4 切り札
◆
「……ここは」
意識を回復したエルザは周囲を見渡す。
そこは窓のない小部屋。扉は外から鍵がかけられるもの。
そんな部屋に投げ込まれたため、床で寝ていた。
つまりは気絶させられて捕まり、監禁された。相手はギャングで間違いないだろう。
まぶたを開けた瞬簡に、それら全てを察する。
正面にある扉には小窓がついており、そこから内部の様子を窺うことができることが分かった。しかし、エルザが目を覚ましても、小窓は閉ざされたまま開く気配はない。
荷物は側になかったが、服はそのまま。
義手と義足も外されることはなかった。
立ち上がったエルザは扉へと近づき、ドアノブを回す。
しかし、施錠されており、扉は開かない。
エルザは膝を上げ、義足をドアノブへと近づける。そして、内蔵された機構を起動させた。
途端、膝から極太の鉄杭が飛び出し、ドアノブを破壊する。
「いい感じですね」
闇医者に発注した機構が問題なく機能したことに満足げに頷く。
次に、飛び出した鉄杭を壁に押し付けて元に戻すと、外に出た。
すると、扉を破壊した音を聞きつけたのか、男が一人、こちらを見て驚きの表情となっていた。エルザは素早男へ接近し、義手を突き出した。
「テメェ! どうやって!? あぐッ……」
「お静かに願いますよ」
指先が鋭く尖った義手は、男の腹を貫き、絶命させる。
エルザは男の死体を静かに寝かせると、腰に差した剣を奪い取った。
(さて、出口はどこでしょうか……)
小部屋から出た先は、長い通路だった。
通路には等間隔で幾つもの扉があり、突き当たりには一際大きな扉が見えた。
天井には照明が付いており、どこからも日の光が差し込んでいない。
……どうやらここは地下のようだった。
部屋が多数あるようだったが、騒ぎを聞きつけてこの場に現れたのは男が一人だけ。
後に続く者は現れない。試しに向かいの扉の小窓を開けて覗き込んでみると、自身の荷物一式が放置されているのが見えた。
エルザは剣を使ってドアノブ破壊。中へ入り、荷物を回収する。
「荷物を取り返せたのは僥倖ですね。問題は、上に上がらないと出られない、ということでしょうか……」
荷物があった部屋に男の死体を放り入れ、ひとつひとつ部屋を覗いていく。
どの部屋の中もエルザと同様に捕らえられたであろう者が、死体となって転がっていた。
全ての部屋を見終え、突き当りの扉へと到着する。
音を立てないように扉を少し開け、中を覗き込む。
「……これは参りましたね」
内部は巨大なホールとなっていた。そんなホールの中にギャングと思わしき男たちがひしめきあっていた。男たちは床に座りこみ、動こうとしない。何とも異様な光景が眼前に展開していた。
(なぜ、こんな所に集まっているのでしょうか)
ホールまで続く道にあった扉は全て確認したが、通路はなく小部屋だった。
つまり、ここを通り抜けないと外には出られない。
内部は広い空間のため、隠れて進むことは不可能。
確実に発見されてしまう。ギャングたちの視線は前方に釘付けとなっており、背後にいるエルザを気にする様子はない。皆、一様に前方にある扉をじっと見ている。
多分、ギャングたちの注目の的となっている扉をくぐれば地上へ出られるのだろう。
ここは強行突破するしかない。数を減らして道を作り、地上へ通じる通路へ逃げ込む。
後は扉を封鎖して、階段を上る。エルザはそうするしかないと、考えた。
一階にも敵がいる可能性はあるが、ここを切り抜けるのが先決。
しばらく待って動きを見ることも考えたが、そうすることによって発生するデメリットもある。
それは、エルザの様子を見に来る監視が発生する可能性。
前方を向いているギャングたちがこちらを振り向く可能性である。
二つとも、時間が経てば経つほどに可能性が高まる。
普通なら、捕らえた者の様子を見に来るだろうし、ずっと前を向いているわけがないのだ。
やはり、今を好機と捉え、強行突破を試みるべきだろう。
「止むを得ませんね。切り札を使うとしましょうか」
エルザは自身の荷物の中から、ビスケットの缶のような物を取り出す。
そして、それを義手へ填めこんだ。ガチリという音と共に、内部に詰め込まれた鉄杭が義手へと装填される。と、同時に義手の手のひらが開き、金属の筒が飛び出す。
これが闇医者に発注したもう一つの機構。義手から鉄杭を連射する装置だ。
鉄杭はかなりの速度で連射されるため、弾数には注意する必要があるが、こういった多数を相手にする局面では、かなりの効果が期待できるだろう。
エルザは扉に顔を近づけ、再度中の様子を窺う。
やはり全員が座り込んでおり、視線は地上へ通じる階段がある扉へと注がれている。
扉は板が貼り付けられ、釘が大量に打ちつけられており、完全に封鎖されていた。
そんな扉を見つめ、無言を貫くギャングたち。
まるで何かにおびえるように、じっとしている。
なんとも不気味な光景であった。
(扉が封鎖されてしまっている……。これでは混乱を誘って強行突破するのは難しいですね)
扉を破壊しなくては地上へ向かえない。
しかし、そんなことをあの部屋にいる連中が許してくれるとも思えない。
何より、わざわざ封鎖しているものをこじ開けようとすれば、阻止しようとしてくるだろう。
つまり、室内にいる全ての人間を倒しきらなければならないということだ。
「どの道、残された選択肢はそれだけなのです」
覚悟を決めたエルザは扉を蹴り開け、ホールへと侵入。
マガジンを換装した義手を構える。
「アーッハッハッハッハ!!!」
そして、笑い声と共に装置を起動。
座り込むギャングたちへ向けて鉄杭の雨を浴びせる。
鉄杭は次々と命中し、ギャングたちの命を奪っていく。
エルザの強襲に、ホール内は騒然となった。
――なんだ!? どうなっている!
