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―――side ルイン=カーライン
「……げっ」
翌日、学園に登校する時、俺は校門の前に立つ人物の姿に顔をしかめる。
整った顔立ちに赤いショートカットが良く映える女生徒。周囲の生徒が引く程の怒気が無ければ十分に美少女の部類だ。
(出来れば会いたくはない相手なんだが……どうするか)
だが、相手に見つからないようにどうやって校門に入るか考えている間に相手もこちらを見つけてしまったらしい。トタトタと走り寄ってくる。
……残像を生みながら。
いや、速ぇよ。加護使ってるよ、絶対。
そんな速度でも足の動きがトタトタな所が余計に怖い。足の指先なんか、常に霞んだようになってんぞ……。
うーん……逃げるか? 一瞬そう考えたが、やはり無理だ。情けない事だが相手の方が速い。
「だが、だからと言って諦める訳にはいか……ぐふっ!」
そうして体を反転、脱兎の如く逃げに徹しようとするも、次の瞬間に相手の姿は霞み……即座に捕まった。というか捕まえられた。
――首にラリアットを炸裂されて。
「ルイン! 昨日はどうして先に帰ったんだい!? おかげでボクは昨日キミを探しまわる羽目になったんだぞ!?」
「……」
「ん? どうしたんだい? 首なんか押さえて……」
「(死ねぇ……死んでしまえぇ……この馬鹿女っ……)」
首、というより首から上全体に響く衝撃に軽く意識を遠ざけながら、俺はいつか仕返しすることを決意する。
まぁ、返り打ちにされるのがオチだがなっ!!
コイツの名前はフレア=アークライト。Aクラスでも上位の実力を持つ女である。遺憾ながら、俺の幼馴染でもある訳だが。
性格は男勝りとまではいかないが、中世的な所があり、面倒見がいい。そして見た目はかなりの美人。とどめに地方とは言え領主の娘。貴族である。
さて、此処で質問だ。恋愛の相手として、好かれるタイプは何か?
金? 容姿? 性格?
大体がこの辺りに集約されるはずだろう。では、金持ちで性格の良い美少女はどうだろうか?
はっきり言おう、モテるのだ。コイツは。それも男女問わずの人気っぷりだ。
だが、そんな彼女は幼馴染であった故か、なんだかんだと俺の世話を焼きたがる。
結果はどうなるかは火を見るより明らか。嫉妬故に余計に俺は嫌われるのである。
「ぐぅ……やかましい。いい加減俺に構うな放っておいてくれ」
「そうはいかない。ボクがいないとキミは一人になってしまうじゃないか」
「……」
――アイツ、またフレアさんと……――
――フレアさんもどうしてあんな気味悪いのと……――
――羨ましい、恨めしい……――
確かに、確かにそうなんだが。だが、お前に言われるのは納得がいかない。というかお前のせいでもある。いや、筋違いだと分かってはいるんだが、ヒソヒソとあんな声が聞こえたらなぁ……。
ちなみに、コイツには聞こえてない。どんな魔法か? 違うな、コイツが図太いだけだ。
「まぁ、そういう訳だから今日の昼は開けておいてくれよ?」
「……うぃ」
何のためか? 知れたこと、一緒に飯を食うためだ。
ちなみに人の妬みを嫌って何度か拒否して逃げた事があるが、その時は必死の逃走劇の末、簀巻きにされた(泣)。
大体5回目の簀巻きで俺は、抵抗を諦めた。今では自分の分の弁当と別に、家事系統が全滅しているコイツの弁当の準備すらしている。実際コイツも弁当代は結構多めに出してくれるので、こっちの具もグレードアップするからちょっと嬉しい。
男としての矜持? ハッ、知らんな(虚ろ)。
本心では、彼女の好意は嬉しい。学園が敵意だらけの中では唯一の癒しだし。
だが、彼女も当然冒険者志望の身。
なので、俺なんかに関わるよりも自分の道を進んで欲しいんだが、どうにも納得はしてくれない。それで喧嘩になったことも何回かあるし、教師に遠回しに注意されることもあるが、逆に文句を言うぐらいだ。
まぁ、とりあえず。今のところは昼の約束を盗み聞きして、恨めしそうにこっちを見てる奴らをどう撒くか考えるとしよう。
……死ななきゃいいが。
――――side リーナ=フロイス
「今日からこの学園で共に学ぶことになる、リーナ=フロイスです。よろしくお願いします」
オーソドックスな挨拶をしてクラスの席に着く。私は内心少し驚いていた。
何故かと言うと、簡単な話で。
この教室、ちょっとありえない。クラスの全員が大精霊クラスと契約していて、クラス中に様々な生徒の力が少しずつ流れ出して、私の目には一種の魔境に見える。
今だって、私の前の席は炎の魔神の契約者、後ろに氷界の守護天使の契約者……と、正直怖い。
私以外にはどうせ見えないのだろうけど、赤や青、中には金色といった魔力が少しずつ契約者から流れて教室を彩っている。綺麗ではあるんだけどなぁ……。
まぁ、要するに、私的には火薬の充満した部屋の中で、そこら中に着火装置が置いてある状態なのだ。
「では、授業を始めます……」
……爆発とか、しないよね?
