003 商人
少し短めですが何とか間に合いました
大工房の隣にある大広場は谷の入り口から少し入った場所にあり
谷のドワーフ達全員が集まってもまだ充分な広さで
普段はそこで祭りや集会などが行われる。
そして今日は半月に一度、ホビットの商人サマノ達がやってくる日であった。
広場には既に大勢のドワーフ達が集まっており
荷馬車の周りには人だかりが出来ていた。
「よし、その酒3樽買った!」
「馬鹿もん、それはワシが目をつけとった樽じゃ!」
「頼んでおった革紐50束はあるかの?」
「麻の作業着を4着欲しいんじゃが」
「ふむ、多少値が張るが魔法銀あるだけくれい」
注文を受けた品を遠方の街や村、
王都で仕入れて代金と引き換えに渡すと言うのが
基本的なやりとりなのだが
それとは別に各地の名産や、サマノが目利きした品も持ってきており
海沿いの街から仕入れた海産物の加工品などの食料品から布や革製品
珍しい物になると魔法鉱石まで多岐に渡る。
勿論ドワーフの谷と言う事で酒も大量に準備しており、
今回は名品と名高いエント村の芋蒸留酒を仕入れていた。
珍しい酒や新しい魔石等、谷ではなかなか手に入らないお宝を求めて
集まるドワーフ達も多く、
普段は静かな広場が今日は多くの人でごった返していた。
そこら中から我先にと次々と上がる声にサマノと見習い商人であるネリィは
その小さい身体でメモ書きを片手にあちらこちらと走り回り
新しく注文を聞いたり頼まれていた品を渡したりしていた。
その後ろではここ最近、彼等に雇われた大柄な傭兵のバンデスが
荷馬車から沢山の積荷を降ろしていた。
サマノ達の様な旅商人は販売するだけでなく
ドワーフ達が作成した品の買い付けも行っており
街や王都では鉄響の谷ドワーフ製と言うだけで
通常の品よりも売れ行きが良く
仕入れれば仕入れるだけ3日も経たぬ間に売れてしまう。
以前、その飛ぶような売れ行きに目をつけた王都の傲慢な大商人が
何台も荷馬車を引き連れ
「金は幾らでもある、お前達の作った物を買ってやるから、
あるだけ根こそぎ出して来い」
と交渉に来たがその横柄でぶしつけな態度に
ドワーフ達も呆れて誰も相手にせず、すぐ追い返したところ
「人間でもない田舎ドワーフ風情が、この私を誰だと思っている!!」
と怒り狂った大商人がその仕返しに
送りこんで来た私兵達数十名をコテンパンに返り討ちにした経緯がある。
そもそもドワーフ達は一部を除くと閉鎖的で、
気に入った相手以外とは取引をせずその集落する見付ける事は難しいのだが
サマノ達はとある切っ掛けからドワーフ達のお気に入りになり、
以降あれやこれやと少しずつドワーフ達からの難しい注文を受けて
色々仕入れてくるので彼らから重宝されいつの間にか
この響音の谷に自由に出入りを許される唯一の商人になっていた。
但し武具についてはドワーフ達の掟で
使用者を自らの目で判断する事になっており取り扱う事は断念している。
因みにサマノには特別にドワーフ達から友愛の証として
波打つ様な刃紋が見事なグルカナイフを貰っていた。
その品質は筆舌に値し街の武具屋で売っているナイフとは
比べ物にならない程の刃の切れ味と
更に柄や細部にも見事が細工がなされており
普段ナイフやショートソードを主な得物とするシーフやハンター、
また美術愛好家からも譲ってくれないかと交渉が止まない程である。
商人である自分には使いこなす事も出来ず宝の持ち腐れと
周囲には苦笑いで答えているが
ネリィはサマノが毎日手入れを怠らず、
普段はあまり自分のものにお金を使わない彼が
わざわざ特注で革細工屋にナイフカバーを発注して
肌身離さず腰から下げている事を知っていたので一人ほくそ笑んでいた。
