001 鉄響の谷
初投稿です。
「でね、その赤っ鼻にアタシ言ってやったのよ!」
立派な一枚板で出来た木製カウンターの中から興奮した声で店主の話は続く
その向かいで少し低めだが丈夫な作りの椅子にチョコンと腰掛けた少女は
その話を楽しそうに聞いていた。
話の内容はこうだ。
先日、店主が王都まで食材の仕入れに行った際、
街の市場にて手練の狩人でも滅多にお目に掛かれない大角鹿の肉を
購入しようとした時に騒々しく横入りしてきた、
王都の有名レストランの筆頭料理人自称する
赤い鼻が特徴的な男コスッキオとその取り巻きが
「王都一の料理人コスッキオ様が凡庸な食材を一流の料理にしてやるから喜べ」的な内容で
そのモモ肉を適正値段よりも遥かに安く買い占めようとし
それを店主が断ると取り巻きを使い店で暴れ出したらしく
その時の話を身振り手振りで語っていた。
「その立派な肉はアンタじゃ美味しく調理してあげる事は無理よってね
そしたらそいつ嫌味な顔で何て返してきたと思う?
『お前みたいな田舎物のごつい手じゃ料理どころか精々グチャグチャの粘土細工位しか出来ないだろう』
って取り巻き連中と笑い出したのよ」
「もうねアタシ頭きちゃって、そいつの鼻っ面フライパンで
ぶん殴ってやろうかと思ったんだけどさ
フライパンも無かったしお店に迷惑かけちゃ駄目よって
思い直してゆっくり何度か深呼吸したんだけど
どうしても腹の虫が治まらなくて気がついたら、
そいつの顔を鷲掴みにして表へぶん投げてたのよ!
取り巻き達が伸びた赤っ鼻を抱えてなんか喚きながら逃げていったけど
ちゃんと覚えてないわ。
それにしてもこんなか弱い乙女によってたかって
大の男が因縁つけてくるんだから街って怖いわよねぇ」
どう考えてもふっかけた方なのだがそこにはあえて触れず
その逞しい両腕で、鍛え上げた筋肉がはち切れんばかりの体を抱え
震える仕草をしながら店主はそのまま喋り続けた。
「そうそう、あのくらい立派で血抜きもきっちりしてる大角鹿の肉はね、
少し臭みが残ってる程度だから香味野菜と一緒に蒸せば
何にでも使えるし、ガーリックと岩塩、黒胡椒で焼くだけでも
充分美味しいのよ。
ローストしている間、何度かオーブンから出して肉自体から染み出た脂を
上からジューっと掛けて表面をパリッと仕上げるのよ
そうやって焼き上がった熱々のモモ肉は齧り付いた瞬間にパァンと
閉じ込められた野生の旨みが口の中で爆発するのよ
想像しただけでもエール何杯いけるか解らないわ・・・・」
説明している本人が斜め上方をぼんやりと眺めながら生唾を飲み込んだが、
窓の外が薄暗くなって来たのに気付くと
自らのスキンヘッドをぺチっと叩き
「あらやだ!もうこんな時間じゃない、急いでお店開ける準備しなきゃ!