――昼休み――
「……やっと、終わった」
とりあえず午前中の授業が終わると同時に、思わず額の汗を拭いながら、私はそう口にしていた。
授業中は、まだいい。もう、慣れた。誰かのくしゃみで魔力が流れ出したりするのも気にならなくなった。
だけど、問題はその後。休み時間が最大の難関だったのだ。
いや、まぁ、分からない訳じゃない。転校生なのだ。気になるだろう。
とはいえ、休み時間のたびにクラス中の人が近寄ってきて質問攻めにするのだ。ただでさえ疲れるのに、私から見れば彼らは眩しい光源のように見えるため、眩しくて仕方ない。魔力の高さからそう見えるだけだから視力に影響はないけれど。
ついに、疲れ切った。本当に、疲れた。もう、勘弁。
とりあえず、教室から出よう。そう思った所で、声を掛けられた。
「フロイスさん、良かったらボク達と一緒に食べない?」
ボク? 声のした方を向くと、赤いショートカットの女の子ともう一人、金髪のツインドリルの女の子がそこにいた。
ドリル……実在するんだ。漫画でしか見たこと無いや。
「ボクはフレア=アークライト。こっちの彼女が……」
「ミレイ=ランカスターですわ。よろしく」
「ええ……」
おお、ヤバい。ホントにヤバい。
何がヤバいのか分からないけど、とにかくヤバい。
だって、ボクっ子と金髪ドリルだ。動くのかな、このドリル。しかも、ですわと来た。完璧じゃないか。
というか、濃いな、このクラス。何がとは言わないけれど。
「で、どうかな?」
「あ……はい。よろこんで」
しまった。私としたことが一瞬思考が飛んでいた。
ともかく、この申し出は有り難い。ここから離れられるだろうし、友達作りのきっかけにもなるだろう。もしかしたら昨日の彼の事を聞けるかもしれない。彼女たちのことも気になるし。
道すがら、お互いの自己紹介をした。
「へぇ、ならリーナは神格者なんだ。すごいねっ」
「いや、そんな大したことは無いと思うよ? 私なんか人より余計なモノが見えるぐらいだし」
「そんなことありませんわ。神格者は今現在、確認されているだけでも世界に100人いるかどうか。誇っていいことだと思いますわ」
最初の発言がボクっ子のフレア、あとの方がドリルなミレイだ。
フレアが契約しているのは、<天上の審判者>と呼ばれる天使ゼノドール。雷系統の攻撃を中心とした天使で、彼女が言うには物事の真実を見極められるそうだ。そんな彼女の実力はクラスでも3位で、剣を得意としているらしい。なんでも、代々貴族の家庭みたいで、家族は冒険者には反対しているのだとか。
そしてミレイが契約しているのは<堅牢>の魔神テスタロス。こちらは割と有名な魔神で、契約者に鉄壁の加護を授けてくれる。彼女はこの加護を利用して、ランスで敵陣に特攻するスタイルが得意なようだ。天元を突破できたりするんだろうか?
ちなみに余談だけど、食堂についても教えてもらった。この学園の食堂は様々な種類のお店が並んでいて、そこから注文して受け取り、自由な席で座って食べているらしい。ガラスで装飾された食堂は広いだけでなくかなり綺麗で、弁当を持って食べにくる生徒も多いようだ。
「まぁ、実際のところボクもその一人なんだけどね」
「へぇ……でもお弁当は?」
そう言って笑う彼女の手には何もない。
お弁当なら、何か持っている筈なんだけど、隣を歩いているミレイも何も持っていない。
案外、うっかりさんなのかな?
