6 朝から重たい
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「グワーッハッハッハッハ!」
突然の笑い声と共に俺たちの前に現れたのはマッチョな大男だった。
男は髪を異様に逆立てており、視線が頭部へ誘導されてしまう。
そこまでして身長を高く見せたかったのだろうか。
早朝から出会うにしては、いくらなんでもキャラが濃すぎる。
そう、今は日が昇るか昇らないかという、朝と言い切るには早すぎる時間帯だった。
人目を避けて行動している俺たちは、必然的に森の中や獣道を進むことが多い。
つまり、夜になると危なくて進めなくなってしまうのだ。
街道なら道が舗装されているので暗くても案外なんとかなるが、山中や森の中ではそうもいかない。というわけで早寝早起きでの行動となっている。
そんな寝起きでぼんやりした状態から、変な男の高笑いで意識が覚醒した早朝。
「知り合いか?」と、レガシーに問えば、「この国に知り合いなんて、いるわけないだろ?」という最もな返答を頂いてしまう。急に大笑いする大男が眼前に現れた俺たちは戸惑いを隠せないままに、棒立ちとなった。
「二人か……、少し物足りんが仕方ない。お前ら、ありがたく思え! この俺様が直々にボコボコにしてやる! 一瞬であの世に行かせてやるから、せいぜい抵抗して見せろ!」
髪を逆立てた男は腰の剣を抜きながら、俺たちに怒声を飛ばす。
「山賊か?」
「狙いは金か?」
男の意図を察しかねた俺とレガシーは戦闘態勢を整えるのも忘れて、疑問を口にしてしまう。あまりにいきなりの展開に、頭が付いていかないのだ。
「グワーッハッハッハッ! 残念だったな! 金を渡せば命を助けてもらえるとでも思ったのか? 違うんだ、そうじゃない。お前達は俺の準備運動のために死ぬんだ」
「どうしよう、こいつが何言ってるかさっぱり分からないぞ。方言か、独特なスラングが混じっているのか……?」
俺たちの言葉を聞いて男が返すも、意味が分からない。言葉の壁を感じた俺は困惑がそのまま眉間の皺となって表出する。すると、レガシーが訳知り顔で俺の肩に手を置く。
「大丈夫、俺が訳してやるよ。“僕は頭が悪くて集団で山賊になることを思い付きませんでした。数字にも疎いので二対一がどれだけ不利な状況なのかも理解していません”と言ってるな。間違いない」
「ほんとかよ?」
「疑うなら確認してみろよ」
「あの、頭が悪いって本当ですか?」
レガシーの訳に疑問を覚えた俺は男に確認を取った。
争いを回避するためにも、こういった繊細なやりとりは非常に重要だ。
「うるせぇッ!!! ブッ殺すッ!!!」
が、男からは拒絶とも取れる反応が返ってくる。
「くそッ……、全く会話にならない……。俺にもっとコミュ力があれば……ッ!」
「あってもアレ相手じゃ無理だと思うぞ?」
俺が自身の力不足に嘆いていると、レガシーが慰めの言葉をかけてくれる。
ほんといい奴だ。
「死ねぇええええええッ!」
髪を逆立てた男は剣を振りかざし、こちらへ突撃してきた。
俺はレガシーへ視線を向ける。
「来るぞ……」
「分かってるって」
「プランBだ」
「了解、Cだな」
頷きあった俺たちは男に背を向け、逃走。
二手に分かれ、相手を攪乱する。
男は俺とレガシーのどちらを追うかで迷い、その場に立ち止まった。
「逃げるなぁあああああああッッ!!!」
そして、絶叫。
だが、逃げるなと言われて逃げないはずがない。
なぜなら、これが最も効果的な手段だからだ。
「あいつ、バカか? 普通逃げるだろ。よっ!」
俺は男目がけて鉄杭を【手裏剣術】で投擲。投げつけた鉄杭は鋭い勢いを保持したまま、男の右膝に突き刺さった。
「ぐぁ……。よくもぉおおおおおッ!!」
男は足を押さえてうずくまる。男が姿勢をかがめたことで、背後に回ったレガシーの姿が俺にも見えるようになる。
「おいおい、どこ見てるんだよ」
レガシーは屈む男へ剣を振り下ろした。
男は寸前で気付き、転がるようにしてレガシーの一撃をかわす。
「ッ!? おい、俺は足を怪我してるんだ……ッ。だから……」
必死の形相でレガシーの一撃をかわした男は命乞いともとれるようなことを言いはじめた。
しかし、その言葉を遮るようにしてレガシーが二撃目を繰り出す。
「らぁッ!」
レガシーの放った攻撃は男の背を切り裂いた。
「ひぃッ……。うぐっ……!?」
男は這い上がるようにして必死に立ち上がり、逃走しようとする。
が、そこに俺が放った矢が頭部に命中。事切れて再度地面へ転がった。
「結局、何だったんだコイツは……」
俺は息絶えた男の死体を見下ろしながら呟く。
……本当に何だったんだ。
いきなり現れて、いきなり襲い掛かって来て、いきなり死んだ。
この世界の治安の悪さを垣間見れるワンシーンであったが、俺の心は疑問符で埋め尽くされそうだ。
「さあ? とりあえず死体は埋めておいた方がいいんじゃないか?」
レガシーから最もな回答をいただく。どこをどう切り取っても厄介な奴だったし、関係者が善良な人物とは思えない。完璧に絡まれ損である。
「何なんだよ! 急に襲われた上に、穴まで掘らないといけないのかよ!」
「俺に切れるなよ! さっさと掘るぞ」
「悪い。掘るよ」
俺は取り乱したことをレガシーに謝る。そして二人で男を埋葬する穴掘りをはじめた。
◆
「なるほど、こいつがキラーベアか……」
眼前の障害を目にしたドンナは、息を吐き出すように呟いた。




