002 熊獣人(ワーベア)
遅くなりました、第二話です。
まだまだ夜はこれからと、より一層賑やかさを増した店内にまた一人、
少し汚れたローブを羽織った客がやって来た。
「いらっしゃ・・・あら?なんか小汚いおっさんだと思ったら
デルフじゃない。久しぶり生きてたのね。でも今日来たのは正解よ、
特別いい肉が入ったから」
客だと言うのに来店早々毒を吐かれたが、どうやら彼は今日ツいてるらしい
旨い酒と食事を出すここ愚鳩亭だが、店主が特別良い食材を仕入れた時には
想像を超える品を出してくれる事が多い。
「相変わらずであるなサボックス・・・いや此処ではママだったな、
失礼失礼」
「アナタも一旦自分の工房に篭るとなかなか出てこないから
今度はてっきり熊達と一緒に冬眠してるのかと思ったわよ」
「ふむ、まぁ似たようなもんであるな」
出されたエールを美味そうに飲み干し一息ついた後、
デルフと呼ばれたドワーフはくるりと巻いたヒゲを撫でながら答えた。
【デルフ】デルファイ・モリブデン。愛称はデルフ、ドワーフ
一般的な鍛冶よりも機工に通じ役に立つ立たないは別にして
常に発明に没頭している。
基本的に直接戦闘は苦手、ドワーフにしては珍しく癖毛の赤髪で
ヒゲは鼻の下で巻いておりアゴヒゲは伸ばしっぱなしで
特に編んだりはしていない
好きな酒はウォッカ
【サボ】サボックス・ローズクォーツ。愛称はサボ、ダークドワーフ
村唯一の酒場を経営しており、そこで出す料理は独特のアレンジが効いていて
エールや酒類に合うと非常に評判が良い。
ドワーフにしては珍しく長身の大柄で、更に白い口ヒゲとアゴヒゲに
スキンヘッドの強面、
しかし自らを乙女と自称しており女将やママと呼ばせたいらしいが
そう呼ぶものは極稀である。
好きな酒は少し苦めの若いワイン。
「で、その冬眠の熊がのそのそ出てきたって事は、
まーた何かガラクタで出来上がったのね」
湯気の立ちのぼる鹿肉と根野菜シチューの入った皿を出しながら
サボがデルフに問う
「ガラクタとは失礼であるな、今回のは結構な自信作である。
あ、こりゃ美味いであるな・・・」
「だって、ほらこの前の自信作って奴も歩いたほうが早い動力
・・・えーっとなんだっけ?まぁそんな感じだったじゃない・・・」
「自動動力歩行装置である。あーあれは・・・
ゴホン、鋭意改修中であるから・・・・ともかくこれを見てみるである」
お茶を濁しつつもデルフは腰の袋から小さな銅製の箱を取り出し
カウンターの上に置いた。
「この触媒を取り付けた箱のじゃな、
この部分に魔石を放り込んでやれば・・・・
ほれ。あっという間に冷たくてキンキンなのである」
「やだ、本当に冷たい。キンキンだわ」
「であろう、であろう、凄いであろう、これは魔石から常に放出されている
魔力を変換増幅する装置でな、このスイッチを使えば熱くもなるである」
なかなかのリアクションに満足そうにうなずくデルフ
その箱を暫く触ったり引っくり返してみたりしていたサボだがふと呟いた。
「で、これはどうやって使うの?」
「ん?開発までがワシの範疇である、使い方は別の話である!」
胸を張って答えるデルフに呆れ顔を向けながら
何か思いついたのかサボがその箱を手に取りカウンターの下から取り出した
一回り大きな木箱に入れて蓋を閉じた。
暫く様子見ながら蓋を開けたり閉めたりし、
中に手を突っ込み外気との違いを確かめた後
「これってどの位冷気持つの?こうやって密閉した箱に
冷気を閉じ込められれば稼動時間によっては
食材の保存庫として使えるわよね」
その考えは無かったとばかりにデルフが目を見張り
懐からメモを取り出し計算を始めた
暫くぶつぶつと呟いた後
「そうであるの、その大きなの箱であれば小さな魔石ひとつで二日、
もうちーっと改良すれば大体三日は持つのである」
「じゃぁ実験台としてうちで使ってあげるから少し大きめ保存庫付きで
大至急お願いね、費用は貯まってるツケと相殺でね」
軽くウインクをして無理なオーダーをしてくるサボ
制作費を考えると完全に大赤字なので何とも言えない顔をしつつも
内心は自分の装置の使い道が見つかった喜びでそう悪くも無い気持ちになったデルフ。
「ではツケついでにエールのお代わりである」
「女将さーん、こちらのテーブルにエール3つとガーリックマトン2つ
追加お願いしまーす!」
追加オーダーを告げるセサミのよく響く声がホールから聞こえてくる。
「はーい合点承知ぃぃ!!・・・・さぁ今夜もまだまだ忙しいわね」
この雄叫びの様なオーダーのやりとりがママと呼ばれない
理由のひとつでもあるのだが。
上機嫌で新しいエールとシチューを頬張る赤毛の研究者を
優しい目で見ながらサボは厨房へと消えて行った。
-メディール鉱山-
真っ暗な坑道で規則的に鳴り響く金属音
一人の鉱夫が黙々と掘り続けていた。
その男の名はガトゥール。
鉄の谷で酒と並ぶ欠かせない物、「鉄」を掘らせたら
右に出るものは居ないと言われる名鉱夫である。
彼が掘る鉄鉱は非常に不純物が少なく精製すると良質の鉄が出来る為、
普段は粗野な職人達も彼に対しては決して礼を欠かさない。
