アンタだけが幸せとか赦さない
パンッ
乾いた音が響き渡った。
一層目に涙を浮かべた義母は頬を押さえてお父さんを見ていた。
父さんはいつもの甘さを含んだ目ではなく、甘さどころか、温度さえ感じさせない目で義母を見下ろしていた。
優しく義母の頭を撫でていた手で義母を傷つけた。
蒼は二人の姿をただただ硬直して見ているだけだった。顔色は悪く、よく見れば小さく震えていた。
別に蒼のことは好きではなかったが、でも嫌いでもなかった。もし、私がいなければ今も幸せに暮らしていたのだろう。何も知らずに家族3人で笑いあっていたのだろう。
私は後悔していないし、蒼に謝罪なんてしてやらない。
「ねえ、2人とも幸せになれると思ってたでしょう?
あははははははははははははははははははは!! くっふふふふふふふふふふふふ!!
そもそも、不倫に罪悪感が無いアンタ達が不倫を繰り返さないはずがないじゃない。
ビッチな頭のわるーいヒロインと善悪の判断がつかないようなヒーロー……ぶふっ……がくっついて幸せになれるはずがないじゃない」
嗚呼、愉しい。二人の絶望に歪んだ顔、ゾクゾクしちゃう。
ピンポーン
あ、来たみたい。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
二人が来たみたい。
今朝、二人の郵便受けに手紙と写真を入れておいた。
愉しい愉しいパーティーに招待したの。
扉を開けなくてはね。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
扉の鍵を開ければ、すぐに扉を開け、入ってきた。転んでしまうところだった。
二人の頬は赤く腫れ、唇は切れていた。
夫と離婚すれば義母と結婚できると考えていた二人はまさか自分以外にも浮気相手がいただなんて思いもしなかっただろう。
送られてきた写真には義母の夫ではない、自分以外の男との濃密なキスシーン。
義母の甘えた顔も、相手の欲情する顔もはっきりとわかる写真を私は選んだ。
私の前の家で写真に写っていた男と顔を合わせれば当然殴り合いの喧嘩になる。そして、2人とも気付くのだ、自分の愛していた女性が愛していたのは自分だけではないと。
二人の頭を占めるものは復讐しかない。恋心を弄んだ愛しいひとへの憎しみが渦巻く。
「許さねぇ」
「ええ、赦しませんよ」
蒼は呆けたように乱入してきた男を見た。
現実を認めたくないのだろう。まさか、自分の母親が自分の知っている母親ではないことに。
蒼は少しずつ壊れていく。
感情が削がれるように表情が無くなっていく。
「蒼……蒼助けて」
母親の己に助けを求める声を聴いても少しも反応しない。
それでも義母は蒼に助けを求める。
真和は義母の腹を蹴りを入れた。
義母の口から空気が抜けた音が聞こえた後、幸せに食べていたものが二度目の蹴りで出てきてしまう。
「きったないですね」
晴翔は義母を蔑んだ。汚い顔に蹴りを入れると靴に義母の嘔吐物と血が付いてしまった。
よく磨かれた革靴が汚れるのを見ると苛立ったように一層蹴りを激しくする。
義母は腕で顔を覆い、縮こまって身を守ろうとするが大人の男の蹴りから身を守れるはずがない。最初は可愛らしく、周りの庇護を誘うような悲鳴を上げていたが、もうそんな体力など残っていない。
「俺は本気で詩織を愛していたのに」
「詩織さんにとって遊びだったのですね」
二人の足はどんどん赤く染まっていく。まるで二人の怒りを表すように。
詩織は蹴られるたびに喘ぐようにしていた呼吸も力なく小さく喘ぐようになった。元気に愛されて育ったと分かる義母の面影はない。
「これはもういらねーわ」
「私もいりません」
転がっているものを見て言う。
二人は歪んだ笑顔で言った。
「売ってしまおうか」
「ねえ、こいつも売って。顔だけはいいから結構な金額になるんじゃない? 慰謝料として受け取ってよ」
「ああ、なるほどな」
私の人生もこれらに狂わされたことを察した二人は笑顔で頷いた。
私は蒼もつれてお母さんの元へと帰った。
お母さんは私を見て驚いた顔をした。なにせ、何も伝えずに復讐を成し終えた後すぐに帰ったから。
「おかえり」
涙目で私を怒った。
「無理しなくてよかったのに。危ないことをして……。いつでも帰っておいでって言ったのに」
最後に泣き笑いして私を強く抱きしめた。
「無事でよかった」
お父さんが今までしてきたことはお父さんの元カノやお母さんと同じように愛する人と引き裂かれてしまった人によって広まった。それを聞きつけたお母さんの婚約者だった皐月はお母さんの元へと訪れた。
真剣なまなざしで謝罪し、深く頭を下げた。
「あの時、お前を信じられなくて済まなかった。許してくれなんて思っていない、深く傷ついていたお前を更に傷つけてしまったのだから。それでも、謝らせてほしい」
お母さんは涙を流し、皐月の胸に飛び込んだ。
お母さんがひとに甘える姿初めて見た……。この人が、お母さんの愛する人。
「あの時信じてくれなくて、とってもとっても悲しかった。許してなんかやらないわ!!」
皐月はお母さんをきつく抱きしめた。
もう、この腕から離さないと言うように。二人がまだ愛し合っているのは一目瞭然であった。
「もうお前を不幸にはしない。幸せにするから、結婚してください」
「私を悲しませた分だけ幸せにしてね」
お母さんははにかむと皐月の背中に腕を回し、答えるように力を込めた。
こうしてお母さんは幸せそうに正しい人と再婚した。
蒼に同情した二人は私の弟として蒼を家族に加えた。
幸せそうにお母さんが微笑む。
義母だった女とお父さんだった男の現状を風の噂で聞いた。
二人はあまり良い噂を聞かない風俗に売り飛ばされたらしい。
傷の癒えた女は様々な醜い男たちに欲望を吐き出され、心が壊れてしまったらしい。
痛めつけることに快感を覚えるもの、何人もの人で欲望を吐き出すもの、そんな相手を毎日毎日寝る暇すらなく相手にしていた。
お父さんだった男は義母だった女のように卑劣な環境の風俗に売り飛ばされたという噂や、貴族のペットとして買われているという噂や、他国で奴隷になったという噂もある。どれが本当か分からないし、ひょっとしたらどれも本当かもしれない。
私の復讐は完成した。
義母とお父さんは今不幸で、お母さんは今とっても幸せなの。
長い間、有難うございました。
約2年開いてしまいましたが、それでも読んでくださり本当にありがとうございました!




