり傷が深いようですし、飲んでおいた方がいいでしょう」


「助かる」


 男の厚意にドンナは素直に礼を言った。


 現在の負傷状態を考えると非常にありがたかった。



「これからどうされるのですか?」


「一番近い街を目指していたところだ」


 落ち着きを取り戻したドンナに男が行き先を尋ねてきた。


 それは下心など一切なく、心から心配したためのものなのだろう。


 ドンナは自然と目的地を答えてしまう。



「そうですか。では僕達も同行しましょう」


「ちょっとアンタ! それじゃあ逆方向じゃないか! また戻るってのかい!?」


 ドンナのことが心配なのであろう男は同行を申し出てきた。


 だが老婆は進行方向と逆なため、それに対して異を唱えた。



「怪我人を見捨てるような薄情な人はここにはいませんよ。ねぇ?」


 老婆のことを熟知しているらしい男は挑発するように問いかける。



「わかったよ。アタシの負けだよ」


 老婆は両手を上げると首を横に振った。


 これ以上話しても無駄だと判断したのだろう。



「街ならじっくり料理もできますし、何か美味しいものでも作りますんで、機嫌直して下さいよ」


 男は素早く譲歩案を老婆に提示する。


 会話の流れが自然なことから、きっと今回のような展開は日常茶飯事で慣れたものなのだろう。


(私は何も言ってないんだが……)


 ドンナが一言も口を挟まない内に二人が街まで同行する事が決まってしまう。


 それは覆らない決定事項のようで、話は先に進んで行く。



「さっさと行くよ!」


 老婆はそんな状態が気に食わないのか、不機嫌そうに一人街道を進みはじめた。


「はいはい。立てますか?」


 老婆に相づちを打ちながら膝を突いたドンナに手を差し伸べ儚げな笑顔を見せる男。


「あ、ああ」


 ドンナはそんな笑顔に戸惑いを覚えながら男の手を握り、引き上げてもらう。


「では行きましょう」


 ドンナを引き上げた男は握った手をそのままに歩き出す。


「お、おい!」


 ドンナは慌てて手を放そうとするも、男がしっかりと手を握っていたため簡単に解くことができなかった。


「早く行かないと置いていかれてしまいますよ」


 戸惑うドンナに笑顔で返す男。



「わ、わかった」


 どこまでも爽やかな笑顔に毒気を抜かれたドンナは男の言葉に素直に応えた。


 どうやら、しばらくはこのまま手を繋いで街道を進むことになりそうであった。



 ◆



 俺は辺り一面に広がる景観に見入り、ため息を漏らす。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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