その事は勿論バンデスも知っており、
何気なく武器の手入れや扱いついて質問をしてきた際には
感心しつつも笑いを堪えながら教えてあげた事がある。
次々と注文を捌きながら、少し落ち着いてきたタイミングで
サマノがネリィに声を掛けた。
「ネリィ、ここは何とか僕が捌くからこの包みとあっちの箱を
台車に積んでバンデスと一緒に愚鳩亭まで届けてくれないかな」
「あい!解りました。ママさんのとこですね」
「おい旦那、こんな状態に一人で大丈夫なのか?」
「ん、うん、こっちは何とかするよ、
ほ、ほら届ける荷物が多いからさ、
そう言う仕事はバンデスの方が向いてるだろ」
「つべこべ言わないでとっとと来るですよ!ほらほら」
「はいはい、解ったよ」
何か腑に落ちないバンデスに台車を引かせてネリィが追い立てる様に
広場から愚鳩亭へ向かって行った。
「生きろ・・・・バンデス・・・。」
小さくサムズアップをしながら呟くと
その背中を見送るサマノであった。
それから暫くして沢山のお菓子と次の注文を貰ってニコニコ顔のネリィと
何故かフリル付きのエプロン姿で怯えた様子のバンデスが帰って来たが
サマノは敢えて理由を聞かず、そのまま仕事を続けた。
そう、彼は空気を読める男だった。
ネリィは沢山の追加注文を貰えたと自慢げに話していたが
バンデスは終始無口でエプロン姿のまま黙々と作業を続けており
たまに電池が切れた様に動きが止まる事があったがすぐにまた動き出し
積荷を降ろしたり配達を手伝ったりと忙しく働いていた。
そして日が暮れる頃にはようやく客の姿も消えその日の予定していた仕事を
全て終える事が出来た。
宿屋に入った後は、ネリィとバンデスを夕食に誘ったが
ネリィはお腹が一杯で今日はもう食べれないと早々に寝てしまった。
バンデスも荷物を置きに行って来ると呟いたまま降りて来ず
部屋に戻ると死んだ様に眠っていた。
但し、まだエプロンは着けていた。
夜中に大分うなされていた様だが
翌朝には何も無かった様にいつも通りの彼に戻っており
さすがにその時はもうエプロンは着けておらず
普段どおりの服装になっていた。
全員揃い朝食の際、よくよく聞いてみると
どうやら昨日の愚鳩亭からの記憶がすっぽり無く
なぜエプロンを着けていたのかすら思い出せないらしい。
何故か冷や汗が止まらないとは言っていたが。
ネリィに聞いてもお菓子に夢中だったので
覚えてるような覚えてないようなと曖昧な回答だったとの事
まぁそこについては敢えて無くして置いた方がいいのかなとサマノは思った。
何故なら、彼は空気を読める男だから。
サマノ:ホビットの商人。男性。目利きに優れており、
ひょんなところからドワーフ達に気に入られて
専属の商人の様な立場になっている。
色々厄介ごとに巻き込まれるが機転が利くのと飄々とした態度で
上手くかわしており何とかやってこれている。
バンデスとは過去に一度出会っており両名とも
その事については覚えていない。
ネリィ:ホビットの商人見習い。女性。
見た目と裏腹に大食漢でよく買い食いをしている。
サマノとは自ら頼んで弟子入りしたので基本的に言う事は素直に聞くが
うっかり抜けている部分が多く大抵1つか2つは忘れている。
お菓子は別腹派
バンデス:大柄な人間の傭兵。男性。
過去に冒険者をしており王都でも名の売れた中堅クラスPTの
リーダーをしていたが、とある理由からPTを解散し傭兵になる。
サマノとはギルドの紹介で知り合い雇われたが
過去の出来事については覚えていない。
人が良いので騙され易い
読んで頂きありがとうございます
次話は少し早めに投稿したいと思います。