本来ドワーフは夜目が効くのでランタンはあまり必要無いのだが
彼曰くやっぱり雰囲気は大事といつも腰にぶらさげており、
トレードマークの様になっている。
【ガトゥール】ガトゥール・チタン。愛称はガトゥール、ドワーフ。
愛用の鶴嘴を片手にあらゆる鉱山で鉱石を掘って来た。
灰色のヒゲは細かく編み込みをしており、
真ん中で大きく三つ編みにしている。
ドワーフにしては珍しくきっちりとした性格で信心深く面倒見が良いので
先生と呼ばれる事もある、そんな彼に頭が上がらない者も多い。
好きな酒はウィスキー
今日もそのランタンを揺らしながら鉄鉱を掘るガトゥール
成果はなかなか上出来でこれを持ち帰れば
職人達がまた大騒ぎするのが目に浮かぶ。
信心深い彼は地の神に祈りを捧げた後、
荷物を纏め地上への道をゆっくりと歩き始めた。
ふと不穏な気配を感じ手早くランタンの明かりを消した後、
夜目の感度を上げた。
そこには一体の小柄な熊獣人が暗がりうずくまっていた。
熊獣人は一般的な猫や犬の獣人とは違い、
生息数自体少なくあまり見かける事は少ない
更に体内の魔素の量が多いので野生に帰ってしまう事が多く
地域によってはモンスター扱いされる事もある為
先ず会話が通じるかどうか、その点が重要なポイントになる。
通じる場合は他の獣人と同様にヒトとして接するが
通じない場合は残念ながらモンスターとして対処する事になる。
強さ的には熊と言う事もあり力も強く、
初級クラスの冒険者では危険で中級クラスの冒険者パーティーで
犠牲者無く対応出来るレベルである。
ガトゥールは相手との距離を測るため左手をゆっくりと前に出し
身体を斜に構え、見せる面積を出来るだけ少なく
直ぐに一撃を打ち出せる様ツルハシを右手に握り締め
注意深くその獣人に近寄った。
「ほぅ、まだ子供よのぉ」
小柄な身体とその顔つきと仕草からまだ子供であり
暗闇の中、低い唸り声をあげ威嚇を続ける熊獣人
よく見ると腕と足に酷い怪我をしており、
その痛みのせいでまだ幼い理性が野生に負けそうになっているのではと
推測するガトゥール。
右手のツルハシを腰の吊り下げ金具に戻し
左手はまだ前に突き出したまま、
ゆっくりと熊獣人に近づいていくガトゥール
「大丈夫よのぉ、ワシはお前さんの敵じゃない。」
低く、ゆっくりと、だが力強い声で話し掛ける。
「痛かったじゃろうのぉ、ほらワシに見せてみぃ。」
眉尻を下げ沈痛な表情で語りかける、そして更にもう一歩近づいていく。
ジリジリと後ずさりながら目線を離さない熊獣人、
坑道内に響くその低いが優しい声に
殺気立っていた熊獣人の目に少し理性の光が戻るが
痛みに顔をしかめた後すぐにまた元の様に血走った目になり
再び理性を失った熊獣人がガトゥールに飛び掛ってきた。
「ウ、ゥゥ・・・グガァァァ!」
ガトゥールは避けもせずそのままその牙を突き出した左腕で受け止め、
流れ出る血も気にせず
そのまま空いていた右腕でその小さな身体を抱きかかえた。
噛み付いたまま身動きの取れなくなった熊獣人は暴れだすが
屈強なドワーフの腕力には適わずもがき続けている。
「お主くらいのまだ若く鈍い牙じゃこの老いぼれの腕すら喰いちぎる事も
無理な話よのぉ」
噛み付かれた腕にふんぬと力を入れ
パンッと弾ける様に筋肉が一気に膨張する。
その衝撃でまだ子供である熊獣人の小さな口はすぐに外れてしまった様で
そのまま仰向けに抱えられてしまった。
「少し苦いがよく効く、我慢するんじゃのぉ」
暴れる熊獣人の傷を出来るだけ広げない様にグッと押さえつつ、
素早く腰の袋から痛み止めの薬草を取り出しその小さな口に放り込み
そのまま吐き出さない様に口の部分をむんずと掴んだ。
薬草の苦さでクシャと顔をしかめ必死に吐き出そうとしていた熊獣人だが、
がっしりと口を押えられている為
吐き出すことも出来ず暫くはジタバタしていたが
やがて痛み止めが効いてきたのか次第に穏やかな表情になり、
その目にもうっすらと理性が戻ってきた。
ようやく落ち着いてきた様子を見て安心したガトゥールは、
皮袋から塗り薬とバンテージを取り出し
手足の怪我の手当てをしてやりながら話しかけた。
「やっとこさ話せる位まで、まともになったかのぉ」
「ウゥゥ・・・オイラ・・ナンデココニ・・・」
半野生化していたのが原因か、たどたどしい言葉で喋る熊獣人。
「お主、見かけん顔じゃが何処から来たんじゃ?まぁその前に名前かのぉ」
「ドコカラ・・・オイラノナマエ・・・ウゥゥン・・・・・」
どうも自分の事を何も思い出せない熊獣人はその場をうろうろと歩きながら
まだぼんやりとした口調でぶつぶつ呟いていた。
「うろうろしてるだけじゃ話が前にすすまんのぉ・・・・
うーん・・・そうじゃ、取りあえず呼び方はウロでいくかのぉ」
「ウロ・・・オイラノナマエ・・・イイナ、オイラウロ!」
「じゃぁ、ちゃんと怪我の手当てする為に谷へ戻ろうかのぉ、ウロや」
応急手当をしただけなので、まだあちこちに傷が残っており
少しヨタヨタと歩くウロを連れてガトゥールは坑道を後にした。
読んで頂き有り難う御座います。
次回更新は15日予定です。