じゃ、あの馬鹿達にソレ届けて貰えるかしら。
また今度ゆっくりお話しましょうね」
少女はようやくバスケットに入った依頼の品を受け取ると
弾むような足取りで大工房へ向かった。
あまりの大きさとその連なる尾根の長さに
巨人の昼寝とも称される雄大なギガス山脈
その南方に広がる渓谷に鉄響の谷と呼ばれる小さな集落がある。
平地が少ない上、土壌も岩や石が多く且つ粘土質なので、
とても農地には向いていない土地だが近くの山からは良質の鉄が採れた。
ただそこは魔物達の縄張り内と言う事もあり
一般の鉱夫達が採掘するには非常にリスクが高く、
何度か王都から討伐隊が組まれたが立地や距離等の問題もあり
思ったような成果は上げられておらず、
人々はその鉱山での採掘をほぼ諦めていた。
すると何処からか鉄の匂いを嗅ぎつけたドワーフ達が集まり
夜目も利き屈強な彼等はツルハシやハンマーを片手に魔物達を難なく退け、
掘り出したその良質な鉄を使い様々な武具や装飾品を作り出した。
優れた職人である彼等は時を忘れる位一心不乱に仕事もするが、
どのドワーフも例に漏れず酒好きな為
持ち寄った酒を飲み肉を喰らい、採掘した獲物(鉄)を肴に騒いでいると
自然と酒場が出来
良い鉄と旨い酒の噂を聞いたドワーフ達が集まり、
やがてドワーフの職人達が集う集落となる。
其処ではあちらこちらで鉱夫が鉄鉱石を彫る音と
職人が焼けた鉄を叩く音が鳴り止まない為、何時からか鉄響の谷と呼ばれ
彼らが作り上げる鉄響の谷製の武具や装飾品はその質やデザインが
極めて高く冒険者や騎士達の垂涎の品となっていた。
-大工房-
太陽がすっかり沈み、あちこちで灯りがポツリポツリ付き出した頃
村の中心部にある大工房では炉の炎が赤々と燃え、ムッとする熱気の中、
槌を振るう音が鳴り響いていた。
「あちゃー!!この鉄も無理だス!」
甲高い音を立てて焼けた鉄が砕け散った。
何事かと奥の部屋から覗き込む職人達の視線を気にもせず
一人のドワーフが額に光る汗を手ぬぐいで拭きながら槌を置いた。
「ふぁい!び、ビックリした!こ、今回もまた駄目だったのかい、ラーゼ」
編みこまれた長いヒゲをギュッと握り締めながら
おかっぱ頭の神経質そうなドワーフがおどおどと近寄っていく
苦笑いしながら同じく少しウェーブの掛かった長いヒゲを
こちらは無造作に伸ばしたラーゼと呼ばれた
少し頭の薄くなった色黒のドワーフが両手を上げお手上げのポーズをする。
【ラーゼ】・・・ラーゼブンド・アダマイン、愛称はラーゼ、ドワーフ
防具全般を扱う板金鍛冶師である。
褐色の肌にドワーフの象徴でもある長いヒゲの色は薄灰色に少しウェーブ
いつもトレードマークの耐火ゴーグルをしており寝る時も外していない
酒と煙草をこよなく愛する楽天家だが作品に対しての妥協はしない性格。
好きな酒はアガベ酒
「ああドンだスか・・・・これでかれこれ211回目の失敗だス」
「て、鉄の質自体はガトゥが掘ってきたものだから問題無いとして、
後は鉄以外の配合率かな?そ、それとも融解温度の問題かな?」
「うんにゃ、その辺りの懸念は全て解決してるんだスが・・・・・」
【ドン】・・・ドンフォール・ダイア、愛称はドン、ドワーフ
武器全般を扱う武器鍛冶師、特にハルバードの製作には定評がある。
長いヒゲは乳白色で両サイドに細めの二本、真ん中に大きく一本と
編み込まれている。人見知りが激しく初対面では殆ど喋らないが
おどおどしながらも観察眼が鋭く依頼主の適正に併せた武器作りが出来る。
好きな酒は果実酒
ラーゼとドンフォールが神妙な顔でそう話していると
入り口から白いワンピースを着た少女が
バスケットを両手に抱えて作業場に入ってきた。
「ラーゼ、ドンちゃん!差し入れだよー」
「あんりゃ、ここに来ちゃ危ないだスよ」
「ふわわ!な、なんだか美味そうな匂いがするよ!」
「わたしが持ってけば、仕事バカ達も休むだろぉってママさんが言ってたー」
「ほんじゃまぁ今日はここまでにするダすか」
先程までの張り詰めた表情から一転、
微笑みながらそう答えたラーゼとドンフォールはバスケットに入っていた
焼き立てと思われるまだ暖かい白パンにピリリと黒胡椒とマヨネーズの効いたベーコンレタスサンドを頬張ると