――後ろだ! 後ろからだ!
――例の奴か! くそっ、なんで後ろから!?
――違うぞ! 捕らえていた女だ! 例の奴じゃない!
奇襲を受け混乱するギャングたちであったが、次第に冷静さを取り戻し、エルザを取り囲みはじめる。
エルザはなるべく包囲されないように、駆け回りながら鉄杭を連射した。
鉄杭での攻撃は効果的で、ギャングたちは成す術もなく倒れていく。
しかし、エルザは一人、相手は多数。どうあがいても、撃ちもらしが出てきてしまう。
それは次第に致命的な状況を作り出してしまうことを示唆していた。
そしてその時は、意外にも早く訪れてしまう。
弾切れだ。
撃ち出した鉄杭一本につき、一人を倒していたわけではない。
そこまで精密な制御は難しく、一人に対して大量の鉄杭を撃ちこんでしまっていた。
命中させた相手を絶命させることはできていたが、明らかな無駄撃ちが発生していたのも事実。
結果、エルザが優位な状況は、ものの数秒で終わってしまった。
慌てて次のマガジンを取り出し、取り付けようとする。
が、そんな隙を生き残ったギャングたちが見逃すはずもない。
仲間を殺され、猛りに猛った男たちがエルザの元へ殺到する。
「死ねやぁッッ!!!」
先頭を走る男がエルザへ向けて手斧を振り下ろす。
「クッ……」
エルザはリロードを諦め、持っていた剣で相手の一撃を受けようと試みる。
だが、男の力が勝っており、剣を叩き落されてしまう。
(ッ、こんなにもあっさりと……!)
一瞬にして形勢逆転。あっという間に絶体絶命。
無手となったエルザは戦う事を諦め、逃げた。
何かないかと、逃げ回りながら、視線を巡らせる。
「無駄だ! 諦めろ!」
手斧の男に気を取られていたエルザは、急に横合いから斬りつけられた。
視線を向ければ、刀を持った男が自分を斬ったのだと理解する。
倒れると同時に、これだ、と思う。
「とどめだ!」
男はエルザへ向けて刀を振り下ろした。
エルザは転がるようにして、その一撃をかわす。それと同時に立ち上がり、男の胸を義手で貫いた。
「な……、に……?」
胸に穴を開けた男は信じられないといった表情で固まり、倒れる。
「おっと、それが欲しかったんです」
エルザは倒れ行く男から刀を奪い取る。
ほんの少し前にサムライになり、刀を扱えるスキルを得ていた。
近接武器の扱いは苦手だったが、これならいける。
刀を得たエルザは再びギャングたちと向き合い、駆け出す。
刀を振り回し、近づく者全てを斬っていく。
この調子ならなんとかなる――、とは思えなかった
心を支配したのは真逆の感情。こんな付け焼刃の抵抗手段で、どうこうできる人数ではない。
しかし、この場から脱出するには、それ以外に選択肢はなかった。
「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
エルザは迷いを断ち切るように声を張り上げ、刀を振るう。
一人でも多く倒し、何としてもここから脱出する。その思いで、倒れることを拒む。
しかし、腹の傷を庇いながら抵抗を重ねていると、肩に激痛が走った。
「あ?」
矢だった。
知らぬ間に、肩に矢が刺さっていた。次の瞬間、同じ衝撃が背に走る。
たまらず、崩れ落ちる。
「うっ……」
さらに追い打ちとばかりに、床へ倒れる瞬間に斬りつけられる。
床へ倒れたと思ったら、蹴りを入れられ、吹き飛ばされる。
壁へ激突して床へずり落ちるも、起き上がれない。
伏せたまま顔を上げれば、周囲は完全包囲。
もはや何一つ抵抗が許される状態ではなかった。
と、次の瞬間、建物のどこかが吹き飛ぶ音が聞こえる。
何事かと視線を向けようとするも、囲まれているので何も見えない。
そんな中、エルザを取り囲んでいたギャングたちの表情が一変する。
男たちは皆、地上へ続く扉の方へ振り向いて固まっていた。
一体何が……、と疑問に思うも何も見えない。
「……ぇ?」
そして、疑問が一切解消しないうちに、眼前の男たちが粉々に消し飛んだ。
粉々としか表現できない形状にまで変化したギャングたちが生存しているはずもなく、一瞬での全滅。
強制的に物言わぬ血肉へと還元され、床一杯に広がる。
結果、視界を遮るものがなくなり、ホール一面が見渡せるようになる。
ホールは赤一色に模様替えされていた。
そんな中央に、佇む二つの人影。
現れたのは老婆と長身猫背の男だった。
◆
「今日の飯はどうする?」
レガシーが荷物を降ろしながら、俺にそんなことを聞いてくる。




