10 秘密兵器
俺がその場で考えている間もオーガは吹き飛んだ兄貴の方へゆっくりと近づいて行く。
迷ったあげく、俺は一か八かアイテムボックスから、あるものを取り出した。
それはゴブリンの死体だ。
俺は意識を集中し、アイテムボックスから取り出したゴブリンの死体を複数積み上げる。さらに買い溜めしておいた果物を数種類大量に出す。
名づけて、“ゴブリン盛り合わせ、季節のフルーツを添えて”だ。
俺はオーガに気付かれないように距離を離す。そして小石を投げてオーガに当て、ゴブリンのフルーツ添えの方に振り向かせる。
オーガがゴブリンのフルーツ添えに気を取られた瞬間、素早く身を隠し、使用中の【忍び足】の効果を活かして一気に兄貴の倒れている木まで駆ける。
兄貴の情報を信じれば、モンスターはモンスターの死体を食うらしいのでうまくいけば注意をひけると考えた。
しかし、兄貴が攻撃してしまったのでオーガは通常の状態ではない。うまくいく可能性は低そうだがどうなるだろう。
俺はオーガから見えないよう木の陰に隠れて様子を伺う。
オーガは立ち止まったまま、ゴブリンのフルーツ添えの方を凝視していた。
そして、そちらに向かってゆっくり歩き始める。
俺はオーガが振り返らないことを祈りつつ、素早く兄貴の側に移動する。
そして、兄貴の背後から両脇に腕を差し入れ、引きずった。
……重い。
以前、泥酔した同僚を背負ったことを思い出す。意識のない人間はぬめりのある水袋のようにとらえどころがなくて運びにくく、やたら重い。
同僚を運んだ時よりステータスは高いので一応運べてはいるがスピードが出ない。
このままではオーガに気付かれた場合、一気に追いつかれてしまう。
オーガを見ると大きな指先でフルーツを摘んで首をかしげたり、ゴブリンをつついたりしている。
どうやら幸運にも傷より食い物に注意が向いてくれたようだ。
俺は距離を稼ぐのを一旦諦め、兄貴を引きずりつつオーガの死角に入るように動く。
そんな事をしているとオーガに気付かれていないせいもあり、多少落ち着いてくる。焦ってはいたが焦りの中にも冷静な部分が生まれてくるといった感じだ。
――と、冷静さが戻ってきたせいか、自分が物音を出していない事に気がつく。
(……引きずっている音がしていない)
兄貴を盛大に引きずり回しているのに無音。全く音がしていない。
どうやら接触している人間にも【忍び足】のスキルが発動しているようだ。
ということは【気配遮断】も適用されているかもしれない。
そう考えた俺は死角に入った後、兄貴の体の持ち方を変え、音を気にせず力任せに引きずり、全力で走った。
とにかくがむしゃらに走った。
息は荒く、激しい心臓の鼓動に合わせて全身が脈打つ。
兄貴を支えている腕は痺れて感覚がなく、今にも膝から崩れ落ちそうだ。
そのせいで引きずりながら色んなものに兄貴をぶつけてしまう。ふらつきながらも走ることを止めず、なんとか森の入り口までたどり着いた。
(ここまで来れば安心だろう……)
俺が一息ついていると視界に人影が映る。
目を凝らすと逃げ切った新人達が、鎧を着たごつい男とローブを着た魔法使い風の老人の二人組と言い争っているのが見えた。
すぐにでも兄貴の無事を知らせてやりたいところだが、気付かれた時、動けるようにしておきたいので眼前の口論は無視して少し休息する。
……さすがに疲れた。
新人たちは二人組に色々言っているようだが、ここからだとよく聞こえない。
俺は息を整えつつ、目の前の会話を読唇しアテレコしてみることにした。
新人の一人が森の方を指差して深刻な事態だということを告げる。
――野球してたらボールが森に入ったので取りに入っていいですか?
鎧を着込んだ男が顔をしかめ、首を横に振る。
――あそこは私有地だから、入ったらダメだ。他の場所で遊びなさい
もう一人の新人が鎧の男に掴みかかり、泣きながら懇願する。
――お父さんが大切にしていたサインボールなんです! 取りに行かせて下さい!
鎧の男はそれでも首を縦に振らない。
――いいから、ここから離れなさい!
それを見ていたローブを着た魔法使い風の老人が新人の肩に手を置いてなだめるように話かける。
――わしのサインボールをあげるから、それで我慢するんじゃ、な?
それを聞いて後ろにいた新人が肩を震わせながら泣き叫ぶ。
――素人のじじいのサインボールなんていらないんだよ!
悲しそうな、やるせない顔をしてうつむく魔法使い風の老人。
……本当は【聞き耳】で聞こえていたので、アテレコする必要はなかった。
実際に話していた内容を要約すると、『兄貴を助けに行ってくれ頼む! 二次被害が出るからダメだ。後、今から助けに行っても死んでるからダメ』といった内容だった。
(うし、一息つけたし、さっさと無事を知らせてやろう)
俺は見つからないように兄貴を引っ張り出すと新人達の後方にある木にもたれさせた。
タイミングを見て一番後ろに居る新人に向かって小石を投げつける。
小石はのんびりしたスピードで放物線を描いて飛んでいき、新人の頭に当たった。
新人は、いてっと声を上げると頭をさすりながらこちらへ振り向く。
石をぶつけた犯人を見つけようと苛立ちを滲ませた表情で視線をさまよわせる。
その視線が木に寄りかかってぐったりしている兄貴をとらえた。
「ッポォ!?」
新人は、相当予想外だったのか驚きや喜びと表現するにはあまりにもかけ離れた奇声を上げる。
その声に全員が同じ方を向き、兄貴に気がつくとこちらへ駆け寄ってきた。
俺はそれを木陰から見届け、迂回して街に入ると、中を通って南の森へ帰宅した。
森に帰ると【跳躍】で適当な木に登って枝に座る。木にもたれかかって足を投げ出すとリンゴを頬張った。
「ふぅ……、一件落着だな」
スリリングな出来事だったが家に帰ると落ち着く。
兄貴は無事帰せたが、あの負傷だと新人講習はあれで打ち切りだろう。
パーティーでの戦闘講習とかも見たかったが残念だ。
だが、得るものは多かった。
後、オーガ超怖い。
一番知りたかったモンスターの処理方法もわかったし、西の森にもう用はない。
明日からまたゴブリン狩りに勤しむとしよう。
その日はそのまま大人しく休むことにした。
…………
翌日、ゴブリンの死体処理にチャレンジしてみる
自分がよく寝床にしているところから離れ、ゴブリンの死体を一体ずつ適当な間隔を空けて数箇所に置いてみる。
しばらく、その間を巡回し様子を見てまわる。
その内の一体が早速ゴブリンに持ち帰られていた。
以前崖から突き落とした時にゴブリンが寄ってきていたのは仲間の安否を確認するためではなく、死体を持ち帰って食べようとしていたんだなと気付く。
オーガも引き付けることができたし、モンスターの死体は罠におびき寄せるのに使えるかもしれない。
他の場所に移動してみるも、残りの死体には今のところ特に変化はなかった。
だが日が暮れはじめる頃になって一体の死体に異常が起きた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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