「え? ああ、ボクの分は連れが持ってきてるからね」
「この子、自分では料理一つ満足にできないのですわ」
「べ、別に女性が料理出来なくでもいいと思うんだ。それに、ボクにはルインがいるしね」
そう言って胸を張るフレア。
「ルイン?」
「そう、ボクの親友さ」
「あんな朴念仁のどこがいいのか、理解に苦しみますわ」
「そ、そんなんじゃないよっ」
いまいち話がかみ合わない……。
とりあえず、ルインという友人がいるんだろう。
「どんな人なの?」
「そうだな、見た方が早いかも。えっと……あ、いたいた。お~い!! ルイン~!!」
話している途中で席を探すフレア。そして、どうやら目的の人物を見つけたらしい。大声で呼びかける。
「……え?」
彼女が呼びかけている人物はすぐに分かった。何故なら、その席の周辺だけ誰も座っていなかったからだ。だけど、その人物を見て、私は思わず足を止めてしまった。
何故なら……彼だったからだ。
昨日見かけた彼。白銀の髪に紫紺の瞳で、相変わらず何か良く分からない力を身に纏っている。
どうやら、彼はフレアの友人みたいだ。ちょうど良かった。
私は小さくガッツポーズをとる。
「お~い、ルイン!! 聞こえてる~!?」
大声で彼を呼ぶフレア。正直目立っていて、少し居心地が悪いけど、彼女はあまり気にならないらしい。
しかし、聞こえている風な様子の、というか絶対に聞こえている彼は他人のフリをしている。気持ちはちょっと分かる。
「おーい、ルインってば~」
更に呼ぶ彼女に対して、わざとらしく明後日の方向を向く彼。
そして……逃げた。え? 逃げてるよ!?
「チッ、ルインの奴……」
(あ、今なんか明らかにブチッと聞こえた)
フレアはその場から一歩だけ下がって距離をとり、腰だめに構え、スキップをするように近よる。かなり速い、そして、私には見える。
その腕に大量の魔力が込められているのが。いや、まって、アレはマズいんじゃぁ……。
「ル~イ~ン~」
ゆっくりと(?)彼に近づいたフレアは有無を言わせずに魔力の籠った腕を彼の首に決める。
傍から見ればただのスキンシップ。
だけど、実態は確実に殺りにいってる……。彼の方も必死に抵抗してはいるのだが、魔力を込めて腕を強化しているのだろう。外れる様子が微塵も無い。
「なっ、テ、テメッ……グリュ!」
なんかチャーミングな悲鳴が聞こえる。
彼は必死にもがくけれど、相変わらず全く緩む事がないみたいだ。さすが校内でも上位の実力者。
「ん~? 何か言ったかい? どうやらキミの態度から察するに、私の声が聞こえないような空間らしいから分からないな~」
「ぬっ……くっ……ぉぉ……」
だんだんと悲鳴が止んでいく……いや、違う。締まって息が出来てないんだ。
「ちょ、ちょっと……」
慌ててフレアを止めに走る。
ちなみにミレイはすぐさま離れて店で商品を注文していた。
薄情な。
「いや、先程は失礼をしたね。彼がルインだよ、ルイン=カーライン。ちょっと訳あって学園で浮いてるけど、いい奴だよ。うん」
「そ、そうなんだ……」
「……くそっ」
改めて席に座って自己紹介。彼の首にうっすらとアザがあるのがどことなく哀愁を誘う。
まぁ、ともかく。せっかく彼に会えたのだからこの機会を大事にしないとね。
「転校生のリーナ=フロイスです。よろしくお願いします」
「……ルイン=カーライン。この女の幼馴染(被害者)だ。よろしく」
「ん? なんだい、ルイン?」
「いや、なんでもねぇよ?」
お互いに自己紹介をする。もうすでにこの時点でこの2人の力関係ははっきりと分かった。
フレア>ルイン なのは確定だ。
「しかし……この学園に転校とは珍しいですわね」
「そうだな、どこぞのボクっ子の存在と同じぐらいには珍しい」
「ルイン、それはボクに対する挑戦かい? よかろう、ならば戦争だ」
「その好戦的なのをなんとかしろよ、とりあえず!!」
本当に仲が良いんだね、この2人。確かにルインがお弁当を作っているみたいだ。
かなり慣れてるんだろう。どれもおいしそう……。
「おっ? このお弁当が気になる? よかったら一つどうだい?」
「……」
私の視線に気づいたのだろう。フレアがお弁当からおかずを取って私に渡してくる。
ルインのお弁当箱から。
ルインは無言、と言うより目が諦観の様相を呈している。
フレアさん、女の子としてそれは……
「え、ええと……」
「構わん、食え。……どうせこの女には逆らえん」
「な、なら……」
おかずを掴んで一口……美味しい!!