二人のドワーフは少女と一緒に大工房を後にした。
-太った愚鳩亭-
久々に長旅から鉄の谷へと帰り着いた一人のドワーフが
年季の入ったマホガニー製のドアを開けると
先ず香ばしい肉の焼ける匂いとエールの少し甘い香りが鼻腔をくすぐり
両耳にはホール内に響き渡る賑やかな乾杯と笑い声が押し寄せてくる。
一日の仕事を終えた職人達がジョッキ片手に肩を組み歌を唄い
今夜も仲間達と酒が飲める喜びを大いに楽しんでいた。
「セサミちゃん!いつもの茹で豆とガーリックマトンをくれい、
あとエールを大至急でな!ガーッハッハ」
「あら!ワンドさん、ご無沙汰ですね!はいはい、いつものね」
丈夫な木製の丸椅子にどっかりと腰掛けたワンドと呼ばれた一人のドワーフは
褐色の肌に豊満な胸を強調した制服を着た猫人の看板娘セサミに
彼定番の品を注文した。
茹で豆とは茹でたての青豆に塩を振り暗所で一日置いた物で
丁度良い塩加減がエールと合うと評判の品
そしてガーリックマトンはガーリックと発酵豆(味噌)ベースの漬けダレに
漬けておいた羊肉を鉄板で焼いた噛めば噛むほど羊肉の独特の旨みが癖になる
こちらもエールに欠かせない人気メニューである
【セサミ】鉄の谷唯一の酒場である”太った愚鳩亭”の看板娘、猫人
実は見かけに寄らず苦労人だがそれを感じさせない程の明るさと
健康的なお色気で彼女目当てで通うドワーフ達がいるほどの人気である。
【ワンド】ワンド・スティール愛称はワンド、ドワーフ
武器や防具に施す飾り細工を得意とする彫金師、底抜けに明るく笑い上戸
厄介事に巻き込まれやすい体質で本業よりも
冒険者に近い仕事をよくしている。
明るい茶色のヒゲは長く伸ばしているが先端だけ纏めている。
エールは勿論大好きだが蜂蜜酒には目が無い。
注文の品が来るまでの間、手持ち無沙汰なワンドがふと隣のテーブルを見るとドワーフにしては珍しく一人静かに酒を飲む古い友人を見つける。
彼はまるで周りの喧騒とは別空間に居る様に
一人で焼いた川魚をつまみに醸造酒の熱燗をちびちびと飲んでいた。
一口食べる毎に酒を少し含み、前半の甘みは少なく中盤から
じわじわと旨みが広がりそして
旨みと甘みが広がり味の幅のふくらみ堪能した後
再び一口、塩味の効いた魚の身を食べ、また酒を少し飲む。
そんな仕草を冷めた目で暫く見ていたワンドだが、
そろそろ飽きてきたので声を掛ける。
「ガッハッハ相変わらずゴンゾはみみっちい飲み方しとるのぉ、
それじゃ楽しくないじゃろ?」
ゴンゾと呼ばれたドワーフはワンドの声に少しは反応するが、
やがて何も無かった様に再び酒を一口飲み
その鼻に抜けていく独特の香りに満足しつつ、ボソリと呟く
「・・酒にはそれぞれ合った飲み方があるで候、その肴もしかり・・」
「ウハハハそんなにその酒は美味いのか!じゃぁワシもひとく・・・」
ワンドがゴンゾのテーブルに置いてある酒の入った瓶を持ちし
そのまま飲もうとした瞬間
ゴンゾが目にも留まらぬ速さでその瓶を取り返し
ワンドと反対側の端へ置いた。
「・・酒を水の様に飲むお主には勿体無い・・で候」
【ゴンゾ】ゴンゾウ・ダマスク愛称はゴンゾ、ドワーフ
異国から伝承された刀と言う製法も扱いも違う異質な武器を打てる刀鍛冶。
師匠の下で心、技、体を鍛えて初めてその技法に辿り着くと言われており
ドワーフの中でも極めて少数。
その過酷な修行の際に事故で視力を失ったが、
代わりに心眼と言う極意に通じており
目には見えぬ理を感じ取ることが出来るので
特に不自由はしていない、たまに本当に寝ている
黒髪を後ろに撫で付けたオールバックでヒゲは細く伸ばしている
好きな酒は醸造酒
「なんじゃ?くれんのかケチじゃのぉ。まぁいいわガーハッハ!!」
特に気にした様子も無く笑いながらワンドは
ようやくテーブルに届いたエールをグイッと飲み、
先日請け負ったドレッドベアの討伐話を始めた。
ゴンゾはと言うといつの間にかワンドのペースに
巻き込まれているのに気付いたが特に悪い気はしないので
そのまま騒がしい友人の話をつまみに飲むのも一興と耳を傾ける事にした。
お読み頂き有難う御座いました。