リラックスタイムからの不穏な電話
ご飯を食べずにずっと部屋に籠もっている訳にもいかず、下に降りる。あの女は父親と出かけたらしく家には私と蒼しかいなかった。
きっとあの女の悲しみを喜びに変えるため、何かしら父親はあの女にあげるのだろう。たぶんダイアモンドのネックレスとかのアクセサリーだと思う。
丁度あの女も父親も居ないのでお昼ご飯を食べよう。
あのストレスのせいか、胃が痛いので、胃に優しいものを食べようと思いインターネットで“お粥”と検索する。
たくさんあるものの中で、卵を使った中華粥が美味しそうだったので、それをつくることにした。
一番の決め手は作り方が簡単だということだ。
まず鍋に水を入れ、沸騰させる。その湯に御飯を入れ、鶏ガラと溶き卵を入れて最後にごま油をす少し入れれば完成!
「んっ。おいひぃ。」
熱くてはふはふ口の中に空気を送るようにして御飯を噛む。するとふわっと卵の柔らかく甘い香りが口の中いっぱいに広がり、あまりの美味しさにおもわず頬が緩む。
また一口、また一口……徐々に口に運ぶ速度は早くなり、案の定舌の先を火傷する。顔をしかめながらも食べる速度を緩めない。それ程までにこのお粥は美味しいのだ。
簡単で美味しい。これ以上に素晴らしいものはあるのか。
テゥルルルルル テゥルルルルル
着信音がけたたましく鳴り響く。誰だろう? 連絡網かな? 受話器をとり、耳を近づける。
「詩織!! お前、結婚って……あの男、他の女がいるんだろ。なら最低男との結婚なんて止めろよ! 他にも男は居るだろ。……こんなにも身近にさ」
若い男の声。どうやらあの女のことを好いているらしい。若く、まだまだ学べていないこともたくさんあるだろう。しかし、まだ未熟な者だとしても、最低限の礼儀ぐらいは身につけてほしいものだ。
「どちら様ですか?」
電話をするときには先に自分の名前を言う、これ常識でしょう?
「俺、は詩織の友達というか、幼なじみというか……お前は誰だ? まさか暁とかいう男の女じゃねぇだろうな!?」
脅すように低い声で責めるようにして問う。その声は女性に対して、しかも知らない人に対して使うものではない。
「暁の女……? 随分なことを言うのですね。……ふぅん。礼儀知らずな電話に、その上あの男の女だと。教えてあげるわ、私はあの男の娘。クズ男の娘として産まれただけでも可哀想なのに、あの女は勝手に住むわ、あのクズの恋人だと勘違いされるわ……本当私って哀れだわぁ。ねぇ、そう思うでしょう? 礼儀知らずさん?」
ぐだくだと嫌味を言ってやる。声色に嫌味を混ぜれば立派な悪役に思える。まぁ、そんなものは目指していないのだが。
「俺は真和。詩織と幼なじみのようなものだ。詩織が男の家に越したって言っていたから電話をした。お前は誰だ! あの男の妹か?」
「私は伊集院紫乃。暁の娘。ついでに貴方の詩織さんは父と出掛けているよ。」
“貴方の詩織さん”を強調させて言う。
食べ終えた食器を台所に運び、水に漬けておく。肩と耳に電話をはさみ、皿を洗いながら話す。
「娘? あの男は浮気をしていた……ということ……か? そんな男に嫁ぐくらいなら……」
「自分のところに嫁げと? 貴方、あの女のこと好きそうですしね。ちなみに父は浮気をしていましたよ、貴方の言うとおり。しかし、浮気相手は私の母親ではないですがね」
くつくつと嫌味たらしく嘲笑ってやる。どろりとした黒い液体が私の言葉にまとわりつくのを感じながら相手の返事を待つ。
「まさか……詩織が愛人だというのか……!? 詩織にかぎって、そんなことはない」
“かぎって”この言葉ほど信用出来ないものはない。
私に“かぎって”詐欺に会わないと思ってた。と言う詐欺の被害者ってたくさんいるでしょ?
「嘘だと信じたい……?でも、それが真実で現実なの」
子どもに対して話すような、猫なで声でいう。しかし、それは純粋な優しさによって創られた声色ではなく、どちらかというと悪魔が人間に囁くものに似ている。
外を見ると、いつの間にか曇っていて雨が降るのも時間の問題のようだ。
窓の外に見える雲はまるで私の心のようだ。今日は気分がとても悪い。これから父とあの女が帰ってくると思うと胃がキリキリと痛む。こんな家なんて出て行ってお母さんのところに住めば楽なんだけど、まだアイツ等に復讐をしていない。まぁ、なんとなくどんな復讐にするかは決まっているんだけど。
私達の家族を壊した罰、うけてもらうよ。
人物整理!
伊集院 紫乃→主人公。父親と詩織をきらっている。
暁→紫乃の父親。最低男。
お母さん→紫乃の母親。望んで産んだ子ではないけれど、ちゃんと紫乃を愛している。
詩織→暁の元愛人。ヒロインのような人。
蒼→暁と詩織との子ども。紫乃を苦手としているが、嫌ってはいない。
真和→詩織の幼なじみ。詩織のことを好いているもよう。