え? なにこれ、すごく美味しい。
「美味しい」
「それは良かった」
「だよね~。美味しいんだよね。だからつい、食べ過ぎちゃうんだ。コレが」
「貴女は食べ過ぎですわ」
再びルインのお弁当箱からおかずを取り上げようとしている所をミレイに遮られ、恨めしそうなフレア。でも、本当に美味しい。
「でも意外。男の子で料理が上手い人はいない、とは思わないけど実際に得意な人には初めて会った」
自分の買った昼食を食べながら私が言うと、ルインはなんでもない風に答えた。
「そうだな。俺も自分以外に料理が得意で、弁当を自分で作ってる奴は知らないな」
「またまたぁ~、友達いないくせに」
「うるせぇ」
「ああっ、ボクのタコさんウインナーがぁ!!」
茶化すフレアの弁当箱からおかずを奪い去りながら、ルインは続ける。
「でもまぁ、元々作るのは好きだったし。コイツの場合、変なモン作らない限り美味いと言うからな。作り甲斐はあるさ」
「へぇ……変なモノって何を作ったの?」
今見てる限りでは、フレアはなんでも食べそうな気もするんだけど……。
「前の失敗作は何だっけ? アレ?」
「トルティーヤだな。お前の邪魔が入ったせいで具材を寝かしすぎた」
「その前は、ソバ? を作ってましたわね」
「あれはお子ちゃまの口に合わなかっただけで失敗じゃない」
「お子ちゃまとは何さ!」
「……」
訂正。この人、なんかすごい。
え? トルティーヤ? 蕎麦? それって、寮の設備で作れる物なの?
かなり本格的に作るんだ……。
「まぁ、基本的に失敗はないな。というより、味見しながら作るから変な味は特にない」
「成程……」
味見だけで上手く作れるなら苦労しないんだけどな……。今度、教えてもらおうかな。
「まぁ、中にはどう作っても不味くなる奴もいる。そこの女子力ゼロ女みたいにな」
「いや、だっておかしくない? 美味しい物と美味しい物で何で不味くなるのさ!!」
「その発想が既に間違いな事に気づけ!!」
「ははは……」
確かに、それなら美味しく作るのは難しいよね。
「ところで、質問なんだが……」
「ん? 何?」
今度はルインの方から私に質問してきた。
何だろう?
「うーん、いや……やっぱり、いいかな」
「?」
しかし、ルインは難しげな表情を浮かべて悩むと、皆まで言わないで、すぐに口を閉じてしまう。
うーん、何だろう。そういう言い方されると気になっちゃう……。
「……ははぁ、さすがはヘタレ。聞くのが怖いと見える」
「うるせぇ、黙れ。仕方ないだろ」
でも、どうやらフレアには分かったらしい。流石は幼馴染、隠し事はお見通しのようだ。
「でも、まぁ、この反応なら大丈夫そうだからボクが聞いてあげるよ!!」
「いいって言ってるだろうがっ」
「フッフッフッ、残念。聞こえんなぁ」
あ、これはダメだ。ルインが逆らえる流れじゃないな。
私としてもちょっと気になるから教えて欲しいんだけど……。
「それに、今を逃すと今年は友達二人で終わるよ?」
「ぐっ……」
「ちょっと、さりげなく私を入れないで下さいな!」
即座に今まで黙って食事をしていたミレイが反論するけど、フレアはまぁまぁ、と言って上手く取り成している。
なんか、手慣れた感じだ。
「……えっと。で、どういうこと?」
「いや、それがね。言う程大した事じゃないんだ……君は、ルインの容姿をどう思う?」
「容姿? うーん」
「「「……」」」
三人分の視線を感じる中、ルインをよく見てみる。
白銀の髪に紫紺の瞳。背はちょっと低めで女の子みたい。
確かに、珍しい組み合わせだとは思うけど。それぐらいだ。
別に普通、じゃないだろうか。
変わった光景など、日頃の景色で見慣れている私が言っても、あまり説得力は無いかもしれないけれど。
それどころか、むしろ……
「綺麗、かな?」
「っ!!」
その瞬間の反応は劇的だった。
ルインは目を見開き、フレアはうんうんと頷いている。ミレイに至っては硬直しているが、どちらかと言えば呆けた感じだ。
「だって、紫紺と白銀の色は神秘の色でしょう? 少なくとも、私の住んでいた地域ではそう言われていたし。神秘の……魔法の色って、素敵だと思うわ」
「……そ、そうか」
もしかして、私の言葉で気を悪くしたんだろうか?
彼は目を見開いたまま私の言葉を聞いていたが、不意にハッとして元の気だるげな表情に戻ると、
「……魔力のない俺に魔法の色ほど似合わん色も無いよな」
「またまた~。嬉しくて、仕方がないくせに~」
「うるせぇ」
それだけ言うと彼は持っていた弁当箱をすぐに片づけ、後ろを向いて歩いていく。
「……そろそろ午後の授業だな。俺はこの辺で戻るわ」
「うん、今日は待ってるんだよ~」
「ハッ、聞こえないな~……ゴッ!」
最後のはフレアが投げたコインが命中した音だ。痛そう。
でも、最後に彼の目に見えた涙は痛みからのものだったのだろうか?
それを見て私は、あの力とは別に彼の事をもっと知ってみたいと思った。




