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プロローグ

乙ゲーの世界に転生というお話ではないので、ご了承下さい

 「離婚しよう。好きな人ができた。」


お父さんから紡がれた言葉がこの家族を崩落へと導いた。


「ふざけんじゃ無いわよ!!」


胃にずどんと響くほどの低くて大きい声。とても女の人の声には思えない。


 お母さんが怒るのは当たり前のことで。

 なにせお母さんはお父さんと結婚したのは恋愛結婚でも、お見合いでもない。できちゃた婚。いや、できさせちゃった婚である。お母さんは元々別の人とつき合っていた。その人はお父さんの従兄にあたる皐月。お父さんは悪趣味で人の彼女をとるのがこの上ない快感を感じるのだそうである。

 お母さんを襲い、自分の物にしようとした。その望みは叶ったが予想外だったのが私、紫乃の生命がお母さんのお腹に宿されてしまったこと。だから結婚する他なかった。愛する恋人には浮気をしたと勘違いをされ、好きでもない男と結婚をし、憎むあの男の子である私が生まれた。

 幸運だったのは私は母から愛されているという点。嫌いな男の子なんて普通なら愛せないであろう。しかし、私の母は


「子に罪はない。私の血の分けた子供だ。あの男のようにはならないで」


と言って愛してくれる。

 ご飯を食べるときも、どこかへお出かけするときも、いつでも私はお母さんがいた。時には怒られ、時には笑い、誉めてくれたりしてくれた。今の私があるのは母のおかげだ。


「本気の恋なんだ。離婚してくれ」


家にはいつも私と母だけ。お父さんは家に帰るときなんて滅多にない。馬鹿なお父さんは体に女物の香水を仄かに匂わせていた。お父さんの首には虫さされのような小さい痣が無数にあった。消えかけていると思ったら新しい痣が。綺麗なしわ一つ無いスーツには長い髪の毛が。私も、母もミディアムヘアなのにその毛はとても長くて手入れの行き届いた美しいものだった。それに比べお母さんは私を一人で育てることに対するストレスで髪に艶なんてなく、年齢の割には白髪が多く、実年齢より高く見えることが多かった。


「まだこの子は子供なのよ!成人するまでは離婚しないわ!!」


お母さんは早くに母親を亡くしている。両親の揃わない悲しさを、寂しさを一番よくわかっている。だからどんな最低な男だろうが私の為に離婚しない。


「詩織には子供がいるんだ!! 詩織には俺が居ないと駄目なんだ! 女手一つで子供を育てるのは大変だろう? だから俺が居なきゃ!!」


必死に訴える姿に心がどんどん熱を失うのを感じながらその姿をみる。

 緊張のためか汗ばんでいる肌。泣きそうな顔。土下座をして地面にすり付けている額。

 知らない女の為の必死な姿の父親。目の前にいるのは本当に自分勝手な私の父親なのだろうか。知らない男が目の前で土下座をしているような錯覚に陥る。


「女手一つで育てるのは大変? どの口が言ってるのよ! 私のことを、娘のことを一度でも考えてくれたことある? いつでも私たちを振り回して……まさかとは思うけれど子どもって貴方の子じゃないわよね?」


お母さんの冷たく地を這うような声に父はびくっと体を震えさせた。父の瞳はお母さんの顔を映すことができず、きょろきょろと視線を泳がせ、空中だけを映すばかりである。その怯えた様子を見て母は冷笑を浮かべた。目の奥は凍えてしまいそうなほど酷く冷たいが、口元はにっこりと弧を描いている姿は誰もが恐怖心を抱くだろう。


「私の幸せをぶち壊したのに、貴方は家にろくに帰りもせず、愛人を作り子も出来たと。自分の奥さんの幸せも娘の幸せも省みず、自分勝手に生活していた貴方がその女と子供を幸せに出来ると断言できるの?」


氷のように冷たい声色で父を追い詰める。

 一歩一歩確かめるように前へ踏み出すこの動きは怒りで荒々しくなる足音を抑えるためであると感じられる。


「だ……断言出来る!! お前との結婚はゲームのようなものだったんだ! 詩織の事は本気で愛している!! 子供は俺と詩織との子だ。年はお前の子と同じだ!」


ゲーム感覚で結婚したと、非常識な発言を叫ぶように言った。それをお母さんは聴くと、冷笑を浮かべながらお父さんに近づく。口元はにっこりと微笑んでいるけれど、目は全く笑っておらず、目の奥はまるで真冬の吹雪のように冷え切っている。


「へぇ……。そんな前から浮気していたの。結婚してから4ヶ月で紫乃が生まれた。ということは、結婚してすぐに付き合ったということ。そうよね? 間違ってないわよね? お前が最低な野郎とは思っていたけれど、ここまでとは思わなかったわ。 いいわ、離婚してあげる。」



目はとうとう濁った光の映さない泥沼のようになっている。その目は夫を人間として見ていないことが理解できる。口元もにっこりと微笑んでいたのが、薄ら笑いになり、とうとう無表情になった。光の映さない絶対零度の瞳、色の薄い肌、そして部屋の気温を下げるような無表情。その姿は人間とは思えないもので、雪のあやかしのようだ。

そんなお母さんの前でも空気の読めない馬鹿なお父さんは離婚できるということに嬉しそうに顔を上気させている。


「この子はきっとお前についていくだろう。 だから親権はお前にやるよ。 離婚届に俺の名前は書いてあるから、あとはお前が書いて役所に届けて完了だ」


浮気相手と父とその2人の間の子と幸せに暮らすつもりなのだろう。そんなこと許さない。お母さんが苦労している間父は浮気相手と仲良くイチャイチャしていたのだろう。


「私はお父さんの方についていくよ。──────アンタだけが幸せとか赦さない」





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